AWC 「大型リレー小説」第15話 「審判」 山椒魚


        
#1796/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (RMF     )  89/ 8/27   7: 6  (166)
「大型リレー小説」第15話 「審判」            山椒魚
★内容

 それは薄暮の世界だった。夕陽は沈んだが、闇によってまだ完全には支配さ
れてはいない束の間の短い時間。ところが、その状態が瞬時に過ぎ去るのでは
なく、いつまでも長くジトジトと続くのである。そして、空には月もなく星も
なく、地上ではネオンサインも輝かず、暗い家並からはランプの灯も見えない。
鳥は鳴かず、花は咲かず、スカンクはオナラさえしない。次元爆弾で喜三郎と
手児奈が吹き飛ばされた亜空間は、そんな世界だった。

「まるで時間がとまってしまったみたいね」。手児奈が言った。
「うん、どうやらここは時限のない次元らしい。困ったもんだ」。喜三郎は、
腕を組み、額にシワを寄せて考えこんだ」。
「喜三郎くん、何を悩んでいるの」。
「時限のない次元では時限爆弾も次元爆弾も使えないだろう。だからもとの世
界に戻るのが難しい」。
「なんだ、そんなこと。大丈夫よ。白鳥座の星に祈ればいい考えて浮かんでく
るわ」。手児奈はつとめて明るい声を出した。
「星なんか出てないじゃないか」。
「あら、そういえば、見えないわね。でも何とかなるわ。ルンルン」。
「まったくおまえはいい性格をしているよ、手児奈」。
「薄暗がりでよく見えないけど、ここの地形はやはり淡路島みたいね」。
「そうだよ。あれが春帆峠で、峠を越せば八墓村だ」。
「八墓村って岡山県の山の中じゃなかった?」。
「だけど考えてもみろ。なにしろカイロン島が淡路島なんだから、八墓村が淡
路島にあったっておかしくないよ」。
「八墓村には不気味な鍾乳洞があるんでしょ」。
「その鍾乳洞に入ってみよう。グー星人の本拠があるかもしれない」。
「きゃー、ステキ! ルンルン」。

  喜三郎と手児奈は、峠を下り、八墓村の鍾乳洞の中に入った。400年前に
滅びた尼子氏の落人の恨みが残っている鍾乳洞である。低い天井から氷柱のよ
うな鍾乳石がぶらさがり、時折、水滴が落ちてきてヒヤリとさせられる。暗い
闇の奥でコウモリの羽ばたきが聞こえるのも不気味だ。

「グー、グー、グッ、グッ、グッ、グッ、グッ」
「何だろう、あの変な声は」。
「グー星人かもしれないわ。ほら、向こうの方に灯りが見える」。
「よし、気づかれないように、そろそろ進むんだ」。

  近づいてみると、それは護摩の火だった。石のような四角な頭をした大入道
が護摩の火に向かって何やら呪文のようなものを唱えている。

   インテンバベランナ マイカサンソフィア ナガドラクエスト
   インテンバベランナ マイカサンソフィア ナガドラクエスト
   インテンバベランナ マイカサンソフィア ナガドラクエスト

      グジャラ グジャラ グジャラジャラ
   グータラッダッタ グレチャッタ
      グルットマワッテ グズラノメ

  「やはり、グー星人だ。この野郎、グーの音も出せないようにしてやりたい」
  「シー、こっちを見てるわ」。

 「誰だ、誰かそこに隠れているのか」。大入道はしゃがれた声を出した。
 「だぁれもいませんよー」。手児奈は、明るく、無邪気に、さりげなく言っ
た。
 「そうか。気のせいだったか。インテンバベランナ マイカサンソフィア
ナガドラクエスト・・・」。

 四角頭の大入道が再び呪文を唱え始めた隙に、喜三郎と手児奈は引き返して
鍾乳洞の外へ出た。とりあえずは、あやしげな大入道の存在を確認できただけ
でも収穫である。

「腹がへったな」。
「私もペコペコだわ」。
「それではふぐ料理でも食べながら、あの大入道をやっつける作戦でも考えよ
う。たしか、この村には春帆楼といううまいふぐ料理屋がある筈だ」。
「春帆楼は山口県の下関にあるふく料理屋じゃないの」。
「だけど考えてもみろ。なにしろカイロン島が淡路島なんだから、春帆楼が八
墓村にあったっておかしくない」。

 思いがけないことに、春帆楼では喜三郎と手児奈を待っている客がいた。
「いらっしゃいませ。松本喜三郎さんに梅田手児奈さんですね」。女將が丁寧
に頭を下げて言った。「お二階の座敷でクエストさんがお待ちかねです」。
「クエスト? 聞いたことのない名前だ。手児奈の知合いかい」。
「ううん、私も知らないわ」。
「淡路島とAWCではクエストさんを知らない人はモグリです。とても素敵な
インテリ紳士で、うちの店もごひいきにして頂いています。さ、どうぞこちら
へ」。

 二階の座敷にあがると、ひれ酒を飲んでいた男が笑みを浮かべながら、
「よお、しばらく」、と言った。ローソクの灯ではよく見えないが、相当な年
配の中年男のようである。
「おお、おまえは杉野森・・・」
「弥三郎さん・・・。でも、どうしたの。ずいぶん老けたわねぇ」
「まあ座っていっぱいやり給え。このふぐひれ酒はうまいぞ」。

  喜三郎は、注意深く杯の底をチェックしてからひれ酒を飲んだ。峠の茶屋で
グー星人にモノリスを飲まされてヒドイ目にあったからこりている。しかし、
今度はモノリスの破片も入っていないようだ。

「うん、うまい。しかし、ここにおまえがいるとは、いったいどういうことな
んだ。弥三郎」。
「俺はこの亜空間では弥三郎ではない。クエストという作家なんだ」。
「どうせヘボ作家でしょ」。手児奈がからかうように言った。
「作家を馬鹿にしてはいけない。おまえたち地球人の運命は、この亜空間スワ
ンの作家たちの想像力に支配されている。地球人が守護霊とか背後霊とか呼ん
でいるのは実は我々亜空間スワンの作家のことなんだ」。
「すると、私たちも・・・」。
「その通りだ。手児奈、喜三郎、それに弥三郎の三人は、もともと俺の分身で
あるゐんばという作家の気まぐれな想像力によって動かされている。しかし、
俺にはゐんば以外にも分身がいる。実を言うと、俺は九人の作家複合体で、し
かも九人の分身のそれぞれが地球にも下請けゴーストライターをおいているん
だ」。
「へぇ、凄いな。九人の分身を全員使って一人リレー小説をつくったら面白い
かもね」。
「実は、その一人リレー小説を試みているのだがなかなかうまくいかない」。
「どうしてうまくいかないの」。
「邪魔をする奴がいるんだ。グータラダッタという売れない作家が俺の名声を
妬んで、もっぱら地球にいる下請けライターに的をしぼって妨害工作をしてい
る」。
「グータラダッタ?」。喜三郎が急に大声を出した。「そいつはもしかすると
四角い顔をした大入道じゃないかい」。
「そうだよ。よくわかったな」。
「鍾乳洞の中で呪文を唱えていたよ。たしか、インテンバベランナ マイカサ
ンソフィア ナガドラクエスト、と」。
「それは、下請けライターたちに催眠術をかけているんだ」。
「一人リレー小説が支離滅裂になるのはそのせいね」。手児奈が言った。
「そうなんだ。放っておくと収拾がつかなくなると思って、次元爆弾で君たち
にここまできて貰った、という訳だ」。
「なんだ、次元爆弾を爆発させたのはグー星人じゃなくて、弥三郎さん、いや、
クエストさんだったのね」。
「すると、地球に攻め込んできたグー星人や岸本博士の率いる世界防衛軍と戦
うより、鍾乳洞のグータラッタをやっつけるのが早道なんだな」、と喜三郎が
言った。
「いや、グータラッダッタは俺にまかせておけばいい。君たちは、地球に帰っ
て、グー星人や世界防衛軍と戦っているレイチェルとマーフィに協力してくれ。
それから、これはおまけだが、下請けライターたちにも会って、もっとしっか
りやれ、と激励してほしい。あいつらがシッカリしないからおまえたちが苦労
するんだ」。
「帰ったってしょうがねぇな。甲子園にはもう行けないんだから」。喜三郎が
すてばちな口調で言った。
「わかるわ、喜三郎さんには野球しかないもんね」。手児奈がうなずいた。
「何を言っているんだ。おまえたちは甲子園をあきらめたのか」。
「だって、しょうがないじゃないか」。
「馬鹿、阿呆、薄らトンカチ。おまえらにはキンタマがねぇのか」。
「あるよ」、と喜三郎。
「私にはないわ。でもそれがどうしたっていうのよ」。手児奈が憤然として言
う。
「いちいちアゲアシをとるな。いいか、競争馬は一生に一度しかダービーをと
るチャンスがない。それにひきかえ、おまえたち高校生には春夏合わせて6度
も甲子園に行くチャンスがある。そんな弱音をはいて、馬に対して恥ずかしい
とは思わんか。俺が保証する、おまえたちは甲子園に行けるんだ。あきらめる
な」。
「だって、三本松高校は、地区予選で米俵高校に負けてしまったじゃないの」。
「それはグーダラッダッタの下請けライター妨害工作が半ば成功したためだが、
物語としてはまだ軌道修正の余地がある」。
「そんなことが出来る訳ねぇだろ」。喜三郎がふてくされたように言う。
「いいか、喜三郎。あの試合のプレイボールの前のことをしっかり思い出せ。
審判との間にトラブルがあったんじゃないか」。
「うん、俺は、野球馬鹿だからジャンケンのルールもよく知らなかった。グー
が石で、パーが紙。しかし、紙は破けてしまうんだから、石が紙に負けるとい
うことがどうしても納得がいかなかった」。
「なるほど、それで審判はどうした」。
「すっかり困って、考え込んでしまった」。
「じゃあ、今だってまだ考え込んでいるんじゃないかな」。
「すると・・・。もしかすると・・・。その後の話はグータラダッタの催眠術
の結果だったのか」。
「そうよ、試合はまだプレイボールになっていないのよ」。手児奈は手を叩い
て叫んだ。「甲子園にだって行けるわ。私たちの暑い夏はまだ終っていないん
だわ!!!」。

  ふぐちりをむさぼり食いながら、喜三郎と手児奈の心は早くも甲子園の大鉄
傘に飛んでいた。そして、三本松高校と米俵高校の試合が行われる地区予選の
球場では、大目立主審がジャンケンのルールの矛盾をどうしたものかと真剣に
考え続けていた。
                                                              (続く)




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