AWC この地上の楽園    NINO


        
#1775/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (HYE     )  89/ 8/17   1: 3  (115)
この地上の楽園    NINO
★内容

 この地上の楽園


 男はある奇妙な門の前に立ち、そこの門番から言葉を聞いた。
「ようこそようこそ。楽しい我土地へ。ここは地上の楽園。カラフル&ビューティフ
ル、生きてる人間皆綺麗。黒い肌も白い肌もあります。様々な人種はいるし、喜怒哀
楽、金銀財宝、貧乏孤独、乱交パーティからオナニーまで、手に入らないものはあり
ません。
 あなたは簡単な手術を必要としますが、それはここで過ごす残りの一生の中で、唯
一の苦痛となるでしょう。ここは楽園、死さえ苦痛になりません。誰もが王様です。
大きなお墓に盛大な葬式、あなたを惜しむ大勢の親友達。それら総て、この楽園を手
にいれるため、あなたはこの手術を受けるのです。
 そしてこの楽園で行われる人生は、決してゲームではあり得ないのです。何度でも
何時でもやり直しが効きますが、シミュレーションでもございません。いっくら嘘を
付いても責められませんし、いっくら本当の事言ってもいじめられません。法律とい
うものはありますが、罰はありません。それがルールです。人を殺しても、人を助け
ても、どうでもいいのです。けれど、皆が皆同じ考えではないですから、罰を受けた
ければ、罰を受ければいいのです。
 そうですね。手術を先にいたしましょう」
 男は門番に案内されるまま、中へと入って行った。


 次に老人がやってきて、門の前で説明を受けていた。
「さあさあ、ここから始まる楽園へようこそ。この楽園に境界はございません。多次
元も思いのまま。時間のはじまり、時の行き着く先までご案内しましょう。案内を必
要としなければ、案内はしません。それも可能です。さあ、手術を受けましょう。大
した事ではありません。それを越えれば、何もかも自分の好きな通りのことができま
す。思い通りになるのがやらば、思い通りに行かないこともできます。
 ……あなたはこの楽園が世界の中にありながら、枠がないのが変だとおっしゃるの
ですね。その答えはありません。おそらくあなたはこうお考えでしょう。夢の中へ案
内するのでは、死の世界に案内するのではと。それは違います。幻覚でも、夢でもご
さいません。明らかなる現実の楽園へご招待します。
 無限に総てが許されます。それはあなたの思いのままの世界であり、また、まるで
予想も出来ない世界であります。即ち決定権はあなた自身にあるのです。分かります
か、どうにもならないことがあっても、実はあなたの意志によるものなのです。それ
を知りたければ知ってもいいし、知りたくないと希望すれば、知らなくてもいいので
す。つまりは、あなたには総てが許されている。
 ただ、この手術を受けなければなりませんが」
 老人は後ろを振り返り、漠然と涙を流してから、再び門に向かい、門番の後をつい
て行った。


 弱い、心底弱い人間がひとり、やってきた。門番は言った。
「よくぞいらっしゃいました。ここが地上の楽園です。あなたはまだ手術を受けるの
を恐れているようですね。いいでしょう。どんなに楽園が素晴らしいものかご説明し
ます。そうすれば、手術がいかに小さいことご理解いただけるでしょう。きっとご満
足いただけると確信しております」
 男は門番をさえぎり、言った。
「私は夢を見ました。何度もみたのです。それはとても奇妙なものでした。夢の中で
惑星が直列に並んでいて、これと同じ門が私の立っている惑星に建っていました。そ
して門番に聞いたところ、これは迷路の入り口であると言いました。
 門は左の道と右の道を分けていました。左の道は惑星を繋いで永遠に伸びるまっす
ぐの道です。果てはみえませんでしたが、滑らかな、整った道でした。
 右の道は豊かに実のなる木がたくさん生い茂っている中の、あやふやで、不確かな
道でした。私は、果てが見えなくとも、出口に確実に着けるであろう左の道を選びま
した。そうして私は歩き出しました。時折、有刺鉄線で分けられた右の森から声が聞
こえました。笑い声でした。私は歩くのを止め、その森の中を覗きこみ、楽しそうに
仲間と休憩して、熟した木の実を食べている男女を見ました。
 私はまた歩き始め、お腹が空かないことに気付きました。そうしてしばらくするう
ち、この道は一切の欲望を捨て去る道だと気が付いたのです。向こうの人から気付か
れる事さえない。
 私は夢から覚めました。ぐっしょり汗をかいていました」
「……そうですか。ようこそ、地上の楽園へ。ここでは手術を受けるだけで、その右
の道へも、左の道へも行けるのです。もちろん引き返してやり直すことも可能です。
欲望を捨て去っても、欲望のままに生きてもよろしゅうございます。ああ、夢だ、と
後で目覚めることもございません。まあ、それで宜しければそれでも良いのです。総
ては現実としてあなたの前に現われます」
 男はそれを聞く様子もなかった。そして言った。
「同じ夢を見ました。私は迷わず右の道を選んだのです。しかし、この世のすべての
欲を満たすことができても、そこには恐怖がありました。怪物です。人を食らう、恐
ろしい化け物です。私は逃げました。どうしても逃げられないところまで追い詰めら
れました。いっそ死んでしまおう。私は思いました。そして、私は肩を食われました。
激しい痛みです。化け物は、私の肩を旨そうに食うと、そのまま去っていきました。
私は死にたくなるほどの苦痛を味わいながらも、死ねなかったのです」
 門番は何度か肯き、そして言った。
「そうして、その苦しみを和らげるのは、この地上の楽園しかあり得ないと思った訳
ですね。この楽園は、右の道とも左の道とも違う、まったく素晴らしい世界の創造へ
の道をあなたの前に差し出すでしょう。ここでは、総てが許されます。あなたが求め
ていた、その迷路の答えを知ることができるかもしれません。それはあなたの意志次
第です。なぜあなたの意志次第といったかは、お分かりですね。あなたはその迷路の
答えを望んでいなかったのかも知れないからです」
 弱い、臆病ものの男は言った。
「私が迷路の答えを望んでいなかったと?」
「そうです。皆、終わりを求めてはおりません。自殺者さえ、輪廻転生を求めている
のです。実は死の魅力は終らせることにあるのではないのです。その死が引き起こす、
何処からかの、新たな始まりを欲しているのです。
 ……ほら聞こえてくるでしょう。この門の先から、聞こえてくる音は、幾億の愛の
歌です。終わりのない、力の歌です。一つ一つは自己愛であったり、すべてへ愛であ
ったり、小さな家庭の愛の歌かも知れません。例え何をも愛していないと言う人でさ
え、誰かの愛を受けているのです。分かりますか? それは生まれてきたすべての生
き物の定めなのです」
 弱く、弱いが為に懐疑心の強い男は言った。
「うそだ。今気付いたぞ。私はここに夢の謎があるのだとばかり思ってきた。だが、
違った。私は騙されない。この門はこの後ろの、楽園ではない、醜く、汚らしくも美
しい、真の現実から聞こえる音を跳ね返らせているだけだ。……こうやって後ろを振
り向いてみれば分かる。この力強く、豊かな音の流れは、楽園などから聞こえてくる
ものではない。そうだ。私は弱かった。なんて弱かったんだ」
 そうして、弱い男は手術を受けることなく、引き返して行った。


 門番は言った。
「ようこそ地上の楽園へ……。あのような、頭の先まで泥に浸かったような、弱く、
臆病で、傷つきやすい男だけが、あの恐るべき、真の地上の楽園に気付き、立ち向か
っていった。その通り、彼が言った通り。この門の先にあるのは偽物にすぎない。い
くら完璧であっても。私はあの男を見守ってやりたいと思った。だが、私は門番。こ
の楽園へ人を誘うのが役目。私はこの天使の天国と悪魔の天国の狭間で生き抜かねば
ならぬ。もう二度とあのような男には会わないかもしれない。しかし、それは定め。
あの男にこそ、そしてこの門を知らずに過ごせる者こそ、がんばりなさい、という言
葉を捧げたい。私は独り言は言わぬが、これだけは、最初で、最後の独り言だ。ちと、
喋りすぎたようだ。黙ることにしよう。……ようこそ地上の楽園へ」


            終り





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