#1561/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (HYE ) 89/ 5/14 20:26 (144)
TASF(3) NINO
★内容
「尾張自動車の奴は逃したが、あの接戦の中で契約を一つ取れただけでもよし
とするか」
「何言ってんです。接戦どころか、たった一人相手に押されっぱなしでしたよ」
「金田の言う通りですよ。さすがにトップ・シェアを守っている尾張自動車だ
けあるな」
「奴らがグループで動き始めたら、怖いですね」
庄司は、ぽつりと呟く。
「あの店に、えらい迷惑かけたんじゃねぇかな。おれたち」
一瞬、皆の顔が引き攣る。
「だけどよ。客は喜んだだろうな。だって金払わなくていいんだから。店んな
かにゃレシートが飛び散ってたしな。店に迷惑かけたなんて落ち込むより、客
喜ばせたって割切って考えた方がいいぞ」
「一平、そう言うけどよ。本当に喜んだと……」
軽い衝撃。
「ありっ」
「どうした。庄司」
小林はそろそろとヘルメットの後に手を回す。
「真っ赤だ……」
「伏せ!」
難波はとっさにそう命じ、うつ伏せになる。そして後を歩いていたハイヒー
ルの女に踏み付けられた。しかし、大声は立てられない。
「庄司、なんてドジしてくれんだよ」
「だってぇ、一平……」
「『だってぇ』じゃないぜ。まったく」
「それより庄司。お前は伏せる必要ねぇんだよ。立って見回せ、相手は何処に
いる?」
庄司のヘルメットを叩いて、難波はそう言う。
「規定では、撃たれてから五分以上の販売・偵察活動は認められてないんだか
らな。さっさとしろよ」
「はいはい」
彼は立上がり、見回した。だが、店から人からごうごうとした雑音が耳に飛
び込み、目まぐるしく人は動き、とんでもない位置まで取り付けられた看板が
視界に渦巻く中で敵の姿を見つけられるほど、庄司に能力も、集中力もあるわ
けがなかった。
「いないよー。どっこにも」
「口の訊き方に気を付けろって」
難波の顔が引き攣っているのを見て取った一平がそう注意する。
「それらしき姿は発見できません」
「そうか……それじゃ、庄司は社に戻れ」
「えっ」
その驚き方は喜びと等しい表情だったので、難波は腹立たしく思った。こん
ちくしょう、帰れるのがそんなにうれしいか。いくら間抜けな奴だとはいえ、
強敵が現れた今、兵士を一人失うのがどんなに大変な事かを理解しようともし
ないんだからな。こいつには、厳しい教育が必要だ。
難波がそうメモを取ったのも知らず、庄司は言葉を続けた。
「そうかぁ。そうだよなぁ。俺撃たれちまったんだから。これ以上販売活動し
ちゃいけないんだ。そうかぁ、こういう手があったんだよな。俺はなんてつい
てるんだ」
金田と一平は口に指を当て、それ以上喋るなと合図するのだが、
「じゃあね」
ルールの上では彼は死体だが、元気よく新宿駅へ走っていった。
「気にも止めちゃいねぇ」
「俺たちはまだこの馬鹿班長と行動しなきゃいけねえのに」
「何か言ったか」
一平は話題を変えなきゃ、と思い、
「難波班長、どうしましょう。このまま道に伏せていては余計に目立ちます」
「それもそうだ」
こやつ何も考えてないな、と一平は思う。
「それじゃあ、金田。まずお前から走っていけ。そこの地下街の入口下りたと
こで待ってろ」
「いきまぁーす」
「よし、一平。いけぃ」
「いきまぁーす」
二人の姿が周囲の笑い声とともに地下へ消えた時、ようやく難波祐二は立上
がる。
「どうやら大丈夫のようだ」
そして、銀の大きめのサングラスで左右を警戒し、身を屈め、走った。
しかし、階段を下りても二人はいない。あいつら勝手に行動しやがって。難
波はトリガーに指を掛けたまま通路を右へ向った。地上より多少人気のない地
下は、曲り角に気を付けなければならない。人が障害にならない為に、かなり
の距離からでも狙えるからだ。その代わり地下では建物の屋上などを警戒する
必要がない。
いったいあいつら、何処いったんだ。
難波祐二は中央通路の椅子で、二人が座ってタバコを吹かしているのを見つ
けた。まったく。指示を聞いてなかったのか、あいつらは。
「おまえ、よくこんなもん吸ってられるな。何処がうまいんだ」
「俺もこんなタバコを吸ったのは初めてだからな。たしかに、これは辛すぎて
旨くない」 難波はそろそろと彼らの背後から近付き、
「お前ら、何を聞いてたんだ」
「へっ」
と振り向いた二人の顔には真っ赤なペイントが垂れていた。
「しまった!」
「パシュ!」
金田と一平の間から一人の男が立上がり、難波の眉間へ弾を撃った。
「ちぃっ」
難波は自ら足を投げ出すように倒れ、辛うじてかわした。銃口を真上に構え
る。男は金田と一平の間を抜け、難波の上を飛び越える。
「とったあ!」
難波はトリガーを引いたが、手ごたえがない。
「あ、安全装置がっ」
あっというまに、形勢逆転。
「しねやぁ」
真下を向いた男のガンが、軽い連続音をたてる。祐二は銃を胸に抱えるよう
にくるくる回り、男の弾丸は次々に床を赤く染めた。
二人の座る長椅子の下をくぐり、転がりでた祐二は、体勢を立て直して一平
の肩越しに撃ちまくる。男の撃った弾が一平の首筋を痛めつける。
「おめぇどこ狙ってんだよ。いてぇなぁ」
そう言ってから振り向いて難波の襟首を掴み、
「班長もここまできて往生際が悪いです。さっさと撃たれてください」
と差し出すように引っ張り上げる。
「班長に向って、なにすんだ。きさまぁ」
しかし、不意に男は撃つのを止め、一平の後に隠れている祐二に呼びかける。
「おまえ、名前はなんという」
しばらくの間。そして男が振り向き、立ち去ろうとする寸前、
「俺? 一平っていうんだ」
「お前じゃない! そこに隠れている奴だ」
一体、どこまで間抜けな連中だ。男はそう思う。
「俺か? 俺は田宮自動車販売、販売攻撃部。難波祐二だ」
「祐二か。なかなかやるな。憶えておこう」
「きさまはなんという名だ」
「冴木憲司だ。本来はフリーだが、今は尾張自動車に雇われている。祐二だっ
たな。今度あった時には、手を抜かんぞ」
「ああ、こっちだってそうだ」
祐二は立ち去っていく冴木にそう言った。
周りの人々の中には、それを見ていて笑い転げる連中もいたが、祐二の耳に
はそれは届かない。彼は男と男の世界に浸り込んでいるのだった。
「班長、あいつ、自分の弾切れを誤魔化す為にあんな事いったんですよ」
祐二は冴木の走り去った方向を、ただ、見ている。
「聞えてます?」
「僕たちは帰りますよ、班長。班長、僕たち頭を撃たれたから! 社に戻りま
すよ!」
「手ごわい奴だった……」
「班長、浸ってないで、話聞いて下さい」
金田は祐二の肩を揺さぶるが、彼の目はぼーっとしているばかりだった。
「完全にボケとるな」
難波はゆっくり向き直る。
「金田が今、勝手に浸ってろ、ばっかやろー。って言った、ですよ」
「うそうそ。嘘ですからね。一平、勝手な事いうなよ」
「大丈夫、聞こえてねぇよ」
その言葉通り、難波には聞えていなかった。
「ここで、ジ・エンドって文字が自分の背中にオーバー・ラップしてると思っ
てんだぜ、あのタコ」
「ほんまもんのあほ、やで」
「そやな」
「へーんな大阪弁」
「ははははは」
「あはは……部長、イカるだろーな……ははは。おそらく、きっと」
「あはは、はは、ははははは」
「……帰ろ」