AWC 傘と風船                      本多


        
#1546/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (WYF     )  89/ 5/ 5   1:30  ( 54)
傘と風船                      本多
★内容

 地下街の天井に、風船が一つ漂っておりました。傍らには風船を繋ぎ留めていた
糸を手にした小さな女の子とその母親が事態の収拾について議論を交わしておりま
す。

 偶々出くわしたこの状況に我等が秋本氏は躇うことなく友人から傘を借り受ける
と氏の長身を活かした「はたき落とし作戦」に取り掛かりました。まことに弱きを
助ける我等が秋本氏の面目躍如と云うべきであります。

 無関心な人々の流れの中で、島の様に孤立したまま議論を交わして居た母と子は
この突然の救世主の出現に胸躍らせて居たに違いありません。

 が、しかしかの風船は氏の思惑通りに下へとは降下せず、休日の夕食時のことと
て混雑を極める地下通路のこちらからあちらへと傘を振り廻す、今は哀れなピエロ
と化した救世主、我等が秋本氏の風船追いの横断パフォーマンスが繰り広げられる
ことになってしまった、と思われたその時です。

 風船は、氏の操る傘に追われて通路の中央に達して居ました。そこで、この事態
の成り行きを固唾を飲んで見守って居た全ての人々の注視の中で、あろうことか風
船が忽然と消えてしまったのです。風船のこの不可解な消滅に人々の動きも停止し
沈黙が私達を蔽いました。

 私達の前には、長身の男が一人延ばした腕に傘を持ち、風船がつい先程迄あった
場所を虚しく探って居る姿があるだけです。

 その地下街通路の天井には、地下街を歩く人々が酸欠で金魚になったり、新鮮酸
素の不足によって生じる判断力の低下につけ込んで商売をしようなどと云うつもり
のない証拠として、いえ、それは望むべくもなかったのです。何故なら、客の判断
力が低下したばかりでなくそこで働いていた人々の判断力も同時に低下してしまっ
たからです。そこで、仕方なく人々に快適な環境を提供するものとして換気の為の
排気と新鮮空気の送風口が設けられていたのです。

 話しがだいぶ地下街してしまった様です。申し訳ありません。で、ご説明へと戻
りますと、氏が傘で追った、小さな女の子の風船は、運悪くその排気口へと吸い込
まれ、行方知れずとなったのです。時同じくして小さな女の子の気持ちも暗いトン
ネルへと吸い込まれて行ったことは申す迄もありません。まっこと地下街には全知
全能の神のご配慮も届かないもとの思われます。

 さて、人々が一瞬の驚きから溜息と共に現実に戻り、この事態の展開を氏の責任
として追求するのは、行き過ぎであるとの結論と共にこの風船遭難行方知れず事件
を意識から排除する為に視線のコントロールを始めると、もうそこには伸ばした腕
に傘を持った長身の秋本氏の姿はなく、いつも通りの地下街の雑踏に戻っておりま
した。秋本氏も又風船と一緒に何処へかと吸い込まれてしまったのでしょうか?
いいえ、そんなことはありません。氏は歩行者に戻っていらしたのです。

 私はいつのまにか壁際を目立たぬ様に移動して行く氏の寂しげな後ろ姿を万感の
思いと共にお見送りしたのでした。

 我等の秋本氏が、これからもこの様な運命の悪戯に懲りることなく、私達の為に
御活躍下されますことを、 そうして神のご加護があります様にと心からお祈りしつ
つ、ご報告を終わりたいと思います。

                               おわり





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