#1535/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (VLE ) 89/ 4/12 16:30 ( 89)
お題>「傘」 (宇宙編) あるてみす
★内容
近傍に恒星でもなければ、ほとんど暗黒と言っても過言ではない宇宙空間。
何の変哲もない、完全な真空に近いその空間を、一隻の宇宙船が音もなく滑る
ように切り裂いていった。
宇宙船の名はヒガサ。フォトンアンブレラという形式の船で、そのプロトタイ
プである。
この船、光子エンジンをメインにした新しいタイプの宇宙船なのだが、その光
子エンジンの形により一種独特の形状をしていた。
まず、パラボラアンテナのような形状の丸い板がある。その中心に、宇宙船の
本体とも言うべき一本の軸が突き刺さる。
見方によっては、針金のような女がスカートを履いて、マリリンモンローの如
く地下鉄からの風でスカートを舞わせている、そんな感じに見えなくもない。
あるいは、雨傘の柄を突き通して、持ち手の部分よりも傘の上の方が延びてし
まったような形状と言うべきか。それとも、少し強い風にあおられて、傘が裏返
ったような形状とでも言えばいいのか、とにかく、そのような形である。
なぜ、こんな不思議な形状をしているのか。それにはまず光子エンジンについ
て話をしなければならないだろう。
光子エンジンというのは、要するに光子を噴出させることにより推進力を得る
ものなのだが、光の推進力など、他のエンジンに比べると桁違いに小さく、それ
をカバーするためにノズルを大きくする必要がある。ちなみに、この船の噴出口
の直径(つまりスカートの部分)は数十キロメートルもある。
これだけだと、何故これほど効率の悪いエンジンを使わなければいけないかと
いう疑問も生じるだろうが、ちゃんとメリットもあるのだ。それは、燃料がいら
ないということである。
推進力の元となる光子は、宇宙空間にわずかに浮かぶいろいろな分子や原子を
捕獲し、その質量をエネルギーに分解することで得る。その捕獲はノズルの表側
(つまりスカートの表)で行なわれる。当然、恒星の近くなどで光の強い(つま
り太陽風の強い)場所ほど加速もしやすくなる。
だが、このエンジンには、高速の時はいいのだが、低速時には加速がきかない
という欠点もある。
そこで、最初は普通のエンジンで加速を行ない、引力圏からの離脱も計る。そ
の後、ある一定の速度になったとき、普通のエンジンを停止して、光子エンジン
に切り替えて、燃料のロスが皆無のまま宇宙空間を滑っていくのである。
この、行く手からの光や物質を遮って、それを光エネルギーに変換して推進す
るという所から、フォトンアンブレラなどという夢のない形式名と、ヒガサなど
というセンスのない名前が付いたのである。
ヒガサは万事順調のまま目的地に向かっていた。その目的地は白鳥座。日本の
夏の夜空を彩る代表的な星座である。この星座を相合傘などと言う奴もいるが、
確かに言われてみれば、そんな格好に見えなくもない。
その中で最も代表的な星デネブと、その近傍の調査が、今回のフライトの目的
である。
白鳥座方向からの物質エネルギーを受けて、ヒガサは光速に近いスピードで滑
空していた。
そして、その速度ゆえに、時々は空間に裂け目を作って、一気に数十光年を飛
ぶこともあった。
こうして、わずか数カ月でヒガサは目的地に到達することができるのだ。
デネブまであと十数光年。白鳥座はすでに白鳥座ではなく、それぞれの星は全
く別の星座を形成していた。
「ワープ準備オーケーです。」
光子エンジンのコントロールルームから通信が入る。これが最後のワープ。こ
のワープが終われば、デネブまでわずかの距離に近づけるはずだ。
「では、目的地に向かって、ワープ開始。」
船長の合図でヒガサは最後のワープに入る。と、一瞬、船体に走る激しい衝撃。
何か起こったらしい。しかし、そんな衝撃をモノともせずに、ヒガサはワープ
に入った。
乗組員が我に返ったのは、ワープが終了してからだった。
早速、衝撃の原因と被害状況を調べよ、という命令が走る。
各部所で被害状況が調べられ、結果が報告されていった。そして、その結果。
エンジン傷害−ネガティヴ。
レーダー系の傷害−ネガティヴ。
電気系傷害−ネガティヴ。
居住区の被害−ネガティヴ。
ネガティヴ! ネガティヴ! ネガティヴ!
少なくとも見た目では全く被害がなかった。そして、あの衝撃がなんであった
のか、その原因も掴めなかった。
(一説には、作者の陰謀という声もあるが、私にはなんとも言えない。)
ただ、一つだけ。本当に、わずかに、これだけが唯一の被害であり、そして、
最大の被害でもあった。その報告はレーダー係によってなされた。
「現在の座標、当初の目的地から大きく外れています。現在地……ええと、デネ
ブからXポイント317、Yポイント4195、Zポイント793。いわゆる、
白鳥座X1の近傍と思われます。」
一瞬、不気味な静けさが船内をおおった。白鳥座X1と言えば、ブラックホー
ルの疑いが強い星ではなかったか。
そして、それを裏付けるかのように、ヒガサはX1に向かってコースを変えて
いた。
あわててコース修復を計るが、時すでに遅し。X1の強大な引力圏に引っかか
ったヒガサは、乗組員の必死の努力も空しく、X1に向かってまっすぐに突き進
んだ。
X1へ流れ込み、渦を巻く分子や原子達の流れ。そして、その流れに乗ってし
まったヒガサ。
さすがのヒガサも、後方のみから来る物質に対しては、得意の光子エネルギー
変換がかけられず、あっさりとX1の中心に向かって押し流されていった。
傘だって雨が下から降れば役に立たないし、太陽の光が下から当たったら日傘
だって役に立たないのだ。ヒガサの構造的欠陥を、誰が責められよう。
−END−