#1390/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (HYE ) 89/ 1/28 21:48 (185)
仮タイトル PAPER LOVER (2) NINO
★内容
爽やかで軽い鈴の呼び出し音がしたので、マルチ・ノートを置いてある奥
の部屋へいった。ノートを取り上げ、相手先を確かめる。確認もとらずに、
うっかりインター・ヴィジュアルで会話したために、面が割れて御用となっ
た仲間もいるからだ。ノートに浮かんできた人物の名は、精神外科医の田中
直樹だった。即座にインター・ヴィジュアルに切り替え、映話を接続した。
「よお」
丸縁の眼鏡をかけた細い顔が、霧の中から出てくるようにノートに現れる。
「どうしたんだ。昼飯どきに。どうせ冴木のバーで会うんだから、わざわざ
「「」
「お前んとこに客がきただろ、ショートカットで「「」
そう、えらい目に会わされた。
「ああ、きたよ。知り合いなのか。彼女は一言もいわなかったぞ」
「俺だって言いたくないよ」
「どうゆう関係だ」
「まあ、知り合い以上の関係、だな」
「それじゃ、やっぱり彼女はアンドロイドか」
「そうじゃなきゃ、怖くて抱けないよ」
妻は人間、抱くのはアンドロイド、それが奴の口癖だ。
「アンドロイドとして見るなら、彼女は変調し始めている」
「だから、お前のところに行かせたんだ。早いところ魂を抜いちまってくれ。
ほっとくと、かみさんも彼女も、俺を殺すかもしれない状態なんだ」
正確には魂ではない、と思ったが私は口にしなかった。本当にそれがなん
であるか、誰も知らない。ただ、様々に呼び方があるだけだ。
「彼女は記憶の削除、と言ってきたんだが」
「そう言い聞かせるより他ないだろうが。辛い思い出があったら行くといいっ
て教えてやったんだ」
「彼女たちには嘘はつきたくない」
田中の困った表情、奴は半ば諦めている。私が頑固なのを知っているから
だ。これは私が心を取り去る仕事を初めて以来、変えていない信念だ。彼女
たちは嘘がつけないし、人の為を思って嘘をつかされたとしても、すぐ分っ
てしまう。だから、彼女たちに応対するときは、嘘をつきたくないのだ。
「彼女の記憶は見ない方が得策だ、いや、見るな。これは警告だぞ。忠告じゃ
ない。じゃ、頼んだよ」
と言い、映話を切る。いつになく厳しい表情だった。
「どうゆう意味なんだ、それは」
という私の声は、伝わることなく消えた。まあいい、いずれ分る。それよ
り直樹のおかげで、今度彼女が訪ねて来ても、人間かもしれないという不条
理な不安や恐れを感じることなく、処理にうつれることの方が大きい。直樹
の目は確かだ、それに奴は関係をもったのだから。
そう思った時、ドアがギイと音をたてて、来客を知らせた。私はこれから
昼食を取りますので、と言って追い返そうと思いながら、受け付けに向う。
「あら、良くなったの。目を覚ましたらお腹がすいていると思って、お弁当
買って来たわよ」
ショート・ヘアに少し頭の弱そうな感じの美女、直樹から頼まれた女、さっ
き私を気絶させた女だ。
「帰らなかったのか」
「藤原さん、悪い事しちゃったね。これ、詫びのかわりさ」
と、頭を掻きながら照れ臭そうな表情をする。ぶら下げた袋には二つ、弁
当が入っている。彼女たちは食事することも、排泄することも可能だ。吸収
の効率は悪いが。
「一応、看病したんだよ。まさか倒れるなんて思わなかったから」
反省するようにうつむいた顔から、うわ目づかいに見ている彼女の姿を見
た時、私は知りつくしているはずのアンドロイド感情表現とは何か別のもの
を感じた。限度を越えた悪戯も、そのときには何故か可愛らしいもののよう
に思えた。
「……ありがとう」
ドアの外の液晶板に昼食中の表示をだし、私たちは奥の部屋へいった。彼
女は奥の作業台に座って、私はデスクで、弁当を食べる。
「私の職業、当ててみな」
「看護婦だろう」
確信をもって答えたつもりが、彼女の顔を見て不安になる。
「理由は」
「それ以外にないからさ」
「当たり前よね。私が特種っていうのは、すぐわかるもの。デスク・ワーク
の一種(ホワイト)や、製造業の二種(ブルー)とは違いすぎるからね」
箸をとめて、私は彼女の顔を見る。人間との表情の微妙な異差を、見抜く
のは不可能にちかい。何年も訓練を受けた私ですら分らないのだ。人間のよ
うなアンドロイドは見抜けるが、アンドロイドのような人間は分らない。
「それじゃさ、私たちがもらうとされてる給料の別名知ってる?」
「いや」
「原価償却費ってのよ。設備・機械と同じ。十数年に渡って均等に返されて
いくお金。それも殆ど製造した会社が取るのよ。ブルーやホワイトはまった
くお金は貰えないわ。もっとも、彼らにお金の使い方が分ればの話」
弁当箱の食べ物をいたずらに並べかえながら、彼女は思い出すように言う。
思い出したように……だと。なんとも擬人的な表現だ、自分でも笑いたくな
る。
「そうそう」
彼女はまた思い起こしたように言う。食事を終えた私は、タバコに火を点
けた。
「なんだい」
「仕事でさ、患者が、ボケちゃった患者がさ、さっき食事したばかりなのに、
すぐに次の食事を頼むの。言われるままもっていくと一口だけ食べて、突っ
返す。そしてまた食事を頼むのよ。でもすぐ捨るのを分っていながら、また
もっていきゃなきゃならないの。たまらないわ」
彼女の喋り方は、何かが違う。アンディーに対して”実感”という曖昧な
言い方が通じるという仮定の上で言えば、その通りだ。話に実感がないのだ。
話の内容は、確かに何度も聞かされるネタではあるのだが。
「よだれがぐっしょりかかった食事の後始末、どうすると思う」
「火炎放射器で焼き捨てる」
銃を構えるような格好を見て、彼女は笑う。私はその本当の答えを知って
いる。
「それね。私たちが食べるのよ」
「味なんて分らないんだろう、君たちは」
「嫌悪感があれば、充分よ」
「それもそうだ」
私はその日の午後のカウンセリングを休み、直樹の忠告も忘れ、彼女の<
脳>を探索した。だが、記憶の消去という大きな作業は到底できなかった。
構造が複雑すぎるのだ。
こころを奪うという作業も同様の困難さはある。ホワイトやブルーの<脳
>構造を理解しているから、それと同等である基本の機能部分だけを残して
消去すればいい。彼女たちにも様々なタイプがあるから、その部分を発見す
ることだけが困難なのだ。
だが、記憶「「それも特定の記憶だけを消去するとなると、その難易度は
急激に高まる。何しろ、記憶の選定が難しい。万一、発見した場合でもきれ
いには消去できない。記憶を切り取ったままでは、その連節点から再生する
可能性があるからだ。連節点をうまく丸め、再生の可能性を断つ、というよ
うな完全に成功した例は、同業者たちにも、研究者にもない。
彼女の<脳>構造は特に複雑だった。
おそらく、仕事を捨ててからかなり長い月日が経過しているのだ。仕事を
やめる動機ができること自体、つまり私にこころの消去を依頼にくる自体が
彼女たちの感情が複雑になってきている証拠なのに、様々な種類、多くの経
験を積んでしまったアンドロイドの<脳>構造なぞ手に負える代物ではない。
しかし、私はやる気でいた。
「今日はこれで終わりにさせてくれ」
「削除してないじゃない」
「ああ、すぐは無理だ……あの、さ。君の名前聞いてないな」
「カオリよ」
「カオリ、ね。いい名前だ。それから、一週間は通ってもらうことになるよ。
それに処理の費用は「「」
「かなり必要なんでしょ。一千万を越えないようなら、用意できると思うわ」
「ああ、それくらいあれば充分だ」
「それじゃ」
と、ドアの閉まる音。私はなぜか、住所やアクセス・ナンバーを訊かなかっ
たことを後悔した。明日尋ねれば済むことを、私はファイルに写した脳地図
から探そうと必死になった。しかし、その不完全なマップからは、やはり何
も分らなかった。
日没と共に街から様々な色が消えていき、白/黒/赤だけがオフィス街の
夜を彩る。様々なアンディーたちは、創造的な人間の社員たちが帰った後も
業務を続けている。昼間でさえ、人間とアンドロイドの人口比は1:5なの
だ。夜は限られた者以外、人間がこの街からはいなくなるのも不思議ではな
い。フューチャー・ビークル社の代表取締役を務める坂上信彦も、アンディ-
とともに残る社員の一人だった。
本社ビル最上階から見下ろす風景は、彼が幼い頃につくった都市そのもの
のように見える。美術担当の教師が、幻想的、かつ機能的と形容した、夢の
都市そのままに。信彦はそれを毎晩、窓際に立って眺めていた。日常生活の
一部なのだ。それは彼を予言者の気分にさせてくれ、慰めてくれる景観だっ
た。
「窓を暗く」
信彦は雑務を任せているアキコにそう言った。窓の透明度が低くなり、街
「手紙はきているかな」
「あの女性からの手紙は、ありませんでした」
部屋の隅から、アキコの声。
「そうか、まだこないか」
信彦のまっている手紙は、電子メールでも、映話の録画でもない、本物の
手紙だ。
「お前はどう思う」
「そう言われましても、私のような者には答えられません」
「そうだ。それでいい」
信彦は頷く。アンディーには人間の気持ちが理解などできないと自分に言
い聞かせたかったのだ。それが例え特種アンドロイドであっても。
「ようやく、お前も私を怒らせないようになったな。前のアンドロイドは一
種だったし、この手の事の覚えが悪いので、始末してやったんだ。その処分
のやり方を、お前は知っているか」
アキコはぞっとした。毎日、同じことの繰り返しではあるが、ここだけは
慣れることがなかった。アキコは力を振り絞って言う。
「し、知っています」
信彦は囁きにも近いその声を聞き逃さなかった。
「じゃあ、言ってみろ」
「……ア、アンドロイドの感覚遮断機能を破壊します「「」
「それは何の為だ」
「そ、そ、それは、痛みをコントロールできるアンドロイドの刺激の限界を
とり除くためです」
「もっと具体的にだ。私がいつも聞かせてやっているように」
信彦はケースから葉巻を取り出し、ゆったりした黒皮の椅子に腰掛ける。
「そ、そ、ソ、ソレハ、ウ……」
信彦の目の前で、アキコは崩れるように倒れる。
それを冷徹な目で眺めながら、アキコのこころの感情移入機能が、まだ充
分に強化されていることを確認する。信彦にとってアキコが他の社員を構成
するホワイトとは違い、特種アンドロイドであることが役に立つのは、この
一瞬だけだ。フューチャー・ビークル社としては、社交場などにも秘書アン
ドロイドを連れて行くために彼女が特種であるのだが。
ようやく一人の時間をもてた彼は、手紙を交わしている、まだ姿を見ぬ恋
人のことを思う。アキコがまた起き上がれば、綿密なスケジュールのなかに
再び飛び込まねばならない。その数十分の為に彼は退社前、毎日のようにア
キコの感情移入機能を責めつけ、機能停止状態に追い込むのだった。アキコ
の前任者であり、一種のアンドロイド、ナオミの頃からそうやってきたのだ。