AWC 10円玉 DUMBO OZAKI


        
#1388/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (HWA     )  89/ 1/27  16:39  (139)
10円玉          DUMBO OZAKI
★内容
「じゃ、また」

「・・・・うん」

まただめか。どうして、どうして、本当の自分の気持ちが言えないのだろう
か。好きだと。なぜそんな短い単語を口に出せないのだろう。

あれはつい3週間前。
バイト先に電話をかけようと、赤電話を見つけたのはいいものの、小銭がな
く、困っていた彼女に、

「どうぞ、どうぞ」

と、小銭をくれた彼。それが、彼女と彼との出会いであった。
そんなには目立たないが、気取ったところのない、人のよさそうな彼。
少々地味な出会いだったが、彼女にとっては劇的なものであった。一目惚れ
だったのである。
そんな、ひょんとしたことから付き合い始めた二人。いや、付き合うといっ
ても、恋人、とではなく、友達、とであったようである。勿論、これはそう
いうことにとかく疎い彼の性格のためであったが、彼女としてはこの友達関
係から脱したかったのは間違いのないことであった。
だったら、好きだと彼女の方から素直に言ってしまえばいいのでは、と考え
るものなのだが、変なところで心配性な彼女は、彼の方から断られたときの
ことを考えると、そのようなことはとても言い出せなかったのである。
そんな、第三者から見れば、ほほ笑ましいばかりの関係をしばらく続けてい
たが、しばらくすると彼女は焦り始めた。もしも、彼に彼女が出来たら・・
本当に彼女は心配性だった。だが、現在、彼には付き合っている彼女がいな
い、という確認もしてないくせにそんなところは都合よく考える楽天的発想
をする人でもあった。一番、恋愛ベタである性格パターンである。

ビーッ。
電話が、残りのコインが最後の一枚なのを知らせた。
どうしよう。もう追加の小銭は持っていないのだ。
あと一分。今回もまただめなのだろうか。しかし、何としても自分の気持ち
を相手に伝えたかった。なんだか、今日逃したら、もう二度とチャンスに会
えないような気がしてならないのである。

「わざわざ、電話ありがとう」

「あ・・・・いいえ。そんなこと・・・・」

だめだ。どうして私って、こうダメなのかしら。いつまでもこんな関係でい
てはだめなのだ。たった一言・・・・・・時間がない。

「じゃ、また」

「・・・・・・・うん」

「ばいばい」

「・・・・あ、・・・・ちょっと」

「ん?  何?」

「え・・・・・うん」

「どうしたの?  何かへんだよ」

切れる・・・・電話が切れてしまう・・・・・・・・・と、その時。

ビーッ。
また、電話は、コインが最後の一枚になった警告音を出した。そして、その
ビープ音は、彼女の心の中にも大きく響いたのである。

「私、細田さんのこと・・・・好きです。会ったときから・・・・ずっと」

「えっ?」

プツン。電話が切れた。
切れたが、私は言った。ついに、私は自分の気持ちを彼に伝えることに成功
したのだ。ずいぶんぎこちなかったが、言ったのだ。好きです、と。
しかし、しかしどうして追加のコインを入れなかったのに、二度、警告音が
鳴ったのだろうか。電話が故障したのだろうか。それとも、一体・・・・・
だが、そんなことはどうでも良かった。今はただ彼に伝えた先程の言葉に対
するうれしさと、少々のはずかしさに胸がいっぱいなのであった。


「ごめんごめん。待った?」

彼が来た。予定の時刻よりも5分遅い。そう、今日は彼とのデートの日なの
だ。

「ううん。そんなに待ってないよ」

「いや、ごめん」

彼女と彼は、腕を組み、身を寄せ合い、楽しそうに話しながら歩き始めた。
そう、彼女にしてみれば念願の、友達付き合いから脱したのである。あの電
話の後、なにがあったのかは分からないが、どうやらあの電話での一言が効
をなしたようである。

「あれ?」

彼女は足をとめた。
例の電話を数人の作業員らしい人達が取り囲んでいる。
彼女が決定的一言を言ったあの電話。
どうしたのだ?なにをしているのだろう。
彼女は近づくと、作業員の一人に聞いてみた。

「その電話、どうするんですか?」

作業員は電話の裏側から出ている線を切断しながら、こちらも向かずにそれ
に答えた。

「取り替えるんだよ。今時、赤電話なんて古いからね。今度はカード式にな
  るんだ」

ボコッ、という音とともにその電話は台座から取れた。作業員達は、それを
乱暴に脇へ置く。
彼女は、その光景をしばらく眺めていた。
彼との出会いから始まって、彼女の愛の告白までも知っている赤電話。ずっ
と彼女らのことを見守ってくれていた赤電話。
彼女がまごついているときには時間延長までして、彼女に勇気を与えてくれ
たこともあった。勿論、それは彼女がそう思っているだけにすぎないのだが。
だから、彼女はその電話が取り外されるのがいやであった。彼女にとっては
ただの電話ではなく、恩人としての存在でもあったのである。

「どうした?行こう」

彼が彼女を現実に引き戻した。

「うん・・・あっ、ちょっと待って」

彼女はバックから財布を取り出すと、その中から10円玉を出した。そして
脇へ置かれた赤く、きずだらけの電話の前にしゃがみ込んだ。

「この前借りた10円、返さなくちゃぁ」

と言って、投入口へ10円玉を入れた。
その赤電話は、外されて捨てられてしまうことの悲しさか、それとも、恋の
キューピット役を演じた満足感でいっぱいなのか分からないが、それでも彼
女のそれに、彼女にしか聞こえない程度で返事をした。

チン、と。

                                      DUMBO OZAKI

                                                     End of line.





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