AWC 『熱帯魚』(5)   栗田香織


        
#1349/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (TCC     )  89/ 1/13  16:47  ( 53)
『熱帯魚』(5)   栗田香織
★内容


              (5)

 翌日の午後、哲夫は一人でやってきた。
 病室へ入って来ると、手に持った紙袋を差しだした。美佐子が中を覗いてみると、
真っ赤な林檎が5、6個入っている。
「どうしたの、これ」
「お見舞いに決まってるじゃない。ぼくのお小遣いで買ってきたんだよ」
 哲夫は走ってきたのか、息をはずませせながら答えた。
「ありがとう。とってもおいしそうね」
 美佐子は林檎を一つ取り出し、それをもてあそびながら、どう切り出そうかと考
えあぐねていた。急に親しみを増してきた二人の間に、昨日の真智子が言っていた
疑問を投げ込むのは気が引ける。かといって、このままうやむやにしたくはない。
美佐子は、やっとのことで口火をきった。
「あのねえ、昨日の事故だけど……あのとき、お向いの伸一君が二階の窓から哲夫
君のことずっと見てたんですって。それでね……」
「ふうん、見られてたのか」
 美佐子の言葉を遮るように、哲夫がつぶやいた。
「それじゃ、やっぱり……」
「そうだよ。ぼく、わざとぶつかったんだよ」
 哲夫の平然とした言い方に、美佐子は驚くよりあきれてしまった。
「なぜ? どうしてこんなことしたの」
「ずるいよ。ぼくだけに白状させて」
「……」
「熱帯魚……殺したでしょう。花壇の隅に埋めてあったの、見つけたよ」
「あ、あれは……」
「いいんだよ、怒ってるわけじゃないんだから。ぼくねえ、本当は美佐子さんがう
ちへ来たとき、嬉しかったんだ。やさしそうだったし、お父さんとぼくだけじゃ寂
しいしね。でも、お母さんの買ってくれた熱帯魚がいつもぼくを見張ってるような
気がしてた。『新しいお母さんと仲良くしちゃだめよ』ってね。だから美佐子さん
をなるべく無視するようにしてたんだ。でも、この前スキーから戻ってみると、な
ぜか違う熱帯魚が泳いでいた。ぼくにはすぐわかったよ。だって、あれはネオンテ
トラじゃなくて、カージナルテトラだもの」
「カージナルテトラ?」
「美佐子さんが間違えるのも無理はないけどね。とてもよく似てるんだ。ネオンテ
トラは赤い部分が尻尾の方だけだけど、カージナルテトラは身体の下半分が全体的
に赤いんだ」
「そうだったの。とんだ失敗ね」
「ぼく、本当のこと言うとほっとした。だって見張りがいなくなったんだもの。美
佐子さんをいつ『お母さん』って呼べるかなって考えてた」
「自分だけのお母さんじゃなきゃいやだったの? だから赤ちゃんがいない方がい
いって、そう考えたの?」
「それもあるけど……」
 哲夫はちょっと首を傾げて、考えるようなそぶりをしてから、
「喧嘩でもそうでしょう。仲直りするときは、おあいこにしてからだよ。ぼく男だ
からね。やられっぱなしじゃ仲直りできないもん」
 と、得意そうに鼻を動かした。
「おあいこ……」
「そうだよ。ね、これでおあいこだから、これからはなかよくやろうね」
 哲夫は無邪気な笑顔で言った。

                       === おわり ===




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