#1283/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (RMF ) 88/11/27 21:13 ( 99)
「秋本ヨナの復活」第7話 ノルウエイの森 山椒魚
★内容
秋本氏が看護婦に注射を打って貰っている間に、山椒魚は、書棚に積んであ
る秋本氏の愛読書を眺めた。きみがどんな書物を読んでいるかを言ってみたま
え、そうすれば、きみがどんな人柄であるかを当ててあげよう、と言った有名
な作家がいる。誰だったかは忘れたが、わざわざ出典を調べることもないだろ
う。この程度のことなら山椒魚でも言える。
梶井基次郎の珠玉の短編集、原口統三「二十歳のエチュード」ーーー秋本氏
が若い頃に読んだ本である。なるほど、なるほど、早熟の天才、純文学。こん
な本を読むと、前途有為な青年もまともに働く気がしなくなり、首を吊って死
にたくなる。栗本慎一郎、小室直樹、呉智英ーーー晩年の秋本氏は、小説より
もこういう変人評論家の書いたものを愛読していた。なるほど、これも理解で
きる。小田嶋隆、青島美幸、青木雨彦ーーーこの三人については、山椒魚に予
備知識がないから何とも言えない。
村上春樹「ノルウエイの森」ーーー問題の作品である。秋本氏は、今年の正
月に年始にも行かず、まる2日かけてこの小説を読んだ。忘れていた感性がよ
みがえり、1ページ読む度に、本を置いてあれこれ考えた。いい本にめぐりあ
った時の秋本氏の癖だということであるが、それにしてもずいぶん時間がかか
り、読み終えた後に後遺症が残ってしまった。これがきっかけになって、秋本
氏は、お笑い小説、ウンコ小説をあまり書かなくなったのである。
秋本氏にそれほど大きなインパクトを与えた「ノルウエイの森」であるが、
実は山椒魚は作者の村上春樹にあまりいい感じを抱いていない。昔、ヴォネガ
ットの作品を愛読していたので、デビューした当時、ヴォネガットに作風が似
ているという評判が立った村上春樹の「1973年のピンボール」を読んでみ
たが、あまり面白くなかった。ヴォネガットの苦いユーモアとペーソスの味は、
村上春樹よりむしろ秋本氏の作品に一脈通じるものがあるように思う。
しかし、秋本氏にあれほどの影響を与えた「ノルウエイの森」を読まない訳
にもいかないので、山椒魚も最近になってやっとこの作品を読んだ。いつの間
にか、ベストセラー第1位にのしあがっている。純文学作品にしては珍しいこ
とだ。山椒魚は知らなかったが、「ノルウエイの森」というのはビートルズの
曲だそうである。若い頃、ビートルズの曲に親しんだ人なら、この曲名を聞い
ただけで古い情緒がよみがえるという。そうか、秋本氏もビートルズの世代か。
ビートルズの世代と言えば、70年安保、学園紛争、全共闘の世代だ。この
世代の青春小説が今ごろ売れるとはどういうことだろう。すぐれた青春小説は
世代を超えて読まれるというが、「ノルウエイの森」は、そのようなすぐれた
青春小説なのか。山椒魚の青春は、それより一昔古い60年安保の時代、代表
作は、柴田翔の「されどわれらが日々」である。主人公が「僕たちはきっと老
いやすい世代なのだ」という有名なセリフをはいている。柴田さん、私もあな
たと一緒に早々と年老いてしまいましたが、今頃になってパソコン通信でこん
なことをやっていますよ、歯歯歯。
おっと、何を言っているんだ、そんなことはどうでもいい。看護婦もいなく
なったようだから、秋本氏と少し議論をしてみよう。
「秋本さん」。
「まだいたのですか」。
「ええ、パソコン通信文学について御高説を伺いたい、と思いまして」。
「何ですかあらたまって」。
「パソコン通信文学は、カウンターカルチャーになりうるか、という問題を
どうお考えになりますか」。
「カウンターカルチャー? そりゃまた、何のことですか」。
「既成文化に対する対抗文化、という意味です。パソコン通信文学は、サブ
カルチャー(下位文化)に甘んじてはならない、カウンターカルチャーを目指
すべきである、と私は考えているのですが」。
「ほう、山椒魚さんは、なかなか難しいことも言うんですね」。
「ええ、私はこう見えてもけっこう教養があるんです。如何でしょうか。こ
の問題についての秋本さんの御見解は」。
「私は、作者が楽しみながら面白おかしく書ける、というのがパソコン通信
文学のいいところだと思っています。カウンターカルチャー? そんな大げさ
なことは歯歯歯です」。
「いや、秋本さん、その楽しみながら面白おかしく書ける、という点がカウ
ンタカルチャーなのです。最近の文学雑誌に載っている純文学作品にそんな作
品がありますか。読んでも退屈する代物ばかりです。あれはきっと作者が楽し
みながら書いていないからですよ」
「村上春樹の「ノルウエイの森」は退屈しなかった」。
「あれは純文学でしょうか。エロ小説みたいな気がしますが」。
「エロ小説には違いないが、考えさせられるものを持っています」。
「しかし、笑いがありませんね。バタ臭い、気取った会話がおかしいと言え
ばおかしいですが」。
「あなたの感性がひからびているのです」。
「そうかなあ。私は、秋本さんには「ノルウエイの森」の影響を受けてほし
くないのです。たとえば、「春雨の中の美幸」などは、「ノルウエイの森」を
読んでから書かれたものです。たしかにアマチュアとは思えないうまい作品な
のですが、あれではやはりサブカルチャーだと思うのです。しかし、「贈物を
ありがとう」の酔っぱらいの野太い野生味、あれはカウンターカルチャーの破
壊力を持っています。純文学の狭い枠からははみ出しているが、幅広い読者層
から支持されそうな魅力があるのです。秋本さん御自身もあの作品には愛着が
あるでしょう」。
「歯歯歯。あたりです」。
「やはり作者が面白がって書く作品でないと読者も面白いと思いませんね。
「村上朝日堂」や「鴻上夕日堂」なんかは、エッセイですから、作者もある程
度楽しんでいるようですが、面白さの点では「秋本骨つぎ堂」に及ばない」。
「そんな風に褒められると流石に私も悪い気はしないが、歯歯歯、しかし、
山椒魚さん、どうもあなたには曲者の感じがする。こうして私につきまとって
いるのも何か企みがあるんじゃないかな」。
「そんな企みなんかありません」。
「いやあやしい。正直に白状したらどうですか」。
「まあ、ちょっとした計画のようなものがあって、それに秋本さんが参加し
てくれたらいいな、という程度の気持ちは持っていますが、企みというほどの
ものではありません」。
「どんな計画ですか」。
「それは、今は言えません」。
「もったいぶって」。
「とにかく一刻も早く全快して、AWCに復帰し、カウンターカルチャーの
旗手として活躍して下さい」。 (続)。