AWC 「秋本ヨナの復活」第4話 謎の女   山椒魚


        
#1280/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (RMF     )  88/11/27  20:53  ( 99)
「秋本ヨナの復活」第4話 謎の女   山椒魚
★内容

 1週間後、山椒魚は秋本氏に逢うためにイソイソと川崎の喫茶店「閑古鳥」
に行った。ところが、店内に秋本氏の姿はない。そのうち現れるだろうと期待
して待っていたが、20分、30分、1時間たっても現れない。どうやら、ス
ッポカされたようだ。たとえフィクションとはいえ、作者の都合通りいつも簡
単に逢える訳でもない。

 仕方がないので、山椒魚はキョロキョロ店内を観察した。「秋本骨つぎ堂の
逆襲」(変わる川崎)や(国際都市川崎)に出てくる中国人のウエイトレス嬢
の背中、二人連れのフィリピン嬢の目の下のクマ、レシートの取り合いをする
おばちゃんたちの中国拳法のような手の動き、テレビを競馬放送のチャンネル
に変えるオッチャンの後頭部などなど。

 そこへ、変わる川崎を象徴するような若いカップルが入ってきて、
 「アイスティー」
 「ICE・TEAお願いしまーす」と叫んだ。
秋本氏のデビュー作「叫びのアイスティー」に出てくるカップルだ。ヒマをも
てあましている山椒魚は、そのカップルの会話に聞き耳をたてた。

 「早く用件言いなさいよ」女が言った。
 「なんだよ、その言いぐさは」男が言った。
 「何よ、あんたが話をしようって頼んだからきてやったんじゃないの」。
 「・・・・・・・」。
 「なによお、その顔」。
 「わるかったな、こんな顔で」。
 「いっとくけどさあ」。
 「何だよ」。
 「ちょっと、その何だよと言うのやめてくんない?」。
 「な、な、・・」。
 「ほらまた」。
 「言ってないじゃないか」。
 「言ったも同じよ」。
 「違うさ」。
 「・・ちょっとお、一体私たちここでなにやってるわけぇ」。
 「何って」。
 「電話してきたのタカの方なんだからね」。
 「ああ」。
 「ああじゃないでしょう」。
 「そんな言い方すんなよな」。
 「じゃあ、どういう言い方をすればいいの。いつだってそうなんだから」。
 「違うさ」。
 「ちがわない」。
 「・・・・・・・・・」。
 「・・・・・・・・・」。

 まことにクダラナイ内容だが、リアリティのある会話である。愛が覚めてし
まった男と女は、だいたいこのような会話をするものである。愛がある頃は、
相手がどんなにつまらないことを言っても、好意的に解釈しようとするが、愛
がなくなると、相手の言うことがいちいちしゃくにさわり、文句をつけたくな
る、というのはコミュニケーションの基本原理だ。全国津々浦々の喫茶店や家
庭では今日も無数の男女がこれに似た会話をしていることだろう。このような
平凡であたりまえすぎる会話を「文学」にしてしまったのは秋本氏の並々なら
ぬ才能である。

 安子、美幸、聡子ーーー女性心理の微妙な心のヒダを描いて練達の腕を見せ
る秋本氏は、実生活においても女性遍歴を繰り返している可能性がある。おそ
らく多くの愛と多くの別れを経験しているだろう。しかし、秋本氏は愛の喜び
や別れの悲しみを描かない。もっぱら愛に至らない状態や愛が曲がってしまっ
た段階でのおかしみを描くのである。

  いつのまにか「閑古鳥」の客は誰もいなくなった。中国人のウエイトレスの
姿さえない。まったくの静寂。底しれぬ虚無。この虚無の空間の無限の沈黙が
恐ろしい。秋本氏はどこにいったのか。ヨナを呑込んだ鯨はどこの海を泳いで
いるのか。雪が降る、あなたは来ない。待てど暮らせど来ぬ人を宵待草のやる
せなさ。仕方がない、今日のところは帰るとするか、と山椒魚はつぶやいた。

 冷静に考えてみれば、どうでもいいことである。そもそも、秋本氏なる人物
がこの世に存在するかどうかさえも疑わしいのだ。先週「閑古鳥」で逢った秋
本氏や東京駅の銀の鈴の下で逢った秋本氏は、山椒魚の幻覚かもしれないので
ある。もう一度秋本氏に逢って、K&Dの秋本賞への応募をすすめるつもりで
いたが、幻覚の人物相手だとするとそれもムダな努力だ。

 山椒魚は、「閑古鳥」を出て、川崎の街をブラブラ歩いた。「競馬、競輪、
ソープランド。ありとあらゆる怨念と快楽の街」。まるでソドムとゴモラの街
のようだ。胃潰瘍を病んでいる秋本氏は、この街のどこかでひとり淋しく暮ら
しているのだろうか。いや、そうではあるまい。彼には友人も多い筈だ。隠し
妻はいないにしても、ガールフレンドの一人や二人はいるだろう。

 待てよ、そう言えば、川崎に住む秋本氏のテレクラフレンドと名乗る謎の女
性のメッセージがボードに載ったことがある。たしかラグニルとかいう名前の
女性だった。秋本氏はあわてて、「パソコン通信は公共の場です、お願いだか
ら出てこないでね」と懇願した。これに対するラグニル嬢の返事は、「出ない
代わりに、あなたも用も無いのに毎晩電話して来ないでネ」というものだった。
痛烈なレスポンスである。歯歯歯。

 その後、ラグニル嬢は一度もボードに登場していない。秋本氏の葬式の時に
も姿を見せなかった。しかし、彼女がAWCのボードをROMしている可能性
はあるのである。そして、秋本氏は今でもラグニル嬢に電話をかけることがあ
るのではないだろうか。とすると、秋本氏は、K&D小説大賞の募集のことは
とっくにラグニル嬢から聞いて知っているに違いない。わざわざ山椒魚が川崎
まで伝えにくる必要はなかったのだ。

 名探偵山椒魚の推理によれば、健康が回復さえしていれば、秋本氏がK&D
の秋本賞候補作品を発表する可能性は十分にある。しかし、その場合でも、秋
本という名前は使わないかもしれない。従って、もし、ばかみたいで、あほら
しく、意味不明な小説をひっさげて彗星の如くデビューした無名の新人がいき
なりK&Dの秋本賞をかっさらっていったら、その新人は実は秋本氏ではない
か、と疑ってみる必要があると思う。
                                                            (続)




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