AWC 「秋本ヨナの復活」 第1話 銀の鈴   山椒魚


        
#1276/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (RMF     )  88/11/27  20:20  ( 99)
「秋本ヨナの復活」 第1話 銀の鈴   山椒魚
★内容

 旧暦の盆が終わり、JR東京駅は、故郷の土産を手にした帰省客でごったが
えしていた。その人混みの中に故郷の八墓村で墓参りをすませてきたばかりの
山椒魚の姿があった。山椒魚というのは、ほかならぬ私のことである。パソコ
ン通信用に使っている雅号であるが、雅号といえども、名は体をあらわす、私
の風貌、性質が山椒魚によく似ていることは言うまでもない。

 山椒魚は、八重洲口で、銀の鈴を探し求めた。銀の鈴の下は、数カ月前、
AWCの若手作家たちが会合のための待ち合わせに利用し、待ち合わせの数日
前に今は亡き天才作家秋本氏がわざわざ下見をしに行ったたところである。下
見をした秋本氏は、銀の鈴が頭の上に落ちてきて死ぬかもしれないと想像し、
永生という大問題について思いをはせた。東京駅の雑踏の中で永生について考
えるとは並の人間ではない。

 秋本氏が姿を消したのは、AWCの作家たちが会合してから3週間後である。
タバコの吸いすぎとストレスのために胃潰瘍が悪化して、このままパソコン通
信などで夜更しを続ければ、生命にかかわるような状態だったらしい。氏は、
ID番号を返上し、パソコン通信文学の仲間に別れを告げた。

 AWCのボードでは秋本氏のために盛大な葬儀がとり行われた。仲間の誰か
が姿を消したら、死んだと見なされるのである。パソコン通信の世界では離合
集散はつきものであるが、退会する会員のために葬儀まで行われたのは異例の
ことである。喪主は、ドラえもんのような顔をしたCOTTEN氏が勤め、パ
ソコン通信文学における故人の偉大な業績の数々をたたえた。焼香客の数はひ
きもきらず、中には柱の蔭で泣いている喪服の美しい女性の姿も見られた。

  やはり天才は違うな、と葬列に加わりながら山椒魚は羨ましく思った。どう
も巨匠より天才の方が女にモテるらしい。山椒魚は、AWCではなく、<おじ
さん広場>で小説を連載して巨匠と呼ばれるようになったが、たまに褒めてく
れるのはおじさんたちばかりである。秋本氏の作品のように女性や若い人に読
まれた気配はまったくない。パソコン通信文学の巨匠という自己暗示を与えよ
うと、毎晩寝る前に、バッハ、ピカソ、山椒魚、という呪文をとなえ続けるの
が何だかアホらしくなった。

  しかし、しぶとい山椒魚はいつまでも落ち込んではいなかった。巨匠でダメ
なら、天才になればいいではないか。なせばなる。バッハ、ピカソ、山椒魚、
という呪文の代わりに、ランボー、モーツアルト、山椒魚、という呪文をとな
え、秋本氏の文学を研究すれば私でも天才と呼ばれるようになる可能性は十分
にある。天才のデメリットは、早死にすることであるが、山椒魚は、AWCの
三大老人と称された秋本氏、クエスト氏、コスモパンダ氏よりも年上だから早
死にのおそれはない。天才になればメリットしかないのである。歯歯歯。

 歯歯歯、というのは秋本氏独特の歯をむき出しにした笑い方である。山椒魚
は最初のうちは、この下品な笑い方に抵抗を感じていたのであるが、朱に交わ
れば赤くなる、いつの間にか自分も歯歯歯という笑い方をするようになってし
まった。下品と言えば、秋本氏の影響でウンコという言葉を平気で口にするよ
うにもなった。秋本氏の作品にはウンコという言葉がやたらに出てくる。それ
でいて、女性ファンがついているから不思議である。「秋本さんが書かれると、
ウンコも汚い、という感じではなくて、可愛いという印象を受けますね」とある
ファンは言っている。

 山椒魚は、夏休みで故郷の八墓村に帰っている間に秋本氏の全作品を読んだ。
全作品といっても、秋本氏が活躍した期間は1年未満だからそれほどの量では
ない。全部で31ファイル、それぞれがユニークな趣向をこらした完成度の高
い作品ばかりである。いずれも短編で、ほとんどが四百字詰め原稿用紙で10
枚以内だから、井伏鱒二の有名な短編小説「山椒魚」よりもさらに短い。

 プロの作家の条件は、長編小説を大量生産する能力だという説がある。そう
だとすれば、残念ながら秋本氏は失格である。文芸誌などを見ても、四百字詰
め原稿用紙で10枚以内の作品は滅多に掲載されない。しかし、パソコン通信
文学の世界は違う。オンラインで読む人が多いから短かくて面白い作品が歓迎
される。作品の他に、作者がフリーボードに面白いメッセージをアップすれば
さらに歓迎される。秋本氏は、作品以外のメッセージも非常にユニークで、面
白かった。パソコン通信文学のジャンルでは、おそらく秋本氏ほど成功した作
家はいないのではないだろうか。

  山椒魚は、八墓村で先祖の墓参りをしたついでに、秋本氏の菩提もとむらっ
た。川崎院風狂秋骨居士という戒名を勝手につけ、色即是空、空即是色、ナム
川崎院風狂秋骨居士、ナム川崎院風狂秋骨居士、チーンと、祈った。諸業無常
である。パソコン通信文学という業ももやはり無常の世界か。それにしても淋
しい。何とか、天才秋本氏を復活させる方法はないものか。

 復活という思想は、仏教や、神道や、儒教よりもキリスト教の世界のもので
ある。キリストは、十字架で死んでから3日3晩後に姿を現し、復活した。
AWCの偉大なる奇跡とまで言われた天才秋本氏のことだ。キリストのように
蘇り、パソコン通信文学の世界で再び活躍する日がこないものとも限らない。
秋本さん復活して下さい、アーメン、と山椒魚は祈った。

 宗教的八方美人の山椒魚は、神道、道教、仏教、儒教とともにキリスト教も
信じている。ナムアミダブツもアーメンもとなえることが出来るのである。節
操がない、と純粋な信者からは非難されそうなので、人前では無神論者のよう
な顔をしているが、心の中では神も仏もこっそり信じている。旧約聖書と新訳
聖書は、山椒魚の愛読書でもある。

 復活して貰うためには洗礼名があった方がいいかな、と山椒魚は考えた。川
崎院風狂秋骨居士という戒名によって秋本氏の霊は、成仏するかもしれないが
復活する可能性はない。復活して貰うためには洗礼名が必要である。そうだ、
ヨナという洗礼名にしたらどうだろう。3日3晩、鯨の腹に閉じ込められて復
活したあのヨナである。ウンコの話を書き、歯歯歯という下品な笑い方をする
作家をキリストにたとえるのはいささか気がひけるが、ヨナにたとえるのだっ
たらかまわないだろう。

 山椒魚は、ようやく銀の鈴を見つけた。ここで天才秋本ヨナ氏が永生につい
て考えた場所か、と思うとただの待ち合わせ場所ではなく、有難い聖地のよう
な気がしてくる。おっ、山椒魚は思わず目をこすった。すぐそばに、身長18
0センチ位の眼鏡をかけ、浅黒く日焼けした肌の男いが所在なげにタバコを吸
いながら立っている。男は野球帽をかぶり、サンダルをはいている。川崎スタ
イルだ。容貌はどことなく俳優の草刈正雄に似ている。もしかして秋本さんで
は。山椒魚の胸の動悸は、急にドキドキ、ドッキンと激しくなってきた。(続)




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