#1253/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (VLE ) 88/11/14 21:56 ( 66)
トゥウィンズ・2 七章 ( 3/ 3) (38/43) あるてみす
★内容
呼べど叫べど反応はない。一寸先も見えないような闇の中で一人。
「健司くんのこと……健司くんの……健司くん……。」
頭の中の言葉がだんだん短くなっていって、名前だけが頭の中で渦を巻く。
と、突然、頬に鋭い痛みを感じた。そして、
「博美! しっかりしろ、博美!」
エコーがかかったような声が聞こえる。
また頬に鋭い痛み。誰かが頬を叩いてるらしい。
文句を言おうとして、なぜか言葉が出てこない。いや、それ以前に息が吸
えない。
とたんに胸が苦しくなり、手足の末端までが借り物のような重さを感じ、
全く動かせない。
「おい、こいつ、息してねえ!」
そして、何かが胸の上に乗ってくるのが判る。
ちょっとぉ、重いよぉ……。頼むからどいてくれぇ!
そう思いながらも、頭の中では相変わらず「健司」という名前が渦を巻い
ている。
胸を押され、肺からわずかな空気が抜けていくのが判る。そして、
「やべえ。」
って声とともに、胸の上が軽くなり、今度は鼻をつままれて、口に何か柔
らかいものが当たる。
肺に空気が入ってきて、ちょっと変な感じになる。
あれえ? 何か変。息を吸うって、こんな感じだっけ?
「やべえよ、こいつ、全然、息できてねえ!」
「博美、死んじゃったの?」
何やら泣きそうな声がする。
「いや、まだ脈はある。よし、じゃあ、いいか? 俺が息を吹き込むから、
一美は胸を押して息を吐き出させてやってくれ。」
鼻をつままれたまま、また何かが体の上に乗ってきて、胸を押され、肺か
ら空気が抜ける。次に、口に柔らかいものが当たったと思った途端、肺に空
気が入る。ややあって、また胸を押されて肺の空気が抜ける。そしてまた、
唇に柔らかいものが当たって空気が入り……。
それが繰り返されていくうちに、だんだんと現実感みたいなものが戻って
くる。
話し声にもエコーがかからなくなり、それとともに苦しみが増してくる。
さらに、口から空気が吹き込まれ、そして胸を押されて空気を吐き出させ
られる。
何度か繰り返されているうちに、ふいに息ができるようになった。
「う……。」
思わずため息が漏れる。
そのとき、指先がピクッと動いて、指全体、手首、足首、肘、ひざ、そし
て、最後には手足全体が自分のところに戻ってきたように感じた。手足に力
を入れると動かすことができそうだ。
そこで初めて目が覚める。
「博美、大丈夫?」
心配そうな一美の顔が見える。そして、目の前に健司の顔。
「博美、判るか?」
頭の中に健司という名前が残っていたためか、健司の顔を見た途端、思わ
ず反射的に健司に抱きついてしまった。
「おっと、何とか大丈夫のようだな。どうした? ん?」
健司は、僕の背中に腕を廻して、優しく抱き締めてくれる。
「こうやって抱きつかれてるってのもいいもんだな。役得ってやつかな?」
しばらく健司の胸に顔を埋めていたら、何とか気持ちが落ち着いてきた。
頭の中の反響も止まる。
少し顔を上げて、上目遣いに見上げると、健司が軽く微笑んでいた。
しばらくして、健司の手が僕の頭の後ろに廻り、顔を上向かせられる。そ
して、目の前の健司の顔が近づいてくる。
反射的に目を閉じると、すぐに唇が触れた。
胸の奥の方から、何やら熱いものがこみ上げてくる。思わず、腕に力を込
めると健司も強く抱き返してきた。
そのまましばらく時が過ぎ、ようやく健司の唇が離れる。
僕は健司の胸の中で安心感とまどろみに包まれ、そのまま夢の世界に落ち
ていった。
「ひ……、ひどい!」
そう言って、泣き叫ぶ麻里ちゃんの声を耳にしながら……。
−−− 七章 終わり −−−