#1138/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (XMF ) 88/ 9/ 4 22:55 (100)
夏休み>【ブルー・ネットワーク】(16)コスモパンダ
★内容
(15)証 人
「ローだ! ローが帰ってきた」
奇蹟的に不時着水したヘリのフロートに跨がったケンが騒いだ。
ローは時々、海面に頭を出し、ケケケケ・・・と声を出して、浮かぶヘリの周りを
泳いでいた。
「船だ!」
そのケンの側に寄ったヒトミやリーが、今度は騒ぐ番だった。
ヘリのフロートに立ったヒトミ、ケン、リーの三人の目に、水平線の彼方から向か
って来る沿岸警備隊の高速ボートが写った。
「無事だったか」
デッキに上がった途端、いつものスーツ姿ではなく、海パン姿の西田所長がヒトミ
を迎えた。
「所長も御無事でなによりです。ケン君も、リーも元気です」
ケンはヒトミの後ろに隠れていた。
「ケン君を怒らないでください。今日は彼の人生で、最も意味のある日です。彼だけ
ではありません。私にとっても、いえあなたも、あれを見た全ての人にとって」
西田はこくりと頷いた。
ヒトミに父親の前に引き出されたケンは、照れ臭そうにしていたが、口を開いた。
「父さん、ごめんよ。心配かけて」
西田所長は、黙って大きな手をケンの頭の上に置いた。
ヒトミはケンが殴られるのかと思った。
西田がケンの髪の毛をクシャクシャと撫でると、ケンは西田に抱きついた。
リーも、西田の前に立った。
「所長さん、すみません。ご心配掛けました。僕がヒトミさんのボートに黙って乗っ
たんです。ヒトミさんは知らなかったんです。僕が悪いんです。くびにするなら、僕
をくびにしてください」
西田は背の高いリー少年を黙って見つめた。
リーは西田の視線を真っ直ぐに見返していた。
西田は、ケンの頭を撫でていた右手を差し出した。リーはその手をそっと握った。
ぎゅっと握り締める西田の手の力強さにリーは暖かいものを感じた。
「これからも一緒に働いてくれるね」
唇をぎゅっと噛んだリーは「はい」と、力強く返事した。
視線をヒトミに移した西田は、穏やかな声で話し掛けた。
「あなたもだ、ヒトミさん。これからもあなたが必要だ。研究所にとっても……」
西田はちらっと自分にしがみついているケンに視線を落とした。
「これからもここに置いてください」
ヒトミが差し出した手を、西田はごつい手で優しく握ると、彼女のブルーの瞳をじ
っと覗き込んだ。
「こちらこそ、頼みます」
ヒトミはなぜか胸がどきどきし、急に息が早くなったことに気付いた。ほんのりと
桜色に染まった彼女の頬を、西に傾いた夕日の赤さが隠していた。
ヒトデ島に残してきたミッシェルと木村涼子とイーを連れ戻すために、船はヒトデ
島に向かった。
船の周りでは、ローが連れてきた数頭のイルカ達が船と並んで泳いでいる。
★ ★ ★
夜、満天の星の下を、船は一路、沿岸警備隊の基地に向かっていた。
ケンとリーは仮眠室でぐっすりと眠っていた。ミッシェルと木村涼子は、イーを入
れた小型水槽につきっきりだ。他のメンバーは、雑談をしていた。
ヒトミは船の後部デッキの手すりにもたれて、海を見つめていた。
「いいかね?」
振り向くと、Tシャツに海パン姿の寛いだ恰好の西田が立っていた。
「あのことを考えているのかね?」
「あれは、現実のことだったんでしょうか?」
「あの怪物のことかね?」
「それもありますけど、私達が見た、あの、なんて言うか」
「六千五百万年前の惨劇のことかね?」
「ええ。大隕石の激突が恐竜達を滅ぼしたって学説は、今や世界中の学者が唱えてい
ます。でも、その大隕石が未知の存在達の宇宙船なんて……。あの得体の知れない存
在達。彼らは数千万年もの間、この地球を再生しようと懸命に努力した」
「彼らは、地球の生命の一つとしてあのイルカ達に生まれ変わった。同時にあの『黒
い海』の怪物も生まれたんだな」
「あの未知の存在の恨みだけでなく、滅びた恐竜や植物や無数の命の恨みも籠もって
いたのかしら?」
「あれは憎悪の塊だった」
「でも、何故、あんな光景を見せたのかしら? それに誰が見せたのかしら?」
「我々に知って欲しかったんだろう。きっとイルカになった奴の意識かもしれない」
「六千五百万年前に真っ黒になった海。それが、漸くこれまでになった。それなのに
私達は海を汚している。海の摂理に反して生命を粗末に扱っている。しかも、愚かな
人間はイルカ達を殺してきた。この地球を守っていたイルカ達を……」
「誰も信じないだろうな」
「記録は、ビデオも、ブイも、パソコンも全て消えました。私達の目で見たものしか
ないんですもの」
「どうするのかね。学会に発表するのかね?」
「科学者としては、一生掛かって研究すべきでしょう。でも証拠がないわ。手掛かり
もない。幾ら力説しても、形ある証拠がなければ、誰も認めてはくれない……」
「証人がいる」
ヒトミはフフフと笑って、うつむいたまま首を振った。
「駄目ですよ。所長や沿岸警備隊の人達や、ケン君やリーじゃ。そんな話に耳を傾け
るのは、空飛ぶ円盤の記事を追っ掛けてる特番レポーターくらいですわ」
「証人は我々じゃない。地球の監視役に指名された生物。彼らが証人だ」
ヒトミは、はっと顔を上げた。
「イーとロー、イルカ達!」
「ヒトミさんの研究は、イルカ達に海のことを教えて貰うことだと、リーが言ってい
たが。その研究をこれからも続ければいい。ヒトミさんの研究が完成すれば、いつの
日かイルカ達は、この地球の誰よりも雄弁に海の物語を語ってくれるだろう。人間の
歴史はせいぜい数百万年。イルカ達は六千万年だ。人間の知らない話を彼らは知って
いるに違いない。ひょっとしたら、海だけではなく、この大宇宙の物語さえ語ってく
れるかもしれない」
うっうっうっぅぅぅ・・・。
押し殺した鳴き声が聞こえた。
驚いた西田が横を見ると、船のデッキの手すりにもたれたヒトミが、身体を震わせ
て泣いていた。
「どうしたのかね?」
「嬉しいんです・・・。自分が今までやってきたことが、意味のあることだと、今改
めて感じてるんです・・・」
夜風が冷たかった。
身体を震わせているヒトミの両肩を、西田はそっとごつい手で包んだ。
彼女はその西田の手に自分の手を重ねていた。
−−−−−−−−−−−(TO BE CONCLUDED)−−−−−−−−−−