#1112/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (XMF ) 88/ 8/12 8:58 ( 92)
夏休み>【ナウシカのように】(後編) コスモパンダ
★内容
【ナウシカのように】(後編) コスモパンダ
★ ★ ★
十年ほど前から、男は山頂に立ち、遠吠えを始めた。
再びマスコミは「獣人の絶叫」という見出しで男を再デビューさせた。
山頂に登っている人々も、次第に男から遠ざかるようになった。
せっかく知り合いになった人々も、男から去って行った。
だが、男には見えるのだ。
恐怖に脅え、自分の股ぐらに頭を突っ込んだままの人の姿。泣き叫ぶ女性。必死で
メモを書く男性。神や仏に祈る人。手を胸元できゅっと抱き締めた女性。子供を自分
の膝の上に抱き抱えた母親、父親。悔し涙を流す男。全てを清算し、最後を待つ人。
ガラスに顔と手を張りつけた人々の恐怖におののく顔、顔、顔。数十の窓にその顔が
浮かんでいた。
男には感じるのだった。
空に伸ばした両手に、確かに感じるのだった。
冷たいジュラルミンの感触が・・・。
そして、機械鳥は男の眼前で、大地との勝負に破れ、尾根に、谷に、沢に散ってい
くのだった。
その光景を何回も、何回も見た。
その度に男は、両手を突き出して、絶叫するのだった。
「俺が、俺が、受け止めてやる!」
★ ★ ★
もうすぐ、あの時刻だ。
だが、山頂には、男しかいなかった。
山は怒り、空は曇り、暴風は吹き荒れ、雨は情け容赦なく地面を叩いていた。
今年は誰も登ってはこれまい。この嵐では無理だろう。
男は一日前に登ったことに、感謝していた。
山頂に男は仁王立ちになった。
その時である。
辺りが静かになってきた。風や雨がおさまってきたようだった。
微かに人の声が聞こえてきた。
下から人が上がって来る気配だった。
男はほっとした。今年もここに人々が集う。
人影が幾つも幾つも登ってきた。たちまち、碑の前の広場は人で溢れた。
だが、その数はますます増えた。
過去、男が経験した登山の中で、最も人の多かった時でも200人程度だった。
だが、今、ここにいる人の数はもっと多い。300、いや400人はいるだろう。
これだけの人がどうやって登山してきたのか、男には不思議だった。
しかし、例によって男に近づく者はなかった。
そして、時間が来た。
★ ★ ★
男は目を凝らした。
「見えた!」誰かが叫んだ。
「おっ、見える!」「来た来た!」「よーし、やるぞーっ」
山頂の人々の間から声が、上がった。
男は、両手を高く上げ、大地に踏ん張って立った。
すると、山頂の人々、全員が同じように、両手を空に広げ、仁王立ちしていた。
いつものような520本のペンライトは登場しなかった。
男が遠吠えを始めると、山頂の人々の間からもうめき声が聞こえた。
「う〜〜〜」「うおーっ」「ワーッ」「くうーー」「クッソーッ!」「とりゃー」
千差万別の声だった。
男は、自分の手に機械鳥の冷たい肌を感じていた。
しかし、それはいつもの年とは違っていた。
その冷たい感触は、いつものように大地に向かおうとしていなかった。
何かに支えられるように、機械鳥はよたよたとしながら、宙に浮かんでいた。
男は、更に両手に力を込めた。
すると、どうだろう・・・。
今まで、下降していた機械鳥が次第に浮き上がっていくのだ。
男は満身の力を振り絞って両手を踏ん張った。
男の両眼は内圧のために、飛び出さんばかりだった。
額を、背中を、厚い胸板を汗が伝っていく。
首筋の血管が膨れ上がっている。
両手の筋肉は盛り上がり、ピクピクと動いていた。
「くっううぉぉぉぉぉおおおおおおおーーーーーーんっっっっっっ!」
男の叫びと共に、機械鳥は再び空に向かって行った。
そして、男は見た!
窓ガラス越しに手を振る乗客達の姿を!
操縦稈を目一杯引いているパイロット達!
毛布やタオルや救急酸素ボンベを持って走り回るスチュワーデス!
隣の人を介抱する人!
子供をあやす両親!
男も手を振っていた。
★ ★ ★
男は自分を見つめている夥しい数の目に気付いた。
山頂にいる人々全てが男を見つめていた。
その一人一人の目の優しいこと。暖かいこと。
みなの顔には笑みが浮かんでいた。
次の瞬間、あれだけいた山頂の人々が、忽然と消えた。
言葉ではない言葉で伝わってきた。
<もう、いいんですよ。私達は、やっと旅立てます>
<辛い夏は終わりました>
<みんな、忘れません>
<これからは、自分のことを心配してください>
<お元気で・・・>
<ありがとう・・・>
機械鳥はゆうゆうと羽を広げ、旋回して、空の彼方に消えていった。
男は号泣した。
涙で曇った男の目には、あのアニメ映画のラストシーンが浮かんでいた。
それは、羽を付けた子供達が大空を自由に飛ぶ姿だった。
地上の呪縛から介抱された自由な子供達の姿だった。
男の長い長い登山は終わった。
−−−−−−−−−−−−−−( E N D )−−−−−−−−−−−−−−−