#961/1850 CFM「空中分解」
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バレンタイン・ベタ−・ハ−フ(2) COTTEN
★内容
デパートのチョコレート売場は女の子達でごったがえしていた。派手な装飾があちら
こちらにほどこされ、女の子と呼ぶにはちょっと語弊のあるおばさんから小さな子供ま
で、チョコを探してフロアを闊歩している。エレベーターから押し出される様にして降
り立ったあたしはその熱気におもわず立ちすくんでしまった。
「行こっ。」
美知はあたしの手を引いて、足取り軽く、さっさと歩き出した。
毎年のことなのに、あたしはその熱気にあてられ軽いめまいを感じていた。
どうしてこんなに夢中になれるんだろう?
素朴な疑問が頭の中をかすめた。
「ねえ、これなんかどうかなぁ?」
ケースの中のチョコを指して美知が尋ねる。
「う、うん。いいんじゃない?」
ろくに目もくれず曖昧な返事を返す。でも、美知はそんなあたしの様子を気にも留め
ずに、チョコ選びに夢中になっている。でも、むしろその方があたしには気が楽だっ
た。こんな気分の時に、マジにアドバイス求められたって、まともに答えられる訳ない
もの。
美知の後を追ってフロアをあちらこちらへと動き回る。鼻をくすぐるかすかなチョコ
の香り。これだけあれば見る気がなくてもチョコの方から視界へ飛び込んでくる。様々
な形に様々の色。(といっても、茶色と白・・・にあと多くて二、三色がせいぜいだけ
ど。)顔がほてっているのがわかる。すっかり上気しきってしまっている様だ。陽気な
BGMが、いやがおうにも心を沸き立たせる。鼓動が高鳴る。派手な装飾に目がちらつ
く。極自然にチョコに目が引き寄せられていく。
えへ、かわいいんだ。
あっという間にとろけてしまいそうなちっちゃなチョコレートに、食べてしまうのに
は何日もかかりそうなおっきなチョコレート。なんだか、とってもかわいい。なんだか
手のひらぐらいのチョコだってかわいく思えてくるから不思議だ。
回りはチョコ、チョコ、チョコばかり。たくさんの、いろんなチョコレート。みんな
愉快でずっと見ていても飽きないね。ちょっぴり楽しいかなぁーなんて思う。
いつの間にやら憂鬱な気分もふきとんでしまっていた。今となっては雰囲気に乗せら
れちゃったとしかいいようがない。あたしはすっかり夢見心地。美知の事なんかどうで
もよくなっていた。いろいろと見て回るうちにあたしはある一つのチョコに自然に引き
寄せられていた。それは何の変哲もないハート型の大きなチョコレート。他のチョコに
はいろいろな飾りがついているぶん、いっそうそれは地味に見える。でも、だからこそ
気を引かれたのかもしれない。
欲しいな・・・。
そんな風に思った時には既に大胆にも店員さんに声をかけてしまっていた。回りの女
の子達に、まったく臆せずにである。(いつもなら、恥しくって絶対買えなかったと思
う。)ホワイトチョコのメッセージサービス付きだったけど、丁重に断った。(チョコ
にメッセージ書いてくれるやつね。)いくら大胆になったとはいえ、基本的な所ではや
っぱり恥しい。店員さんの鮮やかな手つきでチョコが手早く包まれていく。赤いペーパ
ーにピンクのリボン。それを見ているだけでとっても幸せな気分になれる。とうとう買
っちゃった。そこはかとない優越感にひたりながら包みを受け取る。えへ、とうとう買
っちゃった!
買ったばかりのチョコをしまいながら、ふと考える。そう言えば、美知は何処へ行っ
ちゃったんだろう。辺りを見回すとすぐに美知の姿を見つけることができた。小さく手
振りながら人混みをかき分け、小走りでやってくる。
「あれ? もういいの?」
「うん、買っちゃった。」
何だかんだいいながら、あたしが何も言わなくてもちゃんと買っちゃうんだから。
「そんな事よりさ・・・奈美、見てたわよ。」
美知が思わせぶりに目配せをする。
「え? 何を・・・?」
「とぼけちゃってぇ。大型ハートチョコ。千八百円・・・さては本命がいるなぁ?」
チョメチョメとつつく美知。
「ヤダ、そんなんじゃないってば。」
「てれない、てれない。お互いに頑張ろうよね。で、誰にあげるの?」
彼女はうれしそうに笑った。あたしも口先だけでは否定の言葉を発しながらもニヤニ
ヤと笑っていた。とにかくうれしくて仕方がなかったのだ。
家に帰って一気に落ち込んだ。
あの後残り少ないお金で友達にあげるチョコを買い(あれで無理をしてしまったので
一番安くて小さいのしか買えなかった。)その場で美知と別れた。家へ向かう途中徐々
に熱もさめ、恥しさの余り真っ赤になったあげく、ようやっと事の次第に気がついたの
である。
いったいどうするつもりなんだ。あげる人なんていないのに、いったいどうするつも
りなんだ。
ベットの上で、チョコの包みを置きあぐらをかいてにらみつける。
ヤイ、オマエハダレニモラワレタイ?
頭の中を仲の良い男の子達の顔が駆け抜ける。同じクラブの川村君。お隣の席の神崎
君。それから・・・考えてもみれば、この中からたった一人だけ選ばなきゃならないん
だ。だいたいそんな事できる訳がない。みんなただの友達だし、間違っても”好き”な
んてもんじゃない。第一誰か一人にしぼれたとしても”義理”だなんてお茶を濁すには
あまりにも大きすぎる。変に誤解されて噂にでもなったら・・・そんなの嫌だ。絶対に
嫌だ。
包みを掴んで、ベットの上で大の字になる。右の手から左の手へ。左の手から右の手
へ。裏に返してみたりひっくり返してみたり。
チョコの包みをもてあそびながら、あたしは小学校の時の事を思い出していた。
あの頃はよかったなぁ。
小学校の時のバレンタイン。友達の女の子と競争でクラスの男の子達に手あたり次第
に配りまくったっけ。好きだとか嫌いだとか何にも考えなかった。負けたくなかったの
と、受け取る時の男の子の反応が楽しかったから。バレンタインがあたしにとって特別
な意味をもち始めたのは中学になってから。一年の時あたしは手あたり次第にチョコを
配るのを止めた。めんどくさいし、だいたいもったいない。どうして女の子だけが男の
子にプレゼントしなければならないのだろう。絶対に不公平だ。ホワイトデーなんてた
だのまやかし。あたしの知る限り、お返しがあったなんて話聞いた事がない。そういえ
ば小学校の時も、”お返しちょうだいねっ。”ていいながら配ったのに誰一人としてく
れなかったんだ。
そうだそうだ。絶対不公平だ。
”バレンタインなんてなければいいんだ。”
ふと包みの鮮やかな赤が目に入った。その際だった色彩にあたしは毒気を抜かれた。
なんだか情けなかった。こんなちっぽけな事で悩んでいる自分が。とってもちっぽけ
でみじめに思えて、悲しかった。
包みを持つ手がもどかしくておもわず机の上に置く。
場違いだよ。
そう思った。どうしてこんな物を買ってしまったんだろう。これというのも美知が悪
いんだ。美知が・・・。そんな後悔もただ虚しいだけ。せめて明日がこなければ、いっ
そのこと明日を飛ばしてそのまま明後日になってくれればいいのに。
あたしは静かにチョコを取り上げ、引出しの中へとしまった。