#869/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (FEC ) 88/ 3/ 1 19: 7 ( 89)
再発表]《南シナ海上の武士》【14】 ひすい岳舟
★内容
南シナ海上の武士(14)
「よぉし!奴らの船に近づくぞぅ.」
「おう!」
「一発,ぶちかましたれ.」
「一発だけじゃとどまらんぜよ.」
対馬号は大きく右回りをし,バーク・ゲアリス号の背後にまわった.そして速度
を上げ敵艦の船尾と平行した時,船長が命令した.
「船尾をぶっとばせ.」
「了解!撃てぃ!撃てぃ,撃てぇ!」
砲手長の声を,4門の砲のうなり声が掻き消した.弾は連射され,至近距離の船
尾に続々と命中し,爆発してゆく.装甲は砕け飛び散り,大きな穴があいていった
.弾跡の近くに撃ち込まれるたびに,弾跡同士が結びつき,さらに大きな穴となっ
てゆくのだ.そしてついに,対馬号の砲で貫通した.と,その時,波にもまれてい
た下部がボロボロになった中部とともに,波にもがれた.それを待っていたかのよ
うに,水がどっとゲアリス号になだれ込み始めた.
「砲手長!」
「なんですかぁ!船長」
「このまま,敵艦の右をすり抜けながら,砲撃し,戦線離脱!!」
「分かりましたぁ!」
浸水を始めた巨大戦艦が低速になってゆくのに対し,オンボロ小型軍艦は,速度
を増しながら激しい砲撃を続けてゆく.
後部に10数発みまった対馬号は,燃えさかる中部へさしかかった.
ドゴッドゴォン!ドゴオドゴオウン!
爆音が轟き,火中へと砲弾は飛んだ.間髪入れずに破裂し,火の子を舞い上げ,
灰となりつつある船体を崩した.火の勢いは凄まじいもので,そばギリギリに通る
老船に魔の手を伸ばし,乗り移ろうとしてくる.武士達はそれに堪えながら砲撃を
続けた.
やがて火の地獄が通りすぎ,人気のない全部へ出た.
これが最後だとばかりに,砲撃の激しさは増した.硝煙で前は白くかすみ,目,
鼻,を刺激されて,涙をにじませながらも彼らは,熱くなった砲身に弾を装填し続
けた.
そして,丸く切り上がった船首を横目で見送ると,彼らは一斉に歓声を上げ,た
がいに泣きあった.砲声はやみ,今,対馬号は力強く帰路についた.その船体を,
夜明け真近の東方をしらませる光が,うっすらと照らし出していた.
薩摩藩武家屋敷 利崎邸
東の空もしらもうとする時刻まで,その日見世の書斎の燈火はちらちらと照らし
ていた.
見世はやっとのことでなにやら長い書き物を終え,筆を置いた.そして急いでい
るかのように,墨が乾かぬうちにパタリと折り曲げ,懐にしまった.
するとその時,戸がサァーと擦れる静かな音がし,開かれた.
「おなかが,御空きになったと思いまして,梨を御持ちしました.」
「うむ.ありがとう.入ってくれ.」
戸が閉められる音がし,次に畳の上を歩くときにおこる足袋との,サッサッとい
う摩擦音が僅かに聞こえたかと思うと,見世の後ろに人が座った.
見世が振り返ると,そこには妻,田鶴代がやや上目かげんに見つめ返す姿があっ
た.目が,赤みがかっている−−−私がこうし物書きをしている間,起きていてく
れたのだろう.
この小さく白餅のような田鶴代に,1度たりとも嘘を言ったことはなかった.そ
れゆえに,つまらなかったかも知れんが,長い人生を振り返った時,嘘だらけでは
それこそつまらない思いをするに違いない−−−彼は,そういつも考えていた.
が,しかし,今日だけは違った.こんないたいけな妻に,このようなことを伝え
なければならないとは・・・・・・・・・
「田鶴代,今日,対馬号遭難の事で幕人と会談がある.」
「はい,昨日,ききました.」
「私はそこで,切腹するつもりだ.」
「・・・・・・・・・」
田鶴代は,顔を下に向けていた.涙を懸命に堪えていたが,とうとう流れ出てし
まったのである.それをみせるまいと,首を垂れたのであった.
う.いや,このことをいいがかりとして,薩摩藩御取りつぶし,ここを天領として
しまうだろう.それこそ,幕府の思う壷.島津公が代々心血をそそいでつくりあげ
た最新の西洋設備,最強の軍隊,優秀な人材が,幕府に・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「分かってくれ.」
そういうと,横に置いてあった刀を持ち,立ち上がった.
「もう行ってしまわれるのですか」
出発しようとする夫を,できるだけ長い時間止めようとする田鶴代.
「そうそう,梨をくい忘れたわい.」
見世はわざと明るく言い,1きれ口に運び,それをゆっくり噛み締めた.
「梨は,うまい」
「せ・・・せめて清ノ助に会われていったら・・・・・・」
「今,この懐中に,手紙が入っとる.これは,今回の事をあますことなく書いたも
のだ.私が腹を切れば,幕府の高官の目にはいる・・・・・・」と一回言葉をきっ
てから続けた.「あれも,もう17だ.父のことわからなくもない年ごろだ.あえ
ば,つらくなるのが別れというものだ・・・・・・お前と清ノ助に言うぞ.対馬号
たとしても,恨んではいけない.」
見世と田鶴代であった.
妻の涙のあふれかけた瞳を見まいと,振り向きもせずに見世は言った.
「・・・御気をつけて・・・・・・いってらっしゃいまし・・・・・・」
一人,女だけが朝霧の中,門に残った.
利崎見世はふと,しらむ東方を眺めた.
「きれい・・・じゃのう・・・・・・」
同刻に,はるか,南シナ海上の武士も同じ光景をしげしげと眺めているのだった.
−−−−−−−完−−−−−−−
(PCVANオリジナルバージョン)
.