#842/1850 CFM「空中分解」
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★The Last Club Leader★
★内容
3月9日
その日、学校は神妙な空気に包まれていた。整然と椅子の並べられた体育館で、朝早
くから、生徒指導部の体育課の先生に運悪くつかまった奴らが最終的なセッテングを急
いでいた。あとの在校生はそれなりに用があって、ほとんどの人間が一時間ばかり早く
登校していたのである。
私も文芸部の印刷で学校にいた。と、いうよりは、学校に泊まってしまったのである
。本当はいけないのであるが学校側も容認しているらしく、昨日は宿場と化していた。
「あ、先輩、早いですねぇ〜。」振り返ると後輩である佐藤優子が立っていた。
「あ〜」
「いよいよ、先輩、出てっちゃうんですねえ。」
「あ〜」
「そうなると2年は先輩だけですから、新部長は先輩ということになりますねぇ。」
「………」
「先輩、昨日あれから泊まったのですか?」
「あ〜。ねぇ、有能なる佐藤女史、一つお願いがあるのですが」私はそういって彼女に
礼をした。「まだ、270部すべてが出来上がっていませんで、ぜひ御協力願いたいの
ですが。余計なおしゃべりをただちにやめて。」
「はいはい!!」彼女はそういって鞄のテーブルの上に置き、コートを脱ぐと印刷機の
方へと行った。「でも先輩、私がセブンイレブンでおにぎりを買ってきていたら、今の
お言葉は発せられなかったでしょうね。」
「それは強力なアイテムだ!!」私はそこで大きく手を上げた。「しかしながらにして
新井白石の再来と讃美される私には、ワイロはきかないのであったのである。」
「フッフッフ。」
「あ、嫌だなぁ、その笑い。どうして女子ってそういう笑いするんだろうね」
そのとき、もう一人の後輩である佐久間権象が入ってきた。こいつの父が幕末研究を
しているため、読めば普通の名前なのに、書くとすんげぇ名前になってしまったのだ。
「先輩、“読切”みましたか?」
「俺は足をあらったんでね。」
「嘘ばっか。先輩、古本屋の主と呼ばれるくらいだもの、足を洗えるわけがない。」
「ねぇーねぇー、読切ってなぁ〜に。」
「ナンデモネーナンデモネー!!さ、早く仕上よう」
「また、ヤラシイのでしょ」佐藤は本当に嫌そうに言った。「男ってどうしてそういう
物みるのかしらねえ。」
我高校の文芸部は20年の歴史があるにも関わらず、衰退の一途を辿っていた。私が
なんの因果か、この高校に入学してきた時には、当時2年だった守山先輩一人しかいな
かった。先輩に聞くと、先輩の前の代はいなく、その前の代だったら数人いたとのこと
。従って、先輩という人間が入学したおかげでどうにか繋がったということである。
なんでこんな部に入ったかと思うかもしれないが私は中学のころから物書きをやって
いてぜひ自分の書いたものを活字に!!という願望があったのである。
さて、始めてのミーティングの時に、部長就任式も一緒に行われた。これはこの部活
創立以来顧問を勤める波多先生が部長が変わるたびにやらせる困ったしきたりである。
守山先輩も相当拒んだのらしいが、20年の伝統には勝てず………
図書室の横に文芸部部室はあった。新入りの私が窓際に座り、守山先輩がうつむいて
恥ずかしげに廊下側のデスクに腰を降ろしていた。余談だが、私はあまり体の大きい方
ではない。そのせいか、妙に守山先輩が大人にみえて仕方なかった。始めてあったのは
この就任式の前の仮入部のときだったが、高校生で大人びた人もいるものだなぁ〜と感
心してしまったくらいだ。
そこへ波多先生。ズカズカズカと中央に歩み、「これより、○○高校文芸部第17代
部長就任式及び若筆祝賀の式を同時執り行う。」と、きたもんだ。ちなみに若筆とは私
のことである。
「新部長、守山涼子君」
「はい。」先輩はその瞬間からキリッと顔を引きしめた。先程のテレはまったくみられ
ない。
「貴方を17代部長に任命します。いろいろと大変かと思うが、頑張ってくれたまえ。」「はい。」
「若筆祝賀の式!」突然、今度はこちらに向き直って絶叫。
「新人橋本智樹君」
「はい。」
「貴方を17代守山涼子部長の率いる文芸部部員と認めます。いろいろと大変かと思う
が頑張ってくれ。」
「………は、はい……」
そのとき、横目でちらりと先輩を見ると頬笑んで少し頭を下げたので、私はおもいっ
きり頭を下げてこれに応じたのである………
「先輩、表紙があがりましたよぉ〜」佐久間がそういって私のデスクの上にどかりと
緑色の画用紙の束を置いた。「先輩、今回のイラスト、力入ってますねぇ。」
「そうかぁ〜」
「だって、この表紙の絵!この間の奴よりも数段……」
「なんだぁ〜ね?」
「イロッポイ!!」
「そうくると思ったよ。しかし、冗談抜きにして今回の【春再来】には力入れていたん
だ。」
「はい。」佐久間も真面目になる。「守山先輩、御卒業ですからねぇ。」
「フフ。先輩抜きではこの部は成り立ちませんからねぇ。」
「そうですねぇ。女性がいらっしゃらなくなりますからねぇ!!」
「ちょっと佐久間ドロップさん、いいすぎじゃございませんこと!」
「どうもすいません、いゃあーうちのカミサンガネー、ちかごろエアロビクスなんかは
じめちゃってねぇ、どうしたらいいと思います?ピーターソンさん?」
「ゼーンゼン、にてない!!」
「やったもんがちモノマネだからいいの!!」
部室には10の事務デスクがズラリと並んでした。そのため、部屋のあいている所と
言えば事務デスクと事務デスクの間の細い通路しかなかった。本来ならばこれらのデス
ク全部に部員が当てはまるはずだったのだが、そのときは入口附近のデスクには印刷機
とワープロ、紙の置き場になっており、使われているのは窓側の守山先輩のと、それと
背中合わせにある私のだけだった。(顧問は滅多に部活に顔を出さなかった。)
高校はそれまでの義務教育と違って給食というものが無かったので、昼休みになると
みんな学食に行ったり、教室で弁当を食べたり、自由になる。そんなものだから、クラ
スに流入してくる場合があって、出身中学の仲間が少ない私は食う場所が無くなってし
まった。
そのことを守山先輩にもらすと、
「アタシもそうだったのよ。なんか、内溶けなくってね。今でもその癖が残ってて、こ
こで食べてるのよ。」
「ここで、ですか?」
「そう。アタシの友達のほとんどが自分の部の部室で食べているから、そんな不自然な
ことじゃないと思うけれど………橋本君もなんか不便なことがあったら、利用しなさい
よ。」
「………は、はぁ………」
とはいえ、暫くの間は遠慮して屋上で食べていたのである………
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