#815/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (WYF ) 88/ 2/26 22:23 ( 68)
母と子と精霊のために No.2
★内容
部屋は薄暗くベッドの反対側のナイトテーブル上のスタンドの明かりが弱く点って
いた。排尿のためにバスルームに行くとF.Aが髪をタオルで巻いて、下着姿で髭を
剃っていた。
「失礼」と言って、静かに元のように閉め、ベッドに戻り枕元のスタンドをつけ、
普段は決してしないのだが、F.Aの枕を私の枕に重ね煙草に火を付けた。火を付け
る刹那彼女の甘い香りがした。
私は、F.Aが朝食に出かけているのだと思っていた。時計を見るとまだ8時前だ
った。窓やバルコニーへの扉には厚いカーテンが引かれていた。
トイレに行きたかったのだが、暫く待たなければならないだろう。煙草の先端から
紫煙がスタンドの光の中をゆっくりと登って行く。F.Aは、それを見られるのをと
ても嫌う。何故ならそれは彼女の凝縮された時間だからだ。
昨日、私とF.Aは公園のベンチからカフェに行き乾いた喉にシャンパンを楽しみ
ながら、せかせかと通りを行く人びとを眺めていた。開演は9時からだったから時間
は充分にあった、いやあり過ぎたのかも知れない。私達の後ろのテーブルにいた3人
連れの中年の男達が私達に聞こえるように、からかいを始めた。
「ホモ」「頭がおかしい」「異常」などの言葉が下品な笑い声に混じって耳に入っ
てきた。F.Aが突然立ち上がった。F.Aが振り向いてことを始める前に私も素早
く立ち上がり、F.Aの腕を掴んで、ポケットから二つ折にした紙幣を取り出し、1
枚をテーブルの上に置き、F.Aをカフェから連れ出した。
F.Aは憤りを感じていた。私にも怒っていた。「あんな連中分殴ってやればいい」
「何故、止めるの?」「あの連中には、カフェで快適な午後を過ごす方法が、判って
いないだけじゃないか」「連中は、自分達が何を言っているのかさえも判っていない
んだ」「相手をする必要なんかない」と、いつものように答えた。
そうだ。誰も自分が何をしているのかなんてしっちゃいない。F.Aも、そうして
もしかしたらこの私も。
ホテルに戻ってルームサービスで食事をした。外出中に片付けられた部屋は、私の
心を和ませた。食事が済んでF.Aが入浴している間に、私はフロントで受け取った
封筒の束に目を通した。その中に妻からの手紙が入っていた。私は、封も切らずにラ
イティング・デスクの上に放り出した。ドレス・アップしたF.Aは、昨日と同じ美
しさだった。
車で劇場に出かけいつものボックスに入った。今夜が5日目の同じ演物だった。ボ
ックスは1ヶ月先の最終公演日まで押さえてあった。それは2階の袖で、F.Aが気
に入っている役者の左の横顔を見るためであった。
しかし、F.Aは10分と経たないうちに椅子から床に滑り降りて私の足の間に移
動して来た。F.Aは私の腿に頭を乗せて片手でズボンのジッパーを降ろし始めた。
私はF.Aの金髪を撫でて居た。F.Aが私を見上げて「いい」と小声で聞く。私は
微笑みながらF.Aの口に指を入れてやる。F.Aは私の指をしゃぶりながらベルト
を外しに掛かる。私は傍らのテーブルからグラスを取りシャンパンを飲む。F.Aが
ソネットを始めた。舞台ではF.Aのお気に入りの役者が心変わりをした恋人を口説
いている。口説いても無駄なのだが、この男は明日も明後日も口説き続けるだろう。
F.Aの左手は下着の中に忍び込んでいる。F.Aは急いでいる。一体何をだろう。
私は、シャンパンをゆっくりと飲み込みながらF.Aに委ねる。F.Aの身体が2、
3度痙攣し身体が柔らかくなる。私はシャンパングラスをテーブルに戻して両手で
F.Aの頭を撫でる。F.Aはバックから絹のハンカチを取り出すときれいに拭う。
シャンパンをグラスに注ぎF.Aに差し出すと、首を横に振る。私は口にシャンパン
を含んで屈んで口移しで飲ませる。F.Aは壁にも垂れて目を閉じている。私は身仕
舞をしてグラスを持ってF.Aの隣に座りF.Aの肩を抱く。
心変わりした恋人が、男の懇願を振り切って部屋を出て行った。閉じられたドアの
大きな音が舞台から聞こえて来た。
バスルームから出てきたF.Aと目が合うと少しだけ私を睨んだ。そうして、どうぞ
と云う仕草をした。私は、ベッドから抜け出してバスルームに行き、便座に腰を降ろし
ゆっくりと排尿した。私はベッドに戻って、もう一度寝るつもりだ。
本多