#752/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (XMF ) 88/ 2/11 10:26 (117)
<遠い日の思いで> コスモパンダ
★内容
<遠い日の思いで> コスモパンダ
グリップが熱く感じる。連続照射のため、レイガンが加熱しているのだ。
辺りは炎に包まれていた。俺達の走って来た跡は、炎のベルトと化していた。
赤外線スキャナーもこうなっては役に立たないだろう。
炎に照らされた頬が火照っている。
新しいパワーパック・マガジンをグリップに叩き込む。マガジンストップがカチッと
音を立て、パワーパックをくわえた。
チェックボタンを押すと、赤いインディケーターが一瞬光って消えた。
「よしと」
レイガンを構え直し、俺は呟いた。
そんな俺をレイは黙って見つめていた。物言いたげな表情だったが、唇を真一文字に
きゅっと結んでいた。レイの黒く濡れた瞳に吸い込まれそうな恐怖が俺を捕らえた。
俺は慌てて彼女の視線から逃れた。
「行くぞ」
俺の言葉に彼女は頷いた。
桟橋に向かって走り出す。停泊中の潜水貨物船は荷揚げを終わっていた。
貨物船の横腹はポッカリと穴が開き、貨物室が向き出しになっていた。その貨物室か
らベルトコンベアが長い舌のように桟橋に掛かっている。
ベルトコンベアの側に立っていたガードマンが振り向く。肩から吊るしたストリング
には小型のレーザーライフルが下げられている。
腰だめにした俺のレイガンの光線がその男の胸を貫いた。心臓を焼かれた男は声も上
げずに倒れた。
ベルトコンベアの上を走り、貨物室に入る。レイがコントロールパネルを操作して、
コンベアを外し、貨物室の気密扉を閉じている。俺はそのまま、二つの気密扉を通り抜
け、潜水貨物船のブリッジに乗り込む。オートパイロットが色とりどりのインディケー
タを点滅させていた。
俺はオートパイロットにデータを打ち込んでいった。
ガシンという音を立てて、レイがブリッジの気密扉を閉じた。
「オーケーよ。外部隔壁、ハッチ、気密扉は全て閉鎖。出航完了」
「ダイビングスーツに着替えろ。急げよ」
俺はレイに命令した。
いつもなら、何かと言い返すレイだが、黙って俺の指示に従った。彼女はブリッジの
壁にあるロッカを開け、ダイビングスーツを取り出した。
オートパイロットに航行データを打ち込み終えた俺が、後ろを振り返った時、丁度レ
イがダイビングスーツの防水ジッパーを上げているところだった。一瞬、彼女の白い胸
の谷間が見えた。
レイは俺の視線に気づいたが、色っぽくキッと睨んだだけで何も言わなかった。
「出航します。乗組員各位は潜水にそなえてください。だだいまより出航します」
オートパイロットの愛想のない声がブリッジにこだました。その声を聞きながら俺は
ダイビングスーツに着替えた。
「逃げ切れると思って?」と、レイ。
「思ってるさ」
「すぐに港湾警察が動きだすわ。そうなると、港を閉鎖されるわよ。海底の防護シャッ
ターが迫り上がって来ると、この潜水艦は出られないわ」
「この船の航行コンピュータに乱数回路を接続した。あと5分でこの船は湾内を彷徨い
始める。港湾警察は暫く、この潜水艦と鬼ごっこだ」
「私達、逃げられないじゃないの」
「俺達は船底から脱出する。海中を泳いでこいつが出航したのと別な桟橋までいく。そ
して上陸だ。やつらは海中の船を捜索するのにやっきになっているだろう。その裏をか
くのさ」
「悪知恵の働くこと」
俺達は船底のハッチから脱出した。陸まではそう遠くない。ものの15分程度で、さ
っきの桟橋から二つ離れた桟橋についた。
その桟橋に沿って泳いでいくと、岸壁に大きな穴が開いていた。下水か何かの排水孔
だ。俺とレイはその中に身体を押し上げた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ひょんなことから、高校時代に書いた作品を思い出した。
確か、こんな展開で物語が始まったと思う。今も実家のどこかにレポート用紙に書か
れたこの作品があるはずだ。
タイトルは「異常」とかいうようなのをつけた記憶がある。
これを書いたのは、高校2年の二月頃だった。
夜、電気コタツで勉強をしていた私は、急に小説を書きたくなって、いてもたっても
いられなくなった。コタツの上にあった真新しいB5のレポート用紙を取ると、やおら
書き出したのだ。
夜の8時から書き始め、翌朝の4時までかかり、一気に書き上げた。
書き終わった時には50枚綴りのレポート用紙の大半にぎっしりと文字が詰まってい
た。汚いみみずがのたくったような薄い文字だった。
子供騙しのトリックとアクション、単調なストーリー展開。登場人物は二人、レイと
いう漆黒の瞳のスリムで色白の若い美女と、名前も忘れてしまった「俺」だけ。
二人は某組織の部員という安っぽい設定である。
その休暇中の二人が、突然、味方から追われ、命を狙われ逃げ出すことになる。
「グリップが熱く感じる」という書き出しを今でも覚えている。
この後、二人は下水管の中を辿って市内に逃げ込もうとする。
長時間の潜水で酸欠症になった「俺」をレイが人工呼吸で助ける。レイの唇の感触で
目覚めた「俺」は、今までと違うレイに気づく。
下水の中に追手が流したガスから逃れ、敵を倒し、盗んだパトカーで二人は五百キロ
離れた小さな避暑地に逃げ込む。
季節外れの避暑地の金持ちの別荘に忍び込み、隠れる二人。
疲れて眠るベットの上の「俺」にレイは身を投げかけてくる。
やがて、追手は二人を追い詰める。
甘い一時を過ごそうとしていた寝室の二人を追手が襲う。
そして、レイは幾条ものレーザーに貫かれ死ぬ。
「愛している」という言葉を最後に彼女は倒れた。
レイの裸体に焼け焦げた孔が幾つも開いていた。その孔からは一滴の血も流れず、破
壊された見知らぬメカが覗いていた。
組織に連れ戻された「俺」は、長年コンビを組んでいたレイが人工知能を具えたロボ
ットだったことを知る。
怒り狂った「俺」は組織のボスの机を両手で殴った。
厚い鋼鉄のデスクは真っ二つに折れた。
「俺」はぐしゃぐしゃに潰れた自分の腕の中のメカを見つめていた。
当時、早川文庫から出ていた平井和正のショートショート集「エスパーお蘭」(既に
絶版)に心酔していた私はSFチックなストーリーが好きだった。
テレビでは「1980年、既に地球防衛組織シャドーが存在していた」という矢島正
章氏のナレーションで始まる「謎の円盤UFO」が放映され、人気を博していた。
SFというジャンルを空想科学小説の延長としか考えていなかった私の内部変革が怒
った頃である。
教えられるものが全て正しいのではないということを感じた頃でもあった。
教育実習生と関係して、子供ができたという女生徒が学校をやめた頃でもあった。
上級生の卒業式で、横井庄一の帰国をネタに、現体制への不満を演壇で演説した男子
生徒がいた。その生徒に抗議し、式場を退場した生徒とPTA達。
まるで子供の頭で中途半端な大人の世界の入り口を覗いた時期でもあった。
真実とは何か? 疑問が疑問を呼び、膨らんでいった頃。
そんな時期に、私の始めての長編作品は生まれた。
そして今もこうして書いている。
1988年2月11日
コスモパンダ