AWC 鉄十字章 5


        
#359/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (KYC     )  87/ 9/28   0:47  (105)
鉄十字章 5
★内容
斥侯隊は斜面の中腹あたりを下っていた。真正面に森が近付いて来るにしたがって,誰もが不安を感じ始めていた。先日のソビエト軍の奇妙な撤退もひっかかるところがあった。″何のための撤退?″と尋ねられてまともに答えられる者はほんの僅かで,それは前線で恐怖を感じた者だけであった。シュタイナ−もその一人であった。彼には朧気ながら,ソ連軍の考えていることが見え始めていたが,それを口にするほど愚かではなかった。
兵士たちの恐怖を増長させるだけと分かっていたからだった。

まもなく,斜面を下り終わるとシュタイナ−は一度立ち止まった。あたりには軽機関銃の音が散発的に響いていた。まわりは鬱蒼とした木々で視界はあまり良くない。待ち伏せには適していると言えた。それを察したのか,他の兵たちは立ち止まらずに何らかの掩蔽物の陰に寄った。

「シュタイナ−,何してる。そんなとこに突っ立ってると狙い撃ちされるぞ。」

シュタイナ−は何も言わない。

「あの森によく似ている。」

しばらくして,シュタイナ−は誰にも聞こえないような声でそうつぶやいた。一瞬のうちに数名の命を奪った,あの忌わしき森に似ていると。生い茂った葉で外からは中の様子がうかがえないところなどが...
再び,自分を呼ぶ声に気を取り直して、シュタイナ−は兵士たちの方に歩み寄った。

「どうかしたのかシュタイナ−。」
「いや,なんでもない。」

それ以上聞くのを許さないといった雰囲気をシュタイナ−は出していた。彼の顔付は厳しかった。愛敬がいいとは言いかねるが,シュタイナ−のいつもの顔とは違うとホッファ−は思った。シュタイナ−は肩に下げていたシュマイザ−を手に持ち替えた。それを見ていた他の兵士たちもその並々ならぬ様子を感じ取って各々戦闘態勢を整えた。隊の中に張り詰めた緊張のようなものが存在するようになった。


兵士たちは暗い森の中をこもれ日を無意識のうちに避けながら静かに歩いていた。あたりはひっそりとして鳥の鳴き声すら聞こえない。金属がぶつかり合う音がするだけだった。あまりにも静か過ぎた。その静けさがさらに緊張を増幅した。全ての兵がこの森の孕む凶暴性を,そして潜んでいる恐怖を察知していた。兵士たちは無口だった。誰も喋ろうとはしなかった。それはシュタイナ−に禁じられているからだけではなくして,己を,しいては皆を恐怖のどん底に突き落とすことを懸念しているからでもあった。

しばらく歩くと意味不明な会話が微かに聞こえてきた。シュタイナ−は兵に止まっているように言い,自分は前よりも一層慎重に前進した。声が明瞭に聞こえるような至近距離に近付くとシュタイナ−は腹張って,木の葉の間から声のする方をそっとうかがった。彼は一瞬,己の目を疑うと共に,不幸にも自分の考えが的中したことを知った。

そこには無数のカモフラ−ジュされた戦車があり,新型と呼ばれるものがその大半を占めていた。

シュタイナ−は事の重大さに気が付くとともに,連隊への報告という任務を達成しなければならぬことを知った。部下が待機している場所に速やかに戻ったシュタイナ−は手短に命令を下した。質問は許さなかった。時間が勝負だったからだ。隊は今来た道を前より速く戻りつつあった。その途中においてもシュタイナ−は一抹の不安を払い除けることができなかった。第一次大戦のときに焼き付けられた恐怖が現像液にひたされたかのごとく浮び上がってくるようだった。彼の目は忙しなく,あたりを見回していたが,心はその一点から全く動かなかった。恐怖が彼の心を釘付けにしていたのだった。その恐怖が別の恐怖と呼応したのか,突然敵の二人の歩哨に出くわした。お互い同時に気が付いたのだが,銃を構えたのはシュタイナ−の方が速かった。と,短機関銃の甲高い音が森の中に響きわたる。敵兵は倒れて動かなくなった。

「急げ,敵がやってくるぞ。」

案の定,シュタイナ−がそう言った舌の根が乾くまもなくロシア兵が追い掛けて来た。後ろから飛んでくる銃弾がシュタイナ−たちの走っている近くの土にもぐって,くぐもった音をたてる。クライバ−が時折振り向いてシュマイザ−を撃ちまくるが,弾が減るばかりで敵の数は減らない。

「シュタイナ−,このままじゃみんなやられちまうぞ。」
「あぁ,分かってる。あの繁みに走り込めれば何とかなる。」

シュタイナ−は振り向き様に叫ぶと同時に柄付き手留弾を投げた。

「伏せろ!!」

頭の上を爆風が通り過ぎていった。シュタイナ−は顔を上げてみると,片づいたのはほんの数名で,他の敵兵は今にも起き上がろうとしている。シュタイナ−たちは立ち上がって,再び走りだした。

「うっ。」

クライバ−が倒れた。軍服のズボンに赤いシミができ,それが急速に拡がりつつある。一番先に振り向いて,走り寄ったのはホッファ−だった。

「しっかりしろ、クライバ−。大丈夫か。」
「あぁ,大丈夫だ。ちょっとかすったぐらいだ。」

だが傷が深いことはホッファ−にも一目で分かった。″とても一人では歩けまい。″彼は銃を乱射して,ロシア兵を威嚇するとクライバ−の負傷した足の方の腋に腕を通して,ゆっくりと立たせた。

「一人でも歩けるさ。それにお前,今朝負傷したら置いて行くと言ったばかりじゃないか。」
「本当に置いて行かれたくないのなら黙ってろ。」

シュタイナ−はホッファ−と反対側について肩を組んだ。繁みは近かったが,三人はいい的だった。

繁みに入ると同時にホッファ−が前につんのめって倒れた。

「どうした,ホッファ−。もう歳か?たった100メ−トルだぜ。」

クライバ−が笑いながら言う。だが,ピクリともしないホッファ−に彼は笑いがひきつって,泣いているような顔に見えた。ホッファ−の背中から血がにじみ出ていた。クライバ−は慌てて,肩に手をかけて仰向けにしてみると,心臓を撃ち抜かれているようだった。
                                 <続>




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