AWC 川上弘美がブッカー賞に落ちたが    朝霧三郎


        
#3492/3580 ◇フレッシュボイス2
★タイトル (sab     )  25/05/21  17:12  ( 62)
川上弘美がブッカー賞に落ちたが    朝霧三郎
★内容
川上弘美とはまだ小生が32、3の頃、電話友達だったんですね。
筒井康隆氏のパスカル文学賞で知り合ったのだが。
当時小生は、海燕からデビューしていて、群像にもエッセイを書いたり
していたのだが(その後鳴かず飛ばずですが)、
そんな小生の作品を読んで向こうから電話番号を教えろとか言ってきた。
全くずうずうしい団地妻って感じだったが。
二日とあけず2時間ぐらい電話していましたね。
その頃、小生の海燕の編集者は根本さんと言う人だったのだが
(最近、創作教室をやっていて、教え子2人に芥川賞を取らせたとか話題だが)
川上弘美さんに、根本さんとこういう話しをしている、とか話していて。
それから川上弘美がパスカルの新人賞を取って、
パスカルは発表の場がないので、野生時代だかに書く場所を求めて
移動していったのだが。
根本さんも海燕をやめて野生時代に移動していて。
そこで川上弘美が私の事を根本さんに言ったらしいんですね。
そうしたら根本さんが、
「あの人は才能はあるのだが、とにかく書かないのでどうにもならない」
と言っていたと川上弘美が言っていたが。
その時に、書きもしないのに、海燕がどうの根本さんがどうの
と言っている自分が恥ずかしくなり、二度と海燕や根本さんの事は言うまい、
と封印したんですね。
その頃から、小生はストリップ劇場にはまっていくのだが
(昔ここにいたくりえいたさんに誘われて行く様になった)
朝霞コマ劇場で知り合ったM君と仲良しになって。
そのM君が、踊り子(コロンビア人)とディスコでラテンダンスを踊りたい
というので、池袋の朝日カルチャーセンターでラテンダンスを習いだしたんですね。
その教室で知り合った福田さんという人を、ラテンディスコに連れてきたりしていた。
そんなんで、福田という人とも知り合いになったのだが。
この人が見た感じ蟹江敬三そっくりで、「「大いなる助走」の蟹江敬三に
そっくりですね」と言ったら(蟹江敬三は作中で焼畑文芸の主催者だったが)
「実は私も所沢の方で同人誌をやっているんですよー」
とか言うので、
「そうですか、実は私も数年前に海燕という商業誌に小説を書いた事が
あるんですよ」と、ここで、封印した海燕の話しをしてしまったんですね。
しかし、ストリップ劇場で知り合ったM君が連れてきたラテンダンス教室の福田
さんに話したところで、どうって事ないと思っていたのですが。
しかし、それから半年ぐらいして、M君が、
「福田さんが、根本さんに会ったって言っていたよ。
関ちゃん(私の事)は才能はあっても書かないからどうにもならない、
って根本さんが言っていたって」
this is impossible!と思いましたね。
何で場末の朝霞コマのM君の知り合いの福田さんが根本さんと知り合いなのか。
M君は「福田さんにだってそのぐらいのコネはある」とか言っていましたが。
根本さんはどう思ったか、と思いましたね。
川上弘美に海燕海燕言って、福田さんにまで
海燕海燕いって、作品は全然書かないなんて、
過去の栄光(大した事ないですが)にすがって潰れた新人作家とか思われていたのか。
…しかし、その後分かったのですが、
どうも福田さんは、朝日カルチャーの根本さんの創作教室に通っていたらしく、
(つまり、ラテンダンスも朝日カルチャーセンター、小説も朝日カルチャーセンター
という人だった)そこで根本さんと接点が出来たらしい。
あと、不思議なのは、その福田さん木山捷平短編小説賞なる岡山県笠岡市主催の
地方の新人賞をとって、
何で所沢在住の福田さんが岡山の賞なんて、と思ったのですが、
その新人賞の選考委員が佐伯一麦と川村湊で、
あれー、両方とも海燕の常連だよなあ、
と思って、これは何か裏があるんじゃないか、とゲスカンしたのですが、
確たる証拠がないので何も言えないが。
福田さんが生きていたら裏があったのか聞いてみたいものです。

ではまた。(あれ、この話、前に書いたかも知れません)。






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