AWC ひっきー日記22 ぴんちょ


        
#832/1158 ●連載    *** コメント #831 ***
★タイトル (sab     )  10/04/16  11:00  (130)
ひっきー日記22 ぴんちょ
★内容
この医学生のブログを読んだ後でまたまたヨーコさんとス
カイプで話した。

「やっぱり、日本中が制度で覆われているのだから、制度
の中で強者にならないとまったりできないんじゃないの?」

「だから、制度なんてないんだよ」

「じゃあ医療制度は?」

「あれも『雪国』みたいなものだよ」

「はぁ」

「だから、その、医療制度が制度たる所以は、本田透がバ
ブル青田は近寄りがたいなぁ、と思う様なものなんだよ。
でもそれは本田透の錯覚でしょ? 錯覚に備えるんだった
らマッスル北村みたいになっちゃうよ」

「はぁ?」

「その錯覚に参加出来たらひきこもりからの脱出だ、なん
て言うから話がおかしくなるんだよ。だって錯覚なんだか
ら。『雪国』の樹氷なんだから。溶けちゃうんだから」

「しかし…」俺は小首をかしげた。

「じゃあ最初から順序だてて話してあげるよ」と言うよヨー
コさんは机を離れてペットのドリンクを持って戻ってきた。
「じゃあねえ、まずラカンの言っている事を言うよ。私は
ラカンなんてよく知らないよ。でも多分こういう事を言っ
ているんだと思うよ。間違っていると思ったら、あなた、
ぐぐって反論してね」「うん」「例えばね、視線恐怖症の
人っているでしょう。そういう人だったら孔雀の羽の目と
か天井の節穴とかが目に見えるでしょ。でもそれは本当は
目じゃないでしょ。目じゃないのに目だ、と感じるのは、
患者の側に、見られているんじゃないか、という不安があ
るからだ、とラカンは言うんでしょう。その文脈で行けば、
目の意味、つまり目というのは見るものだ、という意味は、
孔雀の羽にあるんじゃなくて、患者側の不安とか欲望とか
そういう気持ちに由来してるんだって事になるでしょう。
こういう関係を、フェチとか象徴的とか言うらしいんだけ
れども。そんで、その典型が言葉の体系だと言うんだけれ
ども。言葉ってものすごい不安定な空気の振動に過ぎない
でしょ。あんなものに意味を読み取れるのは、こっちに欲
望があるからでしょう。”まんだらけ”と聞いただけで期
待を膨らませるのは飢えているからでしょ。そんで人間社
会の全てがそういうのだっていうのよ、ラカンは。世の中
に存在しているものは全部それ自体としては意味を持たな
いで、意味を与えているのは人間の欲望の方だっていうの
よ。この象徴のネットワークこそが唯一の人間社会の有り
様であって、この中で欲望する以外に人間の生きる道はな
いっていうのよ。じゃあその欲望はどこから来たかという
と、それは赤ちゃんの時に失われたものを求めているのだ、
って言うのよ。それが、眼差し、とか、オッパイ、とか、
あと何かと何かで4つあるっていうのよ。そんで、何でオッ
パイを失ったかっていうと、赤ちゃんの時にはいつでも欲
しい時にでれでれとオッパイをしゃぶっていたけれども、
ある時父親が来て、駄目だーと言ったからだというのよ。
これを去勢って言うのよ。この去勢によって初めてオッパ
イじゃないものをオッパイ視するようになるし、孔雀の目
に”眼差し”を感じる様になるっていうのよね。そうなっ
て初めて言葉とかの象徴のネットワークに入ってこられる
ようになるっていうのよ。だから斎藤環は社会のネットワー
クに参加させる為には治療者による去勢が必要だって言う
のよ。こんなの納得出来る? 出来ないでしょう。はぁ?っ
て感じでしょ。これ文学ですかーって感じでしょ。そんな、
オッパイと眼差しと何とかと何とかが失われましたよー、
この失われたものを求める気持ちが人間の動力の全てです
よー、なんて信じられないでしょ。因みにこれを対象aと
言う」と言うとヨーコさんはペットを一口。「じゃあ次に、
私はどう思うのかを言うと。私は、人間の欲望の原動力は
こうやって出てきたと思うの。つまりね、本当の目も、孔
雀の羽も、天井の節穴も、みんな”目”に見える訳でしょ。
それって歯医者と床屋が区別出来ないのと同じでしょ。そ
うやって因数分解して世の中を眺めるわけでしょ。そうす
ると本田透みたいに、食べ物は全部給食、女はみんなバブ
ル青田になってくるんでしょ。そういう感じで素人女子連
合が生成されるんでしょ。それはもう秩序があるし清潔だ
し。生身の人間にはとても接する事の出来ない完璧なもの
でしょ。ここで立ち止まるからひきこもるのよ。そんで立
ち止まるから脳内に”故郷”が湧き出てくるのよ。そんで
その故郷は完璧だから、マッスル北村の肉体みたいに、あ
とメーテルみたいな女とか、ユニクロ依存症みたいな完璧
なコレクションとか、ユニクロじゃなくてもヴィトンでも
いいけれども、ヴィトンの魅力って、つながっている、と
いう事でしょ、素人女子連合みたいに、フランスの伝統と
かどこどこのセレブも持っているとか、それって薬のプラ
スチックのぷちぷちみたいなものでしょ。でもこれは全部、
ひきこもりの脳内の故郷の話なのよ。『雪国』の話なのよ。
そんで、今やりたい事は、本田透をバブル青田に参加させ
るにはどうするかって事でしょ。それをさせるには斎藤環
は治療者による去勢が必要だって言っているんでしょ。で
も本田透は既に素人女子連合を前にびびっていて、つまり
去勢済みなのよ。去勢されているから脳内彼女に走ったの
に更に治療者に去勢されたらどうなっちゃうの? だから
ここで必要なのは共犯者なのよ」と言うとヨーコさんはペッ
トを一口。「それにラカンというのは思想史的にもおかし
いって聞いた事がある。学生時代にね。聞いた話だけれど
も。普通近世以降の哲学っていうのはこういうイメージな
のよ、DNAがあって劣化コピーがある、って感じなのよ。
この劣化コピーの世界が人間の生きている世界で”餓鬼道”
の世界なのよ。その世界は伸縮を繰り返すの。自由が行き
過ぎると原理主義的な考えが出てきたり、バブルの後には
オウムみたいなのが出てきたりして、伸縮を繰り返すのよ。
若い時には、港区に住みたいなあ、とか、でも駄目だから
中野区でもいいや、でも最後は高尾山のお寺に入るのか、
とかね。でもお墓に入るとなればそれはもう無意味な伸縮
の繰り返しから解脱して涅槃に行くんだからそれもいいや、
とフロイトも言っているもの。この涅槃というのはもうが
ちがちの原理でDNAに近いのよ。このDNAと劣化コピー
というのがベースにある発想な筈なのに、ラカンはなんか、
生身の人間の欲望があるからDNAがあるとでも言ってい
るように聞こえるのよ。そんでDNAの中に住めと言って
いるように聞こえるのよ。どうやって? 人間は劣化コピー
の中にしか存在出来ないでしょう」と言うと又ペットを一
口。「今まで言ったのは理屈だけれども、実感としても私
はそう感じるの。…ああ、こんなに原理主義的な人間じゃ
あ苦労するに決まっている、だって実際の世の中は劣化コ
ピーの世界なんだから、そこにいる人間それぞれ違うし、
人間が違うんだから、自分の原理通りにはならないに決まっ
ている。でもラカンは原理を求めろって言っている様に感
じる。全く逆でしょ。そりゃあ、遊びまくっている人に、
「少しはオウム的になれよ」って言うんだったら分かるけ
れども。既にひきこもっている原理主義者に必要なのは、
世の中は劣化コピーだらけの適当なものなんだよーって教
えてくれるのは共犯者でしょ? 分かる」

俺は小首をひねったけれども。





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