AWC ひっきー日記7 ぴんちょ


        
#811/1158 ●連載
★タイトル (sab     )  10/03/15  06:55  ( 47)
ひっきー日記7 ぴんちょ
★内容
親が馬鹿だ、と言うと大抵子供が甘えていると言われるが、客観的な
馬鹿が親になる場合もある。うちの親父がそれだ。
親父は鉄工所を経営していたが、喜多方市に工場を作ると言ってよく
関東甲信越の地図を広げていた。喜多方なんてどこにあるのか知らな
かったが、親父が不動産屋と一緒に現地視察に行って喜多方ラーメン
を買って帰ってきて、それを食いながら、添付の店のご案内みたいな
のを見ていたら、会津若松の更に北にある事を知った。
「何でそんなところに工場を作るの?」ラーメンをすすりながら母親
が言っていた。「お客さんはどこにいるの? 働く人はどこにいるの?」
親父は全くなんのあてもなく、ただなんとなく、地球儀をぐるぐると
回して指したところが喜多方だったというだけなのだ。実際親父は関
東甲信越の地図では飽き足らず、日本地図、世界地図へとエスカレー
トしていった。そして今度は外国語の勉強を始めた。最初は英語と中
国語、しばらくしてフランス語も。いいじゃない、50歳になっても
外国語の勉強をするのは前向きでいい、とかそういう問題じゃなくて、
動機が絵空事の様で気に入らない。
「なんでフランス語なんて勉強するの」と俺は聞いた。
「フランスは芸術がすごいに違いない」と親父。
この「違いない」というのが絵空事っぽくてムカつくんだよ。ブリヂ
ストン美術館にでも行ってゴッホでも見て感動してゴッホがゴーギャン
に書いた手紙を翻訳なしで読んでみたい、とかいうならいいのだけれ
ども。
それからしばらくした或る日の事だった。俺は昼過ぎにベッドから抜
け出すと階下に行った。父母はいなくて妹が居間のガラスの所に佇ん
でいた。芝生と家の縁の間の10センチぐらいの地面に冬に咲く花が
咲いていてそれを見ていた。妹が栽培したものだ。
「何食べた?」と俺が言った。
「ラーメン」と妹。
まだ喜多方ラーメンが残っているのか。それから俺は一通り親父の悪
口を言った。「馬鹿だよね」とか。
「あんなの風船おじさんと一緒だよ」と妹が言った。
「風船おじさん?」
「知らない?」風船おじさんとは家族の制止を振り切って風船で太平
洋に飛び立って行ったおじさんだと教えてくれた。
「そんなどっかおじさんだったらいいけど自分ちの親父がそうじゃ困
るだろ。…あれは故郷を求めているんだな」
「故郷?」
「リアルな世界に飽き足らず、こうだったらいいなあって妄想して」
「お父さんがこうだったらいいなあって思うんだったら、お兄ちゃん
だってこんなお父さんだったらいいなあって思っているんじゃないの?
 なんでそんなに期待するんだか分からないよ。私は何も期待してい
ない」
妹は中学を卒業したら京都の高校に下宿して通うと言う。自分で勝手
に計画を進めている。しかし頑固者を演じているので大抵は思い通り
になる。
しかし親父ではなくて俺こそが故郷を求めていたのだろうか。親父な
んて放っておけばいいのだから。





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