AWC She's Leaving Home(1)改訂版ぴんちょ


        
#739/1159 ●連載
★タイトル (sab     )  09/10/18  16:29  (118)
She's Leaving Home(1)改訂版ぴんちょ
★内容
高3の2学期の2日目の朝の事でした。私はJR田町を降りると真っ直ぐに
学校へは行かないで地下鉄赤羽橋まで歩いて行った。ここは彼氏、である筈
のヒデオの下車駅だから待ち合わせて一緒に学校に行こうと思ったのだ。
赤羽駅は首都高速の高架線の下にあってガラスのレンガで出来ている。公衆
便所の様に見える。それはいいのだけれども、周辺に全然物陰がない。車道
にも歩道にも電信柱が地下に埋められているから一本もねーよ。すぐそこが
桜田通りの交差点で、妙に見通しがよくて車がびゅんびゅん通っている。まっ
たく、待ち伏せするには最も相応しくない場所だよ。せめて街路樹ぐらい植
えておいてくれればいいのに。
地下鉄の出口からサラリーマンや大学生風の人々がぞろぞろ出て来る。時々
うちの制服を着た生徒もいて、ドキッとする。そんな事でどーする。だって
ヒデオと一緒に学校に行くっていうのは、みんなに2ショットを見られたいっ
て事なのだから。
しかしこんな所で待ち伏せしていたら鬱陶しいと思うかなあ。私のクラスに
も公認のカップルがいて結構大っぴらにやっている。一緒にパンを食べたり、
一個のipodを頭をくっつけて一緒に聴いたり、新発売のドリンクを回し飲み
したり。前にクラスの男子が目にゴミが入ったーーーって騒いでいて、そい
つの彼女があかんべーして見てやっていた。あんなの猿のノミ取りで人様の
前でやる事じゃないよ、と友人のヨシコやハツネは言っていたが、私は結構
羨ましかったな。この夏休みにはヒデオに誘われて、船橋のららぽーとから
ヴィーナスフォート辺りまで、毎日出かけて行った。そこら辺が彼のテリト
リーなのだ。そして帰りはヒデオんちに行って、両親共稼ぎで誰もいないの
でセックスした。この夏だけで何回やられたかなぁ。それから色々具体的な
行為を思い出したら、ため息が出た。はぁーとため息をつくと、つま先を見
詰める。コインローファーの先っぽがひしゃげていてはげている。
「なぁーにやってんの」頭上から低い声を掛けられた。顔を上げたらヒデオ
がいた。ちょっと東幹久というかタイガーウッズが入っていて頭も天パーで。
「えっ」私は一瞬言葉に詰まったが「いいじゃない、別に」と言った。
「いいけど」とヒデオが言った。
私達は桜田通りの交差点に向かって歩き出した。
「メールでもくれればよかったのに」とヒデオが言った。
「あげたよ。夕べ」ヒデオは携帯を取り出してパカッと開けたがすぐにポケッ
トにしまった。「夕べはマサルといたんだ」。
マサルかぁ。マサルというのは銭湯の息子で、自称ナンパ師で、ホストみた
いな格好をしている、と言ってもドンキホーテで買ってきたスーツにドンキ
で買ってきた香水をふりかけて。銭湯の脱衣所に映画のポスターを貼らせて
せてあげているので大量の只券を貰えるらしい。今時銭湯に映画のポスター
なんて貼ってあるのだろうか。とにかくその只券で女を口説くのだ。
「あいつのナンパ哲学を聞かされたよ」とヒデオが言った。私達は桜田通り
の交差点を右方向へ行く。「あいつはねー、なんつーかなー、女は女でしょ。
一人の女は一人の女でしょ。だけどあいつはなんつーか女全体を私立大学偏
差値一覧みたいにとらえているんだよねえ、素人女子連合とか言っていたけ
れど。それで例えば偏差値60の女がいてやらせてくれたとするじゃない」
下ネタかー。「そうしたらもう偏差値55の女がやらせてくれるっていって
もやらないんだって。そんなの意味ないって。偏差値60の女とやった段階
でそれ以下の女全部クリアなんだってさぁ。そうやってどんどんハードルを
高くしていって、最後に頂点の女とやったら世界の女は自分を愛していると
か。そんなの愛じゃないよなぁ。そんなの単なるポテンシャルの確認でしょ。
愛っていうのは、もっと、あたなただけを、みたいな。オンリーユーみたい
な。世界に一つだけの花みたいに」
薬屋が見えてきた。あそこを曲がればすぐに学校だ。校舎の二階からみんな
が見ている。
「だからさあ」とヒデオが言った。「もしアキコがね、俺といるところをみ
んなに見られたいんだったら、それってポテンシャルの確認じゃねーの」
「えっ」私はハッとした。
「みんなに見られたいっていうのはポテンシャルの確認でしょ」
「そんな事ないよ」
「あるよ。とりあえずここまで受け入れられましたー、みたいな。それって
愛じゃないと思うんだよねえ。だいたい愛なんて見せびらかすものじゃない
し。俺らの問題じゃん。だから、俺は先に行くよ」と言うとヒデオは走って
行ってしまった。
「そんなぁ」と心の中でつぶやいた。
走っていく彼のお尻は丸くてぷりぷりしていた。

それからは丸でDVDの4倍速のような感じで時間が流れて行った。ふっと
気が付くと教室の窓際の席で空を眺めていて、次の瞬間にはプールの後で更
衣室で着替えていて、水のシャワーを浴びたから鳥肌が立っていて、カルキ
の匂いもして、次の瞬間には又窓際の席にいて校庭の向こうの木々を眺めて
いた。大きなケヤキが風に吹かれてわさわさしていた。そういえば、と私は
思い出した。夏休みの前に、やっぱり水泳の授業の後だったんだけれども、
私は着替えの時に定期入れを落としてしまって、それにはヒデオの写真が入っ
ていた。そうしたら彼がもの凄い勢いですっ飛んで来て、「俺の写真、落と
しただろう。誰かに見られたらどうするんだよ」。もの凄い形相で睨んでい
たな。ほとんど憎しみがこもっていたぁーーーあれはなんだったんだよ、私
への思い遣りゼロじゃない。学生証も一緒に落としたんだよ。
私はまた空を見る。もう秋だな。突き抜ける様な澄んだ空。運動会の開催を
知らせる花火がバンと爆発して白い煙が広がりそうな青空。運動会といえば、
ビニールのリュックサックの中のバナナの匂い。それからアルミ箔に包まれ
たゆで卵。タコのウィンナー。お母さんありがとよー。
それから春。春は曙じゃなくて乃木坂。春一番が吹いてパーキングエリアに
アルファロメオみたいなヨーロッパの車が止まっていて金持ちのぼんぼんみ
たいなお兄さんがパーキングメーターにコインを入れるんだけれども、ニッ
トの帽子が風で飛ばされそうで手で押さえているのがいとをかし。
夏は鎌倉材木座。クイックシルバーの海の家は夜になるとクラブになるんだ
けれども、ダイキリとかモヒートとか飲んで踊ったら汗かいちゃった、じゃ
あ夜の海で泳ごう、ヌードで泳ごう、海に浮かんで浜辺の方を見ると由比ヶ
浜ビーチの方でロケット花火がピューーーーパン。夜明けの浜辺には花火の
燃えかすと使用済みのコンドームが落ちていていとをかし。
冬は渋谷の公園通り。チャコットのダンススタジオから髪の毛をお団子に丸
めた女の子が5、6人出て来て、ダウンジャケットなんて着ていて、でも髪
の毛はお団子で、通りの反対側には山手教会の白い壁がどーんとそそり立っ
ているのがいとをかし
でもこういう枕草子がいいのは思い出だからであって、これから起こる事を
考えると、もしかしたらダメかも知れないという不安がある。今度のクリス
マスまでにはこうなっていたいとけれどもダメかも知れない。何時もだった
らViViでもめくって今度お小遣いで買う物のリストでも携帯に打ち込ん
でおけばそれで治まるのだけれども、今日はそういう、こうなりたい、でも
ダメかも知れないという気持ちが強くて、なんなんだろう、きっとアラフォー
のドラマの主人公が友達が産んだ赤ちゃんを見て、どんどん大きくなるのを
見て焦るような感じ。カイワレ大根の種からもじゃもじゃカイワレ大根が生
えてくる、筈なのに自分の種だけ死んでいるかも知れないという不安、でも
そういうもじゃもじゃをクリスマスまでに実現しないと絶対に公園通りにな
んて行けないという感じ。

その日の3時頃、学校の帰りに田町に向かって歩いていたら、私の前を背の
高い女の人が歩いていた。ワンピースにサンダルという格好で、きゅーっと
脚が長くてお尻の丸みがなんとなく分かって、格好いいなぁーと思いつつ5
メートルぐらい後ろを付いていく。あの人、身長何センチぐらいだろう。私
より大きいだろうか。聞いてみようか。まさかいきなり。右前方に銀行が見
えてきた。あそこのガラスの反射を利用して背比べをしてみよう、と思って
歩くスピードを上げていって並走状態になったところで銀行のガラスを見る。
ぜんぜん彼女の方が高い。5センチは違う。でも私はローファーだから実際
には3センチぐらいかな。私は165だからあの人は168で、5、6セン
チのヒールを履くとあのぐらいに見えるのか。銀行を通り過ぎると右に曲がっ
て駅に向かう。真っ直ぐ歩いていく彼女を見るとやっぱ立派な体格している。
お尻や胸の厚みも違うのかも知れない。だけれども私だって、結構いい体格
していて、ビーチバレーに出てもいいぐらいなのに、なんで今日に限ってもっ
と身長が高かったらなんて思うんだろう。





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