AWC BookS!(02)■発端■       悠木 歩


前の版     
#544/1159 ●連載
★タイトル (RAD     )  07/07/10  20:16  (144)
BookS!(02)■発端■       悠木 歩
★内容                                         07/07/11 07:56 修正 第2版
■発端■



「ったく、なんでこの俺がこんなことをしなくちゃならねぇんだ」
 ゆうに五十回は越えていたであろう。木崎の零す愚痴に、何か言葉を返すこ
ともなく、真嶋はただ疎ましく聞いていた。
 腕時計に目を落とす。二時を十分ばかり過ぎたところである。まだ陽は高い
位置にあるはずだった。
 もっとも鬱蒼と茂る木々がそれを見せない。しかし陽の光は遮りながら、熱
は通すのであろうか。気を抜くと目眩を起こしそうな蒸し暑さが続く。
「おい、いつになったら着くんだ」
 苛立ちを隠すこともなく、木崎は現地人ガイドに詰問口調を投げ掛ける。
「アト、チョット。モウスグダヨ」
 これももう耳に馴染んでしまった答えである。
 広いジャングルを生活圏とする彼等と日本人とでは、時間や距離に関する感
覚が大いに異なる。歩いて丸一日掛かるような距離でも、彼等にとっては「も
うすぐ」なのである。
「もうすぐ、もうすぐか………たまにゃあ別の答えはないのかよ」
 自ら聞いておきながら、その答えにも愚痴を零す。黙って聞いていたがそん
な木崎の態度を、真嶋は鬱陶しいと感じていた。
(この男が何の役に立つと言うのだ?)
 木崎に聞こえぬよう、呟く。
 それから頭を振った。
(いや社長の支持に間違いはないはず)
 木崎に負けず、自分も苛立っているのだと真嶋は気づく。
 休日でさえスーツで過ごすことの多い真嶋には、ジャングル用の装備は居心
地の悪さを感じさせる。己の個性を抉り取られたような感覚だ。
「しかし堪らん暑さだな」
 シャツの前を開き、胸をはだけさせた木崎は、タオルで脇の下を拭う。どう
にか平静を取り戻した真嶋だったがその仕草が癇に障る。
(あるいは、だ………社長とて人の子。万に一つの人選ミスがあったのかも知
れない)
 己の汗が蒸気となり、眼鏡を曇らせる。真嶋は細いシルエットの眼鏡を外し、
ハンカチで拭った。
 木崎は見た目を裏切らず、典型的なヤクザ者であった。それもかなりの武闘
派として知られる組織の構成員だった。荒事には長けていようが、およそ今回
のような任務に適しているとは思い難い。
「ホラ、アソコダヨ」
 ガイドが小高い丘を指さす。真嶋の予想を裏切り、彼の言った「もうすぐ」
は日本でも通用するものだったようだ。

「タシカ、コノアタリダッタハズ」
 何処か不自然な、無理をすればピラミッドのようにも見える丘の前。ガイド
はその壁面とも言える場所で何かを探す。
 深いジャングルに在って、その丘も無数の植物に覆われていた。もし上空か
らこの場所を眺めることがあったとしても、周囲の緑と混じり、発見は困難か
も知れない。
「アア、ホラ、アッタヨ」
 ガイドは自分の胸の高さほどの位置を指し示す。そこには鼠の巣かと思える、
小さな穴があった。
 穴へとガイドは手を突き入れる。周囲の土がもろもろと崩れ、穴が広がった。
 十分ほどの時間を掛けて、穴は人一人が潜れるまでに拡大していた。
「さあ、入るぞ」
 ガイドを押し退けるようにして真嶋は穴の前へと進み出る。
「ああっ? こんな何物とも知れない穴に入るのかぁ?」
「嫌なら外で待っていたまえ」
 木崎の抗議に、真嶋は振り返らず答えた。最初に真嶋、続いてガイドの男が
穴の中へと消える。
「やれやれ、そうもいかねぇだろうが」
 不承不承、木崎も穴の中へ入って行った。

「まさかこの俺が、ブロディ教授の真似事をする羽目になるたぁなあ」
 緊迫感に欠ける木崎の声。彼の言うブロディ教授とは、数年前大ヒットした
冒険活劇映画に登場する主人公の名であった。
「少なくともここは、五千年以上前に造られたものだ」
 四角い石造りの通路――ここは洞窟などではなく、明らかに人の造ったもの
であった――を進みながら木崎へと言葉を返す真嶋。
 ここに来て、真嶋は木崎への認識を改めていた。
 この男は使える、と。
 正にブロディ教授の活躍した映画さながら、遺跡には複数の罠が仕掛けられ
ていた。突然降り注ぐ、槍の雨。ベトコンを思わせる、鋭く巨大な針が敷き詰
められた落とし穴。落下する石の天井。
 無用心に進んでいたなら、とうに命を落としていたであろう。それがこうし
てまだ生きていられるのは、偏に木崎の手柄と言えた。
 伊達に修羅場を越えてきた訳ではない。
 一見雑な、無神経に思える男であったが、木崎の勘には目を見張るものがあ
った。数々の罠を全て、直前で見破ったのだった。
「五千年? 馬鹿言えよ」
 大声で笑う木崎。狭い通路に笑い声が反響し、耳が痛い。
「四大文明だって、紀元前二千年。せいぜい四千年前の話だろうが。五千年も
前に、これだけの遺跡を作れるほどの文明があるもんかよ」
「ほう四大文明を知っているのか!」
 思わず真嶋の口から、感嘆の声が漏れる。偏見ではあるが、ヤクザ者にそん
な知識があるとは予想もしていなかったのである。
「あんまり舐めてくれるなよ」
 再び木崎が笑う。しかし今度は先ほどのような大笑ではなく、皮肉まじりの
笑いであった。
「俺だって高校までは通っているんだ。その程度のこたぁ、知ってるよ」
「あ、いや、すまない」
 真嶋は素直に詫びる。罠の件もあって、木崎への悪い感情はたいぶ改まって
いた。
「四大文明か………しかしそれは現在確認されている古代文明が四つ、と言う
だけの話さ」
「ああん?」
「つまりだ、君もムー大陸やアトランティスと言う名前くらい、聞いたことが
あるだろう?」
「ああ、ガキの頃読んだ漫画に出てきたな」
「あるいは与那国の沖で発見された、海底遺跡らしきもの。一部の人間は、平
らにカッティングされた岩は、決して自然の成し得る技ではないと言う。それ
は少々自然を見くびり過ぎとも思えるが………失礼、話が逸れた」
 通路は突き当たりに達し、左右に分かれる。真嶋は話を止め、どちらに進む
べきか慎重に吟味しようとした。が、木崎は少しの逡巡もなく、首の動きだけ
で左を示す。ここはこの男の判断に任せてみようと、真嶋も左の道を選ぶ。
「つまりだ、説だけなら四大文明の他にも、古代文明があったと言う話はいく
らでもある。ここもまた、その説を証明出来るかも知れない遺跡、と言うこと
だ」
「じゃあ何か? 俺たちはその説だけで、地球の裏くんだりまで来させられた、
つーことか?」
「うむ、正確に言えばそれだけではないのだが………それに私たちは何も、新
説を学会で発表するため、調査しに来たのではない」
「それはまあ分かっているが、な」
 突然視界が開ける。広い空間に出たのだ。
 ここでは手にしたライトは不用であった。巨大なアーチを描く天井より行く
筋かの光が射していたのだ。その下には初めからその場に置かれていたのでは
ないと分かる、複数の石。おそらくここは丘の頂部分の真下に当たるのではな
いだろうか。転がる石は崩れ落ちた天井の一部であろう。そこから陽の光が射
しているのだ。
「おい、あれ」
 木崎に促されるまでもなく、真嶋もそれに気づき、歩を進めていた。
 部屋の中央にピラミッド、四角すいの先端を切り落としたような形のステー
ジを見出したのだ。
 急な勾配と段差の階段を上る。草深いジャングルを長時間歩き、古代人の仕
掛けた罠を幾つもかわし、急な階段を上る。
 三人の体力は限界に近い。
 頂上までの三分の一ほどを上った辺りでガイドが脱落した。元々金で雇われ
ただけの彼は、その先にある物への興味は薄かった。
 座り込むガイドには目もくれず、真嶋、木崎の両名はさらに上を目指す。
「こいつは………」
「やった………とうとう見つけたぞ」
 ついに頂上へと達する二人。彼らが目にしたのは、三冊の本であった。
「何だ、金銀財宝って訳じゃねぇのか………」
「フフッ、いや、それ以上に価値のあるものさ」
 一冊を手に、真嶋はそれを高々と上げる。
 彼の口元には満足気な、そして狂気に満ちた笑みが浮かんでいた。

 外電
 B国のジャングルにて森林火災が発生。五千ヘクタール(東京ドーム約千七
十個分)を焼失し自然鎮火。現地人一名が犠牲になった模様。自然発火と思わ
れるが、直前に爆発音が聞こえたと情報も有る。

                          【To be continues.】

───Next story ■依頼■───





前のメッセージ 次のメッセージ 
「●連載」一覧 悠歩の作品 悠歩のホームページ
修正・削除する コメントを書く 


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE