AWC 流行遅れのミューズ 〜 そばにいるだけで番外編 〜 寺嶋公香


        
#374/567 ●短編
★タイトル (AZA     )  09/12/26  22:11  (145)
流行遅れのミューズ 〜 そばにいるだけで番外編 〜 寺嶋公香
★内容
 純子が“彼女”の存在をふと不思議に思ったのは、三度目に見かけてから。
「あの人、二十四日になるといつもあそこにいる」
 その三度目は、撮影スタジオからの帰り道、マネージャー役の杉本に車で送
ってもらっていたときだった。五月の頭に入った仕事が、もうじき四週目を迎
えようとしている。
 純子のつぶやきを、杉本はしかとは聞き取れなかったようで、すぐに「え、
何?」と聞き返してきた。
「もう見えなくなっちゃいましたけど」
 土曜の夕刻、都会のビル群をすり抜けるように走る車中からは、行き交う人
人や様々な店、看板などが、次から次へと後ろに流れていく。
「女の人が立っていたんです。二十代半ばから三十代前半ぐらいの。交差点の
角の一つで、邪魔にならないよう、歩道の脇に」
 運転中の杉本が気を散らさないように、なるべく淡々とした調子を心掛ける。
 案の定、杉本は「女の人なら、そっちにもあっちにも立っているよ。珍しく
もない」と返した。
「あ、知り合いに似てたとか?」
「ううん。今日で見るのは三度目ですけれど、全然知らない人。初めて見たと
き、ボリュームのある髪の毛が目について、ちょうど信号待ちになったから、
じっくり見ることができたんです。背が高くて、女優のH・Kさんに似た顔立
ち――」
「ほんと? そりゃあ美人だねー」
「はい」
 すぐさまUターンして、確認に向かいそうな勢いの杉本に、後部座席の純子
は笑いをこらえた。
「ただ、流行には疎いみたい。化粧も服も、一昔前……は大げさとしても、三
年ぐらい昔って感じ」
「あらら、君にしちゃあ珍しい辛口。同性としてのライバル心がそうさせるの
かな、とか思っちゃったりして」
「本当に古いセンスなんだもの。違和感があるくらい。しかも、二度目のとき
も、今日も全く同じ格好をしてた気が……」
「それは単に、お気に入りってだけじゃあ?」
「初めて見かけたときは、クリスマスイブですよ」
「お気に入りなら、なおのこと、クリスマスイブにも着て、恋人とデート――」
 飲み込みのよくない杉本に、純子はすかさずヒントを加える。
「今日は五月に入って、一番の暑さになるって、天気予報で」
「……なるほど。十二月にするような格好を今もしているのは、確かに妙だよ
ねえ」
「そうなんです。コートはさすがにはだけていましたが、それでも暑いですよ、
きっと」
 不可解な点が明示されて、杉本はしばらく考え込む様子を見せたが、赤信号
に引っ掛かると、不意に言った。
「多分、その女の人、ものすごく寒がりなんだよ」
「……」
 このときはこれで終わった。
 次に純子が“彼女”を見かけたのは、およそ二週間後。月は六月に入ってい
たが、もちろん二十四日じゃないし、場所も違っていた。下校の途中に立ち寄
った書店を出るなり、目撃したのだ。車の行き交う道路を挟んだ向こう側だが、
間違いない。
 そして何よりも、その姿が純子を驚かせた。
(うわあ、素敵な着こなし……)
 最新モードやブランド物に頼ることなく、どこにでもありそうな品を使って
個性を出している。自分自身のよさを知っている証だ。必要があれば布地やア
クセサリーに大胆に手を加えてあり、ファッションの創出を楽しんでいるのが
覗える。その上で、着てみたいと他人に思わせる装いを楽々と成し遂げていた。
(あんな着こなしのできる人が、前はどうして……)
 新しい情報を得たというのに、謎はかえって深まる。
 同じ側を歩いていたなら、思い切って尋ねてみる選択肢もあったかもしれな
い。けれど、わざわざ道路を横断してまでとなると、ためらいが圧倒的に勝る。
そうこうする内に見失ってしまった。

「――ということがあったの。相羽君、どう思う?」
「どう思うと言われても」
 夜も九時を過ぎようかという頃合いの電話に、相羽は最初戸惑った。相手が
クラスの女子ともなると、なおさらだ。
「こういうちょっと不思議な話、好きじゃない? 謎解きだって」
「好きだよ。でも、僕がどうこう言うより、本人に直接尋ねるのが一番の近道」
「それができないから、電話したのに」
「今聞いた話だけだと、答にたどり着けそうにないよ」
「だから、どう思うって聞いたのよ。相羽君の考えついたことでいいから、聞
かせて」
 なかなか強引だなと内心苦笑を覚えつつ、相羽は考えてみた。どういう答を
返すのがいいのかを。
「……流行遅れの服を着て、街角に立つのは決まった日だけっていうのは、確
かなのかな?」
「絶対確実かは分からないわ。けれど、少なくとも私は、二十四日以外には見
たことがない」
「じゃあ、月命日の線があるかもしれない」
「月命日?」
 おうむ返しをされた相羽。知らない言葉なのかなと思い、説明しようとする
と、声が出る寸前で、反応が返ってきた。
「誰か死んだ人が関係しているってこと?」
 相羽は見えない相手にうなずいてから、あくまで想像に過ぎないと前置きし
て話し始めた。
「その女の人は若い頃、クリスマスイブに恋人とデートの約束をした。待合せ
場所は、君が彼女を見かけた例の街角だ。今と違って、その頃はおしゃれな店
が入っていたんじゃないかな。それで……当時の流行に沿った衣服を身にまと
った女性は、待合せには遅れて来たかもしれない。しかし、相手の男の姿は見
当たらない。多少立腹しつつ、待つ。携帯電話が普及していない時代、連絡一
つ取るのも簡単じゃなかっただろうから、待つしかない」
「あ、相羽君の考えたこと、分かったかも」
「言ってみて」
「相手の男の姿がなかったのは、事故に遭ったせいね。命に関わるような大き
な。ううん、事実、命を落としてしまった」
 察しのよさに感心しつつ、相羽は続きを促した。
「女性の方は……男性の死に責任を感じた……いえ、そういうのがなくても、
悼む気持ちから、待合せ場所に立つようになった。同じ格好、同じ時間帯、同
じ日に」
「うん、そんなところ、だと思う。普段はよいセンスをしていることとも矛盾
しない」
 相羽の肯定に満足したらしく、電話の向こうからは弾んだ声で「ありがとう」
というお礼が届いた。そして、遅い時間に電話したのをわびて、挨拶もそこそ
こに切った。
 固定電話の送受器を置いた相羽が、廊下を通って自分の部屋に戻ろうとする
と、母に呼び止められた。
「今夜は結構長かったわね、暦?」

 相羽暦は、足を止めて母のいる居間に入った。
「偶然てあるものなんだね」
 そう切り出した暦に、母――純子――は編み物をやめて、両手を合わせた。
「何だか楽しそう。聞かせて」
「母さんが子供のときに体験したっていう、決まった日に流行遅れの服を着て
立っている女の人の話」
「ああ、あれ」
 少し前に話したばかりだったせいもあってか、息子のやや言葉足らずな説明
でも、母はすぐに察しが付いた様子。暦はかいつまんで、電話でのいきさつを
伝えた。
「ということは、今もお元気なんだ、黒澤薫(くろさわかおる)さん」
 懐かしげかつ嬉しそうに目を細め、頬を緩める母。
「一〇〇パーセント、同じ人だとは限らないよ」
「でも、私が見たときと場所も日も同じで、女の人の格好だって同じみたいな
んだから。偶然、そういった条件が全く同じ人が二人いるなんて、まずあり得
ないでしょう?」
「僕の同級生が黒澤さんを何度も見かけて、かつ気にしたっていう偶然があっ
たのは認めるのに?」                           
「それは同じ街にいるんだから、起きたってさほど不思議じゃない。それより
も暦は、どう答えたの?」
 より一層楽しそうな声になって、母が尋ねる。興味を隠そうとしない。暦は
片手で軽く頭を抱える素振りをした。
「母さんに尋ねられた父さんと同じ答え方をしたよ。まあ、僕は正解を始めか
ら知っていたわけだから、そこだけ違うけれどさ」
 かつて母は――純子は、同じ不思議な体験をした直後に、相羽信一に電子メ
ールで事態を事細かに伝え、意見を求めた。信一からの返信には、女性本人に
直接尋ねるか、探偵に調べてもらうかすることを提案した上で、彼なりの推測
が記してあった。
 暦は、子供の頃の母がそのあと探偵に依頼して正解を知ったという事実に、
かなり驚き呆れたものだ。そんな依頼を引き受ける地天馬さんにも。
「それであなたは、この偶然についても、打ち明けたのかしら?」
「まだだよ」
「どうして。教えてあげればいいのに。きっと、もっと不思議がるでしょうに」
 暦は母から視線を外し、横を向くと、さっきと逆の手で頭を抱えた。
(本当の話であっても、変にロマンチックなことを付け足すと、運命を感じる
だの何だのって持ち出すからなあ。せめて電話してきたのが、僕の好きな女子
だったらよかったのに)

――『流行遅れのミューズ』おわり





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