AWC みどりはみどりに魔法をかける   寺嶋公香


        
#330/566 ●短編
★タイトル (AZA     )  07/12/25  22:49  (189)
みどりはみどりに魔法をかける   寺嶋公香
★内容
みどりはみどりに魔法をかける 〜 少し未来の近況報告 〜 

 クリスマスディナーショー、二十四日の最終公演を終えたグリュン=ロウは、
控え室で人を待っていた。着替えもそこそこに、時計を見ることと片足で床を
踏みならすこととを繰り返す。苛立ちを隠そうともしない。
「まったく。何をやってるですか!」
 ロウは気持ちを声に出した。日本語で。
「森永、間違いないのは間違いじゃないですね?」
 きつい口調のまま、マネージャーに尋ねる。今、部屋にはロウと森永の二人
だけだ。あとは、隅に置かれたクリスマスツリーからぶら下がる、小さなサン
タクロースの人形がいるくらい。
「はい」
 不完全な形の質問にも、森永は動じた様子を微塵も見せず、落ち着いた様子
で答えた。
「相羽さんがお連れの方と、本日の最終公演にお越しになる予定なのは、間違
いありません」
「公演が終わったら、遠慮なくここへ来いと言いました。なのに、姿を現さな
いとは、どういう了見でいやがるですか、あの日本人は」
 今度は口ごもる森永。“いやがる”が“居やがる”なのか、“嫌がる”なの
か、判断を下しかねたのかもしれない。「都合があって、早くお帰りになった
のかもしれませんよ」と応じるのが精一杯だった。
「だったら、伝言の一つでもよこしやがれです」
「確かに。それがないということは、ここへ向かっている最中なのでしょう。
何しろ、本日はどの回も、大入り満員でしたから、控え室に向かうのも一苦労
かと」
「――本日だけではなく、これまでずっとです」
 マネージャーから鏡へと顔を背けたロウ。その鏡に映るドアから、ノックの
音がはっきりと聞こえた。来訪者の名前を、ホテルの用意した雑用係が告げる。
「ようやく来たですか」
 マジシャンのグリュン=ロウ、彼女の乱れた言葉遣いの中には、懐かしむ響
きが含まれていた。
 それも束の間。意地悪く笑むロウ。罵詈雑言を浴びせる準備を整えているよ
うだ。そしてドアが開くのに合わせ、すぅ、と息を吸い込んだ。
「遅いですっ! このうすのろのおっちょこちょい! どうせ道に迷って――」
 ロウは用意した台詞を途中で止めた。予想と違い、相羽碧が一人で現れたた
めである。
「お久しぶり、名塚さん。森永さんも、お久しぶりです」
 気軽な調子で挨拶をした来訪者に、ロウは挨拶を返しかけて、はたと気付い
た。
「わたくしこそ――って、昔の名前で呼ぶなです」
「だって、グリュン=ロウじゃ、馴染みがなくて」
 右腕のコートを抱え直した相羽碧に、森永が椅子を勧めつつ、尋ねる。
「このあと、お時間が許すようであれば、一緒にお茶をとロウは望んでおりま
す。いかがでしょう?」
「かまいません。というよりも」
 着席するかしないか迷いつつ、ロウを見やる仕種をした碧。
「最初にチケットを送ってくださったとき、一緒に伝えていただければ、会場
の外で待合せできたのに」
「分からんちんなことを言うですね、碧。こちらにも都合というものがあるで
す。予定は未定であり決定ではないのです」
 答ながら、マジック道具の一つである巨大如雨露を、ごそごそと持ち出すロ
ウ。碧が身を引き気味にして、明らかに警戒する。
「なに逃げてるですか」
「そこから水を出して、私に掛けるつもりじゃあ……?」
「そんなことしませんですっ。わたくしをどういう目で見てるですかっ」
 ぷんぷんと音が聞こえてきそうな身振りをしつつ、ロウは道具を片付けた。
「碧の都合がいいのなら、さっさと出発するが吉です。ここの最上階のカフェは、
いい店で、わたくしの口に合う紅茶を出すです」
「珍しい店だわ。ロウに文句を言われない紅茶を出せるなんて」
 碧が軽口を叩くと、ロウは仕舞い込んだ如雨露を、再度引っ張り出した。
「水をやって、成長させてやるです!」

 マネージャーの森永を下がらせ、ロウと碧は二人だけでテーブルに着いた。
窓際の一等席だ。星はさほどでもないが、夜景はやはり見事で、碧は感嘆の息
を漏らした。
 オーダーを済ませてから、ロウは碧に改まって話し掛けた。
「互いに近況報告をしたいところですが、その前に疑問があるから、答えるで
す」
「何?」
「どうして一人で来たですか? 二枚目のチケットを入れ忘れたのだとしたら、
あとで森永をとっちめてやるから、碧も手伝うです」
「チケットはちゃんと二枚あった。ありがとう」
 苦笑いをこらえるように、碧は口元に右の手の甲をやった。
「では、連れは先に帰った?」
「ううん」
「最初から一人で来るつもりで、チケットは転売した?」
「そんなことしないってば」
「もう、いらいらするぅ。本当は何なのか、さっさと言いやがれ!です」
 両手の拳を握り、オーバーにわなわなと震わせたロウ。
 碧は間を取り、対照的に静かに答えた。
「察しは付いてるんじゃない?」
「……言わせるですか、わたくしに」
 ロウは両手を開き、テーブルの上に置く。碧は一つ頷いた。
「恋人を連れて観に行くと言ったのは、私からだから、気にしなくてかまわな
い」
「……じゃあ、やっぱり、別れたっていうこと?」
 遠慮した口ぶりでロウが言ったが、碧は首を横に振った。
「正しくは、別れてはいない。実は、付き合い始めてもないのだから」
「何ですって? それじゃ、嘘をついたですか?」
「ごめんね。二人で来る予定だったのは本当で、私はあの人の恋人のつもりで
いたかったの」
 オーダーした飲み物が届けられた。二人とも同じ紅茶セットなのは、ロウが
碧に薦めたため。
 湯気の薄いカーテンが、テーブルの中程にできる。向こう側の相手を見据え
ながら、ロウは聞いた。
「では、うまく誘えたものの、今日までに何かよくないことが起きて、断られ
たですか」
「断られたっていうのとは、ちょっと違うかな。相手の人にどうしても外せな
い用事ができて、来られなくなったわけだから」
「――何を悠長なこと言ってるですか、碧?」
 疲れを癒そうと、砂糖を多めに入れ、スプーンでかき回していたロウであっ
たが、その手が止まった。
「クリスマスに異性からの誘いを一度受けておきながら断るっていうことはで
すっ、あなたの相手は、他に女ができたに違いありません!」
「そんなことないよー」
 カットされたパウンドケーキを、フォークで小さく刻んでいた碧は、穏やか
な調子で否定した。
「いいえ、あるです。あり過ぎやがるですっ」
「あのね、ロウ。私が好きな人っていうのは、頼まれたら世界のどこへでも行
くような仕事をしているのよ。今度のことだって、私はよく知っているの。仕
事だって分かってる」
「……? こっちはさっぱり分からんちんのこんこんちきです」
 ロウは紅茶を少し飲んだ。落ち着こうと思った。その間に、碧が喋り始める。
「ロウ、あなただって、クリスマスウィークだというのに、連日、仕事でステ
ージに立ったんでしょう? 今晩も、恋人と会わずに、女友達の私なんかに付
き合って」
「わ、わたくしに、恋人は」
 見事に赤面し、口を大きく開けて抗弁するロウ。
「いないの?」
「ま、まさか。このわたくしに、い、いないわけがないのです。ただ、今は仕
事が好きだし、大事だから……」
「私の恋人も同じよ」
「……分かったです」
 得心し、ロウは気取った手つきで紅茶を飲む。それから「おいしいですう」
と呟いた。
「その相手とは、うまく行きそうなのですか」
「あはは。これまでの話全部ひっくり返すみたいで恐縮だけど、難しそう」
 碧のあっけらかんとした返答に、ロウは眉根を寄せた。
「わたくしと肩を並べる美人と言って過言でない、碧をふる男がいると?」
「ありがと」
 頬をほころばせる碧。にこにこと音が聞こえてきそう。
「でもねえ、相手の人は、年下の私なんて眼中にないの」
「おお、年上を狙ってるですか」
 意外に感じるロウ。
「芸能界に知り合いの多い碧が、同年代の子を狙わないのは、年上好み――」
「それは違うわ」
 若干、きつめに否定した碧。
「年齢に関係なく、私はあの人が好き。冷静に考えたら、年の差が凄く離れて
いることぐらい、理解できるけれどね。何せ、お父さんやお母さんよりも年上
だもの」
「ふ、ふーん」
 さすがに驚いた。なるたけ表情に出さないように努めるが、マジシャンの割
に、こういう日常会話での取り繕いは不得手な方である。
「じゃあ、好きになった理由って?」
「うーん……あの人があの人だから、それだけの理由かなあ」
「な、何だか、うらやましくなってきたような気が、するようなしないような、
です。まだ告白してないみたいなのは、もしかすると、周りが反対しているで
すか?」
「ううん。応援とまでは行かなくても、反対はしてない。告白しないのは、あ
の人だったら気付いてくれるだろうと信じてること、それに、私がちょっぴり
臆病なだけ」
 優しげに、それでいて寂しげに話した碧。彼女の両目は、まだ夢を見ていた
い、と心情を物語っている。告白すれば終わる、と分かっているせいかもしれ
ない。
「さてと」
 話題を変えようとするのが明白な物腰で、碧が言った。
「ロウ、私にばかり喋らせてずるい。今度はあなたのことを聞かせてよ」
 時間の許す限り、二人はお互いの近況を教え合った。

 もう帰らないといけない、ぎりぎりの時刻になって、碧とロウは店を出た。
ロウはマネージャーに連絡をし、碧を駅まで送るから車を“出しやがれです”
と伝えた。
「今年はホワイトクリスマスならず、か」
 車を待つ間、夜空を見上げて呟いた碧。暖冬のせいで、今年は降ったとして
も雨だったろう。
「ロウは明日、デートなんでしょ? 今晩は仕事納めで、充分に休憩を取りた
かったんじゃない?」
「わたくしを何だと思っているですか。魔術師は疲れ知らずです」
 答ながら、あくびを隠すポーズのロウ。二人はひとしきり笑った。そしてお
もむろに、ロウが碧の手を取る。
「碧が男の話を蒸し返すなら、わたくしも聞きたいことがあるです」
「答えられる範囲でなら」
「あなたの好きな相手について、どこまでなら喋ることができるですか?」
「……名前は、まだちょっとね。なーんとなく、恥ずかしい」
「では、年齢差がいくつなのかを白状をするがいいです」
 にやりと笑うロウだが、碧は肩をすくめた。
「相手の正確な年齢、知らないのよね」
「何という……それでも恋する乙女ですか、情けないっ。もっと積極的になれ
るよう、魔法を掛けてやるです」
 ロウは透明なステッキでも取り出した仕種をした。
 碧は白い息と笑い声をこぼしながら、首を横に振った。
「年齢を聞かないのは、別に消極的だからじゃないよー」
「ならば――相手の職業を答えるです。ほーら、あなたは答えたくなる、答え
たくなる……」
 見えないステッキを碧に向け、先端をぐるぐると回す動作をしてみせる。そ
の効果が出たわけじゃあるまいが、碧はあっさりと答えた。
「彼は探偵をしている。私にとって、最高の名探偵を」

――おわり





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