AWC お題>人外視点>トリックの憂鬱   永山


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#328/566 ●短編
★タイトル (AZA     )  07/11/18  23:29  (166)
お題>人外視点>トリックの憂鬱   永山
★内容                                         10/08/25 11:09 修正 第3版
「まったく分かってないな」
 部屋でソファに寝転がっていた“密室”は、読んでいた雑誌を放り出した。
ばさりという音がする。
 同室の“叙述トリック”は、その音と独り言を耳に留め、書き物の手を休め
た。
「何をそんなに憤慨しているんだい」
「この批評だよ」
 密室は雑誌を拾い上げると、最前まで開いていたページを見付け、適当に指
差した。
「新刊ミステリの月評なんだがね。ああ、ここだ、ここ」
「どれどれ……。『メインの謎は相も変わらず密室トリック。些かでも新機軸
があればまだいいが、この作品にはまるでない。むしろそれどころか、古びた
樽に古い酒を入れたようなかび臭さすら漂う。そもそも、今時密室トリックに
拘泥するのが時代遅れなのだ。読者はもっと目新しい謎を求めている。過去の
遺物にご執心の作家は、取り残され、忘れ去られるのみだろう』云々かんぬん、
か。手厳しいねえ」
「別に俺は、この『幻視館殺人事件』に対する批評自体に、異論はない。使わ
れている密室トリックは、確かに陳腐で古臭く、捻りも機知もない。見せ方も
ストレートで面白味の欠片すらない。だが、そこから密室トリック全体に対す
る批判につなげるのはおかしいだろ。はっきり言って、誤りだ」
「イメージがあるせいだな。密室トリックには、昔から繰り返し使われてきた
というだけで、古めかしいイメージが」
「いや、この批評家の不勉強が最大の原因だと思うね。現在でも、新機軸のあ
る密室物は、いくつも発表されている。だいたい、こいつ自身、文中で認めて
いるじゃないか。新機軸があればいい、と。なのに、密室トリックを一括りに
してこき下ろすのは、見識が狭い」
「固定観念にとりつかれているのかもしれない。――お、“一人二役”にも聞
いてみよう」
 叙述トリックは開け放したドアから、廊下を通り掛かった一人二役を認めた。
すぐさま呼び止める。
「何だい」
 いつものように二人三脚をしていた一人二役は、動作を揃えて振り返る。く
だんの雑誌のくだんのページを見せると、興味深そうに覗き込んできた。
「――どう思う」
 勢い込んで意見を求める密室に、一人二役は顔を見合わせ、困った風な笑み
をともになした。
「あなたの前では言いにくいんだけど、大雑把に分けて、読者には二つのタイ
プがいると思う。密室が好きな読者と嫌いな読者の二つが。で、この批評家は、
嫌いなだけですよ、恐らく」
「好き嫌いだけで批判されちゃあ、たまらないね」
「一時、糸と針を使うような密室トリックが量産された頃があった。その当時
に密室物を読まされ続けた読者は、嫌いになるのも無理ないと思うよ」
「そこで立ち止まらず、もっとたくさんの密室物に当たるべきだろうが。傑作
はいくつもある」
「まあまあ、興奮するな」
 熱くなった密室をなだめた叙述トリックは、部屋の窓を開け放した。
「貶されるのは、密室トリックだけじゃない。僕だってそうさ。何の意味があ
って、書き手自身が読者を幻惑するような記述をするのかとか、最後に記述者
が死んでしまうのに、この叙述トリックはおかしいとか、色々ある」
「あなたはまだいい方だよ。私なんか」
 自嘲気味な口ぶりで、一人二役が言った。無論、声は揃っている。
「身長二メートル近い男が女に化けて誰にもばれないのはおかしい、周りが気
付かないふりをしているんだろうとか」
「そりゃ非難されて当然だ」
「いたた……。他にもありますよ。声で分かるだろう、手を見れば違和感に気
付くだろう、このとき家人全員の指紋を採取したはずなのにどうして露見しな
いんだ?等々。枚挙にいとまがありません」
「一人二役系のトリックは、トリックを用いていること自体を終盤まで隠せる
メリットがある。その代わり、どうしてばれなかったのを読者に納得させるの
が難関だね」
「現代だと、最新技術を用いれば他人に化けるのはさほど難しくなくなりまし
たが、完璧すぎて面白くないというか、発覚する手掛かりを作りにくいという
か……」
「なるほどな。形状記憶合金を用いた密室トリックなんかがいまいちなのと、
相通じるものを感じる」
 開け放たれた窓から外を見やった密室は、急ぎ足で散歩する“アリバイ”に
目を留めた。
「おーい、アリバイ。こっちに来いよ」
「何だ、密室」
 急ぎ足をさらにせわしなく動かし、腕時計をちらちら見ながらアリバイは窓
辺まで駆け付けた。
「みんな集まってるのか。我が輩は忙しいので、手短に頼む。おっと、その前
に断っておくが、我が輩の名はアリバイではなく、アリバイトリックもしくは
偽アリバイであるからな。呼び名がアリバイでは、まるでアリバイ成立を前提
にしているようではないか」
「細かいことを気にする奴だ。その理屈なら、俺だって密室成立を前提にして、
最後まで密室の謎が解けなくていいことになってしまう」
「ああ、もうよいから、本題に入れ」
「どうせたいした用もないくせに」
 急かすアリバイに対し、密室に代わって叙述トリックが説明をした。
「――という次第なんだ。ミステリのトリック中、密室と双璧をなす君はどう
思うね」
「待て。密室トリックがアリバイトリックと同等のような物言いはやめてもら
いたい。現場に入れなかったという点に絞れば、密室トリックはアリバイトリ
ックの一つに過ぎないのであるからな」
「ああ、ああ、分かったよ。声を掛けた俺がばかだった」
 どうでもいいとばかりに密室。
「とにかく、意見を早く聞かせろよ」
「それは密室トリックのみについてなのか、それともミステリのトリック全体
についてなのか、どちらであるのかな」
「どっちでもいい。どうせ自分語りをしたがる口だろ、おまえは」
「では述べようではないか。――率直に言ってアリバイトリックは、一部の、
時刻表の隙間を縫うようなトリックのおかげで、鉄道等の公共交通機関や数字
と密接に結び付いたイメージが非常に強くなってしまった。ミステリやアリバ
イトリックを盛り上げた功績は認めるにやぶさかでないが、逆にこの点だけで
も、アリバイトリックは非難されているのが現状である。やれ、時刻が違うだ
けで同じことの繰り返しだの、アリバイトリックが破られただけで自白するな
んて気弱すぎるだの、困ったときの飛行機頼み&外国頼みだの……。アリバイ
トリックとは、そんなせせこましいものではなく、もっと豊穣で可能性のある
トリックなのだと、声を大にして訴えたい」
「長広舌、ご苦労さん」
 密室が気持ちのこもっていない口調で言い、拍手を形だけした。続いて叙述
トリックが口を開く。
「うなずける意見だが、願望だけで、建設的ではない。まあ、我々三人――四
人になるのかな――の意見も、建設的でなかったのは同様だがね」
「どうすれば建設的だと言うんです」
 一人二役が困惑顔を並べて呟く。叙述トリックは思案げに首を傾げ、しかし
端から決めていたかのように即座に答えた。
「そうだねえ。我々自身がミステリをこしらえる、とかかな」
「僕達が、ですか」
「そうだよ。我々の我々自身の長所短所をよく把握しているし、古今東西の各
トリックにも精通している。いわば最高の専門家だ。そんな専門家が集まって、
一遍のミステリを書き上げれば、傑作が生まれるに違いない。そしてその傑作
は、トリックの価値や素晴らしさを世間に知らしめることにもなるだろう」
「悪くはないアイディアだ」
 密室がうなずきながら言った。
「書くのも、叙述トリックがいれば安心だしな。みんな、とっておきのトリッ
クの一つや二つ、胸の内に秘めているだろう」
「そりゃあ、なくはないですが、そういうとっておきを四ついっぺんに使うの
は、勿体ない気が」
「若いのに情けないことを言うなよ、一人二役。一つのトリックに拘るべきじ
ゃない。どんどん生み出すくらいの気構えでいろよ」
「その通り」
 密室の意見に、叙述トリックが同意した。
「第一、とっておきのトリック四つを揃えるからこそ、トリックのよさを訴え
るミステリになるんじゃないか。出し惜しみはよくない」
「そういうもんですかね」
「ああ。――アリバイはどうだね。先程から黙っているが、反対かな」
「いやいや、とんでもない」
 強く否定し、首を振るアリバイ。最早、腕時計を気にする仕種は全くない。
「大変グッドな意見だ。賛同する。惜しむらくは、ベターではない。ベストは
難しくとも、ベターはクリアすべきであろう」
「ふむ。では伺いましょう、ベストを目指したベターな意見を」
「言うまでもないはずだがね。トリックを前面に押し出したミステリが、どの
ような批判に晒されてきたか、思い起こしてみればよい」
「……人間が描けていない、とかですか」
 一人二役が探る調子で言った。アリバイは我が意を得たりという風に、嬉し
そうな笑顔を作った。
「その通りだよ。トリックを売りにしたミステリがイコール人間が描けていな
い、とはならないはずなのだが、凝ったトリックを使う行為そのものが、現実
の人間らしくないためか、どうしても批判される傾向が強い」
「御託はいいから、どうやったらその批判をかわせると言うんだい」
 密室が急かすと、アリバイは一瞬、むっとしたようだが、さほど間を置かず
に答を返した。
「簡単な解決策が少なくとも一つある。我々自身を、そのミステリの登場人物
にするのだ」
「……なるほどね」
 納得した様子の密室。
「自分で自分のことを書くのだから、描けないはずがありませんね」
 一人二役もしきりに首を縦に振る。
 叙述トリックも肯定的な反応をした。いささかのジョークを交えて。
「悪くない話だ。もしも型に嵌まった『人間が描けていない』批判があったと
しても、こう言えば乗り切れる。『何か問題でも? 我々は人間ではありませ
んが』とね」

           *           *

「今度出た新人のミステリ、凄いんだぜ」
「おまえの『凄い』は、あてにならないからな。どんな風に凄いんだ」
「アリバイが密室の中で死んでいて、叙述トリックが一人二役を駆使し、密室
は叙述トリックによって本当の密室と化し、一人二役が互いのアリバイを否定
するんだ」
「何だそれ。訳が分からん」
「実は俺もさっぱり」

――終わり





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