AWC お題>リドルストーリー>分岐の断片   永山


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#305/566 ●短編
★タイトル (AZA     )  06/12/10  07:55  (271)
お題>リドルストーリー>分岐の断片   永山
★内容                                         10/08/25 11:21 修正 第3版
 その1.そばいる舞台裏

「ねえ、純ちゃん。一つ、質問があるんだけどー、いい?」
「なあに、郁江。改まっちゃって」
「もしもー、もしもの話、相羽君と琥珀の王子様が別々だったら、どっちを取
ってた?」
「え? 意味がよく分かんない。琥珀の王子様って、相羽君のことを言ってる
んでしょう?」
「そうだけど、違うのー」
「あ、私も興味あるな」
「く、久仁香は分かったの、今の意味が?」
「もちろん。琥珀の王子様が相羽君じゃなくて、他の誰かだったとして、その
誰かが相羽君と同じ頃に、純子の前に現れていたらどうなっていたか」
「久仁ちゃん、説明うまい! そういうこと」
「質問の意味は分かったけれど……」
「けれど? どっち?」
「二人は知らなかったと思うけど、私がまだ琥珀の男の子の正体を知る前に、
香村君が、『君に琥珀をあげたのは自分だ』と言ってきたことがあって……」
「香村君てカムリン?」
「うん」
「うわー、それは迷うわ」
「両手に花状態だったのね、羨ましい」
「全然。香村君の嘘がじきにばれて……幻滅しちゃって」
「あら、もったいない。――でも、私達の質問とそれとは似てるけど、別だよ」
「面白そうな話をしてるじゃない。もっと分かり易く言えば相羽君と琥珀の王
子様が同時に告白してきたら、どちらを選んでいたかってことね」
「ふふ芙美!? いつの間に」
芙「ほとんど全部、聞いてたわよ。四人になると混乱するから、会話の前に印
 を付けましょ。名前の最初の一文字を採って私は芙、純子は純、郁江は郁、
 久仁香は久」
郁「なるほどー、これなら読んでる人も混乱しないね」
芙「感心するのはあと。答を聞かせてもらおうじゃないの」
純「……えっと……」
久「やっぱり、難しいか。双子のどちらかを選べって言われてるようなもんだ
 もん」
白「双子なら話は簡単だわ」
芙「おっと、どなたかと思えば白沼さん。いきなりのご登場ね」
白「私の下の名前を覚えている人は少ないと思うから、名字から取ったの。そ
 れよりも、話を戻すわよ。相羽君に双子の兄弟がいたなら、涼原さん――」
純「はい?」
白「あなたが琥珀の王子様を選び、私が相羽君と付き合う。これで万事解決」
純「な、何で、私が琥珀の男の子と一緒になると決めるのよ」
白「私は琥珀の王子様について何にも知らないんだもの。だったら、よく知っ
 ている相羽君の方を当然――」
郁「ずるーい! そんなのだったら、あたしも立候補する!」
久「私も。今さらかつ仮定の話だけど、これは舞台裏だし、問題ないよね」
純「問題あるっ。大あり!」
唐「オオアリクイがどうしたって?」
芙「あんたは入ってくるな、唐沢! ここは女子の控室だよ」
唐「堅いこと言わずに。幸い、着替えも済んでいるようだし、楽しい話に俺も
 混ぜてよ。……あら、他の皆さんまで白い目で……」
白「当たり前でしょうが」
久「もし着替え中だったら、覗きになるよね」
郁「うんうん」
唐「いや、決してそんなつもりは。着替え中だったら鍵を掛けるだろ。開いて
 たから大丈夫だと判断したの。――すっずはらさんは信じてくれるよね?」
純「……」
唐「ああ、重たい沈黙」
純「そうじゃなくて、女性陣しか登場できないと思っていたところに、唐沢君
 が出て来たから、ちょっとびっくりしちゃった。じゃあ、相羽君も大丈夫な
 のよね?」
芙「そりゃそうじゃないの」
純「だったら、相羽君にも来てもらって、一緒に考えてほしいなって考えてた
 の」
白「……私、帰らせてもらいますわ」
芙「うむ。右に同じかな」
純「え、何で何で? 答を聞きたかったんじゃあ……」
郁「あたしも帰ろうかと思ったけど、相羽君に会えるんだったら、残ってよう
 かな」
久「郁には今の彼氏がいるはずじゃない」
郁「それとこれとは別だよ〜。久仁ちゃんがさっき言ってたように、舞台裏な
 んだから」
久「それもそうね。じゃ、私も居残って見物しようかしら」
純「また意味が分からないよー」
唐「いや、そりゃ、みんな、答を聞くまでもないと思ったからで……」
純「おかしいわ。だって、私自身、まだ答を出していないのに」
唐「――作者に聞きたいんだけど、相羽と琥珀の王子様を同時に登場させられ
 るかい? 可能であるなら、ぜひ試してみたいことがあるんだ」


 その2.夢の対決

 〜略〜
「――そういえばかつて、『夏、十三』に対する感想で、“地天馬はいつにな
ったら登場するのだろう?と思った”という風なものがありました」
「はい、覚えています」
「当然、あの作品には、というか、これまであのシリーズに地天馬鋭が登場す
ることはなかった訳ですが、これからもあり得ませんかね」
「……難しいな。僕の中ではないんだけれど、ないと断言するのは避けます。
地天馬とジュウザを競演させることで成り立つ画期的な仕掛けを、思い付かな
いとも限りませんから(笑)」
「ということは、現時点では、その構想はない、と」
「そうですね。ただ、可能性はゼロではないが、極めて低いです」
「いや、そう聞くと、逆に書いて欲しくなるのが読者の性分で……」
「答を間違えましたかね」
「では、こうしましょう。仮に地天馬とジュウザが闘えば、どちらが勝つか? 
勝ちそうですか、と聞いた方がいいのかな」
「ちょっと待ってくださいよ。勝負って、どんな勝負? いくら仮定の質問で
も、前提が曖昧だと答えようが……」
「うーん、まさか決闘させる訳にはいきませんし」
「合図と同時に始める決闘で、なおかつ相手の殺害が許可されているのであれ
ば、地天馬の勝ちですね。地天馬は必要な武器を自由に調達できるが、ジュウ
ザは常用の凶器以外に、たとえば飛び道具が欲しいならどこかから盗む必要が
生じる」
「逆に言えば、不意を突くのなら、ジュウザの勝ち?」
「圧勝でしょう。相手の存在を知らないのなら、いかに名探偵でもジュウザの
ような超絶的殺人鬼にはかなわない。武術で対抗することはできても、ジュウ
ザをのすまでには至らないと思います」
「考えてみると、ジェイソンタイプの殺人鬼と名探偵の対決って、公平な条件
を設定しにくいですねえ」
「ええ。切り裂きジャックタイプならまだしも」
「仮の話にまたなりますが……山奥の館に招かれた地天馬。その周辺に出没す
るジュウザ。折しも荒天のために一帯は陸の孤島と化し……という構図なら、
どうです?」
「あなたも粘りますね(苦笑)。えっと、その構図では、地天馬達はジュウザ
という殺人鬼の存在を知らないんですね? だったらジュウザが有利とは思い
ますが、地天馬が最初の犠牲者にならないのであれば、探偵側にも充分に勝機
があるんじゃないですか」
「納得です。この設定も平等公平ではないようですねえ。ジュウザが潜んでい
ると分かっているテリトリーに、地天馬が入り込むとしたら?」
「それなりの準備をするはずだから、地天馬の有利に傾く」
「ですよねえ。困った。殺した人数を競うとか、どちらが真相を先に見抜くか
なんてことは、いくら何でも無茶が過ぎるし」
「凄いことを考えますね。地天馬の大量殺人というのもそうだけど、あのジュ
ウザが推理を働かせて密室やアリバイの謎に挑む姿なんて、作者にも想像でき
ません」
「確かに(笑)。難関があるのは分かりましたけど、それでも読んでみたいで
すよ。言ってみれば、夢の対決なんですから」
「……公平と少し違うけれど、相対峙させるための設定なら、今、ふっと思い
付きました」
「本当ですか? 窺いましょう」
「話しませんよ。単なる思い付きでまとまってないし、どんな形で決着させる
かすら、決めていなんだから。まあ、一つだけヒントを言うと、作品にすると
したら、両シリーズとは全く関係のない、完全な番外編になると思います」
「それはつまり、どちらかが死んでもかまわないように、ということですね」
「ご想像にお任せします」
「それで、どちらに勝たせるんですか」
「あなたならどうします」
「え? そりゃあ、やはり、正義は勝つということで」
「じゃあ、ミステリ書きとしては読者の裏をかかないといけませんね、うん」
「え、え? 結局、どちらです?」
「どちらなんでしょう。それもご想像にお任せします」


 その3.虚実の皮膜

 逮捕状とともに逮捕を宣告され、坂下千秋は絶望の淵に立たされた。
(本当に名探偵がいたら……ミステリに出て来るような名探偵が実在したら、
私を窮地から救ってくれるに違いない)
 手枷を目の当たりにした千秋は、ほんの一瞬の内にそんなことを思った。
(あるいは、犯人当てテレビドラマの「安楽椅子探偵」みたいに、笛を吹けば
助けに来てくれる存在が、今の私には必要よ!)
 千秋は頭をかきむしった。ウェーブの掛かった長髪が、くらげのようにうご
めく。
(ミステリ新人賞でやっといいところまで行って、これからというときなんだ
から。ここを切り抜けないと、折角の努力が水の泡になる。逆に、切り抜けら
れたら、いい付加価値になる!)
 拘束される寸前、そこまで頭を巡らせ、何としてでも無実を示さないといけ
ないと誓う千秋。しかし、知り合いに名探偵は疎か、弁護士も警察関係者も、
フリーのルポライターすらいない。無論、自分の作品に登場する探偵役が、実
は作者と親しい仲であるなんていう関係が現実にはあるはずもなく。一体、誰
を呼べば救い出してくれるのだろう? 
(誰でもいいから名探偵、出て来てちょうだいっ)
 念じてから、日本語の通じる人限定!と慌てて付け足した。千秋にとって、
自分に降り懸かったこの逮捕劇は、さほどに冗談めいていた。
 そして――冗談であったことを証明するかのように、時空が切り取られた。
自分以外の全てが一時停止し、千秋は自身のこれまでいた世界を一歩離れて見
つめることのできる世界に飛ばされた。
「……何よ、これ」
 手の自由は利くようになったが、床面積十畳ほどの空間から出られなくなっ
ていた。床や壁や天井はあるにはあるが、おぼろに霞んで見える。それどころ
か、自分の身体までどことなく影の薄い存在であるような。
 きょろきょろしていた千秋は、不意に人の存在を感じ取った。そちらに振り
返ると、一人の男がいた。
「誰、あなた?」
「地天馬鋭。呼ばれたようだから来たまでだが、何らかの間違いであれば速や
かに帰るとしよう」
 男はやや突っ慳貪な調子だった。声の質は優しくなくもないのだが、長身で
立派な体格とその目付きに圧倒される。存在感は大きいのに対し、年齢だけは
掴みづらかった。
「地天馬、鋭……どこかで見たか聞いたかした覚えがあるような」
 千秋は記憶を辿り、意外と早く思い出した。
「何かの推理小説に出てた探偵じゃない?」
「かもしれない」
「うん、絶対にそうよ。二回ぐらい、読んだことがあるんだから。名探偵に来
てほしいと念じたら、あなたが出て来るなんて……そうか、あなたの名前、ア
ナグラムだったわね」
「アナグラムになっているとしても、それは偶然の産物に過ぎない」
「当人の自覚がないにしても、あなたが来たのはその名前のせいよ、恐らく。
――そんなことはどうでもいいんだわ。私を助けてくれるんでしょう?」
「事件解決の依頼なら、まず、あらましを聞かねば、話が進められない」
「いいわ。あらましから何から、全て話してあげる」
 千秋は一方的に喋り始めた。
「私は坂下千秋。殺人事件に巻き込まれている。被害者は女流推理作家の西谷
和希で、全身を滅多打ちにされて死んでいた。特に顔はザクロみたいになって
て、凶器のトロフィーが壊れていたことから、相当な腕力で殴りつけたと警察
は考えてる」
「君は随分と詳しいようだが、刑事から知らされたのかな」
「そうじゃなくて、第一発見者よ。西谷和希のファンで、一度その顔を見てみ
たかったから、住所を突き止めていきなり訪ねたの。インターフォンを押して
も返事がなくて途方に暮れたけれど、念のために玄関のドアを開けようとした
ら簡単に開いて、ラッキーと思って勝手にお邪魔させてもらったら、西谷和希
が書斎で殺されていたという訳」
 捲し立てるように自分の考えを吐き出すと、千秋は呼吸を整えた。
「で、通報したら事情聴取されて、伏せてある住所を調べ上げるなんてストー
カーだろうとか、勝手に上がり込む行為そのものが怪しいとか言われて、トロ
フィーに付いていた指紋を物証に逮捕されたみたい。触ったんだから、指紋が
あって当然なのに。だいたい私が尊敬する人を殺すはずないし、万が一、手に
掛けるとしたって、あんなエキゾチックな美人を傷つけるなんて馬鹿な真似は
しない。もっと美しい死を演出してみせる。あ、これはあくまで小説の話だけ
れど」
「君は西谷和希に憧れた、推理作家志望なんだな」
「そうよ。あなたは彼女を知ってる?」
「面識は無論ないが、簡単なプロフィール程度なら知っている」
「じゃあ、改めて説明するまでもないでしょうけれど、一応言うと、出版社に
原稿を持ち込んで認められ、十年前にデビューした推理作家。以来、様々なタ
イプの作品を書いて、多くの読者から指示されてきたわ。デビュー時からその
写真はもちろん、本名や略歴等の個人情報一切が隠され、神秘的なイメージが
あった。プライバシーを明かしたくなかったとか、出版社の戦略もあったんだ
ろうけど、大元は写真嫌いに端を発しているのね。家に上がり込んだときも、
写真は全く見当たらなかったくらい」
「それほどガードの堅い作家の住所を、どうやって知った?」
「私が住所を突き止めることができたのは、宅配のアルバイトをして、出版社
からの宅配物を手当たり次第に、こっそりと見てやった成果よ。あ、犯罪だっ
て分かってるわ。だけど、実害はほとんどゼロなんだし、西谷和希以外の作家
先生のことはきれいさっぱり忘れたから、問題ないでしょ? それに、このこ
とを理由に、私が殺人までするような人間に見てもらったら困るんだな」
 言いたいことをやっと出し切り、再び息を整える千秋。探偵はおもむろに口
を開いた。
「依頼は引き受けないことにした。これまでの話を聞く限り、坂下千秋、君は
限りなく怪しい」
「な……」
 何故?と言おうとして絶句してしまった。千秋はかぶりを振り、改まって話
を始めた。
「さっき言ったこと、聞いてなかったんじゃない? 微罪を理由に私を殺人犯
扱いしないでって」
「その点は無関係だ。もう少し早い段階で判断を下したんだが、最低限の礼儀
として話が終わるまで待っていた。それだけのことさ」
「ど、どこで判断したのよ」
「僕が指摘するまでもあるまい。警察に逮捕されるといい。彼らも馬鹿じゃな
いから、真っ先にこの矛盾をつついてくるだろう」
「……」
 千秋は眉間にしわを寄せた。床をにらみつけながら考える。
 そう――確かに、西谷和希を殺害したのは坂下千秋なのである。
 にも拘わらず、自分は犯人ではないと思い込もうと努力し、事実、それに成
功した気分になっていた。
 今、自らが呼び寄せた探偵にきっぱりと言われ、どこにミスがあったのかに
頭を悩ませる千秋だが。
「……分からない」
「それだけ考えて分からないようであれば、ミステリ作家になるのも端から断
念しておくべきだったかもしれないな。西谷和希も殺されずに済んだだろうに」
「教えてよ。予め知っておけば、刑事に突っ込まれたって対処できるはず」
「その発言は自白と見なしていいのかな? いずれにせよ、依頼は断った。罪
を素直に認めることを助言して、帰るとしよう」
「ちょっと。待ってよ!」
 叫んでみても無駄だった。探偵の姿は消え、千秋のいる切り取られた空間も、
徐々にその輪郭を失いつつある。一分としない内に、刑事達の待つ世界へと戻
されるに違いない。
「ああ、まったく、どうしてあんな探偵を呼んでしまったの、私ったら! あ
んな小説を読むんじゃなかった。これならまだ私の持ちキャラの方がましだっ
た。それよりも、このあとどうすれば? 言われたように、さっさと罪を認め
た方が罰が軽くなっていい? でも、私がこんなに考えても分からない矛盾な
んて、そうあるかしら。刑事にばれてると決まった訳じゃない。第一、あの探
偵のはったりかもしれないんだしさ。徹底的に粘るのもありと思うのよね」
 千秋の手首には、枷の感触が蘇りつつあった。
「早く決めなきゃ。まさに究極の選択、有名なリドルストーリーみたいだわ」
 いや。
 答は出ている。
 当人にとっては二者択一のリドルストーリーだとしても。

――おわり





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