AWC スカウト&テスト   永山


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#301/566 ●短編
★タイトル (AZA     )  06/10/12  00:40  (489)
スカウト&テスト   永山
★内容                                         08/02/05 05:30 修正 第2版
 僕はドレイク=ラーレル。自分で言うのも何だが、気弱そうな顔をしている。
 やせっぽちで背は人並み、肩幅も狭けりゃ、胸板も薄っぺらい。大学生の頃、
少しは貫禄を出そうと髭を伸ばしてみたが、焼け石に水だった。三文芝居の役
者の付け髭と同様、浮いて見えるらしかった。今ではきれいさっぱりあきらめ、
素肌を晒している。
 この外見のせいで、損をする場合が多かったように思う。頼りなく映るから、
異性にもてることはまずなかった。面倒ごとを押し付けられても、断れない。
社会に出て営業の仕事を任されるようになったが、新規契約はなかなか結べな
かった。取り入るのは童顔のおかげで容易いのだが、押しが弱いと見られてし
まい、詰め切れないのだ。
 向いてないと考え、会社を辞めてぷらぷらと日々の暮らしを送りつつ、一人
でじっくりと検討した。この容貌を活かせる職はないものか、と。
 ほんの僅かでも二枚目だったなら、病弱キャラのホストで行けると思う。そ
ういう需要があるのは間違いないのだから。だが、確証が持てないうちに、整
形に金を掛ける勇気が起きるはずもなく……。
 ところで、どうして病弱なホストというキャラクターを思い付いたかである
が、会社を辞めたあと、学生時代の友達とたまたま会ったのだが、その日の朝
から僕は喉がいがらっぽく、彼――友達は男性だ――の前でも何度か咳き込む
ことがあった。すると彼は僕を風邪か何かの病気だと勝手に思ったらしく、そ
の日の食事をおごってくれたばかりか、いくらかの金も貸してくれた。もちろ
ん、職をなくした僕のことを気遣ってくれたという面もあるのだろう。しかし、
それにもまして、僕のこの面相と繰り返される咳が、友の同情をより強く誘っ
たに違いない。
 そう気付いた僕は、この手で行こうと知恵を絞り始めた。人を騙してお金を
ちょいといただこうという発想である。つまり、詐欺師だ。
 具体的なアイディアは浮かばないが、とりあえず、嘘に磨きを掛けねばと、
普段からどうでもいいような嘘をつくことにした。ハンバーガーショップでレ
ジの子に歯の浮くようなお世辞を言ったり、図書館で係の人に「建築学科の学
生で、これこれという専門書を探している」と頼んだり、あるいは勝手知った
る街で通りすがりの人を掴まえては道を尋ねたりと、様々な場面で実行した。
 自信が付くと、今度は本当にお金を稼いでみようと、ちょっとした寸借詐欺
を始めた。詐欺師になるための第一歩を踏み出した訳だ。
 地元でやるのはまずいから、少しばかり離れた街、それも都会でも田舎でも
ない中途半端な街を舞台に選び、駅周辺で僕は何度となく、寸借詐欺を重ねた。
 と言っても大したことをやるんじゃあない。口上は、“田舎から買い物に出
て来たのだけれど、財布を落として困っている。帰りの電車賃だけでいいから
貸してもらえないだろうか”、これ一本だ。相手によって言葉遣いを変えるの
は、断るまでもない。
 金額も、相手を見て決める。僕以上にお人好しそうな学生相手なら数ドル、
親切そうなおじさんやおばさんなら数百ドル単位を口にしてみる。渋られれば、
額を下げればいいまで。
 金をせしめたら、もうこっちのもの。あとはでたらめの連絡先と名前を書い
たメモを渡し、代わりに相手の連絡先を教えてもらって、感謝の言葉とともに
「近い内に必ず返します」と言えばいい。真摯な眼差しもセットにすれば、最
高だ。
 僕はこうして訓練を積み、一流の詐欺師になるための階段を上り始めた。
 それはやがて、僕の将来に強く影響を及ぼすであろう、大物との出会いのき
っかけにもなったのだ。
 いつも通り始まったあの日、運命の分岐点はこんな風に訪れた――。

 手順は普段と変わらず、困り切った態度や表情も抜け目なく演じきってみせ
たはず。唯一のミスを犯したとすれば、ターゲットの選択眼が曇っていたこと
か。
 午前中最後のカモにと僕が選んだのは、中年男性だった。黒のスーツをきっ
ちりと着こなし、急いでいる様子は見受けられない。人好きのする表情は若々
しいが、髪には白い物が若干混じっていた。右手にはアタッシュケースを提げ
ており、左手の腕時計は高級品だ。ネクタイピンにきらめく石が本物のダイヤ
なら、宝石関係の仕事をしているのかもしれない。残念ながら僕に宝石の真贋
を見極める能力はないが、寸借詐欺を働く相手としちゃあ、適切だと考えた。
 それなのに。
「君は、一日にどのぐらいこれで稼いでいるのかな?」
 相手はいきなり、そんなことを聞いてきた。
 “これで”というフレーズさえなければ、「いや、まだ学生で」とでも答え
ればいい。しかし、この物言い……見抜かれている?
「日によってばらつきはあるだろうが、平均すれば、せいぜい五十ドルといっ
たところではないかね」
「――な、何のことだか」
 絶句していた僕は、どうにかして声を絞り出した。だけど、男は口元にかす
かな笑みを浮かべて、見透かすように言った。
「ごまかそうとしても無駄だよ。実はね、朝からずっと見ていたんだ。近くの
ビルにある喫茶店から」
「……何で、そんなことを……僕なんかを見ててもしょうがないのに」
「この路線の駅々で、寸借詐欺を働く若者がいると聞いて、様子を見に来たの
だよ」
「!」
 やはり、ばれていた。しかも、完全に。
 逃げだそうとしたが、相手の身体やアタッシュケースに遮られてできない。
いつの間にか、駅前の広場からビルの壁際まで追い詰められていた。プレッシ
ャーを感じていたのかもしれない。
「危ない得物は持っていないようだ。その方が話が早くていい」
 こちらが凶器の類を所有していないことを見て取ったか、男は笑みを色濃く
した。
「警察に突き出すつもり……か?」
「いや。答える前に、さっきの質問の答を先にしてもらわないとな。高々五十
ドルの稼ぎで、君は満足なのかい?」
 どうやら警察関係者ではないようだ。いや、罪を見逃す代わりに、上がりの
何パーセントかを要求してくる悪徳警官がいると噂に聞くから、安心するのは
まだ早い。
「ま、満足しちゃいないよ。五十ドルも行ったら万々歳のラッキーデーで、普
段は二十ドルがいいところさ」
 強がって答えると、相手の男はまた笑った。人を惹き付ける表情だ。
「それじゃあ、もっと稼げる方法を教えてやろう」
「え? 真面目に働くのって、もう、僕には向いてない……」
「違う違う。人を騙してお金を稼ぐ方法さ。少なくとも日に百ドルは堅い」
 まともな一般人然とした相手の口から飛び出した妙な話に、僕はしばらく呆
気に取られていただろう。はっと気付くと、男は指でこっちに来い来いと招き
ながら、こう言った。
「立ち話も何だから、昼飯でも食いながら教えよう」

 男は僕に名前を尋ねたあと、自らはアイバン=ウォードと名乗った。その直
後、「無論、これは偽名だがね」と言ったのには、面食らった。
 ウォードという仮名の男は、僕をおかしそうに見つめながら、「人を騙すた
めに、本名は忘れたんでな」と続けた。もう、こうなるとどこまで本当なのか、
分からない。
「通称アイバン=ウォードと言えば、その世界ではちょっとは知られた名前な
んだぜ。ところで、ドレイク君はいくら持っている? ああ、ここの分は私が
おごるから心配しなくていい。レクチャー代も無料だ」
「寸借詐欺をするのに、お金を身に付けてると思いますか」
「思うね。何ら武器を持たない君が、万が一、今みたいにばれたとき、逃れる
術として頼るのは金だろう。逃走のための足代が必要だし、悪徳警官に見つか
る、もしくは運悪くマフィアを引っ掛けようとしてしまった場合、見逃しても
らうための金を、そう、五百ドルから千ドルぐらい持っていると見た」
「……」
「沈黙がすでに肯定だな。ついでに、どこに隠し持っているか、当ててみせよ
うか。靴の中、いや、多少は用心深く靴下の中かな。かさばるといけないから、
わざわざ百ドル札に両替し、両足に三枚ずつぐらい入れているかな?」
「……右に三枚、左は二枚」
「おお、そうか。他にも、小さく折り畳んでベルトの裏側や襟の裏に隠してい
るだろ?」
「……ええ……全部で八百ドル」
 全てを見透かされているようで気味悪くなったが、それ以上に、この初対面
の男に魅力を感じ始めていた。こりゃあ、ひょっとしたら、一流詐欺師と巡り
会えたのかもしれない。
「うん、それだけあれば充分だ」
「と言いますと……?」
「これから教える方法は、いんちき賭博なんだ。カモをおびき寄せる餌、つま
り見せ金が必要になる。私も持っているが、君も持っていなければならない」
 言いながら、ウォードは分厚い財布を取り出し、テーブルの上に置いた。全
てが二十ドル札(※日常的に使用される紙幣では二十ドル札が一番の高額)じ
ゃないとしたって、相当な金額になる。
「百ドル札だと高額すぎて、賭をやりにくい。私がここで崩しておこう」
 そう言って、ウォードは僕の八枚の百ドル札を出させると、その内の五枚を
細かい紙幣に替えてくれた。もちろん、偽札なんかじゃない。
「残りの三枚は、大勝負になったとき以外、仕舞っておけばいい」
「それより、早く教えてくださいよ。すっごく、興味が湧いてきた」
 大量の紙幣をひとまとめにし、ポケットにねじ込むと、僕は椅子に座り直し
た。テーブルに並ぶハンバーガーやポテトに手を伸ばすことも忘れていた。
「焦りなさんな、もう少しだ。一つ、確認しておくが、この街は君の地元じゃ
ないな?」
「当然ですよ。住んでいるのは、ここからずっと先のEってところ」
「結構。そもそも、ここG駅は旅行者相手にちょっとした詐欺を働くには、う
ってつけの駅だからね」
「ど、どうしてです?」
 そんなことまで考えずにやっていた僕は、急いで聞き返した。
「単純明快な理由さ。ここは乗り継ぎが頻繁に行われる。だが、接続はそんな
によくない。暇をもてあました旅行者の何人かは、ちょっと見物のつもりで途
中下車をする。そういう輩をかもにすれば、万が一、見破られても、この土地
をじきに立ち去らねばならない奴らは、我々を訴える暇がない。
 では、いよいよ話そうか。本番ではメモを見ることなんてできないから、頭
に段取りを叩き込んでくれ」
 ウォードが僕に教えてくれた方法は、一種の必勝法だった。
 必勝法のある勝負事だって? それはルールに欠陥があるんだ――そう吐き
捨てる人もきっといるだろう。だが、この方法なら必ず勝てる。僕とウォード
が組んで、一人のカモを陥れるいかさまなのだ。
 勝負事そのものは、実は何でもいい。ただ、一回の勝負に時間が掛からず、
数をこなせるという理由から、ダイス(さいころ)の目の偶数奇数を当てると
か、コインの裏表を当てるといった単純なゲームがいい。ウォードはダイスを
使うと言った。
 まず、駅でウォードが張り込み、手頃なカモを見付ける。裕福そうな中年男
性の旅行者が理想だそうだ。そしてギャンブルを持ち掛け、三人でやるゲーム
を提案する。ダイスの出目の偶奇を三人で予想し、当たりが一人だけなら、掛
け金を総取り。二人または三人全員が当てたときは勝負なしとなり、掛け金は
次の回に持ち越しというルールだ。
 これを聞けば、必勝法も自ずと分かるだろう。いや、僕自身は興奮もあって、
すぐには気付かなかったのだけれども。
「我々二人の内、一人が偶数、もう一人が奇数に賭ければ、負けることはない」
 ウォードの言葉に、目から鱗が落ちた。絶対に負けないことは必勝に等しい
という理屈だ。
「どちらに賭けるかを口頭で行うのなら、私が先に賭ければその逆の目を君が、
君が先に賭ければその逆を私が言えばいいから、簡単だ。ただし、普通の頭の
持ち主なら、口頭でやっていると遅かれ早かれ、『こいつら、いつも異なる目
に賭けるぞ? 組んでいるんじゃないか?』と不審に思うものだ。カモがそう
言い出したときは、偶数なら十セント硬貨、奇数なら一セント硬貨を握り締め、
三人同時に見せ合うことを提案する」
「そうなったら、僕はどう賭ければ……」
「偶数偶数奇数、これの繰り返しでいいだろう。くれぐれも回数を間違えない
ように頼む」
「偶偶奇ですね、分かりました」
 これが最も重要だ。脳細胞に刻み込む。
「最初の数ゲーム、賭ける額の低い内に、カモを二、三回勝たせておく。相手
をその気にさせ、のめり込ませるために。額を引き上げたあと、負けが込んで
くると、いよいよ熱くなって、ますます泥沼にはまるという算段さ」
 人の心理を読んだ素晴らしい作戦だと感じ入った。
「最後に大金――全額かそれに近い物になるだろう――を賭けた大勝負をやり、
私かドレイク君が勝つ。稼ぎはカモを追い払ったあと、山分けにすればいい」
「凄い。完璧だ」
「我々のコンビプレーを怪しまれないようにさえすれば、だ。ひとえに、ドレ
イク君の演技力に掛かってくる」
「はあ……」
 そう言われると、プレッシャーだ。
「なに、いつも通り、気弱な感じで振る舞えば、怪しまれないさ。大きく賭け
るときだけ、注意すればいい」
「そうですね」
「このアイバン=ウォードが、君ならできると見込んで誘ったんだよ。自信を
持っていい」
 ウォードは僕の肩を叩くと、その手を差し伸べてきた。がっちりと握手を交
わすと、力強さが僕にも移ったようだった。

 ベンチに腰掛けた僕の背後から声がした。
「――絵に描いたようなカモが来たぞ。肩越しに見てみろ」
 駅のプラットフォームに立ち、単眼鏡でカモを物色していたウォードが囁く。
背中合わせの位置関係だから、僕は言われた通り、首をかすかにねじって後ろ
を見た。
「向こうのプラットフォームだ。六十前後の男性で、黒のスポーツバッグを担
いでいる」
 その通りの男性が確かにいた。茶色のサングラスをしている。
「バッグに競馬新聞を差している。ギャンブル好きだろう。腕時計もサングラ
スも高級品のようだ。それに週末、Kで大きなダービーがある。大金を持って
生観戦をしつつ大勝負に来た可能性が高い」
 Kへはこの駅で乗り換える必要がある。なるほど、ウォードの推理は当たっ
ている気がする。
「乗り継ぎ時間は一時間ほどのはず。彼に決めよう。行ってくる。ドレイク君
は、合図があるまで待て」
「承知しています」
 ウォードがやや急ぎ足で行動を開始したのを気配で感じ取り、それから三十
秒ほど待って、僕はベンチから腰を上げた。ウォードからの合図がよく見える
位置に移動する。
 ウォードは改札を出てしばらく行ったところで、カモの男を掴まえ、話し掛
けていた。早くも足を止めさせ、相手の関心を引くことに成功している。“言
葉巧みに”を絵に描いたような手際だ。
 感心している間に、ウォードからの合図があった。彼がアタッシュケースを
一旦床に置き、持ち替えたら、僕も作戦スタートだ。
 改札を、さも今し方来た列車から降りた風にして通る。出るとすぐ、ウォー
ドが手筈通り、声を掛けてきた。
「ちょっと失礼。あなたはこの街の人ですか?」
 僕は「え?」と戸惑いの表情を作る。
「ああ、すみません。お急ぎでなければ、聞いてもらいたいのだが、実は私と
こちらの紳士とで賭けをしましてね」
 ウォードは如才なく言いながら、カモを手で示した。
「あなたが地元の人か、旅行者か。勝った方が負けた方に一杯おごるという訳
です」
 ウォードは今、先に「地元の人」と言った。これは、カモが僕を「地元の人」
だと判断して賭けたという合図だ。カモをその気にさせるには、ここで勝たさ
ねばならない。
「はあ、僕はこの街の者ですが……」
 ウォードは指を鳴らして悔しがり、カモの男はサングラス越しに目尻を下げ
た。
「それ見たことか。あんた、どうかしているよ。この若い衆はほとんど手ぶら
じゃないか。旅行者のはずがない。旅をする出で立ちってのは、私のような格
好をしてるもんさ」
 勝ち誇り、饒舌に喋り出したカモ。すでに少しアルコールが入っているのか
もしれない。
「仕方がない。おごりましょう。君、ついでに悪いんだが、駅の近くで軽く飲
める店を知らないか? この方は一時間ほどでまた発たねばならないんだ」
「ええ、まあ、心当たりはあります。どうせ暇ですし、案内しましょう」
 僕は先頭に立ち、予めウォードに言われていた店への道順を辿り始めた。と
言っても、駅を出てすぐの角を右に折れて少し言った突き当たりだから、初め
ての道でも迷いはしない。
 そこはカウンターバーで、昼間からでも客がちらほらといた。やはり乗り継
ぎ時間までの暇潰しなのだろう、その多くが大きな荷物を足下に置いていた。
「とにもかくにも、約束を果たさねば。ああ、君。君にも一杯。案内してくれ
たお礼をしたい」
「いいんですか」
 ウォードに呼び止められることにより、僕も自然な形で加わった。ウォード
を中心に右に僕、左にカモという並びで座った。
「では――お二人のささやかな幸運に乾杯!」
 ウォードの音頭で一杯目を飲み、互いに自己紹介をした。カモの名は、ウォ
ルシュ=ガリクソンと言った。南部の片田舎から出て来た定年退職者で、ウォ
ードのにらんだ通り、Kでのダービーを生で味わうべく、列車の旅と洒落込ん
だらしい。
 ちなみに僕は、リー=ランドルと名乗った。本当はライアー(嘘つき)を名
乗りたかったが、洒落が過ぎるのでやめておいた。
「どこにいても馬券は買えるが、一度はこの目で見、この身体でじかに体験し
たくてな。仕事を辞めて、やっと妻のお許しが出たんだ。わっはっはっ」
「当然、今回のレースも賭けるんでしょうね」
「無論だ。いやあ、あんたとの賭けに勝てて、何だか幸先がいい気がする。ダ
ービーもきっと取るぞ」
「ふむ」
 ウォードはちらりと僕の方を見て、「ランドル君はギャンブルをする?」と
尋ねてきた。
「はい、好きですよ。人並みよりちょっと上を行く程度ですかね」
「結構。では、この三人で賭けをしてみようじゃないか。ガリクソンさんの幸
運がどこまで本物か、試して差し上げたい」
「これは面白いことを。本心は、リベンジをしたいってことだろう?」
 ガリクソンが挑発的な反応をするが、根が嫌いじゃないのは明白で、乗り気
であることは僕にもわかった。
「そう受け取ってもらってかまいませんよ。ダイスを振り、出る目の偶数奇数
を当てるゲームだ」
 ウォードは畳み掛けるように言い、ポケットからダイスを取り出した。
「いいとも。そのダイスを調べて、いかさまじゃないと納得できたら、受けよ
う」
「調べるのは当然の権利だ。どうぞ。さあ、ランドル君も」
 僕とカモを促したウォードは、財布をカウンターテーブルにどんと置いた。
「軍資金があることも、これで分かってもらえるでしょう」
「――こりゃあ豪気だ。こっちも真剣にならねばいかんな」
 ガリクソンはダイスを手に取り、何度か転がしたあと、満足げにうなずいた。
そして両頬を自らの手で叩き、気合いを入れる。
「そっちのにいさん、ランドルと言ったか。あんたは金、大丈夫なのか」
「お二人にはかなわないと思いますが、持ち合わせはあります。何しろ、ギャ
ンブル以外に趣味はないに等しいですから」
 尤もらしい返事をしておく。こうでも言わないと、地元の人間が特に用事も
ないのに八百ドルという大金を身に付けている名目が立たない。
「ダイスは三人が順番で振ることにします。その前に各自、出る目の予想を偶
数か奇数かで言う。言い当てることができた者が一人だった場合、その人の勝
ちで、掛け金を総取り。それ以外の場合、勝負は流れたこととし、掛け金は次
の回に持ち越す。よろしいですね?」
 ウォードがゆっくりと説明すると、ガリクソンはよく咀嚼する風に何度か首
を縦に振り、程なくして「よかろう。勝負だ」と応じた。

 段取りに従い、最初の内は、ガリクソンに勝たせる努力をした。ダイスの目
を自由に操れる訳ではないので、百パーセントとは行かないが、僕とウォード
が同じ目に掛けることで、ガリクソンの勝率は圧倒的に高くなった。
 ガリクソンが三度目の勝利を得た時点で、ウォードが咳払いをし、「ちまち
ま賭けていては、身が入らないな」と呟いた。これが作戦の本格的スタートを
告げる合図だ。ストゥールに座り直すと、身震いが出た。
 ウォードは二十ドル札をテーブルに置き、「受けてもらえますかな?」と両
サイドに視線をやる。これまでの掛け金は平均二ドルだったから、一気に十倍
につり上げたことになる。
「OK。何の問題もない」
 乗っているガリクソンはあっさりと受けた。僕は迷う演技を挟み、思い切っ
た風に応じた。
 ダイスを振るのは、ガリクソンの番。彼は偶数に賭けた。ウォードは奇数。
僕は偶数になる。ここで一発、ガリクソンに食らわしてやれば、かっか来るこ
とは間違いない。奇数を念じた。
「――3」
 舌打ち混じりにガリクソンが言い、紙幣をウォードの前に押しやる。僕はガ
ッツポーズを作りそうになったのを慌てて中止し、同じく二十ドル紙幣をウォ
ードに渡した。
 ここからの展開は、まさに計画通りだった。不敗の内は、酒を追加オーダー
していたガリクソンだったが、負けが込み出すと顔をしきりに撫でるようにな
り、口数は減った。やがて、ウォードの危惧していたように、僕らの賭け方に
違和感を持ったらしく、口で言うのはよそうと言ってきた。無論、ウォードは
これに応じ、硬貨を握り締めるやり方を提案。ガリクソンは承諾した。
 その後も僕とウォードは二人して負けない戦いを続け、ガリクソンから巻き
上げた金は合計三百ドルを超えた。僕の手持ちは元からの八百ドルと合わせて、
約千ドルになっていた。ウォードの方には、百五十ドルほどが入ったはずだ。
「ガリクソンさん、ぼちぼち、駅に向かう時間では……」
 ウォードが腕時計を見やりながら水を向けるが、カモは首を横に激しく振っ
た。
「いいや、まだ少し余裕がある。勝ち逃げしようというのなら、最後にもう一
勝負と行こうじゃねえか」
 やや怪しい呂律ながら、やる気の衰えていないことを宣言したガリクソンは、
財布ではなく、服の裏地に作った秘密のポケットのようなところから札を取り
出した。
「五千ドルある。これを全て賭けての大博打だ」
 僕はちょっとした厚さの札束を見て、「え」と声を上げた。五千は大きすぎ
る。対等に払えないじゃないか。
 ウォードはと顔色を窺うと、特に動じた様子はない。人差し指を鼻先に当て
て「ふむ」と呟いた。
「これを失えば、馬に賭ける分や宿泊費その他諸々が足りなくなるのでは?」
「負けることなど考えて――それもそうか。そうだな」
 不意に冷静に立ち戻るガリクソンがおかしかったが、今の僕にとってはあり
がたい。千ドルまで下げてもらわねば。
 そう願う僕の視線の先で、ガリクソンは札を数え、「これなら問題ない――
千五百ドルだ」と言った。そっちに問題なくても、こっちにはあるのだ。しか
し頼みの綱のウォードも、ここまで一気に下げられては助け船の出しようがな
いようだ。最初に財布を見せつけているだけに、これを断るのは難しい。自分
から言い出すしかない。
「あの、すみません。僕、これまでの勝ち分を入れても全部で千ドルほどしか
なくて……」
「何? しょうがねえな。家に取りに行かせる時間はないしな」
 渋々といった体で五百ドル分を引っ込めようとするガリクソン。それをウォ
ードが止めた。うまく行きそうなのに、どうして?
「仕舞う必要はないでしょう。私は千五百を賭けることができるんですよ。ガ
リクソンさん、あなたか私の間だけ千五百ドルが懸かっていると考えればいい。
ランドル君が勝った場合だけ、私とあなたが彼にする支払いは千ドルだ」
 そうか! さすが、大物詐欺師は抜け目がない。これなら、ウォードが勝つ
ことで僕ら二人の儲けは五百ドル多くなる。
「よし、乗った!」
 ガリクソンは口元を緩め、笑い声を漏らした。それから「できれば、あんた
とは違う目に賭けていることを願いたいな、ウォードさん」と呟きつつ、手の
中にコインを握り込んだ。
 そうなのだ。決着するまで、僕はガリクソンが同じ目に賭け続けないと、五
百ドルのボーナスはパーになってしまう。僕もガリクソンと同じ願いを持った。
 ウォードとの取り決めで、次に僕が賭けるのは偶数だ。まださほど繰り返し
た訳じゃないから、ガリクソンにパターンを読まれていることはないと信じる。
「皆さん、コインを握りましたね? では、オープン」
 僕はガリクソンの手のひらだけを見た。
 ダイム――十セント硬貨がそこにはあった。偶数だ!
 小躍りしたいのをこらえる。あとはダイスの目が奇数になれば……。
「よし」
 思惑通り、ウォードと異なる目に賭けることになったガリクソンが、ダイス
を握った。彼が振る番なのだ。
「運を天に任せる、だな」
 ガリクソンは囁くように言うと、サングラスを外した。そしてダイスを握る
右手を激しく上下させ、そして文字通り――賽は投げられた。

「駅までお送りしましょうか」
「いや、いい。すぐそこだ」
 ウォードの申し出を断り、ガリクソンはふらふらと立ち上がった。彼の懐は、
店に来る前と比べて、二千ドル近く軽くなっていた。
「若いの――ランドル君。君も千ドル近く損をして、災難だったな。付き合っ
てくれてありがとうよ」
 振り返って僕にそう語り掛ける目付きが、何とも弱々しい。こちらとしちゃ
あ、本心を隠して、「いえ、どうも」ぐらいしか言えない。
「よい旅を! そしてダービーでの幸運を!」
 ウォードと僕はガリクソンの姿が店外に消えるのを待って、さらに約一分の
後、ようやく言葉を交わした。
「うまく行きましたね、ウォードさん?」
「ああ、上出来だ。君も初めてにしてはよくやった」
「合格ですか?」
「満点ではないが、充分に合格だ。さて、まずは稼ぎを山分けと行こう。正確
に二等分するには、数えなくちゃな」
 静かな笑みをたたえ、札を懐から出したウォード。最後の大勝負に勝ったの
は彼だから、全ての儲けは彼が握っている。
 と、ウォードが銀行員のような手つきで数え始めようとしたときだった。
「すまねえ! サングラスを忘れたようなんだが、あるかい?」
 突然、店の出入り口の方からガリクソンの声がした。
 慌てた僕は反射的に椅子から降り、身構えてしまった。驚きは表情にも出て
しまったことだろう。案の定、ガリクソンに見咎められてしまった。奴は僕へ
訝しげな視線を突き刺しながら、座っていた咳まで来ると忘れ物を手に取った。
サングラスはストゥールの細い手すりに引っ掛けてあった。
「……おまえさん達、何をしている?」
 ガリクソンは次にウォードの手の中に札束に気付いた。
「まさか、二人でギャンブルを続けている訳でもあるまい? そっちの若い衆
は有り金全部すったはずなんだから」
 ガリクソンに睨め付けられた僕は、思わず言い訳を口走った。
「これは、その、どのぐらい稼いだのか、札の分厚さで見せてもらおうとして
たんですよ」
 が、これが逆効果。かえって疑惑を増幅させた。
「そんなことする必要があるか? おまえら、ぐるだったんじゃねえのか? 
途中、賭け方がきれいに別れて、どうもおかしいと思ったんだがよ」
「それは邪推というものですよ、ガリクソンさん」
 ウォードが穏やかな口調で言った。最早、この場は彼に任せるほかない。
「実は、ランドル君が今夜の食事代すらなくしたというので、その分を貸して
あげようとしていたところでしてね」
「怪しいもんだな、ふん!」
「まあまあ、落ち着いて。店の外に出ましょう。ここじゃあ迷惑が掛かる」
 そう言ってガリクソンを先に出して待たせ、ウォードは酒代の支払いを済ま
せながら、僕に早口で言った。
「どうやら、この場で山分けは難しい。今夜七時までに君の地元のE駅に行く
から、そこで落ち合って山分けしよう」
「は、はい。じゃあ、東口で」
 素早くコンタクトを終えると、僕とウォードは店を出た。待ち構えていたガ
リクソンが、早速噛みついてくる。
「本当にぐるじゃないと、こう言うんだな?」
「ええ、もちろんです。会ったばかりの他人ですから」
「言葉だけじゃあ、信用できないな」
「ガリクソンさん、電車の時間は大丈夫ですか」
「うるさい。まだ間に合う! ……そうだな、あんた達が別々の方向に帰れば、
まあ信じてやらんこともない。おい、若いの!」
 ガリクソンの胴間声に、僕は演技ではなく、本当に震えた。醒めかけとは言
え、酔いが入っている分、何をされるか読めなくて恐ろしい。
「地元の人間なら、もう駅に来るな。ウォード、あんたはここに立ち寄っただ
けだと言ったな? 俺と一緒に駅に行こう。列車に乗り込んで、出発するのを
見届けてやらあ」
「……分かりました。私はそれでかまいませんよ」
 ウォードはこちらを一瞥した。僕はガリクソンに対し、無言でうなずいた。
「よし。じゃあ、ええっと、ランドル。おまえさんはさっさと行け。家に帰っ
て、寝てろ」
「は、はあ」
 ぐずぐずしていると、蹴飛ばされかねない。僕は適当な方角へ足を向けた。
一度だけ振り返ると、後ろからガリクソンに押されるような形で駅の改札をく
ぐるウォードの姿が見えた。
 僕は前を向き、ポケットに手を突っ込むと、残りの僅かばかりの小銭を勘定
した。E駅までの電車賃はあるとしても、時間を潰すための金はなさそうだっ
た。

           *           *

「ほら、おまえの分」
 自称アイバン=ウォードは、隣の席に収まる赤ら顔の男に儲けの全てを渡し
た。
「いいのか? 全部もらっても」
 その台詞とは裏腹に、金をしっかり受け取り、さっさと仕舞い込む隣席の男。
さっき掛け直したばかりのサングラスを、鬱陶しいとばかりに外した。
 そんなガリクソンを見て苦笑しながら、ウォードは答えた。
「ああ。言っただろ。俺は依頼主からちゃんといただいてるって」
「ベントレー一家の依頼だったっけ。奴らもこの程度のこと、自分達で片付け
りゃいいのに」
「この程度のことだから、だろうさ」
 ウォードの見つめる窓の外で、景色が動き出した。否、列車が動き出したの
だ。
 この路線界隈を占めるベントレー一家から、挨拶なしに寸借詐欺を働く若造
を排除してくれと依頼があったのは、五日前。まずまずのスピード解決と言え
よう。
「小僧っ子一人を懲らしめるのに、拳だの拳銃だのを持ち出すのは、大げさす
ぎて面子が立たないってことか」
「多分な。今はそういう時代だ。ま、ドレイクは若いから何も知らなくてもし
ょうがない面はあるが、詐欺を働くなら、ルールを守らないといけねえ。勝手
にちょろちょろしてると、地元の組織に迷惑が掛かることもあるんだから」
 二人は会話をしながら、変装を解いていく。もしも周囲の座席に乗客がいた
のなら、彼らの変貌ぶりを見て目を見張ったに違いない。
「にしてもだ。これで排除したことになるのかい?」
「ドレイクにとって保険となる八百ドルを巻き上げたんだ、大人しくなるさ」
 変装のための道具一式をバッグにしまうと、ウォードは一息ついた。そして
窓外にGの町並みを見届けながら、付け加えた。
「すっからかんの身一つになって、それでもまだ詐欺を続けるってんなら、ド
レイクは見込みがある。仲間とは言わないが、弟子にして鍛えてやらないでも
ないぜ」
「見込みはあっても、才能はどうかねえ?」
 ガリクソンを名乗っていた男は、甚だ疑問だとばかりに肩をすくめた。
「最後の勝負のとき、俺が奇数しか出ないいかさまダイスにすり替えても、全
く気付かなかったんだからな」

――終わり

※参考文献
『詐欺師入門』(デヴィッド・W・モラー /山本光伸 訳 光文社)





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