AWC 箱の中の猫と少女とひとつの欠片  らいと・ひる


前の版     
#299/566 ●短編
★タイトル (lig     )  06/09/23  20:30  (171)
箱の中の猫と少女とひとつの欠片  らいと・ひる
★内容                                         06/09/25 23:09 修正 第2版

 その欠片はどこから来たの?
 その欠片に希望はあるの?
 その欠片は何色に輝いているの?

 でも、この欠片と一致する世界はどこにあるのだろう?


■B-Girl

 それは凝縮された想いの詰まった物語だった。
 どこにでもいそうな何の取り柄もない主人公の少女。でも彼女をとりまく環境は
過酷だった。彼女は残酷な世界で足掻き、そして希望さえ失ったところでようやく
大切なものをその心の内に見つける。
 誰もが持つ弱さと、誰も持っていないような真っ直ぐな強さをその少女は心に秘
めている。まるで、作者自身を映す鏡のようだ。

 私は視線をプリントアウトされた原稿から目の前の作者である少女へと移す。自
然と柔らかな笑みがこぼれてくる。
 だが、肝心な事を思い出した私は、おもむろに左腕で彼女の首を捕まえると、右
の拳で彼女のこめかみ辺りをぐりぐりと押し当てた。
「うぎゃ、なにすんのよぉ」
「ああ、確かにいい話だったよ。時間が経つのも忘れるくらい物語の世界にのめり
込んだよ。でもさ、なーんか、私に似たキャラクタが出てくるんだけど」
 言葉遣いどころか性格も一緒、細かく描写されてはいないが容姿さえそっくりに
違いない。
「そ、それは、ちょっとモデルにしたからで……」
 その許可を出してはいないのだけど。
「似てるというか、まあ名前一緒なんだけど」
 それはつまり確信犯というものだろう。
「いや、後で修正するつもりだったんだけど……あはは、忘れてた」
 いや、名前を変更してもバレバレだぞ。
「おまけに、何? いつの間にか私ってば、死んじゃってるんだ」
 一番気になったのはその部分。確かに予想外の展開、ゆえにその後の衝撃も大き
かった。
「あ、いやいや。物語の進行上、しょうがないんだよ」
 笑うに笑えない理由。
「しょうがない? そんな理由で殺されたんか?」
「あははは、殺されてないよぉ、あれは事故みたいなもんだし」
 事故ねぇ、だったらまだ殺人事件の方が潔くて良かったと思うぞ。今回の物語は、
神による世界への強制介入だ。その神とは誰を指す?
「事故って……殺してるのは、ありす。あんた自身でしょ」
「そ、それは創作者の特権であり、同時に苦しみも味わうんだよ」
 私はそこで深く溜息をつく。別に本気でケチをつける気はない。ただ、この子の
内に秘められた想像を超える世界に私はただただ圧倒されただけなのかもしれない。
そんな中に自分をモデルにされたキャラクターが存在しているのだから少しは情緒
が不安定にもなるってものだ。
「これはあんたっていう神さまに運命を弄ばれた哀れな乙女の恨みじゃ!」
 ぐりぐりとさらに拳を押し付けた。もちろん、ある程度手加減はしている。
「どうしたんですか?」
 ふいにかけられた声に振り向いた私の隙をついて、ありすはするりと脇を抜けて
いく。
「聞いてよぉ……」
「そこ! 人に助けを求めるの禁止!」
 小柄な体型なのをいいことに人の背中に隠れようとするのがあの子の悪い癖だ。
「まあまあ、落ち着いてください。二人とも。それで、原因は?」
 いつものように穏やかな口調で成が仲裁に入る。
 私は無言で、手にした原稿をひらひらと目の前で団扇のように扇いだ。
「まあ、読んでしまわれたのですね」
「読んでしまわれましたよ」
 私は溜息まじりにオウム返しのような答え方をする。
「それで感想は?」
「圧倒された。それ以上言葉が出てこない」
 悔しいけどね。
「ですって。ありす」
 小柄な身体がひょいとその影から出てくる。その顔は満面の笑みを浮かべて、と
ても嬉しそうだった。
 その表情を見て私は負けを認める。
 同じ創作を志す者として自分が超えられない何かをあの子は持っているのだ。
「ところでさぁ」
 ありすが不思議そうに扉の外を見ている。しかも成は部室の入口に立ったままで、
いつものように窓際の特等席に座ろうとしなかった。
「どうした?」
 私がそう声をかけると同時にありすが声をあげる。
「この子誰?」
 成の後ろからひょいと顔を出すのは見かけない女の子。
「文芸部に入部希望の子」
「ああ、そういう事か」
 少し緊張しているのか、こわばった表情で私やありすに視線を送っている。
「緊張しないで、みんないい人だよ。自己紹介して」
 その穏やかな口調に促されて、その子は一歩前に出て私に向かう。
「はじめまして一年三組の粃言葉(しいな ことは)といいます」
 私は心証を良くしようと極上の微笑みを浮かべて彼女=粃さんに手を差しだそう
としたところで、横からありすがそれをかっさらうかのように彼女の手を取り自己
紹介をはじめた。
「あたしは、二年一組の京本ありす(きょうもと ありす)よろしくね」


■A-Girl

 あたしが所属する文芸部は、校舎脇の部室棟の東端にある一番狭い部屋でほぞぼ
そと活動を行っている。現在、部員は、性格だけは男勝りな長い黒髪の美少女「荻
原玲(おぎわら れい)」と、優雅なおかま口調で女の子より女らしいとの評判の
美少年「森田友成(もりた ともなり)」、そしてごく普通の女の子である、あた
しこと「京本ありす」の三名だった。先日、成ちゃんが一年生の子を連れてきてく
れたおかげでようやく四名となり、存続が怪しかった部にも一筋の光が差し込んだ
かのように思えた。まあ、成ちゃんが連れてきたのはこれで五人目だから、この子
があたしたちに警戒心を抱かずに長く居着いてくれればの話だが。
 部の活動内容はわりといい加減だ。部屋でずっと喋っている時もあれば、三人と
も無言で本を読みふけっている時もある。もちろん、それぞれに創作活動を行って
いる事もあった。
 今日は成ちゃんも一年生の子も用事があるらしく、部室には玲ちゃんしかいない。
こんな日はまったりと時間を過ごすのも悪くはない。あたしは、創作ノートにあれ
これと落書きをしながら玲ちゃんに話しかける。最近読んだ本とか教師の悪口とか
テーマパークとか行きたいね、などとたわいもない話だ。だから、あたしが最近夢
中になっているインターネット上でのチャットの話とかも自然と出てきたわけ。
「創作系のチャットルーム?」
「うん、わりと同年代の子が多いんだ」
「チャットなのに、同年代ってわかるの?」
「学校の話題とか多いしね。もちろん、詐称している人もいるだろうけど」
「楽しい?」
「玲ちゃんもやってみなよ。絶対はまるって」
「私、キーボードアレルギーだから」
 彼女のその答えに何か違和感。それってなんか矛盾してない?
「玲ちゃん『携帯』持ってるじゃん」
「いや、ほとんど十字キーしか使わないし」
 あ……まさかそんなオチとは。
「……そうだよねぇ。玲ちゃんのメールってほぼ定型文……じゃなく定型語だし」
 いくらあたしが長文メールを送ろうが、「了解」とか「嫌だ」や「すぐ行く」
「電話する」で済まそうとするからなぁ。
「だからチャットなんて夢のまた夢」
 だったら今度ボイスチャットにチャレンジして仲間に引きずりこもう。そんな野
望が芽生えてくる。
「まあ、今回はあきらめるわ」
「ところで、チャットではありすってどんなニックネーム使ってるの?」
「今のところは『Lacie』かな。あ、そうそうチャットに面白い子が居てね。最近、
結構仲良くなったんだよ」
「ほう、めずらしい。ありすが顔も名前もわからない、どこの誰とも知れない人と
仲良くなるなんて」
 なんか玲ちゃんの目が笑っている。どうせ昔のあたしは人見知りが激しくて、な
かなか友達を作ろうとしない奴でしたよ。
「あたしだって不思議なんだよ。その子ね、チャットではなんか妙な口調で喋るの
よ。『我は』とか『案ずるでない』とか『これは試練じゃ』とか、挙げ句の果てに
相手の事を『汝』って呼ぶし」
「面白いんだ」
「うん。だけどね、話の内容に関してはまともだよ。あたしはいろいろ相談にのっ
てもらったし、励まされたりもした。その子がいるとチャットの雰囲気も変わるし
ね」
「ありす? そんな妙な口調なのになんで『その子』なわけ? まるで同年代のよ
うじゃない」
「うん、実はメールのやりとりも何回かしてるの。メールはね、さすがにチャット
のような口調じゃなくて普通の文章だよ。あたしと同年代くらいかなって思える内
容なの」
「ふーん。でも、気をつけた方がいいよ。最初はまともに見えても、後で豹変する
ってのがネットにはいるらしいから。いろいろ事件も起こってるでしょ」
「うん。でもね、その子は大丈夫なような気がするの。今はまだ早いけど、もう少
しメールで打ち解けて相手の事を信用できるって思ったら、一度会ってみたいなっ
て」
 あたしはその日が来るのを待ち望んでいる。こんなにも会ってみたいと思った人
なんて初めてなのだから。そしたら、この胸の奥に潜むもやもやが一気に晴れてく
れるかもしれない。我が侭で弱虫な昔の自分に決別できるかもしれない。
「まあ、もしもの時は私や成を呼びな」
 それが玲ちゃんの最大の優しさ。自分を巻き込んでくれと言わんばかりのお節介。
出会ったばかりの頃はそれが鬱陶しかった。一人にして欲しかった。でも、その大
らかさに涙が出てきて、とうとう受け入れてしまった。違う、逆だね。あたしが玲
ちゃんに受け入れてもらったんだよね。
「ありがとう、玲ちゃん」
「ところで、そいつのニックネームはなんての?」
「チャットの面白い人の?」
「そう」
「『white rabbit』だよ」








           欠片は欠片。その欠片だけでは意味を持たないけど……。






前のメッセージ 次のメッセージ 
「●短編」一覧 らいと・ひるの作品 らいと・ひるのホームページ
修正・削除する コメントを書く 


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE