AWC 村田さんの遊園地   もみじば


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#288/567 ●短編
★タイトル (got     )  05/11/24  19:58  ( 76)
村田さんの遊園地   もみじば
★内容                                         05/11/24 20:11 修正 第2版
 

そこには大観覧車が大空を回っていた。
太陽がさんさんと照って、遊園地は園児たちでいっぱいだ。
門を入りがてら高鷲さんはとなりの村田さんに言った。
「今日はいい天気で、ほんと、よかったですね。観覧車に乗ると、きっと遠くまで見晴
らせますよ」
園内は桜の木の葉がエンジ色に色づいて秋もみじを連ねていた。村田さんは同じ黄昏の
世代の高鷲さんと、子供たちにまじって、子供たちをかきわけながら歩いた。一歩なか
はもう楽しい別天地で、とても開放的な気分に陥っている。

村田さんは高鷲さんにはしゃいで言った。
「子供のころ、コーヒーカップに乗りはぐれてね。今日はコーヒーカップに乗るのをと
ても楽しみにして来たんですよ」
村田さんは頷いて付け足した。
「こんな歳になって願いが叶うなんて。ほんとに感慨深いですよ」

しかし高鷲さんと村田さんたちはチケットを手にするとまずは観覧車めがけてわぁっと
走っていった。
垂直の直径の頂点で、二人して下界の景色をぱちぱちと写真に収め、観覧車が終わる
と、こんどは村田さんは

「メリーゴーラウンドに乗りたい。映画によく出てくるよね。見ただけで終わりたくな
いよ。私、木馬に乗ろうっと」

もさもさしていると陽が傾いて、それこそ一生涯コーヒーカップに乗りはぐれるかもし
れない。だのにいざとなって番狂わせはあるものだ。それから三番めに、やっと村田さ
んは念願のコーヒーカップへ、高鷲さんはジェットコースターへ向った。村田さんは
コーヒーカップが終わっても、あっちそっちをむさぼるように回るつもりだ。

村田さんはコーヒーカップに向って走っていった。
そこには大きな円形のお盆があって、その真ん中に金色の取っ手をぴかぴかさせた大ポ
ットが乗っかっている。その周りに綺麗な絵柄のコーヒーカップが五つ、まんまるい受
け皿とセットで乗っている。まるで巨人の国の巨人の食器だ。
そんな巨大な食器も大好きだし、そんなカップの中にすっぽり入るのも大好きだ。
中に座るとお腹から上が縁(ふち)の外に出て、くるくる回りだせばコーヒーをかきまぜ
る人間スプーンになるのも大好きだ。

「先生がたですか。一回一分二十秒ですよ」
行列に向って係員が言った。
村田さんはカップの脇についた扉を閉め、一人で乗った。カップの真ん中にハンドルが
あって、最初なにがどうなのか解らなかった。となりのカップの小さな乗客さんたち
が、両手で回しているのを見よう見まねでやっと解った。
村田さんは二本の腕で反時計回りに速度を速めた。
回る、回る、とてもよく回って、時速三十キロくらいの角速度を感じた。
目の上に観覧車があって、裏と表にひるがえった。青い空、白い雲も、鳶のように回っ
た。頭がくらくらして、とても気持ちがいい。
「あー、別天地だ」

うっとりと思う間もなく一分と二十秒はあっというまに終わった。村田さんはどうして
ももう一回乗り足した。
村田さんは往年の思いを遂げて幸せだった。

子供のころ、あれに乗って、これに乗って、最後にどうしてコーヒーカップの前で喉が
つかえたように棒立ちになってしまったのだろう。父母に手をひかれて、食卓の食器の
前で、なぜかこれ以上お金をねだるのを遠慮したのだ。いまだ急須の時代で、コーヒー
ポットなど夢みたいに茶の間にはありようもなかった。
しかもそんな些細な、乗りたくても乗れなかった未練を、こんな歳まで覚えているなん
て。人の記憶とは妙なものだ。

いまでは村田さんも大人になって、何不自由もない。安心して無心に楽しめる。それで
ももうちょっと歳がいけばこんどは体が利(き)かない。 
遊園地は人間の姿勢をくずし、時空を驚天動地にさせ、スリルのあるアクロバットであ
ふれている。それがとても楽しいのだ。そして色も形も楽しいのだ。おもちゃも遊具も
動物たちも何でも楽しいのだ。

「ああ、よかった。今日はほんとによかった」
明るい秋空に向って、村田さんは嬉しそうに言った。



−了−


 






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