#282/567 ●短編
★タイトル (got ) 05/10/28 21:20 ( 91)
祈りのバーベナ もみじば
★内容 05/10/28 21:46 修正 第2版
バーベナ・ 花言葉 「私を祈って下さい」
少女ジルは年老いた祖父母と三人暮し。都会のアパートの二階にいます。
ジルは四月の水曜市場で赤いバーベナの苗を買いました。赤いバーベナは鉢に
移されて窓の外のレーリングに飾られました。
ひと月もすると葉も茎もひからびたのが出てきて、花も終わったところが出て
きました。それで、思い切ってアパートの外庭の草むらの端っこに捨てられる
ことになりました。
鉢から抜かれた赤いバーベナは、地面に土のついた根っこのまま転がりました。
それを見てやさしいジルは胸を痛めました。
「ごめんね、早く安らかになって」
と唱えて背をむけると、ジルはアパートに戻りました。その日は夜から雨が降
りました。
雨のあがった翌朝、ジルは外庭に出てこっそりバーベナを見に行きました。す
るとまだ生きている二枝の真紅のかたまりが、(私は生きている)と少女に強く
ささやいたので、やさしいジルは畏敬に思い、それを草むらから拾ってまた鉢
に植え直したのです。そうして手入れしながら
「生き花のところはまるで宝石のルビーのよう。赤くてとても美しい。もしか
して手当てをすれば生き返るかもしれない」
と思い直したのでした。でも雨に打たれた死に花のところは、鼻をかんだちり
紙を広げたよう。だいぶ醜くかったので、やはりこの花は終ったのではないか
とも思われました。
お爺さんも鉢に寄って来ていろいろと見て、こんこんと咳をしながら言いました。
「この花の根っこはだめだよ。来年になってももう生き返らないよ」
「うそよ、根っこだけは大丈夫よ」
ジルは軒のついた元のレーリングに鉢を戻しながら、でも、と思いました。
翌日から雨は降ったり止んだり三日三晩続きました。二日目の雨の夜、少女は
鉢をこっそり雨ざらしの屋上の露台に置き捨てて、急いで階下に逃げ帰りました。
「雨に打たれて全部腐ればいい。そうすればやっと捨てられるもの」
翌朝雨もあがったころ、ジルが屋上の捨て鉢の様子を見にいくと、赤い所はまだ
まだ生き生きとして死んだ所を凌(しの)いでいました。それで少女は鉢を屋上か
ら持ち帰って、こんどは家の中の台所のすきまに置きました。生ぐさいので、居
間にもどこにも置けなかったからです。
お婆さんがシチューを混ぜながら言いました。
「おやおや、この花はジルの何のおまじないかい」
「そうよ。大切にすると何かいいことがあるの。この花は二度捨てられて二度命び
ろいした強い花だもの。ここに置いて皆を見守ってもらうの」
ジルは信心深く言いました。けれど台所には大きな生ごみの箱がありました。そこ
へは生野菜の土を払った根っこや果物の腐ったところや、ときには切り花なども捨
てられていました。ジルは醜いバーベナを大切にしきれなくなりました。
(やさしいジル、私を捨てて。そうすればあなたに赤いリボンをあげる)
とバーベナの腐りかけた部分が少女に囁(ささや)きました。
(ジル、私を祈って下さい。私はあなたの祈りをいつも見守っているから)
台所に鉢を入れてから三日目の月曜日に、祈りのバーベナは鉢から抜かれ、根っこ
と茎とを切り離されて、花茎は生ごみの箱に捨てられました。
(これから虫がわくのよ。こわい?)
(ううん、こわくない)
バーベナの美しい赤い色が腐った残飯の上になんの苦もなく横たわって見え、それ
から静かに蓋が閉められました。
翌朝、生ごみの袋は清掃車に乗せられてジルの家から立ち去っていきました。
ジルがその夜机の引き出しをあけると、バーベナの約束したように、見たこともない
とてもきれいな赤いリボンが入っていました。
「祈りのバーベナが呉れたんだわ」
とジルは頷いて、鏡のなかのおさげに赤いリボンを結んでみました。
−了−