AWC 亀の国の開き   もみじば


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#281/566 ●短編
★タイトル (got     )  05/10/28  21:17  (151)
亀の国の開き   もみじば
★内容                                         05/10/30 13:00 修正 第5版
海の底に亀の国があって、亀の社会のお寺に安頓(あんとん)と問頓(もんとん)という兄
弟和尚がいました。ふたりは若いころ、毎日毎日海のなかの亀のことばが聞こえる奇跡
を浴びて入門しました。

ふたりは二〇〇〇年のあいだ、海のなかのほうぼうを遊行(ゆぎょう)して、たいへん物
知りになりました。この星の海神さまから亀族は、生き物のなかでも鶴千年亀万年の大
いなる長寿をいただいております。そして人間社会の一〇〇年が一年にしか思えませ
ん。二匹の和尚は海流にのって大陸棚をこえ、海峡をこえ、大海原をこえ、いろんなと
ころを見て回っては大だこやいかやサンマやカツオの群れに新しい亀族の予言を説いて
回ったのでした。
 
こうしてめでたく二〇〇〇年の遊行を終えた、ちょうどあくる日のことです。
「安頓、わたしはこんなに力がつきました。きょうはとうとう出かける日ですね」
弟の問頓が言うと兄の安頓も
「力がみなぎり準備完了だ。いざ、海の牢屋に出かけよう」
「はい」
兄弟和尚は念願どおり、海の一番くらい、一番いやな、一番日のささないところに出か
けました。下へ下へと進むたびに、どんどん冷たくなって、重い水圧のみたこともない
扉が出てきます。和尚たちは目から強い光線を出してあたりを照らし、甲羅のみぞから
プラズマの超力を発しました。ふたりが扉の秘密の鍵を開けてさらにもぐっていくと、
またみたこともない扉が出てきて、こうして次次と出てくる扉を七つも八つもこじあけ
て、下へ下へともぐっていきました。
そのつど
「帰るまで、とびらよねむれ」
と安頓がおまじないをかけたので、鍵のあいた扉は以前のままの閉じたふりになりまし
た。
ふたりはとうとう雲を突く富士山のてっぺんから裾野まで、そのまた何倍も下山した一
番したの最深部に着陸しました。

するといやな色の岩の塵にへばりついて、鬼のような形の虫がみえました。
「ずいぶんまっ暗な、こごえるように寒いところですね。こんなところにも生き物がい
るのが、とてつもなく不思議な気がします」
問頓がきみわるそうに点灯の目を凝らしました。その虫以外には周囲に生き物のかけら
もみえず、あたりには無機質のにおいがして、死に水のような静けさです。
「あれは生き物じゃない。悪霊のあやつっている死体だよ」
安頓がつづけました。
「ここは地獄の果てで、何京年もこうなっている。たった一つ、海底火山が爆発してあ
たたまる以外、救いの日は来ようがないんだよ(京(きょう)は万億兆京の位で、亀語でと
ても長いあいだの意)」
すると鬼のような形の虫が、なんだかぶつぶつ言っているので耳を澄ますと、
「わたしはウミウシ。
 ああ暗い、
 ああ寒い、
 ああ汚い、
 ああひもじい、
 ああ寂しい」
同じことを繰り返し繰り返し言いながら、巨大でまっ暗な水圧につぶされてあえいでい
ます。そうしてまたぶつぶつと砂を噛みつづけては繰り返し、海虫(ウミムシ)がこごえ
る寒さでウミウシになって聞こえるのでした。

「これこれ、ウミウシよ。おまえはいつここに来て、いつここから出ていくのか。これ
から何京年ここにいるのだい」
問頓がたずねると、ウミウシは
「こよみなんか忘れたよ。ことばも忘れた。気づいたらここにいた」
岩の一部のようなウミウシがのそりと一歩移動しました。
「わたしらウミウシは一族の全部がウミウシという名前になっている。かつて地上で人
間として生きていたが、とある罪ぶかい罪のために、死んでのち突き落とされて、地の
果ての最深部に沈められた。でもその罪は言わないよ」
すると安頓が腹をたてて
「いま思い出したよ。亀族にもウミウシになった者がいた。その亀は亀が亀のお尻をえ
ぐりとって食べた罪でウミウシになった」
するとウミウシは暗い顔をさらに暗くして
「ここに来たよそものがかつて二度いた。遠い遠い猿人類のころに一度いた。きみらは
二度目だ。見たところ和尚らしいが、なんでここに来れた?無事に帰れると思うのか?
わたしらは悪霊のなれのはて。この星の滅亡の日まで死ぬことはないんだよ」
「呪われたウミウシよ。おまえたちは長生きの生き物のなかでも一等長生きで、なおか
つ一等罪深く、わたしたちの説法をもってしてもおまえたちの罪を救えないよ」
安頓がいうとウミウシは答えました。
「わかっているよ。わたしらは海の牢屋で地球もろともやっと死ねる。それを毎日毎日
つぶやくのが定めだ」
「このおお悪魔め。おまえたちはそうやってこっそりとこの星が壊れるのを念力してい
るのかい。こんなだれも知らない海の底で何京年も」
安頓はウミウシに「封」の字を投げつけました。するとウミウシは海中に一メートルほ
ど飛びあがり、暗がりのあちこちから一斉にギョロリと一直線の電波の視線を向けまし
た。びりびりと感電が強まって、安頓と問頓は全力できびすを返すと猛速度でぷかぷか
と上へ向かって泳いでいきました。

来るとき開けてきた八つの扉は問頓が次次に閉めていきました。一〇〇万年も閉ざされ
た開かずの扉が、開いたのはほんのわずかで、また次次と閉じていきます。ウミウシの
叫びが必死になって追いかけてきましたが、扉に当たっては潮鳴りのように砕けて遠の
いていきました。
 
最後の扉を閉め、やっと光がきらきらするところまで上がって、
「ああこわかった」
海面に顔を出すとプーッと水を吐いて小島にあがり、二匹ならんで亀の甲羅を潮風でか
わかしました。海はさっきまでのことがうそのように出口を閉じてなだらかです。水平
線が青空に向かってまるくたわんでみえます。島の緑の上には太陽がまぶしく照って、
しかし問頓のからだにはウミウシの電波がからまって、むしってもむしっても離れませ
ん。
問頓は急に安頓に向かって言いました。
「わたしはやられました。それが証拠にわたしはすっかり亀の長生きがいやになりまし
た。ウミウシのような無限大の鬼をみたらいやになりました。鬼をみたらこんなに痛く
なっていやになったのです。どうしてわたしたちはウミウシなんかに会ってしまったの
でしょうか。ああ、痛い痛い、からだじゅうが痛い」
安頓は弟の重症をみて、すぐに言いました。
「問頓よ、どうして欲しいんだい」
「わたしはもうだめです。だめなまま一生からだが痛むでしょう。亀族の個々人は死に
たいときに死ねる力をさずかりたいです」
「それを叶えるには海神さまのところに行くしかないよ」
物知りの兄さん和尚は言いました。

そこで二匹は海の神さまのところに行ってそのように希望をのべました。海神さまはそ
のときちょうど大陸棚で昆布の林になって寝そべっていらっしゃいました。あたり一面
の昆布林に小ざかなの群れをちらちらさせて耳掻きにしております。昆布の葉っぱをゆ
らゆらさせながら、一部始終を一瞬で聞き終えると、海神さまは二匹の和尚の願いを聞
きいれました。
「よろしい、それではおまえたち亀族は死にたいときは死にたいと、声を出して言葉で
一〇〇回唱えると死ねるようにしてやろう。もう死ぬために刃物も銃器も何もいらない
ぞよ」
すると問頓は尋ねました。
「連続して一〇〇回ですか」
「そうじゃ」
「生きているときに時々死にたいと愚痴った、その回数を足してみなで一〇〇回ではど
うですか」
「それでもよろしい」
すると安頓はうろたえて
「一万年も生きているあいだには凡夫の亀は一〇〇回くらいたやすく愚痴ってしまいま
す。三〇〇回にしていただけませんか」
かしこまって問頓が
「賢者の唱えには一〇〇回を、凡夫の唱えには三〇〇回を」
すると海神さまはうなずいて、
「よしよし。死にたい死にたいと口で唱えても手で書いても、凡夫には三〇〇回で、賢
者には一〇〇回で死ねるようにしてやろう。連続一〇〇回の長さは人間ならほぼ一分間
じゃ。けいけいに声に出すべからず」
そして海神さまは二匹のあたまに昆布の手をのせて、
「安頓、問頓よ。強力な鍵を深さに沿って七つも八つもかけておいたのに、その鍵を次
次にこじあけて、ようウミウシに会えたのぉ。それはおまえたちが二〇〇〇年の修行で
超能力を開いてしまったせいじゃ。これを記念しておまえたちの願いは叶う。おまえた
ちの身の粉が亀の国にふりそそぐとき、亀族は一斉にその能力をさずかるじゃろう。こ
んねんこんげつこんにちの、午前零時から、効力を発揮すると思え」

いましも海のお寺ではウミウシの毒がまわってすっかり具合の悪くなった問頓和尚が、
安頓和尚に支えられて、法堂(はっとう)にこもっております。安頓のからだにも懸念が
あります。もろともに光の熱で焼身するほかありません。はなしを聞いて近隣からたく
さんの亀の衆生たちも駆けつけてきました。

法堂では五〇〇羅漢の亀のお坊さんたちが一斉に、亀の国の有史いらい、未曾有の超能
力を勝ち得んと、徹夜で大合唱の祈りをささげています。その合唱のひびくなか、身辺
の整理もすみ、どうやらイカの墨ふでをもって、いましも安頓和尚が「死にたい写経」
の九九回めの死にたいを書き終え、問頓和尚が「死にたいお経」の九九回目の死にたい
を唱え終えたところです…………


これが亀の国の開きといわれるいつわです。両和尚の身の粉々は、気流にのって亀とい
う亀の目鼻から入っていきました。亀族はそれからのち、天寿のまえでも誰でも言葉で
自ら死ねるようになったということです。


                                       
       ―了―






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