#184/569 ●短編
★タイトル (dan ) 04/10/11 04:54 ( 44)
拓郎について 談知
★内容
音楽ということになると、ワタシの場合吉田拓郎ということにな
るな。とにかく彼のCDはほどんど持っていて毎日聴いているわけ
だ。毎日聴いても飽きない。とことん惚れ込んでいるのだろう。拓
郎のどこがいいと聞かれてもよくわからない。何かを好きな場合で
も、なぜ好きかよくわかっているような時は、そんなに好きでもな
いんじゃないか。これが理由で好き、そうわかる場合、好きの度合
いが少ないような気がする。なんでかわからないが、とにかく好き。
そのほうがより好きなような気がする。
拓郎は血液型がA型なんだよな。彼の書く詞は明らかにA型の感
性で書かれている。こういう感じ方はA型でしかありえないだろう
なと思うことが多い。ワタシも同じA型なんだ。だから彼の書く詞
にぐっと感じることが多い。初期の頃の詞は、何だか小学生の絵日
記のような、いわば幼稚な詞が多い感じなんだが、それもまた許せ
てしまうのが、好きということなんだろうな。もちろん他の作家が
作詞した曲もいいしね。岡本おさみ、松本隆など、彼らの書いた詞
の名曲も多い。ファンになって初期のころは、彼らプロの作詞家の
曲のほうがいいと思っていたが、今は拓郎本人の詞のほうが好もし
いように感じている。作詞家の詞のようにうまくはないが、別にう
まい必要もないだろう。作詞というのは、ある気分を表せればそれ
でいいのだ。そして拓郎の詞の気分はワタシにぴったりだというこ
となのだ。
作品と本人との関係だが、作品がよければ本人は関係ないという
ひともいるだろうが、ワタシは作品と本人は不可分だと思っている。
何を作ったか、よりも、誰が作ったか、のほうがワタシの場合重い。
だから拓郎の生き方とその曲は切り離せない。あの拓郎だからこの
曲が生まれたと思っている。ワタシは拓郎の生き方が好きだ。だか
ら彼の曲も好きだ。そんな感じで拓郎の曲を聴いている。それは誰
の場合でも同じだろう、ワタシの場合。たとえば、ジョン・レノン
の場合、彼の曲と彼の生き方を切り離して考えられるだろうか。彼
の生きた道が彼の曲になっている。曲と生き方がべつべつというこ
とはあり得ないだろう。拓郎の場合も一緒だね。
彼のどの曲が好きかというと、やはり初期の曲ということになる
ね。後期の作品もいいのだが、やはり初期の初々しい曲にはかなわ
ない気がする。特定の一曲というのは難しい。初期の作品はどれも
これもいい曲ばかりだから。だからアルバム全体がいいとしか言い
ようがない。「元気です」「御伽草子」「ライブ73」このみっつ
のアルバムは絶品だとしかいいようがないね。
ワタシの生き方も拓郎の曲に影響されているような気がする。右
か左か判断に迷ったとき、拓郎ならどう判断するだろう。そしてど
んな歌を作るだろう、なんて考えることがある。今までそういう判
断をずいぶんしてきたように思う。これからもそうするだろう。
今までずっと拓郎の歌を聴いて生きてきた。これからも拓郎の歌
を聴いて生きていくだろう。拓郎というひとと歌に出会えて、ワタ
シの人生はずいぶん豊かなものになったと思う。幸せだね。