AWC 旅について  談知


        
#182/569 ●短編
★タイトル (dan     )  04/10/10  04:56  ( 34)
旅について  談知
★内容
 若い頃は旅ばかりしていた。20代の10年のうち4年くらいは
旅をしていたのではなかろうか。ヨーロッパ旅行を皮切りに東南ア
ジアインドネパールと旅をしてあっというまに月日がたった。イン
ドネパールには3年近くいた。なんであんなに旅ばかりしていたの
だろう。旅が好きだから?違うような気がする。もちろん嫌いでは
ないが、かといって旅している最中幸せばかりだったとはいえない。
修行をしていた。うん、そうだね。ワタシにとって旅することは修
行だったような気がする。何のための修行か。何のために生きてい
るのか。なぜワタシはワタシであるのか知るため。そんな感じだろ
うか。
 旅することが修行だったと分かれば、なぜあれほど取り憑かれた
ように旅をしていたのか理解できる。
 カトマンズの安宿ストーンハウスロッジの最上階の部屋でワタシ
は終日ぼーとして暮らしていた。一泊150円というような部屋だ
から狭くて小汚い部屋である。何をするでもなく、ただぼーとして
いる。これじゃあ日本の我が家にいるときと変わらないなと思いな
がらも、何もせずいた。旅も半年以上していると飽きてくる。最初
の飽きは別の都市にいったり別の国にいったりすると晴れるのだが、
半年も旅してしまうと、もうそんなことでは飽きを取ることはでき
なくなる。街を移っても国を移っても何も変わらなくなる。そうな
るともうあとは忍耐だけである。じっと耐えている。好きで旅して
いるはずなのに、何でこんなに苦しいのだろうと思っていたが、そ
うかあれは修行だったのだ。
 修行ということならあのカトマンズの日々など日々修行という感
じであるな、今思うと。何もしないでいる修行か。何かすることだ
けが修行なのではない。何もしないことも修行なのだ。
 そういう修行を続けてどうかなったのかと言われると困るね。今
のワタシがその結果だろうが、これが修行の成果かといわれると当
惑してしまうところがある。それでもまああの旅の日々はワタシに
とって何らかの意味はあったと思う。間違いなく今のワタシを形作
っていることは確かだろう。その意味ではやっぱりあの旅の修行の
結果なわけだ。
 旅ばかりしていた日々が今のワタシにつながっている。その結果
がでようがでまいが、旅の日々こそワタシを作ったのである。





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