#95/569 ●短編
★タイトル (dan ) 03/06/23 04:51 ( 33)
転校する前 談知
★内容
小学校4年生のとき福岡の小学校から大阪に転校した。その前後の話。
炭坑がつぶれた。自分たちのよって立っていた大きなものが突然倒れた。
炭坑町にとって炭坑の存在はどこにでもいつでもある、そんな存在だった。
住んでいる家も炭坑の家、銭湯もそう、商店もそう。小学校さえ炭坑の
寄贈によってできていた。小学生の私でさえ炭坑の存在をいつも感じて
暮らしていた。そんな炭坑が突然無くなった。あ然呆然。
日本人というのは、会社というものに何か幻想をいだいている。自分を
守ってくれる存在。自分の価値がかかっている存在。自己実現の手段でさえ
ある存在。単に金をかせぐ場所であるという以上の存在だと思っている
感じがある。でも私にはそんな感じはまったくないのだな。会社というもの
は会社のつごうで存在しているだけのものだ。そんな感じしかもてない。
そんな風に思う大きな原因は、このときの会社の消滅からだろう。あれだけ
頼りがいのある存在、大きな存在である炭坑もつぶれるときはつぶれる。
こっちの都合など関係なくつぶれる。小学生のときそんな体験をしていると
会社というものに妙な幻想などもてなくなる。
炭坑がつぶれても街には他に職がない。だからみんな街をでていく。学級の
ものたちもどんどん転校していく。朝いってみると、「今日でお別れです」
と挨拶している同級生がいる。そんなことが毎日のように続くのである。
最初は別れていく同級生をかわいそうに思い挨拶などしていたが、クラスの
半分以上の者が転校していくと、しだいに心細くなっていく。取り残される
恐怖に襲われる。私だけどこへもいけず最後のひとりとして残されるのでは
ないか。そんな不安におののく毎日だった。だから母から大阪へいくと伝え
らえれたときは心底ほっとした。このとき30人くらいいたクラスで残りの
ものは10名を切っていたと思う。
別れの挨拶をして故郷を去った。取り残されずすんだという気持ちで
別れのさびしさなどあまり感じなかったような気がする。さして考える
こともなく去ったような気がする。
千里ニュータウンに来て小学校に転校した。新しい街だったらか毎日のよう
に転校生があった。あれが生の象徴、誕生の象徴だったとすると、毎日の
ように転校していってひとがいなくなったあの炭坑街の小学校は死の象徴、
消滅の象徴だったような気がする。私は小学生で死と生、消滅と誕生を
経験したことになる。そのせいか、これ以降ちょっとおとなの感覚になった
ような気がする。