AWC 【お題】>「双子」


        
#74/569 ●短編
★タイトル (hir     )  03/03/02  05:35  (187)
【お題】>「双子」
★内容


鬼畜探偵・伊井暇幻シリーズ「双子」

 少女は貪っていた唇から離れ、相手の瞳を覗き込む。濡れた鳶色の角膜に、少女の顔
が映っている。相似形。相手は、少女と同じ顔をしていた。とめどなく愛おしさが込み
上げ、少女は再び唇を重ねる。まさぐる膚が、熱を帯び潤い掌に粘り着く。引き締まっ
た腿が絡み押し付け合う。戦慄が走り、強張る。どちらからともなく叫び、しがみ付き
……、弛緩する。直前までとは違う種類の愛に包み込まれ、柔らかく抱き合う。

 「はぁはぁ……」耳障りな喘ぎに小林純は飛び起きる。お世辞にも巨乳とは言えない
胸を、反射的に毛布で覆っている。いくらボーイッシュで小柄な美少年にしか見えない
とはいえ、十七歳、年頃の女の子なのである。喘ぎの主は、分かりきったことだが、伊
井暇幻だった。
 「せ、先生っ。いったい僕に何をっ」。いかにも取って付けた純真さで小林が叫ぶ。
いや、先生といっても、伊井は教師ではない。不思議なことに教員免状は持っている
が、私立探偵だ。「何って……、お前、俺の愛人……」。小林の指が、白く弧を描く。
ビシッ。小林が猿臂を伸ばし手甲で伊井の股間を弾いたのだ。「ぐふうっっ」股間を押
さえて伊井が崩れ落ちる。
 「愛人じゃないよ。助手だよ」顎をしゃくって小林は毅然と言い放つ。漸く身を起こ
した伊井は、「どっちでも同じぢゃねぇか。明智大先生だって、助手の小林君と……ぐ
ふぅっ」。今度は鳩尾(みぞおち)に決まった。「それ以上言うと、怒られるよ!」
「痛ぅぅっ、お、怒られるって誰にだよ」。「…………」「…………」見つめ合う二
人。

 「いけないっ」小林が慌てて伊井の体の下から藻掻き出て、風呂場に駆け込む。「な
んだよ、慌てて。ちょっとは余韻ってものをだなぁ……」。「今日から学校なんだよ
!」狭い風呂場から、エコーのかかった声が響いてくる。「学校? お前、退学になっ
たんじゃなかったか」伊井は、莨に火を点ける。
 「退学じゃないよ。無期停学。解けたんだ」「おいっ、俺ぁお前の保護者だぞ。そぉ
いぅ大事なことは、ちゃんと言えよ。この前、セーラー服引っ張り出してニヤニヤして
るから、俺ぁてっきり新しいバイトでも始めたもんだと……」「何だよ、バイトって」
バスタオルで頭をこすりながら小林が出てくる。「ん……あ、いや」小林の、柔らかく
発達した筋肉質の肢体から目を逸らせながら、伊井は言葉を濁す。
 小林は私立の女学校に通っていたが、二カ月前、憧れていた先輩が結婚すると聞き逆
上、狼藉に及んだ。相手の先輩にとっては別に〈無理強い〉ではなかったのだが、偶々
婚約者が来合わせて問題化してしまったのだ。小林は学校から放逐され、家からは勘当
された。ゲームセンターで捨て猫のようにショボくれていたところを、ちょうど美少年
助手が欲しかった伊井に勘違いされ、同棲するに至っている。ところが女学校では、小
林を慕う一年生たちや、小林を愛する同級生たち、そして小林を可愛がっていた三年生
たちが、裏で策動、「先輩」の口添えもあって、先日、停学が解けた。不思議でも何で
もない。「セクシャリティー差別に反対」と建前で攻められ、女学生全員の署名を突き
付けられた学校側が折れただけのことだ。勿論、件の女学校がカソリック系だったり、
教職員に多くの小林ファンがいなければ、簡単に事は運ばなかったかもしれない。運動
の主だったメンバーに、有力者の娘がいたことも、影響しただろう。

 女学校は、ちょっとした興奮に包まれていた。最高の美少女アイドル小林が戻ってく
るだけでなく、同じ日に二年生が一人転校してくるとの情報が伝わっていたのだ。「転
校生」は浪漫である。まだ見ぬ友/先輩/後輩は、想像し得る限り最高の美少女であ
り、きっと自分を完全に理解してくれる優しい少女だ。「まだ見ぬ」だから、勿論、想
像に過ぎない。なんたって此処は二十一世紀にもなってJRが電化されていない愛媛県
宇和島市である。少女達は、至って純朴だ。
 通例、想像は飽くまで想像のうちに終わる。しかし、今回は違った。転校生は、「最
高の美少女」だった。則ち、小林と瓜二つなのだ。背格好も顔も、声も、そして積極的
な女生徒の貴重な情報によれば、体の匂いまで同じらしい。名前は、小林馨。生年月日
も同じだ。最高の美少女アイドルが、一気に倍増して、女生徒たちは狂喜し且つ興奮し
た。モノに出来る……いや、定員一人の親友と言い換えよう、とにかく「最高の美少
女」と特別な関係になる確率が二倍になったと感じたのだ。しかし定員百六十人、全校
生徒四百八十人の女学校で、確率が四百七十九分の一から、四百七十八分の二になった
所で、大部分の女生徒にとって如何ほど多くのチャンスが巡ってこようか。咲き誇る桜
の木の下で遅刻寸前、トーストをくわえたて正面衝突でもすれば……、打ち所が悪かっ
たら、却って仲が悪くなるかもしれない。
 いや、だいたい、最高の少女も最高の相手を求めるならば、小林同士が関係を深め、
その他の生徒の立ち入る隙が生じないと考えることこそ、合理的かもしれない。確率は
倍増したのではなく、無くなったのだ。しかし、女生徒たちは、純朴である。彼等にと
って、恋することこそ成就の資格要件であり、其処から先は物理的には平等、容姿など
は関係なく相手に愛される可能性があるのだ。勿論、小林が愛されている一つの大きな
理由は、美貌なのだけれども、これを〈矛盾〉と感じないことこそ、純朴の条件だ。女
生徒達は、純朴なのだ。閑話休題。

 「純……」廊下ですれ違いざま馨が声を掛けた。振り返った小林は「か、馨?」瞳に
は明らかに恐怖が浮き出ていた。取り巻き連中が小林に囁く「親戚なの? 似てるねぇ
〜」。「え、えぇぇっと」小林は口ごもる。「双子なの、アタシと純は」馨が言う。上
目遣いに小林を見つめる瞳には、獣的な光が宿っている。それに気が付いているのは、
小林だけだ。しかし、「双子」にしては妙な雰囲気であることだけは、周りの女生徒に
も分かった。何か事情がありそうだが好奇の気持ちを取り敢えずは隠して、皆、二人を
見守る。小林は青ざめて、俯く。「ふふふ、照れちゃって。一緒に帰ろうね、授業終わ
ったら教室に行くから」馨は、小林には出来ないような女性らしく華やかな笑顔を見せ
て言う。「ぶ、部活あるから……」小林は足早に次の授業のある教室へと急ぐ。「終わ
るの待ってるよ。アタシも入ろうかな、体操部。見学しちゃお」馨は華やかな笑い声を
小林の背中に浴びせかける。
 「何か深い事情がありそうな双子の美少女(同じ学校)」は、噂の的となった。小林
とした……しい女生徒たちでさえ皆、双子の存在を知らなかった。小林は、宇宙論を研
究している科学者の母親、正体不明の父親と三人暮らしの筈だった。憶測が憶測を呼ん
だ。曰く双子は縁起が悪いので里子に出されていた、曰くクローン人間、曰くドッペル
ゲンガー。このうちドッペルゲンガー説に、小林は最も激しく反応し、最も強く否定し
た。何か心当たりがあるのだと目星をつけた三年生が、小林を部室に監禁した。世の中
には色々な人がいて、様々な愛の形がある。三年生は小林を愛している一人だが、意味
もなく赤い組み紐で亀甲縛りにして、必要もないほど厳しく責め上げた。どれほど厳し
かったかと言えば、小林は縛るまでもなく即座に白状したのだが、かなりの時間、拷問
が続いたほどだ。かと言って、情けは無用、小林だって、こぉいぅのが嫌いではない。
世の中には、色々な人がいるものだ。
 小林の白状した所では、自分と瓜二人の双子は実在する筈がなく、中学生の頃に独り
エッチのオカズとして妄想していた架空の少女が「小林馨」であった。小林は案外、ナ
ルシストであるらしい。しかも、常とは逆に性的には引っ込み思案で受動性の高いマグ
ロな小林が妄想した馨は、獣的なほどに積極的な少女だった。妄想通りの少女が現れ、
一番戸惑ったのは、小林であっただろう。
 女学校では急遽、「少年探偵団」が組織された。「少女探偵団」ではない。いや、内
実は少女探偵団だが、探偵団は「少年」だと戦前から決まっている。アレには確か、女
の子も入っていた。

 山手の墓地の一角に「宇和島宇宙論研究所」はある。小林の実家だ。母の妙(たえ
)、法名は妙真(みょうしん)、宇宙論で世界的に有名な科学者だが、尼僧でもある。
宇宙論なんて殆ど宗教だから、相応の兼業だ。因みに真言宗北斗山大空寺(ほくとざん
だいくうじ)、本尊は妙見菩薩だが、伊予観音霊場の一つにも数えられている。ハン
バーガー臭い外国人が頻繁に出入りしている所から、NASAや戦略宇宙軍と関係があ
るとの噂がある。
 少年探偵団の選抜隊約十人(家が此の方角であるとの理由で任ぜられた)がワラワラ
と研究所の前に集まる。ピーンポ〜ン。「は〜い」呼び鈴に応じてインタホンから声が
する。探偵団の代表が「役(えん)でっす」。「あ、由美ちゃんね」バタバタと近付く
音がして扉が開く。尼僧姿、三十代後半の美しい女性が微笑んでいる。「何? 純な
ら、悪いけど、家にいないわ。知ってるだろうけど」「純ちゃんのことじゃなくって、
今日は馨ちゃんのことで伺ったんです」「馨? あ、あぁ……。馨〜、学校のお友達よ
〜」「は〜い」パタパタと、妙よりも軽やかな音を立てて出てきたのは、純……と瓜二
つの馨だった。馨は由美たちを見て「えぇっと、ごめん、まだみんなの顔、憶えてなく
て……」申し訳なさそうな上目遣いになる。(純とは違ったタイプだけど、可愛い!)
探偵団は目を見合わせ互いに同感した。由美が代表して「アタシ、同じクラスになった
役由美。分からないことがあったら、何でも訊いてね。それじゃ」と皆を引き連れ、逃
げの体勢。「ありがとう。じゃぁ聞きたいことがあるの」「えっ、何っ?」訊けと言っ
ておいてビビる由美。「純、学校でもモテ……るんだろうな」「???」呆気にとられ
る由美から引き取り、後ろに立っていた山本が「モテモテよぉ〜。アタシも……ふがふ
が」横山に口を押さえられる。由美が「スポーツ万能だし成績も良いし、何たって性格
が善いから、純ちゃんは人気者よ」と言い繕う。「そう……ありがとう」馨は、寂しそ
うだった。
 「本当に居たね〜」「居たぁぁ」「なんで純は嘘言ったんだろう」「ぐふふふふ、ち
ょっと、お仕置きしなきゃね〜」「しなきゃね〜。じゃぁ明日」「ばいば〜い」少年探
偵団は、それぞれの家路に就く。

 入れ違いに伊井が研究所の前に現れる。インタホンを押し「俺だ。伊井だ」「あ〜暇
ちゃん、何の用?」「純のことだ。ちょっと悪戯が過ぎるんぢゃねぇか、妙さん。純の
ヤツ、頭がこんがらがってっぞ。何を言っても答えねぇ。ただブツブツブツブツうわご
と言ってらぁ」「あら〜、心配してくれるの、純のこと?」「そ、そりゃぁ、まぁ…
…」「父親として?」「…………」ピクリと伊井の眉が動く。扉が開き、冷笑を浮かべ
た凄艶の尼僧が、伊井を招き入れる。
 程なく伊井は出てくる。送りに出た妙が「ねえ、本当に考え直してよ。一緒に暮らし
ましょうよ。今度のことだって、私、寂しかったから、馨を……」「巫山戯るなよ。ど
の面提げて純と……」「ふふん、それは仏罰よ。尼僧の私を孕ませたんだから。ほほほ
ほほほほっっ」けたたましい嗤いを伊井は遮り「若かったんだよ。まだ十五だった」
「じゃぁまだ十五の儘みたいね。十何年も私と純を放っといて。男の責任ってもの、感
じないの? そんなだから自分の娘だとも気付かずに純を……。ほほほほほっ、先月、
訪ねてきて本当のことを知った貴方の顔、面白かったわ。あははははははっっ」「うる
さいっ」伊井は足早に立ち去る。暫く行って振り返り、呟く。「だって純、あの頃のお
前とソックリだもんよ」。

 夕焼けが小焼けに変わり、空を濃紺の帳が覆う。アパートに帰ると純は、電灯も点け
ずにボンヤリとしている。伊井が出ていった時と、まったく同じ姿勢で。
 「解決したぞ」「え?」上の空で純が答える。「馨だ。やっぱり、お前に双子の姉妹
なんていなかった」「だったら、彼女は一体。やっぱり僕の欲望が形を持って……」
「んなワケぁねぇだろ。と言いたい所だが、似たようなもんだ。アレは、お前の母親の
欲望が生んだ少女だ。お前を勘当して、寂しくなって、思い詰めた結果だ」「どういう
こと? じれったいな。いったい、馨って何者だったんだよ」純の声に張りが出てく
る。いつもの元気が戻ったようだ。伊井はニヤリと笑い、ひと呼吸置いて、「お前の父
親だ」。「え、誰が?」「馨たらいぅ娘だよ」「何のことだよ」「お前、父親の顔、知
ってるか」「当たり前だよ、一緒に暮らしてたんだから」「どんな顔だ」「うぅん、お
世辞にも恰好良いとは言えないけど、けっこう善いオヤジだった。先生みたく酷くなか
ったけど……ちょっと似てるかな。うぅん、もっとマシだし、もっと若く見えるけど
ね! 僕、思うんだけど、先生みたいに不細工な男で我慢できるのは、ほんのチョット
だけど先生が、父親に似てるからかなって、思うんだ。ねぇ、こんな僕って、損してる
んじゃない?」「あぁ、……記憶は美化されるからな」「え?」「いや、何でもない」
伊井は目を伏せる。
 「話は終わってないよ。馨が僕の父だって、どういぅことだよ」「お前と一緒に暮ら
してたのは、本当の父親じゃない」「なにバカなこと言ってんだよ。そりゃ殆ど家にい
ないオヤジだったけど、父親だよ」「どこに証拠がある?」「証拠? だって、一緒に
暮らしてたし、お母さんも……」「見たのか? お前の父親だと信じてるヤツの遺伝子
が母親の遺伝子と結合して、お前になっていく様子を、ずっと見てたのか」「そんなヤ
ツいないよ。なに馬鹿なこと言ってんだよ」「不思議に思ったことはないか? 例え
ば、さっきまで父親が居たと思っていた部屋から別の男や女が出ていったとか」「え
?」純には心当たりがあった。しかし、自分は時々短時間の記憶が欠落するのだと、勝
手に思い込んでいた。人は、より信じたい理由を、信じる。
 「お前が父親だと思ってたヤツは、父親じゃない。本当の父親は、お前が幼い頃に姿
を消したんだ」「だったら、家にいたのは誰だよ。イイカゲンなこと言うなよっ!」
「蛸の八っぁん」「え?」小林も知っている宇宙人のオクトパスは、相手の強い思念を
受け、相手が望む形態に変身する。男が念じれば理想の女に、女が念じれば理想の男
に、そして僧侶が念じれば童子形の阿修羅や地蔵にも変身する。三十三化身を持つ、観
音菩薩のような宇宙人なのだ。「嘘だっ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だっっ」叫ぶ小林の瞳を優し
く覗き込み、伊井は首を振る。「嘘だぁぁぁぁっっ」。
 「先生は知ってるんでしょ」思うさま泣いたためか、小林の声は落ち着き、沈んでい
る。「さぁな」「知ってるんでしょ、僕の父親を」「……あぁ」「誰、何処にいるの」
縋り付く小林から目を背け伊井は、「俺……」「え? なに? 聞こえない。はっきり
言ってよ」「俺の遠い親戚だ。善いヤツだった。けっこうモテてたんだぞ、お前の親
父。だが、ちょっと勇ましすぎてな……。お前がまだ幼い頃に、アフガンの戦争へ傭兵
として飛び込んでった」「死んだの?」「分からん。死んだとは聞いてない。だが、ま
だ帰ってこない」「そう……なんだ……」。
 伊井は小林を抱き締める。小林が怪訝な表情で見上げる。
 「泣いてるの?」。

(お粗末様)





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