#61/569 ●短編
★タイトル (paz ) 03/02/16 04:31 (245)
『貧乏くじ』 --パパ
★内容
どうして私は貧乏なのだろう? 財布の中には千円札が2枚しかない。それが全財産
だ。財布をデスクの引き出しに入れ鍵を掛けたのは、無駄遣いする性分だからだ。給料
日まであと五日。我慢のしどころだろう。腕時計に眼を向ける。急いで研修室から居間
へと場所を移す。
日曜の夜八時は特別だった。地域ローカル局で制作された人気番組「マジにガチンコ
――しゃべりんぼう」が放映されるのだ。一時間に渡るトーク番組を観るために、博士
はどんなに熱中している研究でも放り投げてしまう。番組の開始五分前にはお気に入り
のソファに腰掛け、ワイングラスを傾ける。短い足を組み、空いた手でポテチをつま
む。博士にとって至福の時間だ。
司会者がメガネを人差し指で押し上げ、今日のテーマは「両親と報恩」だと告げてい
る。博士は細い眼を無理矢理ひろげ、そうそうそれが大事なんだ、とつぶやいたりうな
ずいたりポテチを頬張ったりしている。足下にポテチの破片が散乱していくのにも気が
ついていない。私はそれを手で摘み、ティッシュの上に集める。片づけるときテレビと
博士の直線上に被さってしまったらしい。
「画面がみえん。邪魔するでなもし」
博士は東京生まれの東京育ちと主張しているが、嘘だと思う。
「さっさとどきんしゃい」
私は黙って後ろに下がる。
テレビからは討議とも討論とも呼べないようなお喋りが届けられる。スイッチを切っ
てしまいたいところだが、そうもいかない。
「恩っていうけど、産んでくれって頼んだわけでもないですし、勝手に作ったんでしょ
う。黙って製造物責任をはたせばいいんです。それに親だから言うこときけというのは
可笑しいと思います。『お前のためを思って』なんて言うけど、恩着せがましいですよ
ね。子ども離れしなさい、と私は主張したい」
ニキビを満開に咲かせた少年がのたまう。博士のこめかみがひくつく。
「そうそう、親ってえ、かったるいし〜、なんか金くれればいいだけっていうか〜、話
し合ってもうざったいし〜どうでもいいんじゃないの〜」
画面のなかで笑ってる少女は、素顔を隠し化粧という仮面を被っている。もっと無垢
であっても良いと思うのは私だけなのだろうか。前回、制服着てショーツ見せるだけで
お金になると声をあげていたが、今回も初々しさの欠片も見られない。
「死んだら死んだで保険金はいるから、さくっと死んでよね、事故死で。って感じです
よね」
発言したニキビ男が嗤う。参加してる少年少女が相づちを打つ。
博士が奇声をあげたのは、その瞬間だった。脱兎のごとく部屋を飛び出していく。ド
アは開け放たれたままだ。落ちたポテチの袋をテーブルに戻し廊下を覗くと、博士とぶ
つかってしまった。床に腰を打つ。足下に白い珠が転がってくる。ピンポン球のように
も見えるが、掴んでみると硬くざらついた感触があり別物だと分かる。転倒した博士も
腰をさすりながら立ち上がる。
「痛いじょわ、どこを見てるんぞなもし?」
それは私の台詞だろう。それでも言葉を飲み込み、別なことを尋ねる。
「何ですか、これ」
白い珠を博士に差し出す。博士は受け取りながら、
「今日という今日は我慢ならんぞな。お蔵入りにしておいたが、あの莫迦たれどもに、
使ってやるんぞなもし」
博士が珠を天に突き刺す。私は好奇心の赴くままに、
「どうやって使うんですか? それに何ですか、これ?」
「使い方は簡単じゃ。猿にもできるぞなもし。先ず表面に漢字を二字書く。次いでその
文字を相手に向ければ、その通りになるんぞなもし。強いて名をつけるなら催眠暗示信
号変換器というところかいのお」
博士はさっそく懐からペンを取り出し、筆を走らせる。文字を前面にしてテレビ画面
に向かって勢いよく突き出す。
「この時の運動エネルギーを催眠暗示信号に変換するわけぞなもし。注意点はひとつ。
ちゃんと相手の眼に向けて突き出さないと効果はないぞなもし」
「はあ」
「気のない返事じゃのお。蛇足じゃが環境には優しくないぞなもし」
「なるほど」
相槌は打ったが、理解できたわけではない。博士の頭の中は異次元空間だ。常人には
理解不可能。私はとうの昔に真の意味を探ることを止めていた。もちろん科学的な説明
も。
博士は何度となくテレビに突き出すが、変化はない。スタジオでは相変わらず好き勝
手なことを発言している。
「おかしいのお?」
博士は首を捻る。
「あのお博士、それって録画された映像にも効くんですか?」
「生きてる人間にしか効かないに決まっておるぞなもし。……これって録画か?」
「だって編集されているじゃありませんか」
「う〜む。生放送だと思っておったわい」
博士が珠をテーブルに置き、椅子に深く腰掛けた。どちらにせよ、テレビを通してで
は効力を発揮しないと思ったが、触れないでおくことにした。テレビを通さなくても効
果があるか疑問だが、試してみれば分かることだ。珠を手に取ってみる。表面に『報
恩』と書いてある。私は珠を博士に勢いよく突きだした。
思わず叫び声をあげてしまう。珠の表面からのびた赤い光が稲妻となって博士を貫い
たのだ。手首を返して珠を見る。文字は消えている。頭を上げ、博士に視線を戻す。し
わくちゃの顔をさらに歪め、大粒の涙を恥ずかしげもなく曝す博士がいた。
「君がいつも献身的に尽くしてくれているのに、わしは安月給でこきつかっておった。
許してくだしゃれ。ううううう」
博士が私に抱きついてくる。私の胸板に顔を沈め、買ったばかりのセーターを湿らせ
る。
「いやあ、博士。私こそ感謝してます。感謝してますけど、給料あげてください」
「もっともじゃ。今までの二倍、いや三倍払おう。もちろん賞与は十二ヶ月分じゃ。そ
れぐらいでは償いにはならんぞなもし。しかしわしの精一杯の気持ちじゃ。うううう
う」
私は博士の頭を静かに撫で、
「それとこの珠くれますか?」
博士を優しく後方に押し、尋ねてみる。こんな便利なもの、使わない手はない。
博士は、いいともいいとも、とうなずいてくれた。
「では、これで帰らせていただきますね」
頭を下げ、部屋を出て行く。博士は玄関までついてくる。大げさに手を振り、「また
明日来てくだしゃれ。待っておるぞなもし」と涙声で見送ってくれた。
小路から交差点を抜けるとコンビニ前にたむろしている若者がいた。特攻服を着てヤ
ンキー座りをしている。上目使いに睨むのは周囲を威嚇しているつもりなのだろう。思
わず視線を逸らしてしまう。私は自分の反応が少しばかり情けなく、面白くなかった。
珠に『正座』と書き、特攻服に向けて突き出す。三人座っているので、突きだしてから
扇状に珠を振る。稲妻が三人を貫く。私はそのまま歩き始める。横目で若者を見る。コ
ンビニの前で正座する若者たち。普段見られない光景に思わず笑みがこぼれる。
コンビニから出てきた仲間なのだろう。背後で声が響いた。
「なにやってんでえ。馬鹿やってんじゃねえよ」
「あん。これがトレンドなんだよ」
正座している男が返答する。残り二人も、「そうだそうだ」と口にする。
コンビニから出てきた仲間は、もう一人いたらしい。声の甲高さでそう判断した。
「あのやろーが変な光を浴びせたんだ。ガラスごしにアタイ見たよ。それでお前ら正座
してんだよ。訳わかんねえけど、あいつのせいに決まってる」
「何でもいい。捕まえやる!」
振り返ると、特攻服の裾を巻き上げて迫る原始人がいた。顔も腕も毛深く、筋肉の発
達した体躯は野蛮そのものだ。もう一人は女性だった。甲高い声は彼女のものだろう。
私は急いで珠に文字を綴り、二人に突きだした、二人の動きが止まる。私が書いた文字
は『停止』だった。二人の表情は動かない。額に浮かんだ汗だけが、つたって流れてい
る。珠に『帰宅』と書いて、彼らに向けて突き出す。二人は無言で踵を返す。
私は用心することにした。不思慮に使うのは危険のようだ。ガイドレールに腰掛けな
がら思考をまとめる。
博士は私が珠を使ったことにたいして触れなかった。張り紙するな、と書かれた張り
紙と同じで、それ自体は無視されるのだろう。正座した若者たちも珠から発する光につ
いては触れていなかった。普通なら、まばゆいばかりの閃光に気がつかないはずはな
い。
この珠のメカニズムはブラックボックスでも構わないが、知りたいこともある。暗示
の持続時間だ。その問はすぐにとけた。特攻服の三人組が追いかけてきたからだ。腕時
計を見て、持続時間はせいぜい五分ぐらいだと当たりをつける。
ん?
これでは給料が上がらないではないか!
頭にきた私は『朦朧』と書いて突きだした。光が貫いても、三人組は止まらない。
「なぜモウロウとしないんだ!」
叫んだ瞬間に答えが浮かぶ。難しい漢字が読めないからに違いない。読めない漢字で
は効果がないのだろう。
次いで『停止』と書く。だが文字が書いた側から消えていく。一度使った漢字は再利
用できないようだ。リサイクル不可ということか。すったもんだとしている内に三人組
はすぐ近くまで来ていた。
「この野郎! 上等だ、まちやがれ」
三人組は、怒髪天を突いていた。文字通り髪を逆立てている。さっきから止まってい
るのに、まちやがれ、とは馬鹿なやつらだ。そう思った私は『馬鹿』と書いた。これな
ら大丈夫。口から泡でも吹いて踊りまくればいいさ、と半ば嘲笑していた。確信にも近
い想像は叶えられなかった。彼らは勢いを殺すことなく向かってきている。もともとが
馬鹿なのだから変化がないのか。溜息と同時に妙案が浮かんだ。『逆転』と書いて珠を
突き出す。
「れがやちま、だ等上 !郎野のこ」
舌を噛みそうな台詞を吐き捨て、三人組は逆走していく。後ろ向きに走る三人組は角
を折れる寸前で原始人と女性の二人組とぶつかった。ぶつかっても逆送しようとする三
人組。怒声をまき散らす二人組。彼らも訳が分からなくなったようだ。私はタクシーを
拾い、その場から離れた。運転手に行き場所を告げる。目的地は夜の盛り場だ。車中で
この珠の使い道について考えてみる。たとえばこのタクシーだ。『無料』と書けば運賃
を踏み倒せるだろうが、五分後には運転手が追いかけてくるだろう。いや、五分間の間
に姿を隠せばいい。しかしせこくないか? 確かにせこい。もっと大きくいこうじゃな
いか。銀行で使えばどうだろう? 金持ちになれるだろうか? 文字は何を選択すべき
か。思い浮かばない。だいたい五分後には元に戻るのだから始末が悪い。博士の発明品
はこれだから困るのだ。いつも中途半端だ。
とりとめのない思考の糸が切れたのは、運転手が車を止め「着きましたよ。970円で
す」と言ったからだ。
「はいはい。待ってくださいね」
重ね返事でこたえる。私は尻ポケットから財布を取り出そうとして、代わりに珠を突
きだすことにした。研究室に財布をしまったのを忘れていたのだ。
運賃を受け取ろうと振り向いた運転手を光が貫く。運転手は間延びした声で、
「本日は無料で〜す」
「あっ、そうですか、どうもすいません」
とりあえず頭を下げておく。ドアが開いて、私はゆっくりと足を運ぶ。ドアが閉じる
と、タクシーは去っていった。一息つく。タクシーの運転手が五分後に戻るか戻らない
のか、それは分からない。客が乗れば、わざわざ私を探しにくることはないだろう。と
はいえ不景気の今、五分以内に客がつくという保証はない。運転手が戻ってきて運賃を
請求したらどうする。無料って云ったじゃないか、と突っぱねることは可能だろう。そ
れが口論に発展するかもしれない。愉快な事態ではない。とりあえず場所を変えて、ス
ナックにでもしけこうもうか。そうだ。それがいい。スナック・マーキュリーに行こ
う。明美ちゃんのナイスバディを拝むことにしよう。つけもきくし。
私は上機嫌だった。明美に向けて『恋人』と書いた珠を突きだしたら……想像するだ
けでニタつける。『愛人』もいいかもしれない。『恋愛』という手もある。
歩道を歩きながら妄想を膨らませていると、道行く人と肩がぶつかってしまった。
「あ、どうも」といって小さく頭を下げる。振り返った相手は、頬に傷があった。
「どうも? あー、なんだそりゃあ」
髪の毛を短く刈り込んだ男は肩を怒らせながらすごんでくる。
「いや、あの」
どう対処すればいいのか、とっさに思い浮かばず、言葉を濁してしまう。
「あのなあ、坊や。人にぶつかったらスイマセンって謝るのが人の道よ」
男は両手をズボンのポケットに入れ、私の顔をのぞきこむ。わずか20センチの距離
だ。
「スイマセン」
私は頭を下げた。横目で人の流れを見るが、誰もが避けている。河川に浮かぶ中州の
ように私達の周りだけが別空間になったかのようだ。
「誠意がねえんだよ。嫌々やってんのが見えんぞ、ゴルァ!」
「スッ、スイマセン」 何度も頭を下げる。
「誠意がないっていってんだよ。誠意が」
男は掌を上にして私の顔前をヒラヒラさせる。
「あのお、誠意って?」
「誠意ったら誠意だろうがあ」
男が親指と人差し指で円をつくった。
「もしかして……お金ですか?」
「あー、俺は誠意っていってんだよ。何度もいわせんなよ」
幸いというか不幸というか、私はお金を持っていない。特攻服が追いかけてきたとき
は距離があったために余裕もあった。その余裕も今はない。それでも私は珠に文字を書
いて難を逃れることに決めた。他に方法がないからだ。
珠に書く文字は決まっている。『誠意』だ。欲しがっているものをくれてやるのだか
ら喜びやがれ、こころのなかで呟く。
私が『誠』と書いてる途中で、男に胸ぐらを掴まれる。
「あそんでんじゃねーよ。誠意見せろっていってんだろ」
男がつま先で私のスネを蹴り、私を突き放した。瞬間的な激痛で珠を落としてしま
う。軽い音とともに珠が割れる。粘液質の液体がアスファルトに流れ、小さな人形が這
い出てくる。人形は博士に似ている。しわくちゃで細い眼、それに雰囲気が似ている。
人形は立ち上がり笑みを浮かべ、「び」といった。本当は続きがあったのかもしれな
い。男が人形を踏みつぶしてしまったから続きがきこえなかったのだ。
「どうも誠意ってやつを身体に教える必要があるようだな。坊や、高い授業料だぜ」
男は指関節を鳴らし、私に近づいてくる。
次の日、私は博士の研究所に出かけた。
「あっ、博士おはようございます」
痛む口で精一杯明るさを演出する。
博士は声を上げて笑う。腫れ上がり丸くなった私の顔が可笑しいのだろう。笑うなら
笑えばいい。
「喧嘩でもしたんかいな」
腹を押さえながら博士がのたまう。理由を訊かれても、正直には答えられない。
「まあ男じゃから、色々あるわいのお。それよりも面白いビデオがあるぞなもし。一緒
にみんしゃい」
博士が私の手を引き居間へと向かう。部屋に入り、私は驚いた。テレビ画面の中に私
がいるのだ。博士もいる。私が珠を手に取っている。博士が泣いている。これは昨日の
出来事ではないか。
「隠し撮りしてたんですか?」
口を尖らせたつもりだが、うまくいかない。
「防犯ビデオじゃ。人聞きが悪いぞなもし」
「私のしたこと、怒ってますか?」
「満月顔を見れば怒れんぞなもし。正直に事の顛末を話すがよろしい」
博士の目に優しい光が宿った。私に着席をすすめ、冷えた麦茶を持ってきてくれた。
私は一息ついてから、昨日の出来事を話し始めた。博士はメモをとりながら耳を傾け
る。
「……というわけなんですよ。とんだ災難でした」
「自業自得じゃのう。死んだ親父なら『なまらはんかくさい』と大目玉くらっておるぞ
なもし」
「はあ……ところで、あの人形はなんだったんでしょうか? 動いていたようですが」
「駆動エンジンぞなもし」
「人形が、ですか」
「そうぞなもし、駆動エンジンに貧乏神を使ったんぞなもし。作ったはいいけど、試す
のははばかれたぞなもし」
「なるほど、それでお蔵入りしていたんですね」
確かに貧乏神がメカニズムの根本なら、何をやっても貧乏くじをひきそうだ。ためら
う気持ちもわかる。作る気持ちは分からないが……。
「それでもトーク番組を見て腹が立ったから、使おうとしたわけですか。なるほどね
え」
謎は全てとけた。実際は謎だらけだけど、そのときはそう思っていた。
「はんかくさいのお。テレビに向かって珠を突きだしたって意味はないぞなもし」
「えっ、……それはそうですけど。ではなぜあのような真似を」
「自分以外の誰かに試してもらいたかったからに決まっておるぞなもし」
博士は一体何を言っているのだ。
「正直に話せば嫌がるだろうし、駆動エンジンが貧乏神だということを隠して試させて
も、良き結果が出なければわしを恨むだけぞなもし」
「それはそうですけど。えっ、では自業自得って」
博士は口元を歪め笑いを堪えている。やがて口を開き、
「分かっていると思うが、大事な研究品を壊したのだから、減給ぞなもし」
極上の笑みを浮かべてのたまう。その笑みは貧乏神のものと似ている。少なくとも今
の私にとっては同一人物としか思えなかった。
--了--