#597/598 ●長編 *** コメント #596 ***
★タイトル (sab ) 22/11/23 14:59 (224)
【本格】の積り『スキーマンションの殺人』3朝霧三郎
★内容
●11
5時になると、山城がフロントに来て「帰るぞー」と怒鳴った。
山城は作業着の上にドカジャンを着てそのまま帰るので、早い。
カメラで見ていると、山城は駐車場3階で降りて、スロープ下の自転車置き
場に行った。
スロープの上には上がらないで、3階のエレベーターから乗り込んだ。
(スロープを上れば、そこが除雪されているのか確認出来たのに)
高橋明子は諦める様に、ため息をつくと、エクセルもバインダーも閉じて、
キャビネットに戻すと、更衣室に向かった。
代わりに、斉木が来て、デスクのチェアに座り込む。
明子も含めて、蛯原、額田、大石、泉が着替えて、管理室に戻ってくる。
「さあ、帰るぞ」と、蛯原がこれから朝まで一人の斉木に言う。
玄関側の鉄扉を開けて、「おい、もうだいぶ積もってきたぞ」と額田が言っ
た。
「ジムニーで送っていってあげましょうか」と明子。
「俺は足腰が強いから歩いて帰れるよ」額田。
「俺もバスで帰るよ」と蛯原。
「私は旦那が迎えにくるから」と大石。
「あら羨ましい」と泉。
「泉ちゃん、乗っけていってあげようか」と明子。
「えー、いいんですか?」
「そんじゃお先に」「お先に」とみんなが一声かけて、鉄扉から出て行く。
駐車場でジムニーに乗り込むと、明子はシートベルトをかけながら「寒いね
、すぐに温まるからね」と言った。
「はい」と泉。
エンジンをかけるとすぐに車を出した。
「飯山市内でいいんだよね」と明子。
「はい」
「いつもはどうやって帰るの?」
「コミュニティバスで」
カーラジオからは、地元のFM局の天気予報が流れていた。
「気象速報です。長野県北部を中心に大雪警報が発表されています。長野市、
中野市、大町市、飯山市、白馬市、小谷市、高山村などとなっています。5時
の大町市からのリポートでは、すでに2センチ程度の積雪で、しんしんと降り
続いているとの事です。このあと1時間の降雪量は、飯山市では8センチ、積
雪の急激な増加に要注意です。この後の雲の動きは、日本海側より発達した雲
が流れ込んでくる見通しで、深夜から明け方にかけて雪の降り方には注意が必
要です。ウェザーニュースのアプリからは最新情報が確認できます。チェック
してください」
斑尾高原スキー場を出て、ペンションが左右に立ち並ぶエリアのくねくねし
た道をコーナー取りしつつ、明子は言った。
「これじゃあ、明日の朝も、歩いて来るのは大変だから、乗っけてきてあげよ
うか」
「いいですよ。私、歩くスキーをもっているから、あれでバス停まで行くから
。ダイエットにもなるし
「いいわよ、遠慮しないで。こんなに降っているんじゃあ、大変だから」
それから泉は、斉木の計画で、額田が山城を追いだした事などを話した。
「へー、そんな事やっているんだぁ」と明子。「それにしても、こんなに降っ
ているんじゃあ、折角除雪しても、又積もっちゃうわね。
さっき理事の車の周りを除雪している様子を防犯カメラで見たけれども、あ
れは蛯原さんに頼まれてやったの?」
「そうじゃなくて、除雪も清掃の一部だと思って」
「それから、スロープの方に行ったけれども」
「そこには何もなかったよ。溶けていたんじゃない。昼間は晴れていたから。
…やっぱり、明日の朝は、歩くスキーで自力で行きます」ときっぱりと言った。
(女湯の照明のカバーを割ったのは実は泉ちゃんでしょう、とは聞けないな。
それをアロンアルフアで蛯原が助けてくれた。その見返りに何かをやらされた
。理事の車の周りの除雪と、あと何かを…。あー、こんな事だったら、泉なん
て乗せないで、スロープの様子を見て来ればよかった)
●12
夜間、斉木は、管理室で、レトルト食品とココアで腹ごしらえをした。
それから、鮎川の自衛隊時代の漫画の電子化作業に着手した。これから夜中
の12時の温浴施設閉店までは暇だった。鮎川の漫画の原画を、管理室の複合
機でスキャンしては、ペイントでコマごとに分解する作業をしていた。結構面
倒くさかったがこれでバズれば銭になる。半分は斉木にくれるという約束だか
ら。
鮎川は27、8まで、アニメージュの裏にあった募集広告から応募したタツ
ノコプロに就職していた。しかし、アキバ加藤の事件でオタクの息子に不安を
感じた親が自衛隊に放り込んだ。2年で満期除隊して、自衛隊時代の事を漫画
にして、コミケに出品したのだが、全く売れなかった。
12時に温浴施設の営業が終わると、風呂の栓を抜いて湯を抜くと、新しい
冷泉を入れた。本当は洗わないといけないんだけれども、そんな事はしない。
満タンになれば勝手に止まるからこれで今日の業務は終了。
夜中の3時に新聞配達を通す為に一回起きなければならないが、6時までは
眠れる。斉木はアラーム時計を3時にセットすると、うとうとしだした。
3時になると一回起きて、新聞屋を待った。しかし3時半になっても4時に
なっても新聞屋は来ない。結局来たのは5時半だった。
正面玄関の自動ドアを開けてやると、フロントに入って来るなり新聞屋の一
人が怒鳴った。
「雪かきしておけって言ったじゃないか」
「雪かきなんてするかよ」
「じゃあ主任管理員に言っておくからいいよ。昨日もそうして命令してもらっ
たんだから」
「別にあいつに使われている訳じゃないよ。あいつだってただのパートだ」
「俺らだって、何時もより3時間も時間超で頑張っているのに、そっちはぬく
ぬくとして」などとぶつくさ言う新聞屋を、二重オートロックの二つ目のドア
を通してやる。
その背中を見て、(あいつらも、搾取されているんだなあ)と思う。
斉木は、ボイラー室からプラの雪かきを取って来て、正面入り口から雪かき
を始めた。
雪は止んでいたが、鼻水が凍ってつららが出来た。
7時半頃までに、駐車場から正面玄関を経由してマンションの出口まで、や
っと歩行者の通れる30センチ幅の通路を確保した。
くねくねした道を見ると、自分の汗が雪を溶かしたぐらいに思えた。
その苦労の跡を、チャリン、チャリンとベルを鳴らしながら山城が走って来
た。
こっちに迫ってくると「シャッター開けてくれ」と言って通り過ぎていく。
(あんな野郎の為に雪かきをしたんじゃねー)と思ったが、ポケットの中のリ
モコンでシャッターは開けてやった。
●13
山城は、チャリン、チャリンとベルを鳴らしながら左に旋回して、駐車場に
入る。
駐車場の中ほどまで行くと、自転車を立ててエレベータに乗った。
屋上に降りると、一面に真綿の様な雪が降り積もっていた。まだ全然足跡が
付いていない。
山城は、嬉々として自転車を漕ぎ出した。
真っ直ぐスロープには向かわずに、あちこちを旋回しながら、オリンピック
の輪の様にタイヤの跡を付けていった。
何故か、『雨に唄えば』のジーン・ケリーを思い出した。
あの映画はリバイバル上映を妻と見に行ったのだった。
(妻は処女だった。雪のように白く清かった)
『雨に唄えば』を口ずさみながら、山城は雪の上にタイヤの跡を付けて行っ
た。
(俺だけが汚していいのだ)と山城は思った。(後で、泉だの鮎川だのに汚さ
れてたまるか。あいつらほんとうに豆腐に指を突っ込むようなガキなのだから)
散々ぐるぐる回ってから、階下に向かうスロープに向かった。
その時になって、今自分が口ずさんでいるのは『雨に歌えば』じゃなくて、
『明日に向かって撃て』でポール・ニューマンがキャサリン・ロスを籠に乗っ
けて漕いでいる時の歌だ、と気が付いた。
次の瞬間に、自転車の前輪がスロープに差し掛かったのだが、突然、ハンド
ルを取られるのが分かった。
焦って斜面を見ると、積もったばかりの雪の下にボブスレーのコースみたい
なワダチが出来ていて、左側の壁に向かってカーブしている。
(あれッ)と思った時には、ずずずずーーっと滑り出していた。(壁に激突す
る)と思ったのだが、激突と同時に壁が外れて、自転車もろとも地上に転落し
た。
(こりゃあ死ぬぞ)ともがいている内に、自転車と自分が入れ替わり、自分が
先に背中から着地した。かなりの衝撃だったが、雪がクッションになって(助
かった)と思った。しかし次の瞬間、自転車が落ちてきて、ブレーキレバーが
右腹部の肝臓付近をざっくりとえぐった。その衝撃で自分はうつ伏せの状態に
なり、自転車は回転して、脇の小道に飛んでいった。
●14
正面玄関で雪かきをしていた斉木は、ぎゃっ、という短い悲鳴の後に、ちゃ
りーんという音を聞いた。
(自転車でコケたのかなあ)と考えて、しばらくじっとしていたのだが、ハッ
と気が付いた様に、雪かきを持ったまま走り出した。
駐車場の真ん中を突っ走って、裏側の柵まで行く。
舗道に自転車が落ちているのを発見した。
植え込みの手前には、山城が卍みたいな格好をしてへばりついていた。
斉木は、柵の扉を開けて、山城に近寄ると、周辺をうろつきながら様子を見
た。
綺麗に雪が積もっている所に落っこちているので、もしかしたら生きている
かも知れない。
雪かきの柄で、山城の腹部をぐーっと押してみる。腹の下から、どろーっと
血が流れ出してきた。
(うぇー)グロ耐性がないので、口の中が酸っぱくなった。
フェンスの外側の松の木で、カラスがくっ、くっ、と咽を鳴らせて羽をばた
つかせた。
雪かきを振り回してみたが、カラスは微動だにしなかった。
斉木は携帯を取り出すと119番通報した。
●15
救急車よりも先に警察が到着した。
シャッターを開けてやると、7人8人と警官が入ってくる。
すぐにkeepoutと書かれた黄色テープで現場の5メートルぐらい手前
に規制線が張られた。
斉木はの警官にそこまで引き戻されてしまった。
現場では、ヘアキャップに足カバーの鑑識が、舗道にへばり付いた遺体を取
り囲んだ。その中の偉そうなのが「首吊りと一緒だ。ひっくり返さないと検視
できない」と言った。
鑑識二人で、一斉のせいでひっくり返す。その拍子に裂けた腹から内臓が飛
び出してきた。
「うわー、こりゃあ又ど派手に裂けたもんだ」
言うと偉そうなのは、手にはめたゴム手袋を引っ張ってパチンと鳴らした。
遺体の脇にしゃがみ込んで、腹の辺りに触れてみたり、瞼を持ち上げてみたり
、口を開いてみたりする。
他の鑑識は、写真を撮ったり、メジャーで、駐車場壁面から遺体までの距離
、その他を測っている。
救急隊も既に到着していたが、ストレッチャーの上に、オレンジ色の毛布だ
の、オレンジ色のAEDのケースだのを積んだまま、待たされていた。
2人の刑事が、駐車場の柵の近くから最上階を見上げていた。飯山警察署の
警部補、服部雅彦(近藤正臣似 55歳)と、巡査部長、小林達也(江口洋介
似。35歳)である。
「あそこから転落したのか」と服部が言った。それから「おい、あなた、ちょ
っとこっちに来て」と斉木に手招きした。
そして、服部と小林とで質問してくる。
「まず名前は」と小林。
「斉木清」
「どういう字を書きます?」
「斉藤由貴の斉に木曜日の木、大久保清の清」
「さいとうって4種類ぐらいあって、どれだか分からない」
「まあ、いいよ、とりあえず」と服部。「それで、あのガイシャの名前は?」
「山城なんとか」
「ここの管理員ですか」
「清掃員だな」
出勤してきた、蛯原、明子、次の24時間管理員の大沼、清掃の額田、大石
悦子、泉らが規制線の所まで来た。
「俺がここの責任者だ、まず俺に聞けー」蛯原が規制線のところに立っている
お巡りを押しのける様に刑事2人に言った。「おい、斉木君、余計な事を話す
必要はないぞ」
「うるせーんだよ、おめーは」斉木は睨み返す。
山城の遺体は既にブルーシートで目隠しされていて見えなかった。
「ガイシャは、山城さんか」と蛯原。
「うるせーんだよ」
「じゃあ、上に行ってみようか」と服部
「はい」と小林
「あなたもついてきてくれます?」
「別にいいけど」
規制線のところで、蛯原が迫ってくる。「弁護士を呼んでやろうか」
「うるせーよ」
3人はエレベーターで屋上に向かった。
「おい、我々も屋上に行くぞ」と蛯原。
エレベーターは4人乗りなので2回に分かれて屋上に上がった。一回目は、
蛯原、明子、大沼、額田。
降りるなり、理事の車を見て、明子は、(あれ)と思った。
一面雪なのに、理事の車の周り一周、雪が溶けてグリーンのウレタンが露出
している。
それをちらっと蛯原が見て、
「こんなにむけたんじゃあ、スロープの方と合わせて、物損が大変だ」と言っ
た。
「えっ?」と明子。
「とにかく、向こうに行ってみよう」
と、4人でスロープの方に行った。
おっつけ、大石悦子と泉も来た。
そこにも規制線が張られていて、制服警官が立っていた。その向こうでは、
鑑識4人と刑事1人が現場検証をしていた。
刑事2人と斉木が規制線から一歩中に入る。
「黙秘権があるからな」と蛯原が言ってきた。
斉木は嫌な顔をしてこっちを見ただけ。