#579/598 ●長編 *** コメント #578 ***
★タイトル (sab ) 21/10/31 08:55 (161)
「仏教高校の殺人」6 朝霧三郎
★内容
生徒達はアリの様にぞろぞろと山道を歩いていた。
オレの前後では、如来さまと三銃士、保健室の先生、オレと部活のメンバーが少し、
その後ろに樋上今日子とリエラ、という順番で来た道を引き返していた。
浄心門まで戻ってくると左側の4号路に入り、高尾山の北斜面を下る。
鬱蒼としたブナなどが左右から道を覆って筒状になっている。
しばらくは丸太と盛り土の階段を下っていた。
比較的幅広で手摺もあった。
しかし、すぐに道は 上りの人とすれ違えない程の、かなり細い下り坂に変わった。
右手からは樹木の根が迫っていて、老婆の手の静脈の様に見える。
左側は切れ落ちている。
「これ落ちたら死ぬで」
樹木の生い茂った崖下を見下しながら三銃士の一人が言った。
「こんなところ死体が上がらないぞ」
後ろでは、樋上今日子とリエラがよろよろしている。
「スニーカーじゃあ危なかったかも」
「季節的に落ち葉があるから滑るのかも」
(ちょっとつついてやれば崖下に転落するかな)とオレは思う。
時計を見ると、まだ一時五〇分。
しかし、丸太の階段と下り坂が交互に続いた後、道幅は急に広くなってしまった。
4号路と、いろはの森コースという別ルートの交差点の先には、丸太のベンチまで
設置してあって、休憩出来る様になっている。
(こんな幅広の道じゃあ、安全すぎる)
と思う。
「休憩する?」
と保健室の先生と如来さまが言い合っている。
時計を見ると一時五三分。
こんなところで休まれたら予定が狂う。
「行こう、行こう、一気に行った方が楽だから」
オレは前のみんなを押し出す様に圧をかける。
しかし、丸太の長い階段を下ると、急に道幅が狭まったかと思うと、
左手は切れ落ちの崖の斜面に出た。
ここでもいいが、時計を見ると、まだ放送までには時間がある。
少しして、左手の崖下はブナなどの木で見えなくなってしまったが、
しかし川のせせらぎがきこえてくる。
あれは「行の沢」のせせらぎだ。
樹木が生い茂っていて見えないのだが、崖下には「行の沢」が流れている筈。
吊り橋も近い。
(ここだ)
と思った。
時計を見ると、一時五八分。
(あと二分か)
オレは、歩調を弱めると、立ち止まり、そしてしゃがみこんで、
靴ひもを結ぶふりをした。
「早く行ってよ」
後ろで樋上今日子が言った。
「お前ら、先に行けよ」
と、樋上今日子とリエラを先にやる。
紐を結びながら時計を見る。
一時五九分五九秒、二時!
吊り橋の向こうから、「♪you don't have to worry worry」、
『守ってあげたい』の木琴Verの防災放送が流れてきた。
キター。
オレはしゃがんだまま(どうなるか)と三白眼で前を行く女を睨んでいた。
リエラがもじもじしだした。
そしてすぐに、蛙の様に飛び跳ねだした。
かと思うと、樋上今日子にしがみついた。
二人共バランスを崩した。
(あのまま二人共落ちてしまえ!)
しかし、リエラだけが崖から転落していった。
ああぁぁぁぁぁー、と、悲鳴ごと吸い込まれていく。
ボキボキボキと枝の折れる音。
かすかに水の音が。
「リエラぁーーーー」
と叫ぶ樋上今日子。
「どうしたぁー」
と保健室の先生が振り返った。
「リエラが落ちました」
「えーーーー」
とか言って、保健室の先生だの、如来さまと三銃士が崖下を見下ろす。
「リエラぁーーーー」
と崖下に叫ぶ。
しかし、沢のせせらぎが聞こえてくるだけだった。
「降りて行ってみよう」
と三銃士。
「危ないからダメ。
警察を呼びましょう」
と保健室の先生。
スマホを出すと110番通報した。
「…4号路の吊り橋の手前です。
はい、そうです。
はいはい。
そうです…」
他のメンツは、心配そうに崖下を覗いていた。
「一体何が」
通報が終わった保健室の先生が言った。
「突然もじもじしだしたと思ったら、飛び跳ねて、そして、
私にも抱きついてきたんですけれども、一人で、一人で、崖下に…。
私が突き飛ばしたんじゃありませんから」
と樋上今日子。
「それはもちろんだけれども」
たった15分で、赤いジャージに青ヘルの屈強そうな一五、六名の救助隊が
到着した。
背中に黄色い文字で『高尾山岳救助隊』と刺繍されている。
「山岳救助隊、隊長の新井です」
日焼けした馬面の中年が言った。
「どうされましたか」
「突然メンバーの一人が暴れだして、ここから沢に落下したんです」
見ていたかの様に保健室の先生が。
隊長は、しばし、崖下を見下ろす。
すぐに背後の隊員のところへ戻ると、円陣を組んで、隊員達に言う。
「これより。
滑落遭難者の救助を行う。
それでは任務分担。
メインロープ担当、山田隊員、
メインの補助、今村隊員、
バックアップロープ担当、江藤隊員、
バックアップの補助、池田隊員、
メインの降下要員、椎名隊員、
補助要因、豊田隊員。
以上任務分担終わり。
準備が出来次第、降下を開始する」
「はーい」
と隊員らは声を上げる。
隊員らは、太い木を探して、ロープを巻き付ける。
ロープに、カラビナや滑車などを取り付けると、降下用のロープを通す。
それを降下する隊員のカラビナに縛り付ける。
降下要員にメインとバックアップの2本のロープがつながれた。
「メインロープ、よーし」
「バックアップよーし」
「降下開始ーッ」
「緩めー、緩めー、緩めー」
の掛け声で、降下要員が後ろ向きに、崖下に消えて行った。
「到ちゃーく」
と茂みで見えない崖下から隊員の声がする。
続いて、補助隊員も降下していった。
既に垂らされたロープをつたって、するするすると崖下に消えていく。
「隊長ーー」
崖下から声がした。
「要救助者、心肺停止の状態。
これより、心臓マッサージと人工呼吸による心肺蘇生を行います」
数分経過。
「隊長ーー。
心肺蘇生を行いましたが、効果ありません。
斜面急にて担架は使用不可能。
よって背負って搬送したいと思います」
しばしの静寂。
「隊長ーー。
ただいま、要救助者、背負いました。
引き上げて下さい」
「よーし。
これより、降下要員引き上げを行う。
メインロープを引っ張って」
「メインロープ、引っ張りました」
「ひけー、ひけー、ひけー」
の掛け声で引っ張り上げて行く。
すぐに降下要員が、崖下から姿を現した。
背中にはぐったりとしたリエラを背負っていた。
引き上げられたリエラは、担架に移されると、ベルトで固定されて
毛布をかけられる。
4人の隊員が担架を持ち上げる。
「これより、要救助者、下山させる。
いっせいのせい」
で持ち上げた。
先頭に4人、担架の4人、後ろに4人の体制で、それこそ天狗の様な速さで
下山していった。
橋のたもとには、保健室の先生、如来さまと三銃士、取り残された樋上今日子、
あと山道には、しゃがみ込んだり突っ立ったりしている生徒達が残された。
それを見ていたオレは心の中で(ミッションコンプリート)と思う。
『優波離の手記』終了。