AWC 士の嗜み 1   永山


        
#356/598 ●長編
★タイトル (AZA     )  10/04/29  23:54  (454)
士の嗜み 1   永山
★内容
 オープニングの収録が行われるいつものスタジオに、前回より一名少ない顔
ぶれが集まっていた。
 第三関門を迎える『プロジェクトQ.E.D./TOKIOディテクティブ
バトル』。椅子に腰掛けて待つ十一人の参加者達は、番組にだいぶ慣れてきた
のか、リラックスしていた。そんな場の空気は、司会を務める井筒隆康が登場
しても、大きな変化は見せなかった。
「ミステリは魔物。解けるか、嵌まるか。名探偵誕生の瞬間を追う、『プロジ
ェクトQ.E.D./TOKIOディテクティブバトル』。これより第三関門
を……と、その前に」
 恒例になりつつあるフレーズを途切れさせる井筒。参加者の間に、緊張感が
少し戻ってきた。井筒は自分の言動が場に与えた効果に満足した風に、にやり
と笑った。表情を引き締め直すと、話を続ける。
「前回は途中で姿をくらましてしまって、大変失礼をした。お詫びに、君達を
接待させてもらいたい」
 誰彼となしに、「接待?」という声が上がった。
「平たく言えば、食事に招待しよう。ちょうど昼時だし、異存はないと思うが、
いかがかな」
 撮影が始まると、食事の大半はテレビ局の用意した弁当で済ませることがほ
とんどだ。それなりに豪勢なときもあるが、やはり弁当には弁当の限界がある。
皆、司会者の誘いに喜んで応じた。
「では集まってもらったばかりではあるが、すぐに移動だ。局の食堂じゃああ
りません。近くのレストランに予約を入れてある」
 一段高い舞台から弾んだ足取りで降りると、先頭を切って出入り口に向かう
井筒。同じく司会を務める新滝愛が彼に続き、さらにそのあとを十一名がぞろ
ぞろと。
「私達全員をレストランにご招待だなんて、井筒さんのポケットマネーかしら。
太っ腹」
「稼いでいるって噂ですからねー、井筒さん」
 ヘアスタイリストの郷野美千留と、タレントの若島リオによるお喋りが小さ
くなり、程なくしてテレビカメラの捉える場面が転換する。
 レンガ造りの店舗――レストランの入口からの絵が数秒映され、続いて中の
映像に切り替わる。広い店内のほぼ中央、大きな円卓の席に“名探偵候補”十
一人と、番組の司会進行役二人が着いていた。収録されるが、本当に臨時の事
態だったためか、貸し切りとはいかなかったらしく、周りのテーブルのいくつ
かは、一般客らしき面々で占められていた。幸い、このレストランの利用者は、
有名人を目撃したり、テレビの収録に遭遇したりしても、騒ぎ立てないだけの
マナーを弁えた人達のようだ。
「個人的には、もっと変わった趣向でもてなしてみたかった。たとえば、場所
を挙げるなら監獄や海中、はたまた気球のゴンドラの中。料理にしても、物語
世界を堪能できる物を用意できればよかったんだが、如何せん、私のポケット
マネーでは限界が」
 つまらないジョークながら、場が一層なごむ。そうする内に、料理が運ばれ
始めた。
「名探偵たる者、中流より上のマナーも身に着けていなければならない、なん
てことは言いません。これはテストではないので、ご自由に召し上がってくだ
さい」
「匂いだけでうまさが分かる、非常に結構な料理だが」
 元刑事の沢津英彦が、料理に口を付ける前に喋り出した。
「第三関門のテーマを早く知りたいものだ。おあずけを食らっているようで、
落ち着かん」
「それは申し訳ありません。が、おいおい話すつもりですので、しばらくの間
はご辛抱を」
「じゃあ、別の質問をいいですかね」
 野呂勝平が口を拭いながら言った。ルポライターとして名をなす男だが、今
はわざと粗野に振る舞っている節があった。
「前回の出題ミス、というよりも設定ミスは本当にミスだったのか、それとも
わざとなのか、知りたいなあ」
「ご想像にお任せするとしか言えません」
 笑みをたたえて応じる井筒。彼の様子を見て、専業主婦の小野塚がにこにこ
しながら、
「名探偵にふさわしいとの自負があるのなら、得意の推理力を発揮してみれば
いいだけの話……ということのようですね」
 と静かに告げた。井筒は裏に隠した毒気を抜かれたみたいに、「まあ、そう
なります」と素直に認めた。
「名探偵候補には、芸能人を含めて多士済々な職業の方が揃っていますが、デ
ィナーショーのようなものをなさったことのある方、おられます?」
 新滝が話題を振る。即座に反応したのは若島。口の中の物を急いで飲み込む
様が窺えた。
「あたし、ディナーはないけれど、ケーキバイキング付きのショーならありま
すよー。今よりもっと若い頃でした」
「ケーキバイキングって、あなたのファン、大部分が男の子じゃないの?」
 円卓のちょうど反対側に座る八重谷さくらが、意外そうに声を上げた。口に
食べ物を持って行く途中で一時停止し、目を丸くしている。常にテレビカメラ
を意識している節のある彼女にしては、素の表情を見せたのは珍しい。
「そうなんですよ。だから、ケーキバイキングは失敗といえば失敗なんですけ
ど、主催者的にはOKでもあるんです。だって、ケーキ代を抑えられるじゃな
いですか。――あ、ここ、カットお願いしまーす」
 ナイフとフォークを置いて、両手にチョキを作る若島。
「ディナーショーとなれば、マジックもよくあるんじゃないですかな」
 堀田礼治が言った。七十を超える年齢の割に、よく食べている。
 尋ねられた形のマジシャン、天海誠は皆の視線を意識した風に、食事の手を
止めた。
「仰る通り。私も幾度か経験しています。会場の前に舞台があって、大掛かり
なマジックを行うスタイルと、各テーブルを周り、クロースアップマジックを
披露するスタイルがありますが、個人的にやりがいをより感じるのは後者です
ね。たいてい複数名のマジシャンで行いますから、自然と比べられてしまう」
「中には嫌な客もいるんじゃないですか? 種を呟くとか、カードを取れと言
われて変なところを選ぶとか」
 美月安佐奈が好奇心を隠さずに聞く。保険調査員の彼女にとって、嫌な客は
多いのかもしれない。
 天海が答える。
「嫌な客というのはいないと思っています、ショーそのものを妨害する人がい
たとしたら、もちろん嫌ですが、それは最早お客様ではありません。美月さん
が挙例されたタイプの人もまた当然います。ですが、その程度のことには臨機
応変に対処してこそ、プロのマジシャンと言えるんじゃないでしょうか」
「なるほどね」
 納得した体の美月。堀田も黙って頷いている。
 代わって、村園輝が天海に尋ねる。麗人の占い師は、心を見通そうとするか
のような視線をマジシャンに向けた。
「私、何かで読むか聞くかしたことがあります。お客の、マジシャンを困らせ
てやろうという行為は、結局は自分に跳ね返ってくるものだと。マジシャンは
困った客に臨機応変に対処するが、それは用意していたベストのマジックを放
棄し、次善三善のマジックに変更した結果かもしれないお客の立場からすると、
驚きのレベルが一段下がったものを見せられることになる、とか」
「確かにそのような側面はありますね。お客の責任と言ってしまえば身もふた
もありませんが、マジシャンは最高のものをお見せしたいので、なるべく素直
に従っていただきたいのが、本音ではあるかな」
「とすると、自分は最悪な観客の部類に入ることになる」
 前髪をかき上げながら言ったのは、更衣京四郎。他人からの視線を充分に意
識した身振りに、美形と呼んで差し支えない容姿。現時点で、お茶の間人気を
郷野と二分している。ただし、更衣の場合は、嫌われキャラとしても上位争い
を演じているが。
 こんな調子で食事は和やかに進み、デザートもおおよそ片付く頃合いに、井
筒が不意に手を一つ叩き、皆の注意を集めた。そして言った、どことなくいや
らしい笑みを浮かべて。
「みんな、聞いてくれ。勝負再開のときが来たぞ。第三関門のテーマを発表す
る。それは、基本的技術だ。食事が終わったばかりで申し訳ないが、早速その
一つ、尾行に取り掛かってもらおう」
 ざわめきが波紋のように広がるが、すぐに収まった。回を重ねて第三ステー
ジ。各参加者は徐々に、しかし確実に慣れてきている。
「基本技術ったって、尾行だけじゃないでしょ。他にどんなことをやるのか、
教えてくれないのかしら」
 八重谷が質問しつつ、口元に紙ナプキンを何度か押し当てた。
 井筒はというと、返事することなく、すっくと立ち上がると、参加者達にも
スタンダップ!と命じる。
「さあ、早く出たり出たり。会計はこちらで済ましておくからね」
「ちょいと、井筒さん。これはいくら何でも、説明が足りないんじゃありませ
んかな」
 年齢のせいか、一番大儀そうに立ち上がった堀田が、非難気味に言う。背も
たれに片手をつき、もう片方の手では拳を作って、わざとらしく腰を叩いてい
る。
「礼を失するような形になった点については、お詫びしますよ。ただ、どのよ
うな場合でも探偵たる者、注意を怠ってはならないことを改めて示したかった
もので」
「んん?」
 司会者の発言を聞き咎めたは、堀田だけではない。全員が間違いなく注意を
惹かれた。だが、そこで一瞬でも足を止めたかどうかで、差が付くことになる。
数名は止まることなくそのまま外に向かい、数名は止めた足をまた始動し、残
り数名が振り返った。
 店のすぐ外には、もう一人の司会者・新滝がすでに出ており、両手でフリッ
プを掲げ持っている。黄色地に黒い文字で、<尾行するターゲットは 店に入
る場合から見て 右手奥のテーブルに座っていた客>と記してあった。
「記憶力テストめいたことをさせられるとは、予想だにしておらんかったわ」
 最も後れを取った堀田老は、焦りをごまかすように顔いっぱいに苦笑いを浮
かべ、しゃきしゃきした足取りで外に出た。
 ここで番組上は、事後に収録されたインタビューの内、数名分が挿入される。

堀田礼治
「まったく、本日のあれには慌てさせられた。油断が招いたのだから自業自得
と言われれば、返す言葉はないが……武道の達人じゃあないのだし、常在戦場
は勘弁してもらいたいものだね」

天海誠
「あのテーブルについていた名探偵候補の中で、私が一番喋っていたと思う。
そのためか、席を立ったときに、水で喉を潤しておこうと、コップに手を伸ば
してしまった。それが出遅れにつながりましたね。距離にすればわずかではあ
っても、実際の差は意外と大きかった」

若島リオ
「別に探偵として常に注意を払おうってつもりはなくて、ただ何となく、周り
にいる一般のお客さんが、あたし達みたいな有名人が揃ってるのに、全然注目
してくれないなー、さびしいなーって、ちょっぴりご立腹気分だったのよね。
それであたし、見えやすいから、ちょうど尾行相手の人をちらちらと観察して
いたわ。超ラッキー!」

沢津英彦
「職業柄――正確を期せば元職業だが――、周囲には常に目を配っている。電
車で隣り合わせになった男が、指名手配の奴だなんてことは、起こり得るのだ
から。退職しても、その意識は変わらない。今日の昼食の際でも、同じだった。
それだけのことさ。うむ」

郷野美千留
「正直に白状するとね、最初の尾行ってテーマ、完全に油断してた。食事は楽
しまなければ損という考えの持ち主だから、私。そんな隙だらけだったのに、
わずかながら運があったと思うのは、お皿の中を綺麗に平らげたあと、コンパ
クトを取り出して、自分を見たとき。鏡にちらっと映ったのよ。後ろの席にい
た一般のお客さんが、誰かとアイコンタクトする風な様子が。その視線の先を
そっと覗くと、スタッフがいた。ぴんと来たわ。やだこれ、絶対に何か仕込ん
でる!って」

 尾行に関しては、比較的あっさり終わる。
 無論、課題には違いないので、ルールが定められており、順位も付けられた。
 ルールは単純明快。レストランにいた一人の客が同日午後三時の段階でどこ
にいるかを、名探偵候補者達は各自で突き止め、司会者の井筒に携帯メールで
報告する。正しい答を報告した順が早い者から一位、二位……となり、上位か
ら十一点、十点……と点数が与えられる。ただし、制限時間(午後三時十分)
を過ぎても正解できない者は得点なしとする。
 正当な形で尾行に成功したのは、沢津と郷野、若島の三人。彼らにほんの少
し遅れる形でレストランを飛び出した私立探偵の更衣は、抜け目なく沢津のあ
とをつけ、程なくしてターゲットを目で捉えることに成功した。
 街中をあちらこちらへと歩き回らされた挙げ句、午後三時を迎えた。その瞬
間、ターゲット一番近くにいたのは沢津で、元刑事の面目躍如と言える。が、
落とし穴があった。彼の年代ではよくあることかもしれないが、携帯電話でメ
ールを打つのが苦手だったのだ。文書作りに手間取る間に、若島が早打ちで一
位を獲得。僅差の二位に、尾行中におおよその文章を作っておいた郷野が滑り
込む。沢津は更衣にも抜かれ、四位に甘んじた。
 以下、更衣に食い付くことでどうにか尾行に加われたフリーライターの野呂
が五位。彼とほぼ同時に店を出た村園は、男装の麗人だからという訳でもある
まいが、体力面での弱点が出て、じきに息切れ。しかし、先行の者達が集まる
気配を察し、遅れながらも正解を報告した。同じ女性陣でも作家の八重谷及び
主婦の小野塚はよく食らいついたが、両名とも長く歩くのには向いていない靴
のせいもあり、途中で見失った。彼女らよりもあとから来た美月は、保険調査
員の経験を活かせたのか、一般の通行人らに聞き込みをすることで失地回復し、
七位に入った。
 一方、完全に出遅れたグループは、多少の粘りは見せたものの、結果から言
えば悪あがきに終わった。堀田、天海の二人は、そもそもターゲットの人相風
体服装など一切のデータを持たない。それどころか、性別すら知らぬままであ
った。こうなるとできることは、他の参加者の影を追うぐらいしかなく、虚し
くタイムアップを迎えた。
 尾行の課題を終えた時点で、この第三ステージにおける名探偵候補者達の順
位と点数は、次のようになった。

   若島11 郷野10 更衣9 沢津8 野呂7 村園6 美月5
   八重谷、小野塚、堀田、天海0点

 ルール説明が前後する形になったが、今回のステージでは、こうした小さな
課題を三回行い、その都度加点。全ての課題を終えたときの得点で、メインの
課題の有利不利が決まる仕組みになっている。脱落者を決定するメインの課題
では、それまでの得点はリセットされる。
 さて、次なる課題は――。

「強い日差しの中、街中を引っ張り回され、きっと疲れていることだろう。だ
が、どんなときにも事件は起こり得るし、依頼人が来るかもしれない」
 井筒の口上を聞く参加者達を、もし分けるとしたら、三つに分けられよう。
スタートダッシュを果たし、気力充実している者。実際に疲労の色が濃く、集
中力が落ちかけている者。徒労に終わった尾行の結果を受け、挽回を期す者。
「先ほどは尾行のテクニックの他、瞬間的な記憶力や聞き込みの手腕も活用す
る余地があったと思う。しかし、少なくとも一点、現実の尾行とは異なってい
た。それは、尾行相手に気付かれるリスクがなかったこと」
「やはり、そうだったのか」
 沢津が大きな吐息とともに言った。脱力感が滲み出ている。
「さっきの尾行で、こちらは気付かれまいと注意を払っていたのに、相手の方
はたとえこちらを振り向いたって、何のリアクションもなかった。不自然だと
は思っていたが、気付いても気付かぬようにする手筈になっていたんだな」
「さよう。純粋に、持続的な追跡能力だけを計測したかったので。話を戻すと、
ではターゲットに気付かれそうになった場合、どうやり過ごすか。二人一組で
いたなら、相棒に交替して自身は尾行から外れるという手法が一般的だが、こ
こでは単独で尾行するケースに限定する。第三者の通行人に咄嗟の協力を求め
るのも、この際、なしとしよう。となると、残るは――変装だ」
「変装?」
 おうむ返しのつぶやきがいくつか上がる。予想していない方向に話が進んで
いる証だった。
「尾行相手にばれたあと、素早く変装できれば、尾行の継続が可能になってく
る。あるいは、逆襲に転じられた状況を想定してもいい。敵に追われ、逃げ切
るのに、変装は武器になる」
「要するに、変装をテーマにしたいってことでしょ? だったら、無理に関連
づけずに、さっさと切り出せばいいじゃない」
 づけづけとした物言いは八重谷。出足で躓いたため、内心、いや、表情から
していらいらしている。
「かないませんな。その通り、変装もテーマではあるが、付随して隠れるテク
ニックも見てみたい。という訳で、これから皆さんには午後四時までに変装し
て、逃げてもらいます」
 体力重視の勝負が続くことに、名探偵候補の大半がげんなりした声を漏らし
た。
「その次は逮捕術、とかじゃないでしょーね?」
 若島リオが投げやりに叫ぶと、司会の片割れ、新滝が「それはありません」
と律儀に答えた。
 番組の進行はルール説明に移る。
 午後四時から六時までの二時間、各人にはゼッケンが配布され、それを身に
着けて行動する。追跡者に見付かり、ゼッケンに記された八桁の数を携帯電話
で司会の井筒に報告されると失格、退場。逃げ切った者全員に11点。時間内
に見付かれば、早い順に0点、1点……となる。言うまでもないが、ゼッケン
を身に着けなかったり、番号を隠したり改竄したり、あるいは逆さにするなど
読み取りづらくしたりといった行為は禁止。
 変装するしないは自由。変装には、ホテル内にある物を自由に使ってよいが、
外部から何らかの道具などを調達する行為は認められない。
 場所は、参加者達が宿泊するホテル全体。貸し切り状態にして行われる。追
跡者として、井筒の放つ男一人、新滝の放つ女一人の計二名を送り込む。これ
に加え……。
「名探偵候補者諸君も追跡者となる権利を有する」
「え、どういうこと?」
「退場前なら、いつでも参加者が他の参加者のゼッケン番号を私に報告してく
れてかまわない。そのことによる得点はないが、ライバルを早く退場に追い込
むことは、このステージで有利に立つことに通じる。尤も、全体の利益を考え
るなら、お互いに報告し合わず、最後まで全員が隠れ通すことを目指す方がい
いだろう。我々サイドから言えば、11×11点を払わねばならなくなるのだ
から」
「ナンセンス。得点をあとで大金にでも換えられるならともかく、全員に11
点が入っても、順位に変動はない。そちらの懐が痛む訳でもなし」
 更衣が切って捨てる。
「まあ、どんな作戦を取るかは、各人の自由だ」
「あの、よろしいかしら。それよりも根本的な疑問が」
「どうぞ、小野塚さん」
 指名された小野塚は、挙げていた手を下ろすと咳払いを小さくした。
「ゼッケンを身に着けるのであれば、変装をしても、すぐにこの番組の参加者
だとばれてしまうのではありませんか」
「おっと、その点の心配は無用。何故なら、ホテルの従業員及び番組のスタッ
フ全員が、同じようなゼッケンを着用するのだから」
 井筒は両手を大きく広げた。その先にいるスタッフ達が、もぞもぞとゼッケ
ンを付け始める。
「ゼッケンを付けないのは、私と新滝君、それに二人の追跡者のみだ。なお、
我々が差し向ける追跡者二人は、君達の顔は把握しているが、従業員やスタッ
フの顔までは知らない。
 もう一点、注意しておくと、仮に見付かってしまったとき、身動きできない
ような見苦しい格好で隠れていたとなると、後々の判定に悪い印象を与える場
合があると心得ておいてくれたまえ。無論、このゲーム内では暴力行為はだめ
だが、実際問題、見付かったら即座に応戦できる姿勢でいるべきだと私は考え
る。
 他に質問は? なければ始めるとしよう。変装を施す者は、午後四時までに
済ませる。ゼッケンはこれから配るが、今この場で袋を開けないように。スタ
ート時点で着用していればいい」

若島リオ
「変装たって、化粧か眼鏡ぐらいしかないし、それならいっそ、顔はいじらな
いで、服装を変えようと思った。ありふれてるけれど、いいアイディアでしょ
でしょ? ちょっと考えて、厨房にお邪魔することにしたわ」

郷野美千留
「朝からたっぷり時間を掛けてきれいになったのに、尾行でくたくたのよれよ
れ。短時間でやっと直せたと思ったら、今度は変装だなんて。冗談じゃない。
そりゃあね、メイクやヘアスタイルを変えることで化けられる。でも、一人で
それをやっちゃ、浮いちゃうじゃない? 私ですよって頭のてっぺんでライト
を点滅させているようなもの。残るは服。好みじゃないんだけれど、女性従業
員の中に紛れ込むつもり」

更衣京四郎
「特に策はないな。今回のテーマは、どれも探偵の仕事ではあるだろうが、名
探偵の仕事ではない。一通りこなせればいいのであって、優劣を付けるほどの
ものではないと個人的に思う。まあ、これが名探偵になるためのハードルなら、
飛び越えねばならない。今回は落ちなければよしとしたい」

八重谷さくら
「困ったわ。隠れるのなんて、私が一番苦手な競技じゃないの。否応なしに目
立ってしまうのよね。ほほほ、冗談よ。冗談はここまで。自分の作品が原作の
ドラマに、ゲスト出演したとき、私だと気付かれないように、大げさなメイク
をしたことがあるわ。あれはでも、道具と腕があってこそ、だものねえ。まだ
得点していないから、がんばらないといけないんだけど。まさか、トイレにず
っと籠もる訳にも行かないし」

小野塚慶子
「時間があれば、服を新しくこしらえて、変装してみせたのに。特技が活かせ
ず、残念。勝ち残っている人達の中で、私が一番特色がない、つまり平凡で普
通だと思います。これって、目立たないことにつながる気がしません?」

堀田礼治
「尾行に続いて、何だか不利な課題が続くのう。化けようにも、年寄りが若く
なるのはなかなか難しかろう。ホテルの中で一番偉い人は何歳なのか、気にな
るわい。もし年齢が近ければ、課題の間だけ入れ替わってもらおうか。椅子に
ふんぞり返っていれば、みんな恐れ入ってこうべを垂れるんじゃないかね。あ
っはっは」

天海誠
「変装に使えそうなマジックグッズ? ええ、勿論ありますよ。ええ、ええ、
持って来ています。使っていいのなら、使いたい。ルール上は問題ありません
よね? ホテル内にある物なら何でも使っていいのですから。そう思う反面、
こういうのってずるくないのかと。私だけが飛び道具を使うようで、心苦しい
部分もあるのは確かです……」

 各人、それぞれの想いを秘めてスタートした第二課題。このゲーム、平たく
言えば、かくれんぼにほぼ等しい。だから、童心を残している者や年齢の若い
者ほど有利……とはならなかった。
 開始から十五分が経つか経たないかの内に、初の退場者が出た。意外にも、
一番若い若島リオだった。事前インタビューで語ったまま、制服を借りて厨房
に潜り込んだまではよかった。が、追跡者(男)も同じように考えたのか、そ
れとも単に一階から調べていく段取りだったのかは分からないが、早々と厨房
に姿を現す。
 それでも若島は化粧を一切落としていて、普段、お茶の間の視聴者が見慣れ
た彼女ととはだいぶ違う――有り体に言えばテレビではNGになりそうな――
容貌になっていた。ある意味、捨て身の戦法は効果を発揮した。追跡者は若島
の前を素通りしたのだ。
 だが、彼女は――タレントの割に――芝居ができない質だった。何がどうと
いう理由はないのに、吹き出してしまったのだ。

若島リオ
「だって、おかしくって、笑いがこみ上げてきちゃったんだもーん。あの追跡
役の男の人、和製ターミネーターって雰囲気で、もうほんと、おかしくってお
かしくって……。あ、顔にぼかし入れてほしいな。だめ?」

 二番目に見付かったのは、これまた意外、沢津だった。元刑事として追い詰
める側の経験は豊富な彼だが、追われて逃げ隠れするのは苦手だったらしい。
変装は特にせず、身を潜めることに徹したが、参加者の中では最も巨体の持ち
主がこそこそと隠れるのには、無理があったようだ。じきに限界が来て、スタ
ートから三十分。エレベーターを下りたところで捕まった。

沢津英彦
「いい経験になったな。逃亡犯の心理が、多少は理解できた気がする。もしも
現役復帰したなら、これを活かしたいもんだ」

 三番目の退場者は、堀田礼治。体力的に走って逃げ回るのはつらい彼だが、
早々の退場となったのはそのせいではない。八重谷さくらに報告されたのだ。

八重谷さくら
「裏切り? そんな誹りを受ける筋合いはないわよ。共同戦線を張ろうなんて
約束、これっぽちもしていない」

堀田礼治
「おお、女流作家さんはそう言っておったか。うむ、彼女が正しい。しかし、
一つだけ抗議させてもらおうかの。実は、便所を出たところで、彼女と出くわ
した。そのすれ違い様、『報告しないでくれます?』と言ってきたので、わし
はああとだけ答えた。その数分後だよ、わしが捕まったのは」

 続いて退場させられたのは、野呂勝平。肩書きはルポライターだが、そこか
ら想像できる以上に、危ない仕事も受けてきた彼は、逃げ足には自信があった。
また、決定的瞬間を収めるべく、盗撮めいた行為の経験も豊富故、身を隠す方
も自信があった。にも拘わらず、四番目の失格となったのは、やはり八重谷が
一枚噛んでいる。

八重谷さくら
「堀田さんを落としてから、はたと気付いた。さっき高得点だった人を見付け
て、さっさと報告すればいいんじゃないの、とね。野呂さんを目撃したのは、
回廊のちょうど反対側にいたとき。彼、隠れ場所をあちこち移動しながら、素
早く立ち回っていたわ。大げさに言えば、目撃してもゼッケンを読み取れない
ほど。ただ、立ち止まったところがよくなかった。すぐ後ろに姿見があって、
そこにゼッケンがね」

野呂勝平
「俺、何で失格になったんだ? 追跡者は振り切っていたはずだぜ。さっぱり
分からねえ」

 その後も女流推理作家の暗躍は終わらない。方針を決めると、開き直りも早
かった。他の参加者へ計画的に接近し、共闘を持ち掛けた後、隙を見て報告す
る。小野塚と美月が相次いで脱落の憂き目にあった。

小野塚慶子
「背後から味方に撃たれるとは、このようなことを言いますのね。信用してい
ましたのに……。このことに関しては、もう喋りたくありません」

美月安佐奈
「(このゲーム用に支給された)携帯電話に私の失格を知らせるメールが入っ
て、すぐにぴんと来た。やられました、完敗。でも、ただでは転ばなかったつ
もり。確か、ルールでは禁止されていなかったと思ったから。失格になった人
が、携帯電話を使うこと」

 美月を退場させてからしばらくして、今度は八重谷が同じ目に遭う。

八重谷さくら
「もっと上位の人間を落とさなきゃと、郷野さんか更衣さんを探していたのよ。
すると突然、この私、八重谷さくらが失格ですって。どうなってるのよ。気持
ちよく飛んでいたら、いきなり墜落した感じ。頭が混乱したわ」

村園輝
「はい、自分が八重谷さんの数を、井筒さんに報告しました。ええ、仰る通り、
彼女に近付いてもいなければ、遠くから目撃してもいません。美月さんから電
話で教えてもらったんです。『私は八重谷さんにやられたみたい。彼女の数を
教えるから敵討ちをお願い』って。失格者が井筒さんに報告してもノーカウン
トですが、失格者がまだ失格していない者に情報を教えるのはセーフだという
ことですね。いや、美月さんからのメールが来るまで、考え付きませんでした」

美月安佐奈
「実を言うと、最初の課題の時点で、村園さんとは組むことで合意していた。
第一ステージでは偶々とは言え、大きく助けられたから、そのお礼に、今日の
尾行では、ターゲットの居場所を確認したあと、村園さんに情報を渡して、先
に“上がって”もらったの。みんな、気付いてなかった?」

 ジョーカー的存在が消えたことで、ゲームの状況はしばし停滞する。正規の
追跡者二名は、そもそも探偵の資質が特にある訳ではなく、単に探し回るだけ
の存在故、さほど成果は上がらない。加えて、ホテルは広く、そこにいる従業
員らは多い。誰も見付からぬ時間が五十分近く続き、タイムアップまで残り三
十分ともなると、このまま残る四名――郷野、更衣、村園、天海――が隠れき
るのではという空気が色濃くなってきた。
 その矢先、唐突に一人が脱落した。


――続く




 続き #357 士の嗜み 2   永山
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