#333/598 ●長編 *** コメント #332 ***
★タイトル (AZA ) 08/10/20 00:42 (107)
鍵を開けて外へ 2 永山
★内容
私は知っていることと考えていたことを、全て徳井刑事に話した。
「いきなりドアを開けて飛び出そうとするから、驚きましたよ」
やっと合点の行った顔をして、額の汗を拭う刑事。結局、警察署に向かうの
は先延ばしになっていた。私が起こした事態のせいで。
私の推理――徳井刑事に対する疑惑は、赤面ものの大間違いであった。端緒
とした携帯電話が光らなかったこと、これに錯誤があった。夜、暗くなっても
張り込みを続ける場合を想定し、念のために光らないように設定し直していた
のだ。
なお、彼が車を急いで出そうとしたのは、時間を要しても私を家まで送り届
けたあと警察署に向かおうと思い立ったからであり、また、携帯電話を使わせ
たがらなかったのは、職務上秘密にしておきたい番号をいくつか登録している
ためであった。
「その、墓地での出来事が気になる」
平身低頭する私に、通り一遍の説諭を短くしたあと、徳井刑事は言った。現
在進行中の事件の方が重要だ。
刑事は車を発進させた。方角は……私の自宅らしい。
「それに、殺害現場のドアと窓がロックされていたとは。実は、鍵は室内で発
見されていて……厄介だな」
密室の謎が形を表したことになる。同時に、桜木翔太郎の身の安全にも、暗
雲が垂れ込める。
私に容疑を掛けるのは必然と思われたが、刑事は別のことを考えていた。
「さっきの無茶な行動と、現場が密室状態だったのを偽った件は、不問になる
よう、私が口添えします。だから、紀邑さんもこの件で、警察発表の前に余計
なことを第三者に喋らないように」
「どうしたんですか。何か考えがあるように見えますが」
「身内の恥かもしれないんで、流石に私の独断では動けやしません。一方で、
急ぐ必要もある」
「それじゃあ、早く署に……」
「いや。あなたの目覚ましを調べたい。今なら即、許可してくれるんじゃない
ですかね?」
当然である。申し訳なさもあるが、早く調べてもらいたい。
「これは独り言であり、現時点では他言無用ですが……警察関係者が絡んでい
るとしたら、現場が密室状態だったのも、謎でなくなる。捜査として現場に入
り、誰にも見られないように鍵を置けば済む」
「ですが、真っ先に駆けつけたのなら、現場のドアは開いていたと認識できる。
鍵を置くのは無駄、それどころか逆効果と気付くはず」
「そこだな、ポイントは。捜査員の中に、現場が密室だと思い込んでいる奴が
いれば、遺憾ながらそいつが……」
苦虫を噛み潰したような表情になる刑事。私は助手席で息を飲んだ。
そして後日、徳井刑事の推理は――彼にとってはあまり嬉しくないかもしれ
ないが――的中していたことが明らかになった。
次の休日、孝助と共に、入院中の桜木翔太郎をお見舞いに行った。
犯人の二人組――遠藤信男こと渡辺俊邦(わたなべとしくに)と、彼をコン
トロールしていた制服警官の近藤恵信(こんどうよしのぶ)に襲われた翔太郎
は、私と同様に頭部に怪我を負い、渡辺のアパートに監禁されていた。警察は
似顔絵から前科者の渡辺をピックアップし、渡辺を情報屋にしていた近藤警官
もマークした。並行して、私がもらった目覚まし時計の内部から、USBメモ
リが出て来た。中身は画像データで、梅沢がデジタルカメラで収めた物だった。
そのいくつかに、近藤が墓地近くの林の中で、何かを隠す様子が捉えられてい
た。
これらの手掛かりを元に、警察は一気に動き、犯人両名の逮捕と、翔太郎の
救出となった……らしい。私がリアルタイムで経験できたのは、メモリが転が
り出て来たところだけである。
「本当にすまなかった」
見舞いに来て、患者に何度も頭を下げられると、こちらが恐縮してしまう。
相棒の梅沢が勝手にしたこととは言え、祝いの品にUSBメモリを仕込んだ
がために、私を巻き込んだ。そう思っているようだが、事実はちょっと違う。
犯人達はメモリの在処を知らなかった。私が巻き込まれたのは、犯人役として
仕立てるため、手近にいた探偵に目を付けただけのこと。
そう説明してもなお、翔太郎は謝罪をやめない。
「そもそも、梅沢が馬鹿な考えを起こさなければ、こんなことにはなっていな
かったのだから」
翔太郎は写真に関してタッチしておらず、全て梅沢に任していた。梅沢は写
真をチェックする際に、林の中の近藤警官に気付き、興味を持った。問題の林
に足を運び、調べたのだろう。麻薬が隠してあった、押収品を持ち出したのだ
ろうとは、徳井刑事が教えてくれた話だ。この点は、まだ公にされていない。
秘密を掴んだ梅沢は、警官を強請ることを思い付き、実行に移す。その関係
は数ヶ月で亀裂を生じ、近藤は渡辺を使い、脅迫のを始末を計画する(この時
点で、私に濡れ衣を着せることも計画に入っていたというから恐ろしい)。思
惑通り、梅沢を殺したが、カメラのデータがどこにあるか分からない。きっと
もう一人の便利屋が握っているのだと決め付け、桜木翔太郎を監禁し、口を割
らせようとした。知らないものを答えられるはずがなく、犯人達も行き詰まっ
ていた。
「もういいよ、兄貴。とにかく、今は助かったことに感謝しろよ。もう少し遅
ければ、始末されてたかもしれないって言っていたぜ」
「確かにな。俺も聞いた」
近藤は捜査の進捗具合をおおよそ把握しており、捜査員達が現場に到着した
とき、そこが密室ではなかったことも、遅ればせながら知った。計画の変更を
余儀なくされ、いざとなれば、監禁している桜木翔太郎に全ての罪を擦り付け、
“自殺”してもらおうと考えるようになっていたそうだ。
「巻き込んでおいて、言えた義理じゃないんだが」
急に改まった口調になる翔太郎。尤も、今日が初対面故、当初はお互いに妙
な丁寧語を使っていたのではあるが。
「紀邑君さえよければ、二人でやって行くというのはどうかだろうか」
「やって行く……とは、探偵業ですか?」
「プラス、便利屋も。相棒を失って、自分も困る。正直、一人ではやって行け
ない仕事なんだ」
思いも寄らぬ提案に、私は相手の顔をまじまじと見、次いで孝助へと視線を
移した。すると孝助が一つ大きく頷いて、口を開いた。
「俺からも頼む。前もって、兄貴から相談されたんだ。今すぐっていうのは、
おまえにとって厳しいかもしれないが、メリットもあるだろうし、将来的には
いいんじゃないかと思う」
確かに、メリットはある。今度の一件で、経験不足を痛感した。人を見る目
はまだまだだし、伝も乏しく、いざというときに一人では心許ないにも程があ
る。
障壁があるとしたら、私自身に。
「ありがたい話なんですが、私はまだ、仕事での上下関係にアレルギーがある
というか……」
「もちろん、考慮するとも。対等な関係で行きたい」
それならば。
「翔太郎さん、よろしくお願いします。私の方でも、できるだけ努力します。
間違いなく、あなたが先輩なんですから」
手始めに、携帯電話の機種を決めようと思う。
――終