AWC お題>告白(下)   永山


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#322/598 ●長編    *** コメント #321 ***
★タイトル (AZA     )  08/04/07  18:41  (320)
お題>告白(下)   永山
★内容                                         10/12/25 10:26 修正 第3版
 話を聞きたいからちょっとだけと連れて来られたのは、警察署の会議室のよ
うな大部屋。その片隅で、刑事二人と向き合った。他には誰もいない。
 ドラマなどでよく見る取調室でないのは、当時小学生であり、現在も中学生
に過ぎないことを考慮したのか、それとも単に空いている部屋がなかったのか。
あるいは、容疑者でなく、飽くまで参考人扱いだから、これが当たり前なのか
もしれない――梶浦は楽観的な思考に努めた。
「報道で知っていると思うけれど」
 二十歳でも通りそうな童顔の刑事が、砕けた調子で始めた。名は古舘と言っ
た。もう一人の年輩の刑事は、まだ名乗っていなかったように思う。ひょっと
したら、三年前、既に対面を果たしていたかもしれない。
「ジャックの森で遺体が発見されてね。骨格や衣服から、三年前に行方が分か
らなくなった高下光一君と見て、調べていたんだ」
「高下君だったんですか」
「ああ。歯の治療痕が一致した。まあ、そんなこと、今はいいじゃないか。そ
れよりも梶浦君。君は小学生の頃、よくジャックの森へ遊びに行ってたんだよ
な」
「ええ。叱られるんで、大人には秘密にしてたけど」
「その大半は、高下君と一緒に」
「そうです。あの日は行ってませんけど」
「あの日というのは、三年前、高下君が行方不明になった日のことだね? う
ん、それはいいんだ。今日、君に聞きたいのは――」
 懐を探る古館刑事。どこに閉まったのか忘れたか、やや手間取っている、そ
れを見て、梶浦は気にしていた点を明らかにしておこうと思った。
「刑事さん、高下君はどこで見付かったんですか」
「うん? だからジャックの森と」
「森のどこ? 昔、あれだけ捜索して見付からなかったのに」
 質問を言い切り、梶浦は内心ほっとしていた。これで、遺体発見場所の詳細
を聞いていないのに、思わず口走ってしまった、なんていう間抜けな事態は避
けられよう。
「どこと言われても、森に目印となる曲がり角や建物がある訳じゃないしねえ」
 古館は答えながら、懐より手を戻した。探し物は一枚の写真らしい。それを
机に伏せ、話を続ける。
「ざっとでよければ、南側。それも大木の中だ」
「……大木の中って」
「うん。どういう訳だか、遺体は木にできた縦穴の中に収まっていた。犯人が
殺害後、押し込めたのか、高下君自身が誤って落ち込み、出られなくなったの
か。その辺も調べている」
「犯人……高下君は殺されたかもしれないってことですか」
 探るような調子にならぬよう、低い声で梶浦は聞いた。自分が高下にした行
為の痕跡が、どれくらい残っているのか、聞き出したい。
「その可能性もある。とにかく、これを見てほしい」
 古館は写真を表向きにした。
 遺体写真を想像していた梶浦は、目を背けようとし、やめた。写っていたの
は遺体ではなかった。木の皮らしい。
「……これ」
 唾を飲み込んだ。顔を上げるのが恐ろしい。
 写真の木の皮には、文字が彫り込まれていた。
 “かじうら に”と。
 年月を経て、他の木肌と区別しづらくはなっていたが、それでもしっかりと
読み取れた。
「君を呼んだ理由、これで分かったろう? 高下君がどうして、こんな文字を
書き残したのか、君には分かるかい?」
 古舘の声が、梶浦の耳にうつろに響く。よい返事は見付からない。
(ま、まさか、あのとき、まだ死んでいなかったのか……。気を失っただけで、
あとで息を吹き返し、字を書いてから、結局死んだ? それとも、首を絞めら
れているときに、名前を書いた?
 いやいや、刑事の言った「どうして」はこういう意味じゃない。今は考えち
ゃいけない)
 梶浦は怖気立ったようにかぶりを振った。
「何だ、それは。肯定か否定か分からん。名前を書かれる心当たりがあるのか。
高下と大喧嘩したとか」
 年配の刑事が初めて口を開いた。外見から想像する通りの威圧的な声に、梶
浦は固まった。喉に見えない膜が張り付いたみたいで、満足に喋れない。
 次の瞬間、年配の刑事が何やら怒鳴りつけてきた。机をどんと叩く音だけが
聞こえて、言葉はまるで認識できなかった。
 とても持ち堪えられそうにない。元々、自分は気が弱い方なんだ……。
 己の性格を改めて理解した梶浦は、自白するタイミングを、半ば無意識の内
に窺った。

           *           *

「浜さんが度を超えて脅かすから、自白しちゃったじゃないですか」
 古舘は年上の浜田刑事に、いつものように馴れ馴れしい口を聞いた。本格的
な取り調べを前に、二人で言葉を交わす。
「ほんの二言三言口を挟んだだけだぞ。それに、解決だろ。いいじゃねえの」
 そう答えながらも、浜田の指は頭を掻いている。目算とのズレは、彼も確か
に感じていた。
「文字が残っていたからといって、梶浦を犯人と断定した訳じゃないのに、自
白された。ややこしくなりますよ、間違いなく」
「そうだったな。あー、もう一度、説明してくれ。どうしてあの坊主がやった
とは言い切れないのか」
「しょうがないなあ。文字が刻まれた高さは、高下の胸の辺り。だが、遺体の
姿勢、穴のサイズ、最終的な腕の位置などを考慮すると、胸の高さに文字を刻
むのは、かなり無理がある、らしいですよ。不可能ではないが、わざわざ胸の
高さに書かなくても、腕を下げたまま、下の方に書いたって結果は同じ。もち
ろん、本人は死ぬかもしれないとは思っても、死ぬ覚悟を決めてはいないだろ
うから、可能な限り上の方に書こうとした、という解釈も成り立たなくはあり
ませんがね」
「うむ。分かった」
 大きく頷く浜田に対し、古舘はたしなめる口ぶりで付け足す。
「まだですよ、浜さん。もう一つ、自白で厄介なことになったのは、状況が合
わない点。高下の衣服には、彼自身の物と思しき血が、大量に付いていた。頭
骨に殴打の痕跡はなかったので、多分、頸動脈付近を鋭利な刃物で切られた。
それが死因であると見込んでいたのに、梶浦の自白、ありゃなんですか」
「縄で首を絞めた、それしかしていない、だったな。確かに話が合わん」
「未成年てだけでもやりにくいご時世なのに、まったく、困ったもんですよ。
辻褄合わせするか、別に犯人がいるのか」
 ため息をついた古舘。浜田は試すかのように言った。
「お得意の合理的に考えればってやつに照らすと、どっちだと思う?」
「蓋然性の高い方を取ると、文字は、高下には彫れなかったと見なすべき。梶
浦がわざわざ自分で自分の名を刻むとも思えません。よって、真犯人が別にい
て、梶浦を陥れる目的であの字を刻んだと考えるのが妥当でしょう」
「しかし、だとしたら何で梶浦は自白した? あれは本気で自分がやったと信
じているように見えたぞ」
「そこなんだなあ。文字の件に加え、自白内容と実際の状況との齟齬から言っ
て、真犯人を庇うケースじゃあり得ない」
 古舘は腕組みし、首を傾げて考え込んだ。そんな相棒の背中を、浜田は手の
ひらで叩いた。
「今から聴取で、その分からんところを明らかにするんだろ」

「結論から言うと――K君は高下君の首を絞めたが、殺すまでには至らなかっ
た。直後に逃走した彼の姿を、何者かが目撃した。その人物こそが高下君を殺
害し、K君に罪を全て被せる意図で、『イニシャルKに』と木肌に彫った――
こうなります。これがK君の自白と科学捜査の結果、双方を両立させる、恐ら
く唯一の構図です」
 用意しておいた説明を済ませると、古舘は相手の反応を窺った。
 被害者らの同級生・三枝東子に話を聞くため、家を訪れた古舘と浜田は、応
接間に通された。2×2のソファには、もう一人、母親の彩美が当然の顔つき
で同席している。口を開いたのは母親だった。
「それが、私達に何の関係がおありですの」
「特にあなた方に関係があるという意味ではなく、当時、高下君やK君と同級
だった子達を、順に回っているのです」
「分かりませんわ。高下という子が遺体で見付かり、Kという子――噂で梶浦
という名前が耳に入ってきていますけれども――が自白した、それで決着では
ありませんの」
 古舘と浜田は顔を見合わせた。アイコンタクトの後、再び古舘が話す。
「この『イニシャルKに』という文字を彫ったのが高下君ではないことは、九
分九厘、間違いありません。K君本人でないことも同様です。では、誰か。そ
の人物は事件発生時点で、K君の名前を知っているのが条件。高下君とも知り
合いで、なおかつ高下君とK君が友達であることもよく知っている人物……と
なると、遺憾ながら、高下君と同じ学校に通っていた小学生、それも同学年に
絞り込んでよかろう……こんな経緯です」
「それにしたって、男子児童を当たれば充分じゃありませんか。小学生なんだ
から」
 娘の頭を撫でる母親。古舘は言葉を選びながら応じた。
「いずれ、女子児童だった他の子達の家々も回ることになるかもしれませんが、
とりあえずこちらに参ったのは、一つの証言が理由でしてね」
「誰の、何という証言なのかしら」
「誰というのはお答えできませんが、複数の者から確認を取っています。証言
内容の方はプライバシーに関わるので、できればお母さんは席を外していただ
きたい」
「無意味です」
 きっぱりと拒否を示す母親。
「あなた方がお帰りになったあと、東子は全て、私に話します。そう躾けてい
ます。そんなことよりも、未成年者を大の大人が二人掛かりで事情聴取しよう
ということの方が、許されないでしょうが」
「弁護士でも何でも呼んでくれて結構なんですよ」
 面倒くさいとばかり、浜田が吐き捨てるようにつぶやいた。古舘はそれを手
で押しとどめる仕種をしつつ、「分かりました」と笑みを作った。
「同席を認めますが、証言内容に関して、娘さんにこの場で問い質さないよう
に願います。親子の話し合いが必要なら、あとでやってください」
「……承知しましたわ」
 やっと引いた母親から、娘の東子へ視線を移す。
「本来なら、真っ先に君に確認すべきことなんだけれど、色々とデリケートな
問題もあってね。こうして、裏を取ってから来ることになった。その点はすま
ないと思う」
「別に……かまいません」
 意外としっかりした声の返事。古舘は目をしばたたかせ、浜田は目を丸くし
ていた。事前の聞き込みで、三枝東子に箱入り娘のような印象を抱いていたが、
少し違うようだ。無論、男勝りの一面があるとは聞いていたが、高いところを
苦手にしているなどというエピソードを耳に挟むと、おしとやかな女の子をイ
メージする。
「では、遠慮なく、単刀直入に。三年前、小学五年生の夏頃、君は高下君から
交際を申し込まれているね」
「――交際ではなく、少し付き合ってほしい、という言い方でした」
 少し間が開いたものの、予想よりも早く答が返ってきた。母親の反応はと、
ちらと窺うが、感心にも約束を守って、口出しして来ない。少なくとも表面上
は冷静を保っている。
「高下君が行方不明になる直前だね?」
「直前と言っていいのかどうか知りませんが、三日ほど前だったと記憶してい
ます」
「君の返事はどうだったんだろう? OKしたと思っている人が一人いるんだ
が」
「……OKしたかと問われたら、OKしたことになるんでしょう」
「というと?」
「……そのあと、さほど間を空けずに後悔……というよりもまだ早すぎる気が
して、断りに行きましたから」
 返事までの時間が徐々に掛かり始めた。昔を思い出そうとするせいか、それ
とも何か含むところがあるのか。
「ほう」
 古舘は質問を止め、しばらく考えた。次にまず聞きたいことは同じだろうと、
浜田にバトンタッチする。
「断りに行ったのは、いつだね」
「それは……よく覚えていません」
 何か答えようとして、言い淀み、結局答えなかった。そんな風に見えた。
「覚えているだろ。高下君が行方不明になるまで、ほんの数日しかなかったん
だからな」
「そう言われても……」
「じゃあ、どうやって断った? 直接会ったのか、電話か、人に頼んだか」
「……電話で」
「おかしいな。さっき、断りに“行った”と答えたじゃないか」
 浜田の口調がどんどんきつくなる。古舘が「あ、まずいかな」と感じた矢先、
母親がとうとう口を挟んできた。
「やめてください! そんな話、どうでもいいでしょう? 事件に何の関係が
あるんですかっ」
「関係あるんですよ」
 浜田に代わり、古舘が応じる。
「今まで伏せていましたが、K君が重要な証言をしてましてね。高下君の首を
絞めた折、高下君が漏らした断片的な言葉を思い出したと。それらをつなぎ合
わせると、事件発生当日、高下君は三枝東子さんを現場に呼び出した可能性が
浮上するんです」
「そんな、まさか」
「高下君はK君と二人で、森の中に秘密基地をこしらえようとしていた。当日
は言わば、起工式の日です。そこへ、付き合い始めたばかりの彼女を呼び、誇
りたいのは、子供らしい心理じゃないかと思うのですが、いかがです」
「人それぞれでしょう。もう喋ることはないわ、東子」
 娘の肩を押し、部屋から出て行かせようとする母親。古舘は「いけませんよ」
とやめさせた。
「どうやら、お嬢さんは部分的に嘘をついているようです。はっきりさせない
と、捜査に支障を来します。お母さんが出しゃばりすぎるようでしたら、続き
は警察署の方でしましょうか」
 主導権を握って放すまいとする。旦那の権力を持ち出されると厄介なので、
畳み掛けねばならない。
「三枝東子さん。どれが本当で、どれが嘘なのか、正直に話しなさい。まず、
断りに行ったのは?」
「……違います」
「ん? 意味が分からない。嘘ということ?」
「そうじゃなくって、交際を申し込まれたというのが、そもそも違うんです」
 意を決したかのごとく、面を起こし、真っ直ぐ見つめ返してきた東子。古舘
は内心、またおかしなことになってきたかと警戒しながらも、穏やかに対応し
た。
「どういうことかな」
「交際を申し込まれたことにすれば、動機がないと思われて、疑われずに済む
と思ったんです」
「うーん、まだよく分からないな。つまり、高下君から付き合ってくれと言わ
れてはいないと?」
「言われました。さっきは刑事さんが勘違いされているのが分かり、動機がな
いと思われたいので、交際を申し込まれたみたいな答え方したんです。本当は、
『夏休みの一日、森の秘密基地作りを見に、付き合ってくれ』と頼まれただけ
……」
「え……っと」
 一瞬、ぽかんとしてしまう。これは想定していなかった。
 だが、これまでで最重要の証言であることは間違いない。何せ、当日、現場
へ行く約束をしていたというのだから。気を一層引き締め、慎重に尋ねた。
「それで、実際に行ったんだね?」
 ここで再び嘘をつかれては困る。逃げ道を塞ぐべく、分かっているのだから
認めなさいと言わんばかりの口ぶりに、敢えてした。
 すると効果覿面。東子は母親へ振り向くと、不安に溢れる視線を送った。
 母親の彩美は、硬い表情こそしているが、案外と冷静でいるらしく、唇を噛
み、思案する風に見て取れた。
「正直に答えればいいわ。あなたのしたことだけを正直に」
 やがて与えられた指示。娘は無言でうなずき、刑事達へ向き直った。
「森へ、行きました。途中で、梶浦君が逃げるように、外へ向かって走ってい
くのを目撃しました。そのあと、言われた場所に着いてみると――」
 彼女の言葉を聞いて、古舘と浜田は目を見合わせた。これは正規の調書を作
らなければならない。

「あのね、三枝さん。話が合わない。まとめると、こういう証言になるんだが
――高下君の声がする方を見て、彼を見付けた。助けるのに手間取ると、『早
く大人を呼んでこい』と言われた。こんな場所で会っていたことを知られると
どう思われるか恐い、という理由で躊躇っていると、高下君から罵られた。自
分を悪く言うだけならまだしも、母親の浮気の話を持ち出されてかっとなり、
持っていたカッターナイフで、彼の首を切った――と。どうだね。色々と不自
然だろう?」
「……」
「カッターナイフの現物が見付からないのは、まあ三年前のことだから分から
なくもない。カッターナイフを持ち合わせていたというのが、まずおかしい。
以前、この点を追及すると、文房具として筆箱に入っていたと答えたが、当日
は既に夏休みで、ランドセルとか筆箱とかを持って森にはいるのはおかしいと
指摘した。すると供述を翻し、森に一人で入るのは恐いから、護身用に持って
いったときた。最初からそう答えていれば、まだ信用したかもしれないが、言
い直しはまずかったな。
 それから、当時小五の女の子が一人で森に行くこと自体、かなり不自然だと
思うね。護身用にカッターナイフを持っていたとしてても、だ。三枝家の躾は
厳しいようだしな。出掛けるときは、親に行き先を告げるように言っていたん
じゃないか? そう考えると、森に一人で行ったという証言が、ますます疑わ
しくなる」
「……嘘をついている、と?」
「ああ、そうだ。古舘刑事の受け売りだが、合理的に考えられるのは、当日、
三枝東子は森に行っていない、もしくは二人以上で森に行った、てことになる。
前者は、正直にそう答えれば容疑が晴れるのに、そうしていない。他にメリッ
トもないので、却下だ。となれば、実際に起きたのは後者。事件当日、三枝東
子は大人と一緒に森に入った。そうじゃないかね、三枝彩美さん?」
「よくお分かりになりましたわね、刑事さん」
「嘗めなさんなってことだ。あんた、感づかれなきゃ、頬被りして知らぬ存ぜ
ぬで通す気だったのか。全部、娘に押し付けて」
「とんでもありません。これまで知らないふりをし、今こうして認めたのは、
あの子の将来を慮るあまりの――」
「へえ、こいつはおかしなことを。殺人の罪を娘に擦り付ける気、満々でいら
っしゃるようだ」
「――心外ですわ。仰る通り、私はあの子に付き添って、森の中、秘密基地と
やらの近くまでは行きました。しかし、その後何があったのか、直接は見てお
りません。あの子がしでかしたことを、あの子自身の口から聞いただけです」
「被害者の首を切ったのは、三枝東子だと言い張るんだな?」
「事実ですから。そもそも、私には高下という子供を殺す理由がありません」
「それに関しては、娘の証言通りじゃないのかな? 浮気だか男遊びだかを非
難されて、プライドの高そうなあんたは激高し、発作的に殺害してしまった、
と見ている」
「ふん、そんなことで、いい歳をした大人が……」
「三枝東子の仕業とするには、凶器のカッターナイフの説明も付かないんだが、
どうだい?」
「……」
「武器になり得る物を護身用に持って行ったとしたら、それは娘でなく、大人
であるあんたが所持するべきもんだろ。子供にも持たせたとしたって、いい大
人がカッターナイフを渡すか? 催涙スプレー辺りが妥当じゃないか」
「人それぞれです」
「さっき、あんたの持ち物を検査させてもらったが、化粧道具が結構入ってた
な。遊び歩いて、泊まりになることが多いから、一式持っているのかね。まあ、
あれを一式揃っていると呼んでいいのか、男の俺には分からんが」
「余計なお世話じゃありません? 何が言いたいんです?」
「あの中にむだ毛処理用の剃刀があった。ああいうのもこの事件の凶器になる
と感じたんだが、どうだい? 女のあんたの意見を聞かせてくれ」
「……あれは皮膚や肉を斬る物ではありませんっ」
「だが、やったら斬れるよな」
「仮にそうだとしても、実際に使ったかどうかは……」
「確かに。遺体が古く、状態もよくないので、判断できない。だが、少なくと
もあんたの娘には、犯行は無理だ」
「……どうして」
「俺達は最初、あの子の証言を鵜呑みにして、事件を再構築した。その上で、
実験してみたんだ。そうしたら――ふふ」
「な、何がおかしいんです」
「失敬。まさかあの子も、再現させられるとは考えていなかったんだろうな。
木を前にして立ち尽くしてしまったよ。早くやってみせてくれと促したら、蚊
の鳴くような声で答が返ってきた。『私、木登り、無理です』ってな」
「あっ」
「自分の娘に、高所恐怖症の気があることぐらい、把握してるだろうに。あっ
と、その前に一つ、質問させてくれ。三枝彩美、あんたは三枝東子の実の母親
なのか?」

――終




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