#305/598 ●長編
★タイトル (AZA ) 07/04/01 00:00 (340)
1/13のジョーカー? 2 永山
★内容 10/04/21 14:00 修正 第5版
十三人の名探偵候補は、大きな丸テーブルに移動した。紹介された順番に従
い、時計回りに座る。各自の前には、リクエストした飲み物が置かれていた。
しばらく無言が続いたあと、「さて」と口火を切ったのは、更衣だった。
「これが普通の会議であれば、誰かが議事進行役を務めるべきと思うが、情報
の引き出し合い、腹の探り合いとなると、どうかな」
「いないと、テレビ局、プロデューサーさんが困るんじゃないの」
八重谷が反応した。
「みんなプライドが高そうだから、静かな場面が延々と続いて、番組に使える
絵が録れない」
「それじゃ、誰か進行を」
当の更衣は、自分はその任じゃないとばかり、椅子の背もたれに身体を預け
た。数秒の白けた時間が流れたが、それを埋めたのはマジシャンの天海。
「最年長の堀田さん、どうですか」
「わしがですか」
堀田は天海の顔を見、それから他の十一人に視線を巡らせた。
「他に誰もやりたがらないようであるし、引き受けるとしますかな。幸い、こ
こに集まった皆さんは、年寄りを相手にしても、萎縮する方ではなさそうだ」
忍び笑いが生まれ、和やかな雰囲気でスタートを切る。堀田が唇を湿し、改
めて言った。
「名探偵候補の会議らしく、『さて』で始めさせてもらいましょ。
さて――進め方として、たとえば順番に個人が個人に質問していくという方
法などが考えられるな。が、時間が限られていることであるからして、無駄や
不公平は極力なくしたいものだとわしは考えておる。そこで、男性司会者が最
前言ったヒントを、最初に検討しようと思うが、どうかな」
異議なし。堀田は軽く首肯し、新滝のヒントを繰り返した。
「個人戦だが、落ちるのはジョーカーのみにし得る……これの意味するところ
は、わしが指摘するまでもなかろう」
「あのですね〜、一応、確認しときたいんですけど」
若島リオが、慌てたように口を挟んだ。
「確認ね。よいでしょう。若島さん、言ってみてください」
「えっと、みんなで協力すれば、ジョーカーをあぶり出せる。十二人が仲よく
次に進める、ってことかな、かな?」
「全員が同じ理解をしていると信じるが、もしも異論を持つ方がいれば、遠慮
なく」
堀田が再び、全員の顔を見渡す。異論は出なかった。
「では、全員が協力し、ジョーカーを特定することに関しては、どうだろうね」
「ジョーカーは放っておいても、いなくなる。本来のライバルを一人、早く蹴
落とすことを目指しても悪とは言えまい」
沢津が難しい顔をして述べる。同意を示す者は少なくない。
「それは確かに真理ですねえ。しかし、私はこう考える」
更衣は同意しつつも、反論があるようだ。
「現在の状況をたとえるなら、磨けば光る十二の石に、紛い物が一つ混じって
いるといったところかな。そんな不均衡状態で、ライバルを脱落させるのは、
フェアじゃない。名探偵たる者、高い志を持って、フェアに渡り合うべきでは
ないか……とね」
「とか言いながら本心では、その蹴落とされる側になるのを恐れているのじゃ
ないの?」
八重谷がけらけら笑って、若い探偵をからかった。自ら悪役を買って出てい
る節がある。
対する更衣も動じない。
「さすが、当代きっての推理作家先生だ。この私がジョーカーではないことを、
早くも見抜いておられる」
「え? ……ああ、そういう意味ね」
虚を突かれた。そんな具合に一瞬、ぽかんとした八重谷だが、強いて取り繕
うような真似はせず、「ばかね。自分でそれを言っちゃあ、意味がなくなるじ
ゃないの」と応じた。
「お二人さん、そろそろよいかな?」
堀田が話を元に戻しにかかる。
「わしらがやっている会議は、決を取るような性格のものではない。だからこ
れも、わしの私的な考えと思って聞いてもらいたい。名探偵ならば、事件解決
に最善の手段を執るもの。第一関門の課題に関して言うなら、個々に解決を試
みるより、全員で力を合わせる方が、ジョーカー発見を容易にするのではない
かな」
「まあ、その通りでしょうね」
真っ先に天海が賛同した。
「勝ち抜くための最善の道よりも、解決のための最善の道を選びたいものです」
「ま、それでいいかもね。がつがつと勝利をほしがって、審査員に名探偵の資
質に欠けるなんて印象を持たれちゃ、損だし」
郷野が続いた。賛成する理由には微妙な差があるが。
この流れは全体に波及し、全員協力してジョーカーを探すことで、意見の一
致を見た。
「ジョーカーは内心、焦ってるんじゃねえの?」
他の十二人を睥睨し、野呂が薄笑いを浮かべる。
「まずいことになった、でもここで反対もできない!ってな」
「具体的に、どうやったらジョーカーを見付けられるのかしら」
野呂の発言を無視する形で、律木が呟いた。これに美月が呆れ口調で、ぼそ
りと忠告する。
「それを考えるのが探偵の役目でしょ」
「じゃあ、あなたは妙案を既にお持ちなのでしょうね」
すかさず反撃する律木だが、美月は自信ありげにうなずいた。
「あります。多分、大勢の方が考え付く案でしょうけど」
「……参考までに、聞かせてほしいわ」
「私はかまいませんが、皆さんはいいんですか?」
律木から視線を外し、円卓を囲む他の面々に問う美月。
「私の出したプランを採用・実行することで、ジョーカーが見付かった場合、
私にはきっと高いポイントが入ると思いますが」
「まだまだ序盤だ。いくらでも逆転できる」
沢津が自信を覗かせる。静かだった小野塚も、「そもそも、どんな計画であ
っても、私達全員が協力しないと成り立たないのなら、たいした点差はつかな
いでしょうね」と余裕のあるところを見せた。
結局、堀田が促し、美月はそのプランを喋り始めた。
「実際の事件ではあり得ないですけれども、今度の関門には三度の解答権が与
えられています。これは、二度までの失敗は許されると言い換えられます。ま
た、“犯人”を特定した根拠は問わない、とも。これらを利用し、ジョーカー
を見付けるのは簡単でしょう。全員が一度目の解答権を行使する際に、それぞ
れ異なる名前をジョーカーとして告げればいいのです」
「十三人の内、一人は確実に正解する。誰が誰の名前を答えるかを把握してお
くことで、自ずと正解が判明する。こういう理屈かな」
堀田の確認に、美月は黙ったまま、二度、首を縦に振った。
「解答者に、本人の名前が割り当てられないようにする必要があることを、お
忘れなく」
律木が言い足した。最後にやり返せてほっとした、そんな響きを滲ませなが
ら。
「この策を用いることに賛同ですか、皆さん」
ここでも反対意見は出なかった。名探偵候補達は、解答する順序、そして誰
の名前を答えるかを、手際よく決定していく。案を提示した美月を皮切りとし
て、五十音順に解答し、自分の次に来る者の名を答えることになった。
「念のため、注意しておきますが」
解答を始める前に、堀田が殊更真剣な調子で言った。
「全員の解答が終わらぬ内に、正解が明らかになることは充分に予想される。
正解すれば、この場には戻らなくていいのだから。そうなった場合は、今決め
た順番を保ちつつ、正解を答える――としておくのがよかろう」
「トップで抜けるのが誰になるかは、神のみぞ知る、か」
誰かが言った。十三個の椅子が床をこする音のせいで、誰なのかはよく分か
らなかった。
十二人目が引き返してきた瞬間、ざわめきは最高潮に達した。最早、誰も座
っていない。
「おいおい、どうなってんだ、これは」
何故か愉快そうに、野呂が言った。美月を指差してから続ける。
「あとは、言い出しっぺのあんただけだぜ?」
解答するのは堀田で、彼の答えるべき名前が美月安佐奈ということだ。
「ここまでの流れから、美月さんがジョーカーになってしまいますな」
堀田も困惑していた。声こそ落ち着いているが、頭をしきりに捻る。
「しかし、美月さんがジョーカーなら、この策を提案するとは考えられない。
裏をかいたにしても、ごく短い間しか通用しない、無意味な行為……」
「当然よ。私はジョーカーじゃないわ」
美月の訴えを聞いた堀田は、それでも解答するため、ドアに向かった。
「恐らく、あんたは嘘をついておらんと思うよ。だが、わしだけが解答権を行
使せずにいて、いいものでもあるまい。確認を兼ね、皆と平等になるとしよう」
堀田は、年齢の割には軽い足取りで出て行った。
戻るのを待つ間、十二人には目立った会話もなく、誰もが大なり小なり、疑
心暗鬼に陥ったようになっていた。
そしておよそ五分が経過し、堀田が戻って来た。
「やはり違った。さて、これはどういうことなのか、全員で検討しようじゃな
いか。おや、みんな座らないのかい。わしは座らせてもらうよ。歳のせいか、
ちょっと歩き回っただけで、すぐに疲れてしまう」
堀田が自身の席に着くと、他の者達も同じようにした。疑心暗鬼の空気は消
えていないが、話し合いの態勢は整ったと言えよう。
「皆、自分の次の者の名を答えた。この点は間違いなかろうね?」
堀田が場に問う。言うまでもないという雰囲気の中、更衣が手振りを交えて
喋り出した。
「最年長者に僭越ながら、それは愚問というもの。仮にそうしなかった者がい
たとして、正直に答えるはずがありますまい?」
「その通り。名探偵が謎解きの直前に、犯人に対して自首を呼び掛けるのと似
たようなものと考えてくれるかの」
「だが、我々は残念ながら、謎解きできる段階に達していないと思われますが」
「これもまた、その通り。推理するほかない」
「結構ですねえ。早速、意見を述べさせてもらいましょう」
勝手に宣言すると、更衣は全体を見渡した。
「論理的に言って、ジョーカーの名を言うはずであった人物が、その名前以外
を答えたと考えざるを得ない。では何故、決められた名前を――」
「ちょっと。あなた、性急すぎ」
朗々と弁じる彼を止めたのは、八重谷さくら。更衣がむっとした顔つきで、
聞き返す。
「何がです?」
「『ジョーカーの名を言うはずであった人物が、その名前以外を答えた』とい
うのは、飛躍があるじゃない。解答自体していないのに、したふりをして、こ
こへ戻ってきたかもしれない」
「それは多分、ありませんわよ、八重谷さん」
小野塚慶子が、静かに割って入った。編み物に熱中しているかのごとく、手
元を見つめながら続きを話す。
「答えるふりだなんて、何のためにそんなことをするのでしょう?」
「解答権が一回分、有利になるじゃない」
「確かにそうですわね。でも、最初に答えていれば、一番に勝ち抜けでした。
おかしくありませんか」
「……私達を混乱させるため、かしら。当人はジョーカーが誰なのか分かって
いるのだから、いつでも抜けられる」
「あまり、メリットのある行為とは思えませんけど……それ以上に、後ろ半分
のお話が気になります。その方は、どうやってジョーカーの正体を知ったので
しょう?」
「それをこれから推理するんじゃないの」
「えっと、この辺りで切り上げませんか」
議論の空転を感じ取ったためか、天海が取りなしに入った。小野塚はもちろ
ん、八重谷も意外と簡単に静かになる。審査員へ与える印象を考慮したのかも
しれない。
「お二人とも、どうも。じゃあ、とりあえず、更衣さんの話を最後まで聞くこ
とにしませんか、皆さん?」
天海の言葉に従い、議論が戻される。更衣は、今度は邪魔をされまいという
意思表示か、立ち上がった。
「推理作家の八重谷先生に敬意を表し、若干の訂正をしましょうか。ジョーカ
ーの名を言うはずであった人物が、その名前以外を答えた、もしくは実際は何
も答えなかったか……あるいは、まだ他のパターンもあるかもしれないが、そ
れは棚上げだ。本題は、何故、決められた名前を答えなかったに尽きる」
「自分の次の順番の者がジョーカーだと知っていたのか否か、という問題もあ
るけれど。二通りの場合を論じる気?」
郷野が口を出す。
「いやいや、その必要はないね。今は、私の考えを述べる。数多い仮説の中か
ら、蓋然性の最も高いものを選んでいけば、真相に辿り着くことを示そう」
残っていた飲み物で喉を潤し、更衣は演説に拍車を掛けた。
「決められた名前を答えなかったのは、当然、それがジョーカーだと知ってい
たから。では、正解を知りながら答えなかったのは何故か。また、どうやって
正解を知ったのか。この二つの疑問を同時に解き明かす答がある。ジョーカー
本人が、一つ前の人物に正体を教えたんだ。ジョーカーは恐らく、第一関門で
何人だませるかによって、受け取るギャランティに差が出る契約なんじゃない
かな。美月さんのプランで早々と燻り出されそうになり、窮余の策として“共
犯”を作った。ジョーカーに誘われた側も、労せずして正解を知ることができ
る利点がある。加えて、他の候補者を混乱させられるのだから、圧倒的に有利
だ。一度ぐらい解答権を無駄にしたって、余裕でトップ通過。ここに、両者の
密約が成立って訳」
更衣の長広舌が終わると、元刑事の沢津が堀田を一瞥した。目で、発言の許
可を求めたようだ。堀田がうなずくと、沢津が喋り始めた。
「――君の推理は分かった。なかなか、筋が通っているように思えた。で、誰
がジョーカーであり、誰が共犯だと言うんだ?」
「……答える前に、堀田さんやその他の皆さんに確かめておきたいんですが、
みんなで協力してジョーカーを見付ける約束は、今も有効なんですかね」
「わしの記憶するところでは、少なくとも無効にはしとらんね」
堀田がユーモア奈言い回しで答える。更衣は、もう一度だけ聞いた。
「ジョーカーに協力した、言ってみれば裏切り者がいるのに?」
「尤もな見方だがの。更衣君が口にしたフェア理論を適用、否、応用すると、
相手がいかなる手段で来ようとも、正々堂々と渡り合うのが名探偵ではないか
な?」
「……了解しましたよ。では、このまま続けさせてもらいましょう」
マントを着ているかのように、腕を振る更衣。
「ジョーカーが誰かを仲間に引き込み、共犯とするには、声に出して持ち掛け
るのは無理だ。メモでやり取りをするしかない。それなりの時間を要するのは
確実。となれば、美月さん発案の計画がスタート後、しばらく時間が空いてい
なければならない。逆に言うと、一人目の美月さんにジョーカーが話を持ち掛
けることは不可能。二人目の村園さんにも、ほぼ無理だろうな。一人目の美月
さんが何分で戻るか、その時点では全く予測できないのだから。よって、共犯
になり得るのは、三番目の八重谷先生から、最後の堀田さんまで。ジョーカー
たり得るのは、四番目の律木さんから、一巡して最初の美月さんまでとなる」
「私は、どちらからも完全に除外ですか。光栄です」
そう言いつつも、村園は目を丸くしていた。更衣の演説の間、手を組み合わ
せ、ずっと考え込む様子を見せていた占い師だが、話はちゃんと頭に入ってき
ていたらしい。
「更衣さん、あなたの判断は妥当とは思うわ」
美月が言った。
「そこから絞り込む手立てはあるの?」
「これ以降は、私の独断と偏見になる」
「なあんだ。じゃ、聞いてもしょうがない。と言っても、今のままだと、私も
独断と偏見で決めるしかないか」
意識が全員協力から離れつつある。
「メモで持ち掛けたのなら、どこかにそのメモが残ってるんじゃない?」
若島リオが、いいこと思い付いた!とばかりに、胸の前で両手の平を合わせ
る。郷野が同調した。
「そうね。この部屋に屑籠の類は見当たらないし、解答をした部屋にも、何も
なかった。廊下でぽいっとやっても、探せば見付かる。幸いというか偶然とい
うか、おトイレに行った人もいないみたいだし」
「身体検査でも始める気?」
律木が露骨に嫌そうな顔をした。
「心配しなくても、身体検査なんて無意味なこと、やらないで済むわ」
断定調なのは八重谷。
「若島さんや郷野さんだって分かってると思うんだけれど、メモ書きなんて、
どうとでも処分できる。たとえばレシートのような紙なら、指先でごしごし揉
んでいれば、じきにぼろぼろ。細かい紙屑になるでしょうね。ポケットの中だ
ろうが、廊下だろうが、そんな紙屑を見付けても、字を読めるはずがない。無
論、証拠にもならない」
「はっはっは。そりゃそうだな」
野呂が愉快そうに膝を叩いた。そして自分のポケットに手を突っ込む。
「俺はそんな怪しげな筆談なんてしてないのに、ポケットの中は、紙屑や綿ぼ
こりがいっぱいだぜ」
「……そうね。つい、科学的捜査ができるっていう前提で、話をしてしまった
わ。失敗」
しゅんとして、肩を落とす郷野。若島の方は、さほど落ち込んでいない。
「いい考えと思ったのにー。じゃあ、名誉挽回に……だめ、何にも浮かばない」
果たして本当に何も思い付かなかったのか、策を隠しているのかは、外見で
は軽々に判定できない。
「そちらの学生さん、あまり発言しておらんが、何か――」
安孫子に声を掛けた堀田だが、台詞が途切れた。視線が安孫子を外れ、部屋
の隅へと移る。
そこでは、いつの間にか村園と美月が、二人きりで話をしていた。声を潜め、
明らかに内緒話だ。
「何をしているんだ」
沢津が問い質す。音量は通常なのに、現役時の迫力を想像させる声だ。
にも拘わらず、村園も美月も、即座の返答はしなかった。
「おい、怪しいぞ。まさか、おまえ達がジョーカーと……」
「それはありません」
更衣がしゃしゃり出る。彼自身は、推理を否定されたと感じたから、主張し
たまでなのだろうが。
「さっき話したように、村園さんは、ジョーカーでも共犯者でもあり得ない」
「分かったから、ちょっと黙ってろ。おい、一番怪しい奴は犯人ではない、な
んて戯言は、刑事には通用せんからな」
「――すみません、沢津さん。先に、堀田さんと話をさせてください」
ようやく、村園が口を開いた。
沢津は片眉を上げ、気に食わないように表情を歪めた。次に堀田の方を見、
仕方なさげに首を振った。
代わって堀田は、椅子を離れ、村園達二人のそばへと足を運ぶ。
「他の皆さんには、聞かれてはまずい話で?」
「いえ……ただ、穏やかに話をしたいので、まずは堀田さんにと」
「ふむ。伺いましょう」
堀田がいよいよ聞く姿勢を整えると、村園も声を潜めた。
「実は、別の答に思い当たったのですが……これが正解だとして、全員に教え
ると、全員協力のメリットが消えてしまうのです」
「ほう。興味深い」
堀田は腕組みをした。
「どんな答か聞きたいが、ぐっと我慢しないといけませんな、これは。そのよ
うに自信を持てる答が浮かぶとは、さすがだ」
「いえいえ。自分は、更衣さんの推理によって、両方の容疑から外れることが
でき、気が楽になった。そのおかげです」
謙遜してみせてから、村園は口元を引き締めた。男っぽい顔つきが、ますま
す男っぽくなる。
「勝手ながら、自分は先に答えさせてほしいのです。が、それには少なくとも、
美月さんに二回目の解答をしてもらわないと、自分には解答権が生じません。
そこでお願いをし、つい先程、承諾を得たところです」
「それは要するに、村園さん独自の答を、美月さんに教えた、と……」
「はい」
堀田は二人の顔を見た。美月に聞く。
「そしてあなたは、納得して、その答に乗ることにした」
「ええ。抜群の記憶力を駆使した、とても優れた答だと感じましたので。仮に
外れたにしても、私は彼女を――ごめんなさい、彼と言うべきかしら。とにか
く、村園さんを恨んだりしませんわ」
「そうですか。ならば、仕方がありません。元々、強制力のある約束ではなか
った。自由にしてください。ただし、村園さん」
男装の占い師に、堀田は強い調子で言った。
「あなたが言った、ええと、何でしたかな。『全員協力のメリットが消える』
云々という話は、他の方にも伝えます。美月さんの言葉も同様だ。あなた達が
正解だとしたら、これらも大きなヒントになるでしょうからな」
「もちろん、かまいません」
村園は力強く応じた。
部屋を出た美月は戻らず、続いた村園もまた、帰って来なかった。
「どうやら、正解を出したようですな」
呟く堀田。美月が戻らないまま、村園が“解答室”に呼ばれた時点で、堀田
は村園の示唆したヒントを、他の者達の前で話しておいた。
「本当に、これで全部?」
八重谷が疑いを隠そうともせず、堀田に尋ねた。
「全部だが、何か」
「堀田さん、あなた、残りのメンバーで、最後に解答権が巡ってくるわ。下手
すると、二回目の解答ができないまま、他の十人に正解を出されてしまう恐れ、
なきにしもあらず。そこで、私達に先に勝ち抜けされないよう、肝心なところ
を隠してるんじゃないかと思って」
「推理作家は、想像力がたくましいですな。いや、検討してしかるべき可能性
だと認める。わしがあなた達の立場なら、当然そうした。その上で、隠し事は
一切ないと請け負いましょ」
「言葉だけで信じろと言われても、ねえ」
「いいじゃねえか、八重谷先生」
野呂が堀田に助け船を出した。
「名探偵なら、頭で何とかしろってもんだ。犯人じゃなくても、偽証する人間
がいるのが現実だしな」
「――堀田さん」
八重谷は野呂には最早応えず、堀田に話し掛けた。
「こうなってしまったら、力を合わせるという協定を維持していくの、難しい
んじゃないかしら。正解者が出て、皆さん、内心では焦っているはずだし」
「残念ながら、そのようだの。一人で取り組んだ方が捗るという人は、離脱す
ればよかろう。わしは言い出した責任もある、残るよ。ここにいられる時間は、
もうすぐタイムアップのようだが」
握り締めた懐中時計は、午後六時まであと二十分と告げていた。
――続く