#304/598 ●長編
★タイトル (AZA ) 07/03/31 23:59 (411)
1/13のジョーカー? 1 永山
★内容 10/04/21 14:01 修正 第6版
「ミステリは魔物。解けるか、嵌まるか」
一段高い舞台に立つ、背広姿の男が言った。俳優の井筒隆康、お茶の間では
馴染みの顔だ。髪は大部分がロマンスグレーになりつつあるが、五十を迎えよ
うとする現在も痩身を保ち、清々しい笑顔は昔から変わらない。
「名探偵誕生の瞬間を追う、『プロジェクトQ.E.D./TOKIOディテ
クティブバトル』。今、開幕」
井筒の後方には、白地に黒で番組名を書いた横長のパネルが、天井から下が
る。
それを含め、テレビ局の撮影スタジオに組まれたセットは、モニターを通し
てみると、豪華で威厳のある風に映った。
「この番組は、参加者十三人で名探偵の座を争う。決勝に進めるのは三人。そ
れまでに十の関門――ステージが用意され、各ステージにつき一人が脱落する。
決勝に残った三人の中から一人の優勝者、つまり名探偵が決まる」
淀みない口調で説明していく井筒。二時間ドラマの探偵役として名を馳せた
だけに、その有様はクライマックスで名推理を展開する姿にだぶった。
「優勝者には栄誉の他にも、いくつかの特典が与えられる。国内の望む場所に
事務所を出すための資金、今は亡き名探偵・神宮寺実の顧客を引き継ぐ権利、
同じく警察関係者とのコネクション、さらには事件の小説化及び出版に際し、
事件関係者からの民事訴訟を原則的に回避できる特権もある。
では、この栄えある名探偵の座に挑む、十三名の候補者達を、五十音順に紹
介しよう。全員、何らかの形で探偵ぶりを発揮した経歴の持ち主だ。トップバ
ッターは、安孫子藤人」
上手に寄り、腕を下手へさっと振る。舞台袖から現れたのは、眼鏡を掛けた
若い男だった。胸の辺りに黒とグレーの菱形模様が交互に並ぶサマーセーター
で、小太り気味の身体を包む。体つきに反して、顔はどちらかと言えばほっそ
りとしており、長い足にジーパンが似合っている。
舞台中央に立つと、軽くお辞儀をしつつ、裏返り気味の声で簡単に自己紹介
する。
「安孫子藤人、二十歳。大学でミステリ研究会の副会長を務めてます」
番組上はこの自己紹介の直後に、経歴や特徴を短くまとめたVTRが流れる。
安孫子の場合、<――中学生のとき、目撃証言により窃盗犯逮捕に貢献。ミス
研内で行われるテキスト朗読型の犯人当てにおいて、入会以来、全問正解記録
を更新中。番組参加が決定してからは、体力勝負でも負けないよう、トレーニ
ングを始めた――>と、こんな具合になる。
安孫子が下がると、再び井筒の紹介で次の参加者が呼ばれる。現れたのは、
ひとまとめにした髪を肩まで垂らした女性。上は白のブラウスに黒のレースカ
ーディガン、これに合わせたロングスカートは、若干トーンの違う黒を帯びて
いる。化粧気が乏しいことも含めて、女子校の教師を連想させる。
「小野塚慶子、四十一になります。これといった肩書きのない主婦業の身で、
このような番組の挑戦者に選ばれて光栄です」
無論、選ばれたのには理由がある。経歴紹介によれば、とある刑事事件で、
親戚の一人に掛けられた容疑を、彼女の調査によって晴らしたという実績の持
ち主で、当時はわずかながらマスコミでも取り上げられた。編み物を趣味とす
る、元来は平凡な主婦だが、謎解きには目がない。
同様の流れで、参加者の紹介が続く。
「更衣京四郎、二十九歳。本職として負けられない。名探偵の座は私のものだ」
私立探偵を開業しているだけあって、事件解決の実績は豊富だ。整った顔立
ちで、着ている物はスーツから何からブランド物で固めているが、この場には
そぐわない感がなきにしもあらず。大げさな身振り手振りが、拍車を掛けてい
る。
「ヘアスタイリストの郷野美千留です。年齢は秘密にしたいところなんだけれ
ど、どうしても言わなくちゃだめみたいなんで……三十三よ」
女っぽい言葉遣いだが、郷野は男性。白い肌に、さらに化粧を施している。
メイクの心得もあるとのこと。芸能人を担当する機会が多く、そこで耳にした
裏話や噂を元に、いくつかの事件を解決に導いてきたというから、見た目だけ
では分からない。
「えー、自分は沢津英彦。ごく最近、六十になり、刑事を退職した。このよう
な晴れがましい舞台は性に合わぬが、警察OBの名を汚さぬよう、全力を尽く
す所存である」
沢津に関しては、VTRでその実績がつまびらかにされなかった。元とはい
え、刑事が捜査の過程で知り得たことや何の事件に携わったかを明かすのは、
簡単には行かない。最近まで現役だっただけあって、貫禄と怖さを併せ持つ、
そんな雰囲気を発散していた。
「私、天海誠です。三十五歳になりました。ご存知の方もおられましょう、マ
ジックを生業にしております」
見えない観客に語り掛けるような物腰の天海は、黒のタキシードが似合って
いた。テレビカメラに向かって両手の平をしっかり開いたあと、左手を軽く握
って拳を作ると、その空っぽのはずの手の内から、色とりどりのハンカチを引
き出してみせた。
マジシャンか名探偵になるのが子供の頃の夢だったと語る彼は、駆け出しの
頃、寄席で起きた不審死の謎を解明している。
「ルポライターの野呂勝平だ。歳は確か四十六。バツイチって奴だが女には優
しいぜ」
ノーネクタイでジャケットを羽織った野呂は、ぼさぼさ頭が目立った。金田
一耕助に倣ったのかもしれないが、茶色のサングラスのせいもあって若作りに
しか見えない。だが、取材能力はなかなかのもので、事件を直に解決した記録
こそないが、独自入手した情報は紙誌を賑わすのみならず、警察の捜査に役立
てられた物も多い。
「堀田礼治、七十二。ほどほどにがんばるとしましょ」
落語の情景から抜け出てきたご隠居のような佇まいの男性は、見事に禿げ上
がった頭をつるりと撫でて、あっさり下がった。腰は曲がっていないが、かく
しゃくとか意気軒昂という風でもない。淡々と長生きしそうなタイプ。その割
にVTRでは、「老い先短いわしが仮に優勝しても、名探偵をいつまでできる
やら」ととぼけたコメントをしていた。
昔からのミステリマニアで、書く方でもいくつか優れた短編をものしている
が、アマチュアを通した。仲間内の集まりでは、報道される犯罪について、鋭
い推理を展開し、真相を言い当てていたことも多々あるという。
「美月安佐奈、二十七歳です。経験を活かして、優勝を目指します」
生真面目な口調で抱負を語ったのは、茶色がかった髪の女性。瞳を取り巻く
色はブルー。これらはお洒落でそうしているのではなく、元々――つまり、西
洋人の血が混じっているのである。当人が口にした経験とは、二つある。一つ
は、保険調査員として、多くの不審死案件に接してきたこと。もう一つは、や
はり保険調査員として、多くの国々を巡ったこと。日本には報道されなかった
が、事件解決に大きな貢献をし、地元警察から表彰されたというから、探偵と
しての力も充分にある。
「村園輝。二十三です。真実を見通す力を養う、修行のつもりで参加を決意し
ました。どうぞよろしく」
押し殺したような低い声で挨拶し、前髪をかき上げた彼、否、彼女は占い師
だ。男装の麗人というキャラクターを売りにした、そこそこ名の知られた占い
師だが、探偵の方でも幾度となく才能を発揮してきた。そのほとんどは、相談
者から持ち込まれた些細な事件だが、万が一解決に至らなくても、満足の行く
答を示すため、評判がいい。若いながら、多くの人間を観てきた結果、観察力
が磨かれたのだと本人は認識している。
「皆さん、こんばんは。八重谷さくらです。本には年齢を載せないため、これ
が初公開になると思うのですが、三十八になりました。推理作家の代表という
つもりはありませんが、エラリー・クイーンに近づけるよう、全力を尽くしま
す」
推理作家の八重谷は、出版パーティで着るような派手なドレスで登場した。
スパンコールをあしらっており、ショールで一部を覆い隠しているとはいえ、
明らかにテレビ向きではない。が、そんなわがままが許されるだけの作家的実
力・人気を、現在の彼女は備えている。八重谷さくら原作の二時間ドラマは、
コンスタントに視聴率を稼ぐのだ。著作は軽い物が多いが、重厚なミステリも
数年に一作の割合で出している。
著名ミステリ作家だけあって、大きな犯罪が起きると、マスコミから意見・
感想・推理を求められる場合が多い。下手な鉄砲数打ちゃ当たるの面がなきに
しもあらずだが、時折、鋭い見方を示すのは事実だ。
「律木春香、五十四歳。肩書きは助教授と出るかと思いますが、一ミステリマ
ニアとして、名探偵の座を狙いに来ました」
律木は心理学を専門とするが、行動科学全般の素養を身に着けており、凶悪
な殺人事件などで犯人像の推測をすることが、従来から多かった。現在は、世
間一般からは、プロファイリングの専門家と見なされている。知らない人の目
には、極普通のおばさんに映るだろうが、彼女の分析の信頼度は高い。
マスコミによく出る割に、お洒落には無頓着な方で、今日も野暮ったい格好
をしている。部分的にきれいに白くなった髪が、意識せざるお洒落に見えるの
は皮肉だ。
「はーい。とりを飾るのは、リオでーす。二十歳になってしまいました。年齢
詐称はしてません」
両手を振り、ついでに笑顔をふりまきながら登場したのは、チューブトップ
にミニスカート姿の女の子。マルチタレントの若島リオだ。デビュー時は歌手
としてだったが、今はバラエティ番組とグラビアが6:4の割合といったとこ
ろか。
いかにも、テレビ局が番組を華やかにすべく、賑やかしに入れた特別参加者
のようだが、実は違う。周囲で起きた四つの殺人事件を、直感型の推理で悉く
解決に導いている。彼女のマネージャーが解決したことにされていたが、最近
になって実態がスクープされた。結果、この番組の参加者に選出された訳だが
……二十歳になったのを機に、所属する芸能事務所が意図的に噂を流した、と
見る向きも業界内にはある。
「以上の十三名が、名探偵を目指して激しく競う挑戦者達だ」
井筒が渋い声を響かせた。彼の後ろで横一列に並んでいた十三名が、短い階
段を使って舞台を降りて行く。儲けられた椅子に、彼らが着いたところで、井
筒は改めて口を開いた。
「早速、バトルのスタートと行きたいところだが、その前にアシスタントを紹
介させてもらうよ。――愛ちゃん!」
優しい調子だが、大きな声を張り上げた井筒。間髪入れずに舞台袖から現れ
たのは、女優の新滝愛だ。真っ白なワンピースを着ている。子供向けの戦隊ヒ
ーロー物などでキャリアを積み、娯楽大作の映画で女怪盗役に抜擢されたこと
により、知名度が一気にアップした。今や、ドラマで井筒と競演するまでにな
っている。
「名探偵候補の皆さん、どうかよろしく。新滝愛です。怪盗役をしていること
から推理できると思いますが、私はときに皆さんの邪魔もしますので、ご用心
を。今はこんな清楚な格好をしていますけれどね」
新滝の言葉に、頬を緩める参加者――主に男――もいた。冗談か本気か、真
意を測りかねた様子である。
新滝は続いてスタッフから三枚の写真パネルを受け取ると、参加者全員に見
えるよう、顔の高さに掲げた。
「審査員の紹介もしておきましょう。今日は顔写真だけね。基本的に審査員は
井筒さんと私に、こちらのお三方を加えた五人。関門によっては、ゲスト審査
員が加わる、あるいは入れ替わることもあるわ」
番組の映像上は、各審査員の写真とその経歴が紹介される。
一人目は、神宮寺利亜。今は亡き名探偵・神宮寺実の娘で、現在は大学生。
二人目は大ベテランの推理作家、土井垣龍彦。現在は評論活動に精力的だ。
三人目の剣杏樹は、気鋭のパズル作家。問題を作るだけでなく、解く方にも
非凡な才能を発揮する。
「お三方が井筒さんや私と違うのは、関門の設定に携わっていること。つまり
は、名探偵に挑戦状をたたきつける、ルパンや怪人二十面相の立場にある人達
と言えるわね」
新滝が言葉を区切ると、今度は井筒があとを受けた。
「では、お待ちかねの第一関門、スタートと行こう。――突然だが、番組を代
表して、参加者諸君及び視聴者に謝らねばならないことがある」
参加者達の間に、ちょっとしたざわつきが起きた。さざ波よりもささやかな
それは、すぐに引いた。
「先程、私は十三名の参加者を紹介した訳だが……実は、この中に一人、嘘つ
きがいる」
井筒はここで一息つき、ためを作った。その場でぐるりと一周してから、よ
うやく再開する。
「――最初の関門は、名付けて“ばば抜き”。十三人の中で、名探偵の座を本
当に狙って参加しているのは十二名。残りの一人は、番組サイドが送り込んだ
ジョーカーである」
ジョーカー?というつぶやきがこぼれた。井筒はかまうことなく続けた。
「誰がジョーカーなのか、参加者諸君に見破っていただく。これを第一関門の
課題とする。細かなルールは次の通り」
スタジオにいる参加者には、口頭でルールが伝えられた。
番組上は、画面に文章の形で大写しにされる。
・制限時間(二十四時間)内に、ジョーカーが誰なのかを当てれば、その時点
で勝ち抜け。早い者ほど成績優秀と見なし、次回以降の審査で有利に考慮され
ることがある。
・不正解者の中から、審査により脱落者を決定。全員が正解した場合はジョー
カーのみ脱落。
・山勘でもかまわない。ただし、解答は三度まで。
・答えて不正解だった者は、他の者が一通り解答し終わるまで、次の解答権を
行使できない。
・タイムリミットの午後三時を迎えた時点で、解答権を有する者は、最終解答
を行える。それまでに解答権を全く行使していなくても、最終解答は一度だけ。
「はいはーい、質問、いいですかー?」
物怖じしない態度で片手を挙げたのは、若島リオ。その表情や視線の動きは、
カメラをしっかりと意識している。
井筒が「かまいません」と言って促すと、若島は手を下ろし、考え考え、質
問を発した。
「もしジョーカーが脱落しなかったら、次の関門は十一人でやるの? それと
も十二人?」
「十一人で行う。人数の違いによって、段取りに多少の変更はあるが、このデ
ィテクティブバトルは柔軟な構成になっているので、心配いらない」
「ふうん。もう一つだけ。関門にチャレンジ中、ジョーカーが意地悪をするの
はありですかぁ? たとえば、他の十二人が答えたあと、一人、ぎりぎりまで
解答をしないでおいて、二度目の解答権を私達に回さない、とか」
「妨害はありだ。だが、そのようなあからさまな妨害はしないと考えるのが、
妥当だとアドバイスしておく」
若島の言う妨害を行ったとしても、最終解答で正解を出せば脱落せずに済む
のだから、ほとんど無意味である。
「ふうん。分かりました。あ、ありがとうございます、井筒さんっ」
相手が芸能界の先輩であることをたった今思い出したかのように、若島は立
ち上がって深々とお辞儀した。
「他に質問のある方は?」
新滝が視線を宙にさまよわせる。肩の高さで挙手した安孫子を見つけ、指名
する。
「あの、自分の推理を他人に教えるのは、OKなのでしょうか」
「かまわないけど、何のメリットがあるのかしら」
「仮にですね、自分の推理が絶対に正解だと確信が持てたとして、それを気に
食わない奴以外に教えるんです。そうしたら、気に食わない奴の脱落する可能
性、高くなるでしょう?」
「なるほどね。まあ、ご自由に。私からも一言アドバイスをするのなら、少な
くとも第一関門ぐらいは、みんなで協力し合った方がいいかもしれないわよ」
そう言って、全参加者にウィンクをした新滝。どうやら出題の意図を知らさ
れている気配が窺えた。
「他に質問のある方は? ――いない。よろしい。あとで質問ができた場合で
も、可能な限り答えるスタンスであるし、ここは先を急ぐとしよう。すでに午
後三時を過ぎ、第一関門は始まった訳だが、午後六時まではスタジオ、以降は
宿泊所であるホテルに戻り、諸君の推理ぶりを適宜、テープに収めていく。と
言っても、てんでばらばらに腹の探り合いをしても、散漫なものになるだろう
し、視聴者も退屈に違いない。そこでスタジオでは、いくつかのイベントをセ
ッティングする」
井筒の話が区切られるのに合わせて、参加者にはハンディサイズのホワイト
ボード一式が配られた。
「まず、現時点で誰が怪しいか、アンケートを取るとしよう。根拠の薄い推理
でも直感でもかまわない、ジョーカーだと思う人物の名前を書いてほしい。こ
れは解答権の行使ではないし、審査の採点にも無関係であることは、言うまで
もない」
説明が終わってから、各自、ペンを走らせる。さして時間を取らずに、全員
が書き終えた。
「それでは、とりあえず、全員の答を見てみたい。ボードを一斉に上げて」
初回とあって様子見の心境なのか、大人しく言われた通りにする参加者達。
新滝がボードの内容をチェックしていった。
「一番多いのは、若島リオ説ね。半数近い六人が支持しているわ」
「えー、どうしてですかあ?」
本人が即座に反応した。高い声がやかましい。
彼女を怪しいとした面々が発言しようとするが、井筒が一旦、止めた。
「順番に行こう。まず、安孫子君から。短くまとめて」
「そりゃ、当然じゃないですか。タレントならテレビ局の言うことを聞いて、
いくらでも演技する」
次いで小野塚が、「若島さんは外見から言っても、探偵という柄ではありま
せんしね」と付け加える。
元刑事の沢津も、ほぼ同じ理由だった。
「あくまで現時点でという条件付きなら、最も疑わしいのが若島さんであるこ
とは、自明の理と思っている。事件を解決したという話も、本当に当人の功績
なのか、分からない」
「実績の確度については、ほとんどの方が似たり寄ったりだと思いますけど」
四人目の若島リオ説支持者である美月が、沢津をちくりと皮肉った。そして
反論を挟ませず、「若島さんを怪しむ理由は、私も人達と一緒です」と、素早
く終えた。
五人目、占い師の村園は、指名されてから少し考える風に間を取った。
「――自分は少し違います。今の正直な気持ちは、分かりません、ですね。で
もそれは許されないようなので、何か答えなければいけない。自分自身の名を
書くこともできましたが、いらぬ誤解を招きかねない行為だと考え、代わりに
恐らく最も怪しまれるであろう人物の名を書いたまでです」
「へえ? それってもしかして、自分の推理を他の名探偵候補に知られないた
めのカムフラージュだったりして?」
唐突に発言したのは更衣。ブランデーグラスを持つような手つきで、オーバ
ーに振る舞う。彼は若島リオ説ではなく、安孫子藤人説を採っているが、黙っ
ているのが辛抱できなくなったようだ。
「どう受け取るかは、あなたの自由です。そして、私は否定しておきましょう」
村園は静かに応じ、形のよい唇を結んだ。
更衣はその返事を受けて、小刻みに三度うなずき、微笑しつつ、両手を握り
合わせた。推理を働かせているように見受けられる。
井筒は更衣に再度の発言をさせず、若島リオ説最後の一人に話を振った。
「話を戻そう。律木さんの考えを聞かせてほしい」
「そうですね。少し毛色の変わった意見が出たあとでは、言いづらいのですけ
れども……」
律木の物腰には、考え考え話すようなところがあった。アピールすべく、意
見に目新しさを付加しようとしているのかもしれない。
「やっぱり、村園さん以外の方とだいたい同じです。タレントさんを何人か揃
えて、第一回放送の視聴率を確実にしておく必要があったのでは。名探偵候補
の中にも芸能人が一人いれば、それだけで個性になります。二回目以降は、彼
女のようなタレントいなくなっても、私達の個性を視聴者が徐々に認識し、見
分けてくれるでしょう」
言い終えて、息をつく律木。急ごしらえの意見故、まとまりを欠いた文章に
なったが、当人は及第点を出したようだ。
「なるほどね。では、若島さん。あなたからの反論はありますか」
新滝が聞いた。
「反論ていうほど、大げさなものじゃないけれど、結局、みんな、あたしが芸
能人だからってだけで疑ってる。でも、テレビ局とつながりの強い人って、あ
たしの他にもいるじゃない、たくさん」
「確かに。あなたが八重谷さんを怪しいと思ったのは、じゃあ、全く同じ理屈
からね?」
若島リオは、ボードに八重谷さくらと書いていた。ベテランの域に入りつつ
ある推理作家の名を、癖のある丸っこい字で綴るというのは実にアンバランス
で、据わりが悪い。
「うん、そう。一番テレビ局とつながりが強いし、局を思い通りに動かせるん
じゃないかなって思った」
「それ、誉め言葉なのかしら」
そう言った八重谷は、強張ったような苦笑を浮かべていた。新滝が慌てたよ
うに割って入る。
「はいはい、そこまでです。八重谷さんの名前を書いた方が、もう一人います
から、そちらにも伺わないと。えっと、天海さん?」
「八重谷さんと書いた理由ですね。私はテレビ局とのつながり云々よりも、審
査員との関連を思い浮かべました」
マジシャンは穏やかな口調で始めた。奇術を演じるときのトークのうまさに
は定評がある。
「審査員に、推理作家の土井垣龍彦氏がおられる。八重谷さんとともに、一流
の推理作家だ。当然、面識がおありでしょう。そんな関係なのに、審査する側
とされる側に分かれるというのは、事実はどうあれ、他の者に不公平感を与え
ます。そんな要素は、早々に取り除かれるものだと推測した結果、ジョーカー
は八重谷さんだと結論づけるに至った次第です。あくまで、現段階では、です
けどね」
「よく分かりました。それでは八重谷さん、反論がありましたらどうぞ」
「特にありませんわ」
間髪入れずに返答すると、八重谷は自分に疑いを向けている二人を、横目で
見やった。心なし、唇の端が上を向く。
「私を怪しんで損をするのは、あなた達だから、私にはむしろ好都合。解答権
を無駄にしていいのなら、今この場で解答すれば?」
マジシャンもタレントも、この程度の挑発にはもちろん乗らない。八重谷は
手応えがないことに拍子抜けしたのか、両肩を大きく下げる動作をし、頭を左
右に振った。
「では、八重谷さんが村園さんをお疑いの理由を、聞かせてください」
新滝が殊更に丁寧な物腰で尋ねた。八重谷は自分の手にしたボードを一瞥し、
視線を起こした。
「これも特に大きな理由はないのだけれど……男性っぽい女と女性っぽい男、
二つもキャラはいらないと思っただけ」
「……郷野さんではなく、村園さんにしたのには何か訳が?」
新滝が表情を強張らせ、村園と郷野の顔色を窺いながら、推理作家先生に質
問を重ねた。
「郷野さんがジョーカーでいなくなったとしたら、男女の人数が同じになる。
けれど、それだと当たり前すぎて面白味が全くない。だったら村園さんを……
ってことよ」
「いやはや。推理とも呼べないような理屈だ」
この場の雰囲気を解消できるのは自分だけだ――井筒の声には威厳が籠もっ
ていた。
「今、審査するとしたら、私はこう言うね。『八重谷さん、君には失望した』」
「だって直感ですもの。手掛かりが皆無に等しいのだから、仕方ないわ」
気にすることなく応じた八重谷。
井筒は満足げに首肯すると、手元のメモを見やった。
「村園さんから反論は? ああ、ない。それでは次――名前の出た郷野さんに
聞くとしよう。律木さんをジョーカーだと考える理由を、教えてくれないか」
「喋るだけ損て感じするんだけれど、まあいいわ」
やわらかな仕種で片手を頬に宛がい、郷野美千留は始めた。
「私以外の顔ぶれを見渡して、何週間も続くテレビ番組なんかに出てる暇はな
い、っていう人を探したの。大学の先生が、一番当てはまるんじゃないかしら」
「お門違いね。私は研究室のピーアールも兼ね、意を決してここに来てますっ」
律木がすかさず反駁した。尤も、この台詞が真実かどうかは分からない。
郷野は律木の剣幕に「まあ、恐い」と、芝居めいた身震いをした。
「律木さんの反論は済んだと見なし、進めよう。残っている中で……喋りたく
て溜まらない様子の更衣さん、あなたから」
司会者の指名を受け、更衣は手もみをした。そして何故か立ち上がる。
「正直言って、驚いている。皆さんが当たり前の答ばかり書いたことに」
そういう彼の持つボードには、安孫子藤人と書き殴ってある。
「直感で選ぶのなら、最も意外な可能性を探るべきだと私は思う。学生で恐ら
く暇で、この番組に連続して出演しても何の支障もない彼こそ、最もあり得な
いジョーカー。彼が目立てるのは、このチャンスを置いて他にない。そこから
付随して言うならば、視聴者の関心を一番呼ばぬであろう彼以外をジョーカー
に仕立てては、視聴率に大きな悪影響を及ぼしかねない。さらに――」
「更衣さん、タイムアップだ。この第一関門で落ちなかったなら、次回以降は
もっと手短に願うよ」
笑いが場に生じる。井筒に止められては、更衣も従うしかない。背を丸める
ようにして腰を下ろした。
「安孫子君、反論は?」
「いえ、別に。ひどい言われようだったけど、中身はまあ、それなりに筋の通
ったものでしたし。ただ、そういう“一般人”が優勝してこそ、この番組の意
義があると言えるんじゃないかと」
「結構だね。では、若干駆け足で、残りを続けるとしよう。野呂さんは、元刑
事の沢津さんをジョーカーと見た」
「そう、その元刑事ってとこが怪しい」
野呂は組んでいた足を崩し、身を乗り出した。やたらと人差し指を振る。
「元とはいえ、刑事さんがこんな番組にひょいひょい出られるものなのか。少
なくともベストスリーに残らなきゃ、警察の面目丸潰れになりかねない。しか
も、番組はこれが初めての試みだ。どんなことをやらされるのか、分からない。
そんなリスクを冒して、元刑事が参加するものかってね」
「万が一にも早々と敗退し、昔の仲間から揶揄されても、それは仕方がない。
覚悟はできておる」
やや気負った調子で言った沢津は、その厳つい面をフリーライターへと向け
た。野呂は視線を逸らし、「ま、今んとこって話でさぁ」と薄笑いを浮かべた。
「最後は堀田さん。お待たせしました」
最年長の参加者には、さすがに丁寧な語調になる井筒。
堀田は居眠りしているのかと思わせるほど細くなっていた目を、ぱっと見開
いた。
「わしに意見をお求めか。まだ、推理どうこうという段ではないんでな。大し
た話はできませんな」
「そこをどうか。疑われた天海さんも、理由を知りたいでしょうし」
井筒の言葉に合わせ、天海がうなずく。
すると堀田老人もまた、大きくうなずき、笑いながら語った。
「これはわしの願望でしてな。マジシャン――魔術師がジョーカーなら、さぞ
かし見事なだましっぷりを披露してくれるに違いない。そんな期待を込めて、
天海さんの名前を書かせていただいた。失礼を謝りますよ」
言葉だけでなく、実際にこうべを垂れる堀田。天海は恐縮気味に、「そのよ
うなことを気にしていては、このゲームに臨めませんよ」と応じる。
天海からの反論はなく、これで全員の意見が聞けたことになる。井筒が進行
する。
「名探偵の資質を有する者であれば、只今のやり取りからだけでも、相当な手
掛かりを得たかもしれない。だが、確証を得るにはまだ不足と思われる。そこ
で、六時までの残り時間を、十三人による議論・相談の場とし、第一関門突破
の大きな手掛かり、足掛かりとしてもらいたい」
「うん? 議論は分かるが、相談って何だ?」
野呂が声高に疑問を呈した。収録開始からだいぶ経ち、早くも顎周りがうっ
すらと黒くなっている。
「自由に解釈してもらってかまわない。だが、一つだけ、私からのヒント――
道標を示そう」
井筒は注意を惹き付けてから、ゆっくりと喋った。。
「この関門は個人戦だが、うまく行けば、落ちるのはジョーカーその人だけに
なる」
――続く