AWC お題>双子>そばにいるだけで 〜 ツインズ 〜 1   寺嶋公香


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#143/598 ●長編
★タイトル (AZA     )  03/04/09  01:26  (278)
お題>双子>そばにいるだけで 〜 ツインズ 〜 1   寺嶋公香
★内容                                         04/04/11 11:06 修正 第2版

          *          *

※『そばにいるだけで』の本編シリーズをある程度読み込んでいないと、楽し
みづらい内容になっています。あしからず。

          *          *

 純子は耳を疑った。目を丸くして、相手に聞き返す。
「双子?」
 問われた淡島は、机の上の占いグッズを片付けながら、髪を揺らしてうなず
いた。それからしばらくは黙ったまま、鞄に道具を丁寧に仕舞い始める。
「あの、淡島さん?」
「ですから、涼原さんの聞き間違えではありません」
「でも、そんな」
 二人以外、誰もいない教室。純子は首を巡らせ、相羽のクラスの方を向いた。
無論、その姿が見えるはずもない。ここのところお互いに忙しく、今日は相羽
も先に帰ったはずだ。
「相羽君が双子だなんて、全然、信じられない」
「私も話を小耳に挟んだだけで、事実かどうか分かりません。涼原さんにお伺
いすれば、確かめられるものとばかり」
「確かめるも何も……双子じゃないって」
 視線を戻して、ため息をつく。試験を終えたばかりの頭の中は、ちょっとし
た混乱状態だ。
 淡島が面を起こし、両手で鞄の取っ手を握りしめながら、純子を見上げてき
た。それから小首を傾げ、斜め向きの上目遣いになる。
「それじゃあ、あのときの話は一体……」
「どういう会話だったの?」
「断片を聞いただけでした」
 支度がやっと終わって、立ち上がる淡島。春休みのスタートを数日後に控え、
各クラブの活動は大半が休みだったが、淡島は日直、純子は追試でそれぞれ遅
くなったのである。
 ちなみに、純子の追試は、赤点を取ったからではなくて、仕事の都合でテス
トの日、学校を休まざるを得なかった結果であるという事実を、彼女の名誉の
ために付け加えておく。
「あれは、占い研究会の部屋の正確な位置を調べようと、校内を歩き回ってい
た最中のことでした」
 教室の戸締まりをし、廊下に出ると、扉に施錠。夕日と言うにはかなり早い、
レモン色の陽光を浴びながら、鍵を返しに職員室へと向かった。
「占い研究会の部屋の位置を、どうして調べていたの?」
「風水に凝っている人が最近、入ったもので、校内での部室の位置が重要と主
張するのです」
「はあ」
 敢えて尋ねなくてもよかったかな、と心中で舌先を覗かせる気分の純子。
「その作業の一貫で、屋上に通じる階段を昇って、また降りていたときです。
ちょうど、相羽君と唐沢君、それに鳥越君がお喋りをしながら歩いているとこ
ろを、見掛けたのです」
「相羽君達は、淡島さんには気付いてなかった?」
「多分。私は階段を降りて行くところで、あちらはこんな風に廊下を歩いてい
て、どんどん遠ざかる位置関係だったので、まず気付きません」
「それじゃあ、少なくとも、淡島さんをからかって冗談を言っていたわけじゃ
ないのよね」
「まあ。そんなこと、考えてましたの?」
「う、うん。一応ね」
 何しろ、特技の一つが奇術である相羽のことだ。人を引っかけて楽しむ習癖
は、少なからず持ち合わせているはず。
「唐沢君達をからかおうとしていた場合が、まだ残っているけど」
「先を急がずに、ともかくやり取りを再現しますから」
 そう言いながら、職員室へ向かう足取りは急ぐ淡島である。のんびり、ゆっ
たりしている風に見られがちだが、歩くのは速い。純子もモデルウォークで着
いて行くから、この二人きりで歩くときは、やたらに速いのだ。
 職員室に鍵を返すや、話題はすぐに元に戻った。
「もっとも、やり取りと言っても、ごく短いもので……『そうか。相羽は双子
か』『唐沢にまで、意外そうに言われるのは心外だな。これだけ長い付き合い
なのに』『そういう唐沢は――』」
「最初が唐沢君の台詞で、次が相羽君?」
「はい」
 靴を履きかえて、外に出た。まだまだ夕日には早い。校庭隅の木々がざわざ
わ、ひっきりなしに音を立てる。春を迎えて汗ばむほどの陽気であるが、風が
きついため、ちょうどいいと言えるかもしれない。ただ、乾いた砂が時折舞い
上がるのには、誰しも閉口するだろうが。
「三番目は、鳥越君の声でしたが、途中で聞き取れなくなってしまいました」
「『そういう唐沢は』……何て続くんだろ?」
 少し間を取り、考えてみる。
「『そういう唐沢は双子じゃないのか?』なんてこと、普通は言わないわよね。
『何人兄弟なんだ?』、これならありそう」
「同感です。けれど、問題の解決にはつながりそうにありません」
「……」
 手提げ鞄を持ち換え、ついでに風に乱れた髪を直して、気分を新たにする純
子。「仮に」と空を斜めに見上げながら、言ってみた。
「相羽君が本当に双子だとして、それを、唐沢君は知らなかったことになる」
「そして、涼原さんも知らない、と」
「うん。双子の兄弟がいるって、隠しておくようなことかなぁ。私には分から
ないわ」
「一卵性双生児の人達は、興味本位に見られるのを嫌うという話を聞きますけ
ど、隠し通せるものじゃあ、ありません」
「そうよね。第一、相羽君と双子の人は、今どこにいるの? 離ればなれに暮
らしてることになるけれど、そういった話も一切、私達にしてくれないなんて、
どう考えてもおかしい」
「それだけ深刻な事情がある、とも考えられなくはないです。が……」
 淡島が純子の方を見上げてくる。
「恋人にも言わないとなりますと、尋常でありませんね」
「こ、恋人かどうかは関係ないでしょっ」
 純子が叫んだのを機に、この件は何かの勘違いだったのねということで、区
切りが着いた。だから、当然、本人に確かめることもしなかった。

「どう?」
 白沼が誇らしげに言った。その頭は、黄色いヘルメットで保護されている。
「どう、と言われても」
 上の方を見回していた純子は、目線を普段の高さに戻し、相手に苦笑を投げ
かけた。やはり被っている黄色いヘルメットをずらし、伏し目がちになった。
 対する白沼は、腰に両手首を当て、ずい、と距離を詰める。
「私が自慢することじゃないとでも?」
「……」
 答えようがなくて沈黙。苦笑もこれ以上続けるわけにいかない。
 だが白沼は、自嘲気味に笑顔を作り、「私もそう思う」と一言。
「いや、確かに、舞台裏を目の当たりにできるのは、滅多にない機会だね」
 相羽はフォローのつもりで言ったのかどうか、先ほど純子がしていたように、
ヘルメット越しに頭を押さえながら、高い建物を見上げた。その視線の向こう
で、クレーンで吊られた壁が、何かに吸い寄せられるかのように上がっていく。
「遊園地の建物は、実際以上に高く見えるように、窓枠などが遠近法を利した
造りになっていると聞いたことあるけれど、本当にそうなんだな」
 三人は、テラ=スクエアに来ていた。国内有数の大型総合遊園地だ。しかし、
園内に人の声は乏しい。それもそのはず、テラ=スクエアは一部リニューアル
のため、ここしばらく休園中なのだ。
 純子達が今立つのは、新しく導入されるテーマ館の前。大型連休に間に合わ
せるべく、作業が急ピッチで進んでいる。工事中故、間近というわけにはいか
ないが、それでも、作りかけの“夢の世界”を垣間見られるのは、貴重な体験
と言えよう。
「お客のいない遊園地に入って、こういうところを見ることができるのは、私
のパパのおかげ」
「どうも。感謝しておりまする」
 芝居がかって話す白沼に、相羽も冗談ぽく応える。二人とも、厳密に言うな
ら、今日ここに来なくてもいい。純子ただ一人が、仕事の下見という理由があ
る。
(テラ=スクエアで催すイベントのキャンペーンガールを引き受ける方向で、
来てみたけれど……)
 純子は相羽に一歩近寄り、彼のうなじの辺りをじっと見た。
(白沼さんが来るなんて。ううん、それは予想できなくもなかったのよね。た
だ、相羽君を誘うのは予想外)
 相羽が誘いを受け入れたのは、自分と少しでも一緒にいたい気持ちの表れと
分かっている。だけど、それでもなお、白沼と言葉を交わすのを見ていると、
落ち着かなくなる。
(誰のおかげかって言ったら、私じゃないの? 私が、風谷美羽が、白沼さん
のお父さんの眼鏡に適ったから……でしょ?)
 結果、あまり意味のない対抗意識を燃やしてしまった。でも、それを口にし
ないのは……。
(それもこれも、白沼さんが推薦してくれたからなんだけど)
 純子が密かに嘆息していると、白沼がこちらを向いた。彼女の目は純子のう
なじ辺りをかすめ、その後方に焦点を結んでいるようだ。
「来たわ。そろそろ、お仕事の話よ。折角のチャンスを作ってあげたのだから、
しっかりものにしてちょうだいよね」
「は、はあ」
 振り返ろうとした刹那に、いきなり肩を叩かれ、よろけた純子。そのままの
勢いで数歩、歩み出る形になった。
 と、目の前に手が差し伸べられる。
「初めまして。娘からあなたのことをよく耳にしています」
 顔を上げると、白沼の父だった。よい具合に白髪の混じった髪をオールバッ
クにし、痩身に精悍さを携えている。
「それ以上に、風谷美羽のこれまでの仕事ぶりを、この目でしかと確かめさせ
てもらいました」
 若干嗄れているが、外見とは裏腹に優しい口ぶりだった。ビジネス用の口調
なのかもしれない。
 姿を見せた大人達は、合わせて四名。ルーク側は市川の代理の形で相羽の母
と杉本、αグループ側は白沼の父に、その補佐役という梶浦(かじうら)なる
男性。見たところ、杉本よりも若いようだが、ずっとしっかりした雰囲気の持
ち主だ。
 純子は両手を前に揃え、身体を折って一礼した。
「評価してくださり、光栄です。ご期待に添えるように最善を尽くします。よ
ろしくお願いします」
 台詞が硬くなったのは仕方がない。クライアント、友達の父親、どちらか一
つだけでも緊張する要素たっぷりなのに、その合わせ技なのだから。
「では、お友達をしばらくの間、借りるよ。相羽君、絵里佳」
 白沼の父は二人にそう告げて、きびすを返した。梶浦と杉本も続く。純子も
足を進めようとしたが、相羽の母が立ち止まったままなので、出足が鈍る。
 母は子に話し掛けていた。
「今日は長くても二時間弱ほどで終わると思うから、信一、危ないことしちゃ
だめよ」
「いつまでも小学生扱いって、かなわないな」
「工事が進んでいるのだから、敢えて注意しておきます。それじゃ白沼さん、
よろしくね」
 相羽の母に言われて、白沼はにっこりと満面の笑みをなし、さらに優雅なニ
ュアンスでお辞儀までした。
「はい。信一君が危険な場所に行かないよう、私がちゃんと見張っておきます
から、どうぞ安心して仕事の話をおまとめになってください」
 そんなやり取りを見ていた純子は、白沼の目的はここにあったんじゃないか
と、改めて疑りたくなった。
(てっきり、手を引いてくれたんだと思ってたのに。これじゃあ、私が落ち着
いて仕事に打ち込めないじゃない! 何を考えてるのよ!)
 心の中で叫んで、多少はすっきり。相羽のこと、信頼しているから本当は何
も心配なんてない。白沼のかつての強引さを思うと、一抹の不安を呼び起こさ
れるだけ。
「それじゃ、純子ちゃん。行きましょう」
 いつの間にか相羽の母に追い抜かれていた。急いで駆け出す。
 そんな純子の背中に、相羽が声を掛けた。
「あとでね」

 〜 〜 〜

 どのようなイベントを企画し、キャンペーンガールがその中でどんな役割を
果たすのか、諸権利はいかに取り決めるのか、スケジュールは――。そういっ
た話がひとまず終わり、純子達はテラ=スクエアの内部を実施に見て回ってい
た。
「まだ完成前のところをお見せするのは、恥ずかしい限りですが、その分、完
成した暁には自信があります」
 梶浦が右腕を柵の外に伸ばし、その広大な空間を示す。彼らがいるのは、遊
園地内の大小の建物の一つ、“スクレイパース”、そのエントランスホールだ
った。ホールと言っても並みのサイズではない。一階から十五階までの吹き抜
けの造り。自然光を計算尽くで採り入れることで、影が壁に淡い縞模様を落と
している。その空間をぐるりと取り巻く形で、螺旋を描く回廊が設置されてい
た。
 純子達は、エレベーターで最上階まで行き、ゆっくりと歩いて降りていると
ころだった。
「その気になれば、ダイビングも可能ですよ」
「え? まさか、私に飛べと……」
 身体が固まる気分を味わう。実際、純子の歩みはストップしていた。
「キャンペーンガールにそんなこと、させはしない」
 白沼の父が悠然と言った。厳しい顔つき、隙のない態度だが、笑顔を絶やさ
ずにいる。ビジネスは全てに優先する、そんな雰囲気を感じさせる人だ。
「ファッションモデルにスカイダイビングをさせるとは、ジョークならなかな
か面白いが。私は、奇をてらうことがあまり好きでなくてね。奇をてらうこと
で得た旨みは一過性のものだ。愚かな連中は、それを忘れ、味を占めて繰り返
すようになる」
 要するに、正攻法で行く主義だ、という主張らしい。純子にとってはありが
たい話と言えるかもしれないが、その一方で懸念がなくもなし。
(市川さんとは多分、そりが合わない)
 市川は変わった手法、新奇な試みを好む。鷲宇もどちらかと言えばそうだ。
 鷲宇はともかく、市川が将来、このテラ=スクエアの話に関わってくること
は、充分あり得る。モデルの仕事は、相羽の母の受け持ちだが、芸能面は市川
の領分。今回のキャンペーンガールの企画は、どちらに振り分けられるのか、
微妙な要素がある。それに、これまで芸能活動は久住淳に限られていたのが、
この春辺りからは純子自身、素顔での芸能分野進出が始まっているという背景
もあった。
(うまく行けばいいんだけど……。今から心配してもしょうがない、か)
 仕事中に、悩み事をわざわざ増やす必要もあるまい。深く息をついて、純子
は頭を振った。
 折角だから、今日、少し撮影をしてイメージを膨らませよう、というような
話に耳を傾けながら、二階部分に差し掛かったとき。純子は注意散漫になった。
 もちろん理由がある。相羽の姿を、一階の壁際に見つけたのだ。探していた
わけでもなく、視界の隅っこに一瞬、捉えただけなのに、気になって振り返っ
た。
 白沼の姿が近くにないことにどことなく安心してから、純子はより詳しく観
察する。
 相羽は壁の方を向いて立っていた。何やら新設中らしく、透明なビニールが
あちらこちらに張ってあるが、彼の前だけはビニールはなく、代わりに四角い
木枠が壁に備え付けられている。高さは二メートルちょっとありそう。
(新しく出入口を作るのかな? でも、そんな立ち尽くすほど面白い物なのか
しら……。何をしてるのか、声を掛けてみたい。けど)
 立場を思い出して、視線を戻す。よそ見していたことに気付かれてはなかっ
たが、仕事の話はどんどん進んでいるようだ。
(終わったら、相羽君ともう少し見て回りたいな)
 あきらめのため息をして、最後にちらっと相羽の方を見た。
(……え?)
 純子は口を片手で覆った。たった今見た光景が信じられず、目をしばたたか
せる。
 木枠の向こうに、もう一人、相羽がいた。
 こちらに背を見せているのが相羽であるのは間違いない。その彼と相対する
形で、もう一人、相羽とそっくりの、まじめくさった顔がある。
 鏡?
 咄嗟に浮かんだのは、木枠に大きな鏡がはめ込んである可能性。やや高いと
ころから見ている純子の姿は、鏡に映らないということは、充分にあり得る。
 だが、その推測は、あっさりと打ち砕かれた。
 相羽が――背を向けている方が右手で髪をかき上げた。すると、鏡の中の相
羽は当然、左手を動かすはず……なのに、現実は違った。
 もう一人の相羽も、やはり右手で髪をかき上げたのだ。
(そんな。どういう……まさか、双子?)
 突如、淡島とした会話の記憶が蘇った。思わず、頬を両手で押さえて、頭を
何度も振る。
(ええ? 双子の兄弟がいるなんて、嘘、嘘? えー?)
 パニックになってる場合じゃなくて、もっとよく見てみようと思い、足を止
めた。が、間の悪いことに、今度こそよそ見に気付かれてしまった。
「風谷美羽さん」
「は、はい!」
 白沼の父の声に、急いで振り返る。顔の前に掛かった髪を直しながら、駆け
足で追い付いた。
「あなたがテラ=スクエアの設備に興味を持ってくれることは、大変光栄で、
当方の方針が間違っていない証明でもあるから、とても喜ばしい。だが、今し
ばらくは、我々の話の方に関心を持ってもらいたい。よいかな?」
「はい。すみません……」
 肩を小さくし、うなだれる。そこをまた、今度は相羽の母から注意を受けた。
「ほら。モデルがそんな姿勢で歩いちゃだめよ。しっかり」
 背中を軽く叩かれ、純子は背筋を伸ばした。気を取り直して、歩を進める。
(信一君に、双子の兄弟はいますか?)
 先を歩く相羽の母に、聞いてみようかという考えが脳裏をよぎったが、さす
がにできなかった。


――つづく





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