#110/598 ●長編
★タイトル (hir ) 02/12/04 01:29 (262)
南総里見八犬伝本文外資料6 伊井暇幻
★内容
八犬伝第六輯有序
予所著八犬伝一書此秋夕冬夜戯墨曩謬為書賈山青堂所刊布雖未足使楮価踊貴而於書賈頗
有羸余焉旦暮以此為揺銭樹云自是之後屡〃続稿而至第五輯時山青堂耽於他事乃不果俛仰
之間光陰荏苒越歴四五年矣今茲書肆涌泉堂購得前書刻版又揣刻一日令山青堂為介告諸予
乞代続梓誅求数四諄諄不已予為其言有理漫然頷之将創余稿以充銷夏之料然無有宿構也偶
〃其所有皆忘之矣因沈吟構思然後費燈油者毎夜一二盞漸費至一二升則稿了一巻弥〃費▲
(シンニョウに台)斗許之夜稿了者総五巻其第五巻楮数最多遂釐之以為二本編纂共六本
手稿竟完矣輒授之于涌泉堂以登於梨棗其書画二工依故出像則柳渓二子所画浄書乃田谷両
筆録之閲五六月而書画尽成嗚呼涌泉堂性太急自克促工而無虚日及▲(厥にリットウ)人
告成又乞顔予之自序於簡端業在倉卒際不遑含毫且回思即便述本輯稍久而出世趣代序以塞
其責
文政九年菊月中澣書于著作堂雨▲(片に聰のツクリ)
曲亭▲(虫に覃)史
予の著す所の八犬伝の一書は、此(これ)秋夕冬夜の戯墨たり。曩(さき)に謬(あや
ま)りて書賈山青堂の刊布する所と為る。いまだ楮価をして踊貴たらしむるに足らずと
いえども、書賈に頗(すこぶ)る羸余あり。旦暮、此を以て揺銭樹なりと云う。是より
の後、屡〃稿を続け、しこうして第五輯に至れり。時に山青堂は他事に耽りて、乃ち果
さず。俛仰の間、光陰荏苒し、越(ゆう)に四五年を歴(へ)たり。今茲、書肆涌泉堂
が前書刻版を購(あがな)い得て、また刻むを揣(はか)り、一日山青堂をして介とし
諸を予に告げて代わりて梓を続けんことを乞う。誅求すること四たびを数え、諄諄とし
て已(や)まず。予その言の理あるが為に漫然として之に頷き、まさに余稿を創りて以
て銷夏の料に充(あ)てんとす。しかれども宿構あるはなし。偶〃そのある所も皆之を
忘れたり。よりて沈吟して構思して、しこうして後に燈油を費やすこと毎夜一二盞、漸
く一二升を費やすに至れば則ち、一巻を稿了し、いよいよ費やして斗ばかりに至るの
夜、稿し了(おわ)る者すべて五巻。その第五巻の楮数は最も多し。ついに之を釐(
さ)きて以て二本と為す。編纂すれば共に六本。手稿は竟に完し、輒(すなわ)ち之を
涌泉堂に授け以て梨棗に登らしむ。その書画二工は故(ふる)きによりて出像は則ち柳
渓二子の画する所、浄書は乃ち田谷の両筆と之を録す。五六月を閲(へ)て書画尽(こ
とごと)く成れり。ああ涌泉堂の性は太(はなは)だ急なり。自ら克(よ)く工を促し
て虚日なし。▲(厥にリットウ)人の成すを告ぐるに及びて、また予が自序を以て簡端
を顔(いろど)らんことを乞う。業は倉卒の際に在り。毫を含みて思いを回(めぐら)
す遑(いとま)あらず。即ち便(すなわ)ち本輯のやや久しくして世に出る趣を述べて
序に代えて以て、その責めを塞ぐ。
文政九年菊月中澣 著作堂の雨▲(片に聰のツクリ)に書す
曲亭▲(虫に覃)史
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八犬伝第六輯口絵
高哉犬坂勇且好謀避冤在胎変生剿仇
高きかな、犬阪。勇にして且つ謀を好む。冤を避け胎に在り、変生して仇を剿す。
犬坂毛野胤智
★「変生」からすれば、生まれるべき性を変え仇を討つため男となった、と読める。毛
野が、小文吾を誑かすほどの色香を放つ原因は此れか
●あるをひき傀儡まはしの箱南れや手(た)まはなれたる胸のからくり
女田楽旦開野
★枠外に馬加くら弥五・渡部綱平・占部すゑ六・いなき・たまくら・若党金平・しもべ
品七・あさやの村長・畑上語路五郎・若党銀吾・かもめ尻の並四郎・あひ原夢之助・鈴
子・戸まき・おほ田助友・坂田金平太・向井貞九郎・柚角九念二・千葉より胤)
(試記・あら惜しき傀儡まはしの箱南れや玉離れたる胸の絡繰り/第一句は誤写か
佞似賢者 巧惑衆愚 ▲(石に武)▲(石に夫)混玉 懼紫奪朱
佞にして賢に似たる者は、巧みに衆愚を惑わす。▲(石に武)▲(石に夫)と玉を混
じ、紫の朱を奪うを懼(おそ)れる。
馬加大記常武所図壮年之像也・粟飯原首胤度
★論語・陽貨の「悪紫之奪朱」。奸佞な者が評価され、人々が惑わされている。詰まら
ない者が、まともな者に紛れ込み不当に権を握ることこそ、恐るべきことだ
は芸て来るつふりにはちぬ無分別くさり松魚の人を酔する
籠山逸東太縁連・船虫
★試記・禿げてくる頭に恥じぬ無分別、腐り鰹の人を酔わする/頭が禿げてくるほどの
歳になりながら不相応の無分別、腐った鰹に当たって朦朧となっているのか、理義に蒙
くなっている
▲(豊に盍)而節操 命薄情篤 劈身仆讐 返璧▲玉
艶にして操を節す。命薄うして情は篤し。身を劈(つんざ)き讐を仆(たお)す。(返
璧に)璧を返し、玉を埋(うず)む。
節婦雛衣
★試記・「返璧埋玉」の書き下しは難しい。返璧は、地名のタマガエシと〈璧を返す〉
二重の意味を持たされているようだ。〈返璧に玉を埋む〉と書き下せば、雛衣が礼玉を
呑み込んだ場面で終わってしまう。それでは評にならぬから、意地でも玉を〈返す〉所
まで引っ張らなければならない。引っ張ると、今度は〈返す〉所で止まらず、〈玉を埋
む〉ことになってしまう。礼玉を返した後に埋めるものは、是、雛衣の遺体だ。「璧」
は玉だが、「玉」は璧より意味が広く、璧の方が玉より格上の印象もある。此処では璧
を礼玉、玉は万物の美称と解して雛衣そのものを指すと考える。原文が四言絶句である
との形式から考えても、転句と結句は対語、対称形であるべきだから、「劈身仆讐/身
を劈き讐を仆す」に対応するためには、「壁を返し玉を埋む」と考えた方が素直だろう
露を玉とあさむくとてもはちすさく水沼におとしいれら礼はせし
犬村大角礼儀小字角太郎
★枠外に山の神・土地の神・ヤツ党東太七編に出つ・キツ足ハツ太郎七へんに出つ・犬
村かもりのり清・ひやう六・犬村かもりが妻・行徳の古那屋の隣人・しもへはか内七編
に出づ・一角が後妻まど井・角太郎か実母まさか・もす平・スダマ・とくろの洞の冤
鬼・胎内くぐりの妖怪・若たう尾江内七編に出づ・玉坂飛伴太七編に出つ・月蓑団吾七
編に出つ/試記・露を玉と欺くとても蓮咲く水沼に陥れられはせじ/此処では変態……
変体仮名を原字ではなく平仮名で表記することを原則としたが、此の句の場合は礼玉・
大角の評であるので故意に「れ」とすべきを「礼」とした。他意はない。「蓮咲く水
沼」は、蓮は美しい花であり仏教もしくは如来を象徴していると考えられるので、見た
目美しく優しそうだが実はドロドロの深い沼で落ちたら命まで奪われる、ぐらいに解し
ておく。上の句は、実体がないわけではないが儚い露を高貴な玉だと欺く如く、外見だ
け似た偽一角およびオタメゴカシ船虫の虚偽を、最後には見抜くことを歌っている
坊賈之捷利素其所也而猶有甚焉者若拙著常世物語三国一夜物語二書其刻版係于丙寅之燬
或為烏有或亡其半曩一賈豎補刻常語之闕又翻刻一夜語然不告諸予乞校訂擅改易常語書名
及出像而令是如新著是以多不与旧本同加之其文誤衍亦多拙劣不遑毛挙也初予不知之客歳
涌泉堂購得常語補刻之梓而乞予校訂於是予駭嘆久之無所漏憤譬如汚衣之油屡〃洗乃耗本
色▲(シンニョウに台)今又莫奈之何且也一夜語翻刻雖未得見新刷而推思之則亦不与旧
版同可知也顧廿余年前戯墨吾豈敢懸念耶但見売名之憾不得無言也因贅数行於簡端余楮
曲亭主人再識
坊賈の利に捷(さと)きは、素(もと)よりその所。しかるもなお甚だしきあり。拙著
の常世物語三国一夜物語の二書のごとき、その刻版は丙寅の燬に係りて、あるいは烏有
となり、あるいはその半を亡(う)せり。さきに一賈豎は常語の闕(か)けたるを補刻
し、また一夜語を翻刻す。しかれども諸を予には告げず校訂を乞わず。擅(ほしいま
ま)に常語の書名および出像を改め易(か)えて、是をして新著のごとくならしむ。是
を以て多く旧本と同じからず。之に加えるに、その文は誤衍また多し。拙劣たること毛
挙に遑あらず。はじめ予は之を知らず。客(さる)歳に涌泉堂が常語の補刻の梓を購い
得て、予に校訂を乞う。是において予は駭嘆すること久しうして、憤りを漏らす所な
し。譬えば衣を汚す油のごとし。屡〃洗えば乃ち、本色を耗(おと)す。今に至りて之
をいかんともするすべなし。かつ一夜語の翻刻は、いまだ新刷を見ることを得ざるとい
えども、しかれども推して之を思えば則ち、また旧版と同じからざるを知るべし。顧う
に廿余年前の戯墨、吾あにあえて懸念せんとするや。ただし名を売らるるを見るの憾、
言なきことを得ず。よりて数行を簡端の余楮に贅す。
曲亭主人再び識す
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第五十一回
「兵▲(豚のツクリ二つの下に火/セン)山を焼て五彦を走らす 鬼燐馬を助て両孀を
導く」
落人を奇貨として野武士等放馬を撃つ
小文吾・野武士・野武士・野武士・ひく手・ひとよ
★尺八・力二郎の冤鬼が登場する荒芽山の場面を閉める此処で、馬が蘇生し、富山へと
繋ぐ。遺された者達は、再びリアルな世界で生きることになる
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第五十二回
「高屋畷に悌順野豬を搏にす 朝谷村に船虫古管を贈る」
並四郎が短鎗何ぞ小文吾が一拳に及ざる事を知らん
なみ四郎・小文吾
残賊空衾を刺て立地に元をうしなふ
小文吾・船むし
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第五十三回
「畑上謬て犬田を捕ふ 馬加竊に船虫を奪ふ」
両手を束縛せられて小文吾船虫を蹶挫ぐ
小文吾・船虫・畑上語路五郎・より胤
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第五十四回
「常武疑て一犬士を囚ふ 品七漫に奸臣を話説す」
小文吾抑留せられて常武に謁す
柚角九念次・坂田金平太・小文吾・卜部季六・臼井貞九郎・渡部綱平・馬加常武
品七が昔物語粟飯原首胤度讒死の処この本文ハ三の巻にあらハす看官よろしく合せ見る
べし
くせもの・くせもの・あひ原おひと・こミ山逸東太・槍もち津久兵衛・若たう金吉・若
たう銀吾
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第五十五回
「馬大記賺言して道に籠山を窮せしむ粟飯原滅族せられて里に犬坂を遺す」
品七が昔物かたり粟飯原胤度が家族死を賜ふところ
馬加大記・むすめたまくら・いなき・あひ原夢の介
★余りにも酷い場面だが、幕と刑吏の着衣に千葉家の紋である月星が大きく描かれてい
る
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第五十六回
「朝闢開野歌舞して暗に釵児を遺す 小文吾諷諌して高く舟水を論ず」
女楽を聚合て常武小文吾をもてなす
小文吾・卜部すゑ六・すずこ・戸まき・つねたけ・あさけ野・くら弥吾
★第五十五回挿絵、毛野の家族が死ぬ場面で千葉家の月星紋が強調されていたが、今回
の宴席に侍る馬加大記の妻の着衣にも月星紋が見える。小文吾と大記の間に置かれた重
箱にも、月星紋があしらわれている。八犬伝の設定では大記も元は千葉庶流だから月星
紋を使っていても、さほどは不思議ではない。しかし此処では、主家に憚らず乗っ取り
を謀る大記の下心を示していると見ておく。それより筆者は旦開野の細くしなやかな腰
つきが気になる
桃花の釵児よく刺客を撃殺す
小文吾・すゑ六
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第五十七回
「対牛楼に毛野讐を鏖にす 墨田河に文吾船を逐ふ」
対牛楼に毛野讐をみなころしにす
犬坂毛野・つな平・くら弥吾・馬加常たけ・貞九郎・九念次・毛野・戸まき・すずこ・
金平太
船を逐ふて小文吾旧故に邂逅す
毛野・小文吾
★妙にスリムな小文吾の精悍な横顔は、毛野への想いを語って余りある。情熱的な念者
の目だ。こういった場面で小文吾が肥満体だと、まぁ愛らしくはあるが、ちょっと似合
わないかも
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第五十八回
「窮阨初て解て転故人に遭ふ 老実主家を続て旧憂を報」
市川の宿に依介小文吾を管待す
附記つけてしるす
是よりして下第五の巻の終りまで渓斎英泉画
みを・依介・小文吾
★依介が手にする団扇に「大」字。犬江屋の「犬」字か。古那屋は「古」を紋章として
いる
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第五十九回
「京鎌倉に二犬士四友を憶念す 下毛州赤岩庚申山の紀事」
網苧の茶店に現八鵙平が旧話を聞く
もず平・犬飼現八
★現八の胴に犬紋が見える。初出。背景の長閑な農村風景は、優れた風俗画となってい
る。亀に紐を付けて引く童が愛らしい。ところで、「和漢三才図会」巻第四十三 林禽
類に記された鵙の条を引用する。「クウクウと鳴く。俗に、この姑苦とも聞こえる鳴き
声により、姑に苦しめられて死んだ女性が、化したものとされている」。雛衣が姑・船
虫に虐待されていることを語る人物の名として「鵙」平は相応しい。また、「礼記」月
令でも、鵙は火気が旺ずることを告げる鳥であり、火気の犬士・大角が偽の父親と義
母・船虫の抑圧を跳ね除けて自由の身となることの予兆となる男の名としても、「鵙」
平は相応しい
諌を拒で一角庚申山第二の石橋を渡る図
★兎園小説と、ほぼ同様の図
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第六十回
「胎内▲(アナカンムリに賣)に現八妖怪を射る 申山の窟に冤鬼髑髏を託ぬ」
妖怪を射て現八冤鬼に逢ふ
犬飼現八
★如何でも良いが、現八の烏眼が小さすぎて猫みたく見える
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第六十一回
「柴門を敲きて雛衣冤▲(キヘンに王)を訴ふ 故事を弁じて礼儀薄命を告ぐ」
返璧の柴の戸に現八雛衣が怨言を竊聞す
現八・ひなきぬ・犬村角太郎
船虫奸計犬村が閑居を訪ふ
現八・角太郎・船むし・赤縄しん田の氷六
★氷六は、月下氷人を元としているのだろうが、余りにも心許ない。第五十九回の挿絵
で何故だか亀が登場していたが、今回は田で鶴が遊んでいる。ちなみに近世の黄表紙な
ど大衆文学は、お年玉のように袋に詰められ正月に発行されたりした。本自体が縁起
物、とまでは言わないが、目出度いものを挿絵に潜ませたのは、挿絵に慣れた絵師の遊
び心か。今回描かれている鶴は番ツガイのようなので、一旦は悲劇に終わる雛衣の愛が
実は朽ちず、里見の姫の姿を借りて再び大角と結ばれる縁の深さを暗示しているか