#108/598 ●長編
★タイトル (hir ) 02/12/04 01:28 (277)
南総里見八犬伝本文外資料4 伊井暇幻
★内容
八犬伝第四輯叙
狗之守夜也性矣敬主識主也亦性矣諺曰跖狗吠堯此非其狗之罪臣子之於乱朝善守其職而無
私者亦当若是何者殷三賢不忠於西伯然周不敢罪之故孔子曰君難不君臣不可以不臣父雖不
父子不可以不子蓋此干箕子等之謂歟由是観之其性所捷雖狗無以異人也嗚乎与夫食君之禄
而令父母愁夫妻相虐兄弟為讐遠旧迎新▲(ケモノヘンに言)々呀々走利者大有径庭宣国
有賢相則無姦佞之賓家有良狗則無窺▲(アナカンムリに兪)之客於是四隣可不勉而衛比
屋可高枕而睡也是余之為八犬伝所以寤蒙昧抑〃取義於茲其書若干巻既刊布于世頃又継編
至於第四集刊刻之際書肆山青堂屡〃来而徴序甚急毎編有自序今不可辞因附増数行以塞譴
云
文政三年庚辰冬十月端四書于著作堂西廂山茶花開処
飯台 曲亭▲(ムシヘンに覃)史
狗の夜を守るは性なり。主を敬い主を識るも、また性なり。諺(ことわざ)に曰(い
わ)く、跖が狗は堯に吠える。此(これ)は、その狗の罪にあらず。臣子の乱朝におけ
る、善(よ)くその職を守りて私(わたくし)なき者は、また、まさに是のごとくなる
べし。何となれば、殷の三賢は西伯に忠ならず。しかれども周はあえて之を罪せず。ゆ
えに孔子(くし)曰く、君は君たらざるといえども、臣は以て臣たらざるべからず、父
は父たらざるといえども、子は以て子たらずんばあるべからず、と。けだし比干箕子ら
の謂(い)いか。是によりて之を観(み)れば、その性の捷(すぐ)るる所は、狗とい
えども以て人に異なるはなし。ああ、夫(か)の君の禄を食(は)みて、父母をして愁
えせしめ、夫婦はあい虐し、兄弟は讐(あだ)と為り、旧を遠ざけ新を迎え、▲(ケモ
ノヘンに言)々呀々として利に走る者に与し。大に径庭あり。宣なり。国に賢相あれば
則ち、姦佞の賓なし。家に良狗あれば則ち、窺▲(アナカンムリに兪)の客なし。是に
おいて四隣は勉めずして衛るべし。屋を比(なら)べるものともに、枕を高くして睡る
べし。是は余が八犬伝を為(つく)りて以て蒙昧を寤さんとする所なり。そもそも義を
茲(ここ)に取れり。その書の若干の巻は既に世に刊布す。頃(このころ)はまた編を
継ぎて第四集に至れり。刊刻の際(あいだ)、書肆山青堂が屡〃(しばしば)来りて序
を徴すること甚だ急なり。毎編に自序あり。今、辞すべからず。よりて数行を付け増し
て以て譴を塞ぐと云う。
文政三年庚辰冬十月端四 著作堂西廂の山茶花開く処に書す
飯台 曲亭の史(ふみ)に▲(ムシ
ヘンに覃/しみ)すもの
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八犬伝第四輯口絵
身体有痣 玉面無疵 英奇蓋世 功名共随 守忍菴題
身体、痣あり。玉面、疵なし。英気は世を蓋(おお)い、功名は共に随う。
犬田小文吾・板扱均太・塩浜鹹四郎・牛根孟六
★馬琴が後の部分で文句を言っているが、小文吾が設定通りの大兵肥満として描かれる
ことは少ない。人気がなかったからだという。良いじゃないか、太ってても
尚義推類 遺訓思親 旧怨所解 殺身為仁 ▲(頼のしたに鳥)斎老人
義を尚(たっと)びて類を推(お)し、遺訓に親を思う。旧怨の解く所、身を殺して、
仁を為す。
山林房八郎・修験道観得
★悪ぶった房八郎と「観得」。男の子には不良に憧れる時期がある。不良が実は善玉
で、真面目そうな奴が悪役だとの設定は、現在でも少年漫画に多く見られる
節婦如竹 其子捷親 信天翁
節婦、竹の如し。その子、親に捷(まさ)る。
沼藺・大八
★「竹」は実は「升」だが近世の通例として置換可能←単に誤字頻発字?
蕭々夜笛 鶴鳴湖湘 惟貞是烈 哀而不傷 芳流舎
蕭々たる夜笛、鶴は湖湘に鳴く。これ貞、これ烈。哀にして傷(やぶ)らず
戸山妙真・大先達念玉
★夫に先立たれて烏髪の在家仏教者/優婆夷となった妙真と、妻となるべきであった既
婚者が死ぬ直接の契機をつくり僧となった丶大を対比する。八犬伝の口絵は、何か共通
する者・対称的な者を並び描いている。此の場は愛する者と死別し出家したとの繋がり
で並べ置くか
命惟雖薄 神霊自扶 琴嶺處士
命は惟(これ)薄しと雖も、神霊は自ら扶(たす)く。
古那屋文五兵衛
★遍路服に坂東三十余箇所。三十三箇所は、観音霊場を巡り功徳を積む行為。観音が主
宰する世界は南方海底にある補陀落だが、補陀落信仰のメッカ・熊野を中心とする西国
三十三箇所が有名。幕府開闢以降、江戸が発展して阪東三十三箇所も盛んとなった。阪
東三十三箇所は、八犬伝でお馴染みの那古観音を打ち止めの補陀落浄土として設定して
いる。那古寺は、伏姫が籠もった富山から役行者ゆかりの洲崎神社に向かう行程の、ほ
ぼ中間点だったりもするし、「那古」七郎は小文吾と親兵衛の祖先でもある。縁起で
は、行基菩薩が海中から出現した柳の霊木を刻んで千手観音としたとある。弟橘姫かも
しれない。また安房にも一国単位の観音巡礼が設定されていた。安房三十四箇所、であ
る。出発点は、那古寺だ。那古寺を後にした巡礼は、「房総第一の仏地」(百八十勝回
中編)鋸山の日本寺(八番)で弟橘姫が入水した海を眺望し、富山に登って福満寺(十
二番)に詣で、延命寺(二十四番)を経由、最西端の観音寺(三十番)で折り返す。三
十三番・観音院で打ち止めかと思ったら更に北上して、何故だか「三十四番」大山寺
(滝本堂)まで行かねばならない。大山寺が、安房観音霊場の結局なのだ。さて、今回
の挿絵では三十三箇所とせず「三十余箇所」としているが実は、安房一国霊場の如く
「三十四箇所」になる。三十三箇所を三度回ると九十九回で区切りが悪い。三巡目に
は、別に設定された三十四箇所目を回って、合計百にする荒技が生み出された。だから
こそ、「三十三箇所」と明言できず、文五兵衛も「三十余箇所」としているのだろう。
文五兵衛の巡礼は、阪東三十三番札所、正に己の出自たる「那古」を目指すものであ
る。此の様な意味合いが、文五兵衛の遍路衣装に込められているのだろう。……でもま
ぁ三十三箇所とか八十八箇所で設定されている行程は、かなり長距離に亘るから、三度
も何度も回らなくて良さそうなものだが、巡礼は多く巡れば巡るほど利益がある〉とさ
れていた。巡った回数が多くなれば、先達とか大先達とか〈階級〉が上がる。これら先
達に率いられて巡礼は歩いた。このため霊場付近の宿屋は先達と契約し、宿泊客を連れ
てきて貰う。先達は契約した宿に泊まるよう行程を組む。また、現在でも何度も回った
証の金色だか何色だかの札は高値で売買され仲間内の自慢となる。余剰生産が少なく生
活に余裕がない段階もしくは戦乱で領域間の通行が困難な場合には、余程の覚悟がなけ
れば巡礼などに出掛けられない。前提として仏教が社会に根付いていなければならない
が、経済段階が或程度は発達し、領域間の交通が比較的容易になった近世に、巡礼が流
行し、前述した如き霊場を拠点とした巡礼の市場システムも作られた。多く回れば回る
ほど御利益があるとの俗信も、宗教的な発端はあったろうけど、宿屋や先達や寺院の経
済的必要に後押しされ一般化したのではないか。とにかく近世に於いて、巡礼はメジ
ャーな観光であり、大衆小説たる八犬伝に取り入れられたことには、納得がいく。ひい
ては、観音信仰が、さほど切実でないものも含めて、かなりポピュラーであったことを
も示している。大山寺・那古寺・養老寺など、観音霊場を巡る如きストーリーの一側面
をも示しているか
魚目混玉 蕭艾紊蘭 雷水散人
魚目が玉に混じる。蕭艾が蘭を紊(みだ)す。
簸上社平・新織帆大夫
一犬当戸 鼠賊不能進矣 犬乎犬乎 勝於猫児似虎
一犬の戸に当たりて、鼠賊の進む能わざる。犬や犬や、虎に似る猫に勝つ。
ぬばたまの夜をもる犬は猫ならで あたまのくろきねずみはばかる
▲(頼のしたに鳥)斎閑人狂題
★「あたまのくろきねずみ」は人間、なかでも悪人や盗人を指す隠語っぽい俗語
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第三十一回
「水閣の扁舟両雄を資く 江村の釣翁双狗を認る」
うち落す鼓のさえや桐一葉 東岡舎羅文句
犬飼見八・犬塚信乃
★信乃の紋が桐である所から、芳流閣から落ちる信乃を描いていると判る。素人には鼓
に音を立てさせるだけでも難しいとされているが、音すなわち空気の波動によって桐葉
が落ちることもあろう。但し、打ち手は凄まじい気迫を繰り出す一流の武芸者でなけれ
ばならない。即ち、二階松山城介の高弟・現八である。ところで「二階松山城介」は恐
らく、剣術を集大成した者、ぐらいの意味を持たされている。剣術を兵法とも呼ぶが、
兵法三大源流と呼ばれる流派がある。新当流・塚原卜伝に繋がる天真正神流を創始した
武芸者は飯篠山城守家直、中条流創始者は中条兵庫助長秀である。中条流は佐々木小次
郎も関係しているが富田流に繋がる。もう一つの源流が、愛州移香斎久忠の陰流だ。陰
流は、柳生新陰流へと展開する。やや牽強付会めくが、「山城介」は飯篠山城守と中条
兵庫助の折半か。もしくは、高名な剣豪の山城介あるか。ところで「二階松」だが、紋
には其のようなものがある。しかし、出版統制に敏感、細心な馬琴のズラしを幾つも見
てきた我々は、文字通りの「二階松」だけに拘るわけにはいかない。似た紋に、「二階
笠」がある。名称だけでなく、形も似ている。そして、此の「二階笠」を用いた武芸の
一族は、確かに在った。柳生である。因みに、柳生は菅原道真を祖としている。寛政重
修諸家譜巻第千三十四菅原氏柳生には「家紋 和礼茂香 二階笠 雪篠」とあり「家伝
に二階笠はもと坂崎出羽守直盛が家紋なり。直盛生害の丶ち彼家の武器を宗矩に賜ふな
り。かつ其紋をもつて副紋とすべきむね仰をかうぶるといふ」。また更に言えば、柳生
が二階笠紋を使い始めたことに就いて、面白い俗説がある。夏の陣で大坂が落城したと
き、徳川家康の孫・千姫は豊臣秀頼の妻として、城と運命を共にしようとしていた。
が、孫娘だけは助けたい家康が、姫を助け出した者を婿にすると言い出した。応じたの
が、坂崎出羽守直盛であった。直盛は火傷を負いながらも見事、千姫を救出した。しか
し家康は約束を守らず、姫を本多下総守忠刻と結婚させた。千姫が忠刻に一目惚れした
という。怒った直盛は千姫の行列を襲い掠奪しようとしたため切腹を命じられることと
なった。その時、説得には友人・柳生宗矩が派遣された。直盛は説得に感動し、切腹を
受け容れた。二人の契りの証にと、宗矩に二階笠紋を使ってくれるよう願った。あくま
で俗説であり信憑性は低いが、近世に於いて既に東照大権現・家康もしくは二代将軍・
秀忠を悪役側に仕立てている点が興味深いし、何より、千姫を嫁にやるからと騙された
直盛が、八房にダブる
かかまるにへら(かカ)たく見ゆる世の中に 馬鹿々々しくも すける釣かな 信天
翁狂題
文五兵衛
★腰が屈まるほどの高齢となり、せっかく平和に暮らしていたのに、釣りを好んだため
に、玉は転がり込んでくるわ、犬士たちの事件に巻き込まれてしまって、馬鹿馬鹿しい
ことだ。ぐらいに、取り敢えず解釈しておく。「狂題」とあることから、本気の評でな
いことは明らかであり、文五兵衛が馬鹿馬鹿しいというのではない。ちなみに、「へら
たく」ではなく「経がたく」とも読めそうだが、「屈まる」との対比の妙を求め、敢え
て「へらたく/平たくの転訛」と見る
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第三十二回
「▲(キヘンに沙)▲(キヘンに羅/もがり)を除て少年号を得たり 角觝を試て修験
争を解く」
小文吾任侠犬太を拉ぐ
もかりの犬太・小文吾
八幡の社頭に両修験角觝を試る
大先達念玉・山林ふさ八郎・犬田小文吾・修験道観得
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第三十三回
「小文吾夜麻衣を喪ふ 現八郎遠く良薬を求む」
暗夜の敵蘆原に小文吾を抑留す
小文吾
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第三十四回
「栞崎に房八宿恨を霽す 藁塚に犬田急難を緩す」
庭訓を守て小文吾狼藉を忍ぶ
ふさ八・小文吾・くわんとく
帆大夫途に小文吾を搦捕んとす
文五兵衛・小文吾・新織帆大夫・荘官だん内
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第三十五回
「念玉戯に笛を借る 妙真哀て嫁を返す」
三奴辟易妙真来訪
三奴、辟易す。妙真、来訪す。
孟六・小文吾・から四郎・均太・戸山の妙真
姑▲(オンナヘンに息)の哀別夜笛憂を増しむ
念玉・小文吾・ぬい・大八・妙真
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第三十六回
「忍を破りて犬田山林と戦ふ 怨を含て沼藺四大を傷害す」
白刃交るとき小児謬て▲(アシヘンに易)殺さる
房八・大八・ぬい・小文吾
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第三十七回
「病客薬を辞して齢を延 侠者身を殺して仁を得たり」
妙薬の効信乃回陽す
妙真・房八・小文吾・信乃・ぬい・大八
文五兵衛夜水中の光を撈
文五兵衛
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第三十八回
「戸外を戍りて一犬間者を拉ぐ 徴書を返して四彦来使に辞す」
現八勇力三間者を鏖にす
孟六・犬飼現八・均太・小文吾・から四郎・照文
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第三十九回
「二箱に斂めて良儔夫妻を葬る 一葉を浮めて壮士両友を送る」
朝露砕玉豪傑に送らる
犬飼現八・丶大法師・蜑崎照文・犬田小文吾・犬江親兵衛・犬塚信乃
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第四十回
「密葬を詰て暴風妙真を挑む 雲霧を起して神霊小児を奪ふ」
奸智を逞して舵九郎妙真を落さんとす
かぢ九郎・妙真・文五兵衛・照文
★あくまで文学解釈の方便であり、現実からは独立していると予め断っておく。体毛の
話だ。八犬伝前半で、毛深い者は悪役だ。後に、石亀屋次団太など、善玉でも毛深い者
が登場するが、全般として、善玉は悪玉より体毛が薄く、肉体もスマートだ。悪役の方
が、男性ホルモンが多く分泌しているらしい。ところで、我々は、同様な文化を既に知
っている。男どもでさえ、美しい少年を崇拝していた古代ギリシアだ。俗に言う「プラ
トニック・ラブ」は、古代ギリシアの不細工な哲学者が美少年に誘惑されたとき、何だ
か綺麗事をぬかして、まぁ自分の不細工さを自覚していたから積極的になれなかったぐ
らいのことだろうが、肉の契りを敬遠した故事をもとにしている。古代ギリシアの性風
俗を写した当時の、所謂、黒絵式陶器では、少年と成人男性の区別は肉体の輪郭と髭の
有無ぐらいのもので、成人男性でも体毛の表現は薄いし、生殖器も少年の如き短■包■
に限っている。攻めている念者と、受けている稚児の生殖器が共に、■小■茎なのであ
る。日本の近世春画が成人男性の生殖器を異常なまでに巨大化しているとは逆と言える
し、西洋人が日本を侵略しなかった真の理由は、〈男としての劣等感〉だったとする史
家もあり、実際に日本を知る英国人がそのようなことを記している文書も残っている。
が、挿絵を見る限り八犬伝に於いて善玉は、淡泊そうなアイドル系の痩身無毛型だ。対
して悪役は、タンパクはタンパクでも蛋白質豊富で、より逞しく毛深く、欲深い。古代
ギリシアでも、通常描かれる成人男性・少年は、前述の如くアイドル系だが、性的放埒
の象徴たるサチュロスは、より逞しく毛深く、獣的だ。端的に言えば、〈不健全な精神
は健全な肉体に宿る〉ともなろうか。此は、肉体と精神を分割して考える傾向から、生
み出された表現であろう。「プラトニック・ラブ」だ。恐らく八犬伝もしくは当時の日
本の考え方も同様だったのではないか。とはいえ、いきなりには童子神信仰にまで飛躍
したくはない
諸善窮阨衆悪途に起る
より介・文五兵衛・照文・親兵衛・かぢ九郎・妙真
舵九郎を屠戮して神霊一犬士を隠す
依介・照文・文五兵衛・妙真・かぢ九郎・犬江親兵衛
★悪役が虐殺される場面。前にも述べたが、仏教神は、ただ優しいだけの腑抜けではな
い。如来・菩薩も必要があれば明王・天となって暴虐の側面を表し、毅然として悪に立
ち向かう。如来・菩薩そのものは形あるモノといぅよりは概念そのものであるから、彼
等が悪と戦う場合には、概念と概念の戦いであって、智恵・理論が武器となる。が、俗
世に権化した場合には、実力行使を伴う。太陽神観音・伏姫は、今回は雷で舵九郎を股
裂きにした。後には、摩利支天河原に猪を漂着させて管領軍への火計を支援した。まる
で大黒天の眷属、ダキニーの如きだ