AWC 同級会と長州旅行 (4-4)   /竹木 貝石


        
#98/598 ●長編
★タイトル (GSC     )  02/09/25  22:24  (124)
同級会と長州旅行 (4-4)   /竹木 貝石
★内容

 第4日目 8月7日(水)

 昨日は露天風呂を満喫したので、今朝は一階の大浴場へ行ってみる。
 湯船は長方形で、ゆったりと広くて快適だった。
 私は温泉場やホテルの大浴場に入ったとき、湯船の広さや形を説明してもら
って、客の居ないうちに一回りするのが常で、湯口の具合や飾りの岩を観察す
るのも楽しい。

 売店(みやげ物売場)は、昨夜のうちに下見をしておいて、今朝は萩焼の抹
茶茶碗を買った。念入りに物色して見つけたのは、手に持った感じがいかにも
上品で、掌の中にぴったりなじむ小降りの茶碗である。糸底に独特の切り込み
が入っていないけれども、店の人の話では、萩焼に間違いないとのこと、値段
が3000円というのは安すぎるが、掘り出し物を見つけたのだと自分で納得
できればそれでよい。


 今日は旅行最終日、秋芳洞を見物して帰る。
 バスの駅に来て、切符売り場のお姉さんに尋ねたら、
「秋芳洞行きは先ほど発車したばかりで、次のバスは2時間後です。」
 と言う。A君があらかじめ調べておいた時刻表と異なるのは、どうやら別の
バス会社であるらしい。40分後に、秋芳洞までは行かないが、手前の『太田
中央(おおだ中央)』を通るバスがあるとのことで、
「おおだからならタクシーで秋芳洞まで15分くらいです。」
 と言うので、そのルートを利用することにし、売店で『夏みかんの砂糖漬け』
を買ったりした。


 秋芳洞バスセンター(入り口駅)でタクシーを降りて、コインロッカーにリ
ュックを入れ、商店街の道を5分ほど歩くと、やがて洞窟に近く、滝の水音が
高くなり、ひんやりした風が心地よい。
 受け付けで入場料を払うついでに、『音声ガイド』を借りた。器械を肩から
下げ、イヤフォンを耳にかけて、簡単な操作法法を教わった後、さて出発…。

 洞窟の中は相当に薄暗く、A君の視力が発揮しにくい。
「わたしが杖を突いて、前を歩こうか?」
 と言ったら、A君が
「いや、俺が杖を持つよ。」
 と言うので、ウエストポーチから折り畳み式白杖を出して手渡すと、彼は足
探りと白状で洞窟を進む。
 主な鍾乳石や石筍(せきじゅん)には、番号の数字が付いていて、その数字
に合わせて音声ガイドの説明をスタート&ストップさせればよいのだが、壁の
数字表示がA君には見えない。また、洞窟の所々に案内放送のスピーカーがあ
り、携帯用『音声ガイド』と同じ内容の説明もあるから、その時点で数字を一
致させれば良い訳だが、暫く行くとまたずれてしまう。結局、『音声ガイド』
を十分には使いこなせなかった。

 秋芳洞は日本第一の鍾乳洞で、開発・整備が行き届き、観光客も多いが、あ
まりにきちんと舗装してあるのはスマートすぎる。その点、高山の鍾乳洞や高
知の竜河洞は、でこぼこや上ぼり下りが多く、洞窟という実感が湧く。一方、
高山や高知においては、大事な鍾乳石に金網がかぶせてあって、手で触ったり、
不心得者が持ち去ったりするのを防いでいるが、ここ秋芳洞はそれほど厳重で
なく、むしろ私が心配するほどだ。
 けれども、貴重な見所は高い位置にあって、多分手が届かないのだろう。
 そんな想像をしていると、目の前に長大な鍾乳石の柱が現れた。最初手で触
れたときには、直径10センチくらいの円柱が数本、天井から床までの壁に張
り付いているのかと思ったが、そうではなく、直径4メートルの柱そのものが
鍾乳石で出来ていて、天井までの高さは15メートルもあるとか…。『黄金柱
(こがねばしら)』と呼ばれ、秋芳洞を代表する鍾乳石で、正に雄大さながら
の姿である。

 別の出口へ行く横道もあったが、帰りの時間が気がかりなので、まっすぐ進
んで、エレベーターで外に出た。
 音声ガイドの機器を何処へ返せばよいか迷っていると、
「それはこちらで預かりますよ。」
 と言って男の人が受け取ろうとするので、念のため用心して、受け付けへ持
っていって返却した。

「展望台まで400メートル…」
 待機しているタクシーの運ちゃんが案内と帰りの乗車を勧めたが、断って坂
道を登る。人影はなく静かな舗装道路だが、何しろ暑くて息が切れる。
 展望台には若干の観光客がいて、秋芳台がはるか遠くまで見晴らせるらしく、
羊に似た形の花崗岩が点在しているというが、私にはカルスト大地の風景がい
まいち想像しがたい。

 帰りのバス停を捜し当てたが、時刻が列車と合わないので、先ほどの洞窟出
口まで戻り、タクシーに乗って、コインロッカーのある『秋芳洞バスセンター』
まで来た。道々、若い運転手の話によれば、
「この辺りの土地は、昔私有地だったのを国が買い上げたもので、未だに住民
の発言力が強くて、例えば、商店街の人達に、私共は頭が上がりません。」
 と言った。なるほど、それゆえ商店街の中を歩いて洞窟へ行くようになって
いるのか。


 帰りも順調に、バスで小郡まで来て、ひかり104号に乗った。

 最近のJRは視覚障害者に親切で、駅の乗り換えを列車の乗務員(車掌さん)
に頼んでおくと、前もって目的の駅に連絡を取り、駅員が列車の入り口まで来
て、次の列車まで連れていってくれる。私はつい先日までそのことを知らなか
ったが、障害者の当然の権利としてそれは利用してよい訳だし、郵便に点字だ
けで宛名書きをしても、ちゃんと先方へ届く時代になった。
 しかしながら、昔人間の私には、そういうサービスを受けるのが申し訳ない
気がして、なるべくなら独力で、それが無理なら家族の力で…、と考えてしま
う。
「家族に助けてもらえる人はそれでいいさ。だけど、誰もが一人歩き出来る訳
ではないし、文字の読み書きをしてくれる家族と同居してない場合、絶対に遠
慮なんかしていられないよ。」
 と言われれば一言もない。
 随分ありがたく住み易い世の中になったものだが、まだまだ配慮が足りない
と言う人も多く、権利主張 対 忍耐努力、過保護や甘え 対 逆境や苦労、我侭
贅沢 対 我慢に節約……。何をどうするのが理想なのか人知では計りがたく、
解決のない矛盾ともいえる。

 私は携帯電話で妻に連絡して、やはり名古屋駅の新幹線プラットホームまで
迎えに来てもらった。



   あとがき

 時間切れで見物出来なかった名所もあるが、私には最高の旅行だった。
  1 菊屋家の手水鉢とお立ち石
  2 関門トンネルの人道
  3 萩本陣のモノレールと露天風呂
  4 萩焼の抹茶茶碗(後で娘に持っていかれてしまったが)
  5 鍾乳石の黄金柱
  6 高杉晋作の家
  7 夏みかんの青切りと丸漬け
 こんな順位だろうか?

 A君と一緒に四日間の旅をして、全く違和感を覚えなかったのは、彼の穏や
かな人柄と細やかな心遣いのお陰であり、持つべきは良き友である。

      [2002年(平成14年)8月28日   竹木 貝石]





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